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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件B(事例1-2) タイピスト④

「負けた……」

 マドカは、今までヤマガミ以外には負け知らずだった。

 それが、完膚なきまでに叩きのめされた。それも同年代の少女を相手に。


「弱い。確かに魔力量は群を抜いているし、発動速度は目を見張るものがあるし、威力はプロ並みだけどけど……だけど私より弱いじゃない。なんでアンタが先生の指導を受けられてるの?」


「うっ……」

 貶しているつもりで実際には褒めているコガネの言葉だったが、激しい同様の中にあるマドカの耳には入らない。


「ヤマガミ先生は、最高の戦士で最強の魔法使いで、世界一のトレーナーなの。そして、それは私が証明する。アンタみたいな弱いのは、要らない」

 報道で見る理知的な顔でも、コマーシャルで見る華やかな表情でもない。


 怒りや侮蔑を含んだコガネの剣幕を前に、マドカは、振り払うようにアプリを終了させ、その場から駆け出した。


 別に自分が特別な存在だと思ったことは無い。けれど、これまで負け知らずでやってきた。師匠にしごかれて、さらに強くなった気がしていた。もしかすると自分は天才なんじゃないかと、こっそりうぬぼれもしていた。でも、負けた。全く歯が立たなかった。

 チャンピオンとはいえ、相手は同年代だ。


「悔しい、悔しい、悔しいよう~」

 息が切れるまで走り続け、気が付いたら駅前広場まで来ていた。

 多くの人でごった返す駅前では、自分自身が矮小化されたように感じられる。人ごみにもまれ、少し気が休まる。


「どうしたの? 大丈夫?」

 涙をにじませながら肩で息をし、汗を滴らせるマドカを見て、心配になったのだろう。通りすがりの女性が声をかけてきた。


「お腹痛いの? 蜂に刺されたの? お財布落としたとか?」

「あ、大丈夫です。何の問題もないんです。ちょっと、私のなけなしの自尊心が打ち砕かれただけなんです」


「それは一大事だよ。飴ちゃん食べる?」

 そう言って女性は、ポケットから白い包み紙にイチゴのイラストが描かれている飴を取り出した。そのレトロな雰囲気に思わず毒気が抜かれる。そういえば財布なんていう死語も飛び出していた。100年前ならいざ知らず、今の時代に現金を持ち歩くなど、お年寄りくらいだ。よく見れば、服装も古い。


 機能停止していたマドカの脳が、次第に回転し始める。

 女性が身に着ける黒ベースのスーツに白いシャツは、型通りの既製品のようだ。かつての社会人は同じようなデザインのスーツを着ていたと、歴史の授業で見たことがある。それに似ている。


「何か悩み事? 相談に乗るよ、それが私の仕事だからね」

「仕事……カウンセラーさんか何かですか?」


「いえいえ、こういう者です」

 手慣れた様子で懐から、紙製の小さなネームカードを取り出した。これも随分レトロだ。


「有限会社ダンチョネ神殿の権能執行課長、アサヒ・ハルカさん……ですか」

「はい、よろず悩み事の解決にご協力いたします。いやお客さん運がいいですよ、この星……このあたりにお得意のお客さんがいたので、たまたま立ち寄ったんですけど、普段はなかなかお目にかかれないものなんですよ」


 話している内容は胡散臭いけど、あんまりにも陽気で単細胞……明快な性格が透けて見えるので、なんだか憎めない。駅前で人も多いし、いざとなったら何とでもなるだろう。そう思い切って、話してみることにした。


「私、悩み事だらけなんですよ。マジック・スポーツをやっているんですけど、一生懸命努力して成果が出そうだと思ったら、実は全然実力が足りていなくて……。さっきコテンパンに負けちゃいました。やっぱり私なんて田舎でジャガイモ作ってる方がいいですかね? いや、ジャガイモが嫌なわけじゃないんですよ。むしろ好きなんですけど、でもほかにできることがあるなら挑戦してみたいのが人情じゃないですか。おまけに両親には内緒でやってるうえに、何なら家出中だし、スポンサーも取れないから金欠で……」


「スポンサー? スポンサーっていうと、宣伝に協力する替わりに商品とか資金とかの援助を受けたりする、あのスポンサー?」

「そうです。有名選手になるとマジック・スポーツ製品のメーカーと契約して、商品開発したりグッズ販売したり……。トップ選手じゃなくても、商品やイベントのPRをしたり、企業ロゴを身に着けて大会に参加したり……」


「あーいいすね。うちさあ、宣伝してほしいものがあるんだけど、どう?」

「え? スポンサーになってくれるんですか?」

「弊社は創業間もないので、宣伝したいんですよ。今なら広告料に加えて、神のご加護とご利益もプレゼント。いやー、決裁権限があるっていいね。自分の判断で会社の予算を使えるんだもん。何なら今すぐ契約しちゃうよ」


「え? ほんとに? やった、これでちゃんとしたご飯が食べられる!」

 マドカの憂鬱は、どこかに吹き飛んでいた。





 事務所の扉がけたたましい音とともに開かれた。

 ヤマガミが気だるげに目を向けると、蹴破らんばかりの勢いでコガネが飛び込んできた。


「先生! 先生の新しい教え子……マドカと戦いました。弱いです。なんであんなのを教えてるんです?!」

 噛みつかんばかりの剣幕だが、対するヤマガミは落ち着いて微笑している。


「コガネ、俺はお前に対して接近禁止の命令が出ているんだ。あまり近づかないでくれ」

 そう言う間にも、ヤマガミのパーソナルターミナルが着信を告げるアラームを鳴らしている。


「ほら、軍から音声通話が来たじゃないか」

「付きまといをしてるのは、先生じゃなくて私の方です! そんなの無視してください」


「そうはいかない。俺は、お前に対して付きまといや乱暴な言動、監視などをしたことになっている。立派な犯罪者だ。さあ、親が心配する前に帰りなさい」

「そんなの、警察のでっち上げじゃないですか! 私は、先生と離れるつもりはありませんでした」


「そうは言っても、現状はこのとおりだ」

 着信のアラーム音が増えている。警察からも連絡が来ているのだ。加えて、遠くから緊急車両のサイレンが聞こえてくる。驚くほど速い対応だ。


「さあ、暴力的で評判も悪くストーカーの噂もある男の近くなんて、いるもんじゃない。さっさと帰れ」

「そんな嘘っぱちの評判、全部ひっくり返しますからね。私、今年のヘリオス杯でも優勝します。前人未到の2連覇のチャンピオンの立場で発言すれば、今度こそメディアも取り上げてくれます。先生の汚名も返上できます、してみせます!」


「そうか、期待しているよ」

 ヤマガミの言葉に満足したのか、「絶対やりますからね!」と捨て台詞を残し、金色の長髪を翻して来た時と同じように電撃的に去っていった。

 その後姿を見送ると、ヤマガミは警察からの着信を拒否し、軍からの通話を開いた。


「ヤマガミ・コウイチロウ、禁止行為への抵触が確認された。直ちに最寄りの地域事務所へ出頭しなさい」

 聞こえてきた声は、なじみのある懐かしいものだった。

「久しぶりだな、ヒカル。少佐に上がったそうじゃないか、おめでとう。給料が上がったなら、一杯奢ってくれ」


「本通信は軍回線を使用しているため、監視されています。軽口は慎んでください。」

 幼馴染にして元同僚である女性は、不機嫌をにじませている。だが、わざわざ監視について教えてくれるあたり、かなり同情的な態度と言える。


「相変わらず優しいな。久しぶりの連絡の要件は、大事な大事なチャンピオンのことだろう?」

「アサヒナ・コガネへの接近は禁止されています。命令に違反するようなら。身体の拘束もあり得ることを理解してください」


「こっちから近づいたわけじゃない……と言っても無駄なんだろう? さっき帰したよ」

 窓から通りに目を落とすと、走り去っていくコガネの後ろ姿が遠くに見えた。表の大通りには、警察の緊急車両が停車している。こちらを窺っているのだろう。


「機械監視とはいえ、もしかして常時監視してるのか? 佐官になったんだから、こんなくだらないことに時間を費やすなよ」

「佐官になったから、あなたの監視の担当をさせられ……しているんです。あなたは、現在の安定した国際社会へ重要な損害を与え得る人物であると目されています。それを自覚の上、行動してください」


 ヤマガミの目つきが鋭くなる。


「社会の安定を目指すなら、政府も軍も、俺の意見に耳を貸すべきだろう」

「過去、人類を襲った未曽有の危機の元凶であるマモノ。これはかつてのミーネンロイマー攻防戦で完全に消滅したというのが、世界政府の公式見解です。あなたの唱える“マモノ生存論”は、社会に無用の混乱をもたらす危険思想です。本来であれば直ちに物理的に転向させられているところです」


「だが、戦後にマモノが現れたケースがあるだろう。最も弱い歩兵型が一体、辺境で見つかった。これの排除にすら、多くの命が失われた」

「政府と軍は、そのような事実を認めておりません」


「認めろ。そして備えろ。俺が言いたいのはそれだけだ」

「それだけと言うけど、それが原因で軍を追われたんでしょう。どうしてもう少し利口に振る舞えないの?」


 自身で監視された回線と言いながらも、つい口調が砕ける彼女の様に、ヤマガミの口元も緩みそうになる。強いて意識して、低い声を出す。


「軍は縮小され、装備は弱体化する。一方で、マジック・スポーツなどというものが流行し、まともな戦闘が出来る者も減ってしまった。これで、有事の際にはどう対応するんだ?」

「マジック・スポーツの流行は、良いことでしょう? 経済効果は大きいし、魔法技術の向上に寄与しているし、世界中の人を魅了するエンターテイメントとして定着してる」


「М2を使った戦闘に何の意味もない。足を止めて、小手先の戦術と駆け引きに熱中する……やっていることと言えばМ2をポチポチと操作しているだけだ。未知の敵を分析し、時には強弱緩急をつけながら魔法戦闘を行う能力。そして何より圧倒的な体力と魔力。それが無ければ、たとえ装備を整えようと、マモノと戦うことなどできない。マジック・スポーツ……あれは戦士ソルジャーじゃない、打鍵手タイピストだよ」

「……あなたが何と言おうと、マモノは消滅したというのが、政府と軍の公式見解なの。備える必要はないのよ」


「だから、俺は自分で戦える人間を育てると決めた」

「そう決めたから、近接戦闘やマニュアル撃ちを積極的に教えているのね。それでチャンピオンまで輩出しちゃうんだから、大したものよ」


「お前も軍を辞めて一緒にやるか? 毎日シリアルが食べられるぞ」

「私は軍に忠誠を誓っているし、軍と政府が判断を誤るはずがないわ」

「急にディストピアじみてきたな」

「新しい教え子を見つけたようだけど、その子に変な思想を吹き込むようなら、今度はスキャンダルだけじゃなくて本当に逮捕されるわよ。あなただけじゃなくて、教え子さんも」


「肝に銘じておくよ」

 ぶつりと通信が切れた。外を見ると、警察の姿は消えている。


 軍を離れて5年、М2トレーナーを辞めて3年になるが、未だに監視が厳しい事実に、悄然として窓際に立ち尽くす。

 しばらく物思いにふけっていたヤマガミだが、酔っぱらいのような陽気な足音と鼻歌に、顔を上げた。


「師匠、ただいま戻りました! 見てください、スポンサーゲットしちゃいました!」

 満面の笑みのマドカが、事務所に飛び込んできた。ここまで走ってきたせいか、黒い長髪がくしゃくしゃになっている。いつも整っているコガネとは対照的だ。


「お前、チャンピオンに模擬戦で負けたんだろう? 随分元気だな」

「うっ。なぜそれを」


「明日から、メニューを増やして特訓だ」

「はい、お願いします。もう負けたくないです」

 マドカは、まっすぐな目でヤマガミを見る。

 曇りの無い瞳に見つめられ、胸の奥に芽生えたわずかな罪悪感を、平和への決意で押しつぶした。

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