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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件B(事例1-2) タイピスト⑥

 ヘリオス杯本選の会場であるヴィクトリー・タワーは、世界首都ヘリオポリスの中心部に聳え立つランドマークだ。


 高さ777メートルの魔力電波塔であり、イベントやコンベンションの会場としても活用されている。周辺のヴィクトリータウンは、年間5000万人以上が訪れる世界最大級の商業エリアとして知られている。


 その世界有数の集客施設で、世界トップクラスの人気コンテンツであるマジック・スポーツの祭典が開催されるのである。

 観戦チケットは発売開始1秒で完売し、タワー周辺にはパブリックビューイングが無数に設置され、観客動員数は延べ一億人に迫るとの試算もある。

 配信視聴者数に至っては、全人口の9割にあたる45億人にのぼると見込まれている。


 ある者はアルコール片手にパブリックビューイングで楽しみ、またある者はパーソナルターミナルで配信を見ながらタワーを見上げ、会場からわずかに零れる魔法の光を目に焼き付ける。


 世界中がヘリオス杯に釘付けになる三日間が、始まったのだ。


 だが熱狂の中心にいる選手達は、お祭り気分ではいられない。

 ここでの勝敗一つで、生涯の収入が一桁変わる。


 参加者の全員が、ヘリオス杯本選を目指して多くの予選試合で勝率とポイントを高め、トライアル大会を制覇し、長い道のりを戦い抜いてきた。見せ場無く敗退すれば、ここまで積み上げてきたものを失う。

 しかしそれ以上に選手らの胸にあるのは「負けたくない」という思いである。ここまで上り詰めた者達は、筋金入りの負けず嫌いだ。そうして選りすぐられた世界トップの32人なのだ。


 名誉欲や金銭欲、勝利への渇望などが胸中に渦巻き、平常心を保つ事さえ難しいこの状況で、心からマジック・スポーツを楽しんでいる者がいた。

 マドカだ。


「いっけぇー!」

 マドカが掛け声と共に、魔力をたっぷりと過剰積載した雷属性初級攻撃魔法を放つ。


 対戦相手は、ドワーフの血を色濃く受け継ぎ、鉄壁の防御で知られるスミスだ。彼は冷静に観察し、マドカの放った魔法が中級クラスの威力を持っていると見抜いた。

 流れるように対抗属性の中級防御魔法を展開しつつ、反撃の体制に入る。


 だがマドカの魔法は、スミスの防御魔法を砕いて、その体に命中した。桁外れの魔力が込められた雷属性初級攻撃魔法は、上級魔法に匹敵する威力を有していたのだ。


 マドカが作り出した絶好のチャンスに、会場が大歓声に包まれる。

 スミスとて、ヘリオス杯本選に出場するだけあって、一流のマジック・スポーツプレイヤーだ。鉄壁の防御で相手の疲弊を誘う穴熊戦法の達人で、正面から防御を破られることなど、ほとんどない。

 それをマドカは、パワーとテクニックで真っ向から打ち破ったのだ。


 予期せぬ被弾に、スミスの巨体が揺れる。

 その隙を逃さず、マドカは属性を変えながら初級攻撃魔法を連射し、距離を詰める。猛ラッシュに、観客が総立ちで選手双方に声援を送る。


 雨あられと降り注ぐ魔法の対処に手いっぱいだったスミスには、至近からのマドカの突きを避ける術は無かった。

 攻性魔力を乗せた右ストレートがスミスの鳩尾を貫き、あっさりと膝を突く。


「ゲームセット。マドカ選手の勝利です」

 ジャッジのアナウンスと共に、二人の間に追撃防止用の防壁魔法が構築される。

 一瞬の静寂の後、会場が沸く。勝者への声援と祝福に、敗者のファンの悲鳴、言葉にならない感動の声などが渦巻く興奮の坩堝だ。


「対戦、ありがとうございました」

 未だに倒れているスミスに対して一礼すると、マドカは踵を返して対戦エリアから離れる。

 試合終了後、すぐに大会運営から回復魔法が入ったので体は大丈夫であるはずだ。敗戦のショックで立ち上がれないのだろうと推測は出来るけれど、そこまで気にしている余裕はマドカにも無い。

 次の対戦に胸を膨らませているからだ。


「とりあえず、おめでとう。アンタ、上手くなったじゃん」

 正面から現れたコガネが、笑顔でマドカの健闘を称える。


「ありがとう、でもまだ一回戦を勝っただけだよ。次も勝たなきゃ」

「何言ってんの、二回戦がアンタの最後の試合だからね」

 そう言うと、マドカと入れ替わるように対戦エリアへ向かう。


 トーナメント表で、マドカとコガネの名前は並んでいた。

 共に一回戦を勝ち抜けば、そこで二人は対決することになる。


「私、負けないからね! そっちこそ一回戦で負けないでよ」

 試合に向かうコガネの背中に向けてエールを送ると、観戦席に駆け込み、ヤマガミの隣に座った。


「師匠、勝ちました! 誉めてください」

「一回戦突破、おめでとう」

 興味ないといった顔でヤマガミが言う。この試合は勝って当たり前と考えているので、実際にあまり興味は無いのだ。


「そういうのじゃなくって、もっと具体的で丁寧に、誉め殺すようにお願いします。ここでモチベーションが下がって二回戦で敗退したら、しばらく恨みますよ」

「まったく……。ヘリオス撃ちに隠蔽魔法と欺瞞魔法を重ねるなんて、今まで誰も試さなかった。それを短期間の練習で身に着け、実戦で成功させたんだ。大したもんだ、お前は」


 対戦相手の誰もが、マドカのヘリオス撃ちを警戒している。そこでマドカは、工夫した。

 ただ威力を高めるだけでなく、隠蔽魔法と欺瞞魔法も重ねて、威力を見破らせないのだ。消費魔力は段違いに増えるが、一試合を乗り切ることは可能だと踏んでの戦法だ。


「ありがとうございます。魔力量だけは誰にも負けない自信がありますからね。私、魔力制御も発動速度もまだまだですし、この短所を一朝一夕では克服できません。だから長所を伸ばして伸ばして、伸ばしまくってやろうと努力と根性で頑張りました」

 鼻息荒く胸を張るマドカを見るヤマガミの目には、優しさが浮かんでいる。


「もっと自信を持っていい。絶対的な魔力量が必要であるという難点もあるが、そもそもヘリオス撃ち自体が難しい。М2(マテリア・マスター)に保存された魔法構築の公式をその場で書き換え、魔力と引き換えに威力と速度を上がる改変を加える。言葉にすれば簡単だが、使いこなすには並大抵の努力じゃ足りない」

 ヤマガミはさらに続ける。


「更に隠蔽と欺瞞を加えるとなれば、高度な技術が必要だ。これは俺でも難しい。お前は魔力量だけではない。技量でも一流と言える。もっと胸を張っていい」

「ありがとうございます。えへへ、嬉しいです」


 滅多に誉めることのないヤマガミから、これほどの言葉を貰ったのは初めてだ。想像以上にしっかりと褒められて、マドカは頬を染めて鼻をこすった。

 面映ゆさを隠すようにパーソナルターミナルを開く。


「あ、師匠、見てください。試合前は30万人くらいだったフォロワーが、80万人に増えてます。やっぱりヘリオス杯は、すごいですね」

 そう言っている間にも、どんどん数字が増えていく。


「これで収入が増えますよ。水以外の飲み物に手を出せるし、もっと師匠にお支払いできるようになりそうです」

「既定の料金は貰っている。これ以上はいらない」

 そんな二人の背中に向けて、近くの席から野次が飛んできた。


「教え子に恵まれると、大した腕が無くても良い暮らしが出来るのか。うらやましいね」

「いいご身分だな。優秀な選手が勝手に育っても、恩師面をはばからないのか」


 相次いで投げつけられる暴言に、マドカは一瞬にして頭に血が上った。


「……っ!!」

「落ち着け。試合前に気力と体力を浪費するな」

 勢いよく立ち上がったマドカの腕をつかみ、座らせる。ヤマガミの表情は冷めたものだ。


「でも師匠……!」

「実際、マジック・スポーツで対戦するなら、俺よりお前やコガネの方が強いだろうな。加えると、お前達の方が有名人だし、収入も上だ。全部事実だろう。それにあんな言葉、今まで散々投げられてきただろう」


 ネット上の掲示板でもSNSでも、公式大会の会場でも、ヤマガミは侮蔑や排除の対象だった。会ったことも無い、どこの誰とも知れぬ者達から誹謗や中傷を受けることもあった。

 だがこの観戦席は、選手と関係者しか入れない。不埒な暴言を受けるとは想像もしていなかった。


 よく見れば、ヤジを飛ばした数人は、先ほどマドカに負けたスミスを囲んでいる。

 きっと敗戦のショックで、選手本人だけでなくスタッフ達の胸中も滅茶苦茶になっているに違いない。


 けれどマドカには、そんなことは関係ない。

 師匠が馬鹿にされたのだ。


「私やあの人達より、師匠の方が凄いところは沢山あります! 嘘偽り無くです。そもそも、師匠の方が強いし、マジック・スポーツ選手として参加したら、第一線で活躍出来るんじゃないですか?」

「俺の戦闘技能はマジック・スポーツ向きじゃない。召喚魔法や魔法兵器の使用が許可されるなら負ける気はしないが、このルールでは無理だろう」


 ヤマガミの指さす先では、コガネの試合が始まっている。金髪をなびかせて、巧みに対戦相手の魔法を捌いていく。

 その卓抜した先読みとセンスで、全く攻撃を寄せ付けない。


 そして一瞬の隙をついて反転攻勢に移り、あっという間に勝利を決めた。ヘリオス杯本選だというのに、全く危なげ無い。

 一歩も動くことなく圧勝したコガネに、会場中が歓声を送っている。


「俺は、軍人だったからな。М2の操作より、小銃や手榴弾を扱う方が得意だ。コガネのような芸当は、なかなか難しい」

 ヤマガミの言葉に、少し離れた場所から毒づきが聞こえる。


「かつての大戦の英雄が、今は落ちぶれたもんだ」

「教え子の稼ぎで暮らしていて、実力もその教え子の方が上だってよ」


 相変わらず怒りのままに席を立とうとするマドカを、再びヤマガミが抑える。そうして二人でコガネを待っていると、駆け足で観戦席に戻ってきた彼女は、マドカとヤマガミの前を通り過ぎて行った。

 そのまま助走をつけて、ヤマガミを罵倒していた者たちに殴りかかった。


「勝てないからって、陰口で腐った性根を満足させるなんて、ガキみたい! 情けないと思わないの?」

 中指を立てつつ、さらに殴りかかろうとする。そんなコガネの耳を引っ張って、無理やり引きはがすとヤマガミは大きなため息を吐いた。


「くだらないことに気力と体力を使うな。次の試合に全部をぶつけろ」

「でも先生……!」

「お前たちは、いつからそんなにそっくりになったんだ……。もし俺の名誉を重んじてくれているなら、次の試合で最高のパフォーマンスを見せてくれ。“あの最高の戦士たちを育てたのは俺だ”と、世界に向けて自慢させてくれ」


 ヤマガミの言葉に、コガネとマドカの瞳が炎を宿した。

「マドカ、やるわよ。アンタの全力で来なさい」

「了解です。全力全開でいきます」


「……早まったかな」

 ヤマガミのつぶやきは、一時間後に的中することになった。


 自分たちの試合が来るまで、そわそわとしながら観戦席で待ち、やがて試合の準備を促されると二人で飛び出すように駆けだした。そして、試合会場で向かい合うと、マドカとコガネは、開始の合図を待つ間、申し合わせたように静かに目を閉じた。


 今大会で最も注目されている対戦だけあって、会場の熱気は最高潮に達している。試合前の選手の集中を邪魔しないようにと、観客が押し黙っているせいか、一層の熱量と圧力となって空気に粘り気を与えている。


「ゲームスタート!」

 ジャッジの合図と同時に、マドカは隠蔽と欺瞞の魔法を乗せて、ヘリオス撃ちを連射した。対コガネ戦法として編み出したものだ。出し惜しみはしない。


 一秒間に1発の魔法を発動出来れば一流と言われるのだが、マドカは秒間1.3発という驚異的な速度で撃ち続ける。

 新戦術の先行連発に、観客席が一気に盛り上がる。


 だがコガネは、初めて相対するこの戦術に、一歩も動くこと無く対応した。まず分析魔法(アナライズ)を撃ち込んで属性と威力を見抜き、その後に適切な防御魔法を展開したのだ。


 マドカの攻撃魔法一つに対して、二つの魔法で対処している。これに気付いた者は、全員が心底仰天した。

 観客もマドカも、ヤマガミでさえ瞠目した。

 ハイペースで攻撃するマドカに倍する速度で魔法を発動するなど、もはや異次元の速度だ。


 必勝を期した戦術を防がれ、マドカは手を止めた。

 このまま力押しで魔力量勝負に持ち込むか、手を変えて撹乱するか。迷いは一瞬だったが、反撃を許すには充分だった。


 コガネが魔法発動のためМ2に手をかけた。長大な魔法構築式と籠められている魔法量から、上級を超える魔法、英雄級の魔法であると素人でも分かる。


 相手が大技を出そうとした際には、いかに妨害するかが肝になる。発動の速い初級魔法を連発したり、距離を詰めるといったところがセオリーだ。

 だが、マドカは足を止めて魔法の準備に入った。


 マドカは見抜いていた。

 コガネは、英雄級の魔法にさらに魔力を上乗せし、ヘリオス撃ちをしようとしている。

 そして発動準備中の攻撃は、全て体術のみで回避しようとしている。


 先読みと選魔眼に優れたコガネを、英雄級魔法の発動までに追い詰めることは、出来るだろうか。コガネは魔法発動の精度と速度にも優れている。恐らく発動まで、それほど時間はかからないはずだ。

 それに、コガネが構築している魔法の属性は分からない。効果的な防御魔法はきっと準備できない。


 ならば、こちらも大技だ。

 元々この試合は、ド派手にやると決めていた。上級攻撃魔法にありったけの魔力を込めて撃つことにした。


 両選手が、互いに何のけん制も無く、大魔法を放とうとしている。イレギュラーな試合展開に、観客のボルテージが最高潮を迎える。


 そして、二人が同時に魔法を放った。

 マドカの上級火属性攻撃魔法とコガネの英雄級火属性攻撃魔法が、二人の間で衝突し、爆音と灼熱とが会場を包む。


 観客席の前に構築された防壁魔法が砕け、会場の照明や破壊され、散水装置が起動する。

 想定をはるかに超える驚異的な威力の魔法が、ヴィクトリー・タワーを揺るがす。

 爆炎と魔法光が薄れて視界がクリアになると、そこには三つの影があった。


 一つは、金色の長髪を揺らして、真っすぐに立つコガネ。

 二つ目は、服の端を焦がしながらも踏ん張って立つマドカ。


 そして三つめは、黒い異形の影だった。

 真っ黒なキチン質のような外皮に被われた体は、1メートル程の楕円体で、五対十本の節くれだった足で歩行している。頭部などはなく、ただ胴と足だけの体躯だ。黒い体の隙間から、体内の赤い光が漏れ出している。


 その正体を真っ先に覚知したのは、ヤマガミだった。

「あれは、マモノ……!」


 20年前に消滅したと思われていた怪物が、姿を現した。

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[一言] ついに現れた魔物! がんばって姉弟子と妹弟子でボコボコにしてあげるのです!
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