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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件B(事例1-2) タイピスト③

「もうちょっと何とかならないですかね」

 薄味のクラッカーを齧りながら、マドカがぼやく。


「朝はシリアル、昼はクラッカー、夜はビスケット。飲み物は低脂肪乳だけ。ちょっと質素すぎませんか、師匠? たまにはお肉とか甘味とか……」

 粗末な木製テーブルの上には、クラッカーとピーナッツバター。気休め程度にドライフルーツも置かれているが、水分の抜けきったリンゴは、何とも味気ない。


「金が無い。ファイトマネーを稼ぐか、大会で実績を出してスポンサーでも捕まえるんだな」

 パーソナルターミナルを操作しながら答えるヤマガミは素っ気ないが、嘘ではない。事実、金は無い。

 ヤマガミは、軍は追放されていて、年金は無い。トレーナー時代の貯えも心許ない。


 もちろんマドカもお金など持ち合わせていない。いくつかの大会に挑戦し賞金を得ているが、まだまだだ。小さな賞レースでは賞金の額などたかが知れているし、スポンサーが付くほどでもない。

 だが、確実に知名度は上がっているし、勝ち星を増やしている。ヘリオス杯本選への出場権獲得へ向けて、着実に歩を進めている。


「分かりました、ちょっと野良試合にエントリーしてきます」

 パーソナルターミナルで公式アプリを起動しながら、マドカはヤマガミの事務所を出た。

 安普請の細い階段をカンカンと駆け下りつつ、即時マッチングできるスポットをいくつかピックアップする。

 日当たりの良くないビルの隙間の小道を抜けた時には、ヘリオポリス平和記念公園の対戦スポットへの登録が終わっていた。


 マジック・スポーツ協会のアカウントさえあれば、対戦はいつでもできる。勝利を重ねれば、ポイントを加算出来て、大会出場が有利になる。スポンサー探しにも役立つことがある。


 ヤマガミに弟子入りしてから20日が過ぎるが、ヤマガミの指導を受けつつ、大会参加や野良試合をする毎日だ。理論でも実技でも指導が厳しすぎるので、試合の方が楽なくらいだ。

 今日は、午前中に魔法戦術理論の座学講義と鉄下駄兎跳びを終えている。午後はもともと実戦練習の予定であったので、決して逃げたわけではない。

 そう、逃げたわけではないのだ。


 公園に入っていくと、少し空気が心地よく感じる。散歩中のお爺さんや芝生で遊ぶ家族連れでにぎわっている。

 それらを眺めつつ、公園の中央に走る。


「あれ、結構人が集まってる」

 公園内のヘリオス像前には、10人ほどが集まっている。

 М2を持ちパーソナルターミナルを起動しているところを見ると、皆目的は同じだろう。ネット上での対戦もできるが、通信環境が満足でない場合は、対面や通信スポットを選択することになる。

 結果、こうしてプレイヤーや観客が集まるのだ。


「こんにちは!」

 一声かけて輪に入ると、マドカはアプリを起動して対戦相手を探す。

 対戦待機中のリストを見ると、ほとんどがハーフダイブ・ツーオン設定を希望している。物足りなさもあるが、仕方ないと割り切ることにした。


 対戦希望のメッセージを送り、次々と対戦をこなす。

 ヤマガミの指導を復習するように、ヘリオス撃ちを連発する以外にも、様々な戦法を試した。

 攻防の隙に攻撃魔法を待機状態で複数準備し機を見て攻勢をかける「雀刺し」や、ひたすらに防御を重ね相手の消耗を待つ「穴熊」など、定跡とされる戦術で、勝利を重ねる。


 マドカにとって意外だったのは、防御系の戦法のハマり具合だ。技術と判断力が求められるものの、膨大な魔力量を持つマドカとの相性は抜群だった。ヤマガミのトレーニングで精度が上がり、今では必勝の戦法の一つになっている。

 今日も、先行と追込の両戦法を交互に試している。


 野良試合を繰り返し、続けざまに5連勝したところで、一息ついた。


「もしかして私って強くなってるんじゃない?」


 思わず独り言がこぼれる。ヤマガミの指導を受けるようになってから、ランクの高い大会や対戦相手にめぐり合う機会が増えているものの、これまで負け知らずで来ている。

 自分より実績がありポイントの高い相手にも、苦戦することなく勝てるようになっている。

 一人で「師匠には全然勝てないのになあ」などとぼやいていると、唐突に後ろから声をかけられた。


「ねえ、勝負しない?」 


 振り向くと、キャップを目深に被った少女が立っている。マスクと眼鏡のせいで顔は分からないが、声から察するに、マドカと同じか少し年上だろうか。

 身に着けているのは簡素なデザインの白シャツとチノパンだが、生地の質感からブランド物だと分かる。

 対戦スポットにいる、お金を持っていそうな若い女性。もしかすると大会常連者や高ランクの選手などではないだろうか。そんな想像が頭をよぎると、自然に気持ちが昂る。


「はい、対戦しましょう! ハーフダイブの2オンでいいですか?」

「は? フルダイブのオールオンに決まってるでしょ?」

「え……私は大丈夫ですけど、いいんですか!?」

 公式戦を重ねた今となっては、さすがのマドカもフルダイブのオールオンが敬遠されていることを理解している。最近は、ヤマガミとの訓練で用いるくらいだ。

 こうも当然のようにオールオン設定を申し込まれると、かえって驚きが勝る。


「何の問題があるの? 別にアタシはダメージ受けないし。それと、観戦ありの完全公開ね」

 対戦は、非公開で行うこともできるし、公開範囲を限定することもできる。完全公開ということは、この場にいる人やマドカたち当事者のフレンド以外であっても、ネット上で検索すれば誰でも観戦できる。


「自信がないなら、やめとけば? アンタの負けるところ、皆に見られちゃうからね」

 少女の挑発的な態度に、マドカは火が付いた。


「やります!」

 パーソナルターミナルを叩くように起動し、対戦アプリを立ち上げた。既に目の前の少女からの対戦申込が来ているので、受諾ボタンを押下する。その際に少女の名前が目に入った。

 

「アサヒナ……コガネ……? ジュニアチャンピオン?! アサヒナ・コガネ選手?!」

「今、あんまり機嫌がよくないんでさ。ちょっとしか手加減しないよ」

 少女が帽子を外すと、長い金髪がたなびく。いつも憧れを抱いて見ていた、ジュニアチャンピオンのトレードマークだ。

 すぐに周囲の人がチャンピオンに気付き、沸いた。「チャンピオンだ」「アサヒナ・コガネだ」「試合をするみたい!」といった歓声が上がり、その声がさらに人を集める。カメラを掲げて撮影を始める者や、アプリを起動して観戦をする者も現れる。


 アプリに表示される対戦観戦者数が、跳ね上がる。さっきまで20人を超えないくらいだったのに、今は12,000人を超えている。

 きっとチャンピオンのファンが、アプリ上で彼女をフォローしており、対戦開始の通知を見て観戦し始めたのだろう。


「アンタ、先生の指導を受けているそうだけど、ホント?」

「はい。あ、そうですよね、コガネさんもヤマガミ師匠の弟子だったことがあるんですよね!」

 ジュニア・チャンピオンのアサヒナ・コガネがヤマガミの指導を受けていたのは、周知の事実である。彼女が大会などで実績を挙げ始めたときに、ヤマガミのスパルタ指導が問題視され、報道によって世間からバッシングを受けることになった。そしてヤマガミとの決別後に、チャンピオンとなった。


 チャンピオンのスポンサーなどは、スパルタ指導の報道などでマイナスイメージが定着したヤマガミを、彼女の経歴から抹消したがっているが、マドカのようなマジック・スポーツマニアは、当然のように知っている。


「は? 私は、今も師弟関係を解消したつもりはないんだけど?」

 声音は静かだが、明らかに怒気を含んでいる。透き通るような肌だが、その頬がさらに白くなったように見える。


「先生のアプリ情報を見ていたら、急に非公開模擬戦が増えてるし、対戦相手はアンタばっかり。そのうえ、アンタのプロフィールのトレーナー欄には、先生の名前が書かれてる。それどういうこと? なんか、腹立つよね」


 コガネは、いら立ちを隠さずに、戦闘開始ボタンを叩くように押下した。

 二人が今回フルダイブしたヴァーチャルの舞台は、スタジアムだ。

 円形の平地と、それを取り囲む観客席が目に映る。聴覚が接続されると、大歓声が耳を打つ。リアルタイムで観戦者が表示されているのだ。


 空中の数字は、既にカウントダウンが始まっている。それを見て、マドカは冷静になった。チャンピオンと模擬戦が出来る。こんな機会は、きっと二度と無い。せっかくなら、勝ってやろう。

 持ち前の負けん気が頭をもたげる。


 さて、どう戦おうか。マドカは考えた。

 アサヒナ・コガネと言えば、歴代最強とも言われるマジックスポーツ選手だ。

 先行戦法も追込先方もこなすオールラウンダーで、魔法の強弱や属性選択も豊富で、多彩な戦術を巧みに使い分ける。魔力量もずば抜けており、長期戦をものともしない。


 幾つかの手筋を頭の中で組み立てるが、すぐに考えるのをやめた。

 まずは得意の速攻だ。初手からヘリオス撃ち、そこから先は流れ次第で臨機応変にいく。

 腹を決めると、カウントかゼロになった瞬間、即座に魔法を発動した。


 ヘリオス撃ちは、見慣れた初級や中級攻撃魔法に見えるが、威力はこれを上回る。特に選魔眼が良いほど、最小限の防御魔法で凌ごうとするので、ヘリオス撃ちの餌食になりやすい。知識と対応力が無ければ、初手で勝負が決まることもある。

 これを防ぐには、見た目より強力な攻撃魔法が来ると想定して、魔力ロスを覚悟の上で強力な防御魔法を使うしかない。一目でヘリオス撃ちと見抜いて、適切な防御を構築することなど、一流のプレイヤーでなければ、できるものではない。


 コガネは、やってのけた。

 次々と襲い来るヘリオス撃ちの攻撃魔法に対し、最小の魔力で最適な防御を最速で構築し、攻撃を弾いていく。

 きらびやかな魔法の攻防に、観客が盛り上がり、チャンピオンに声援が飛ぶ。

 慣れぬ雰囲気に動揺するマドカだが、コガネは小動もしない。一歩も動かず、М2の操作に集中している。


 必然、防御魔法の構築は、マドカの攻撃より早くなる。そうして生み出した余剰の時間を使い、攻撃魔法を構築し待機状態にしていく。時間が過ぎるほどに、待機中の魔法は三つ、四つと増えていく。

 これが一斉に放たれれば、マドカは防ぎきれない。


「それなら、いっそ!」

 マドカは、攻撃の手を止めた。


「何? 諦めるの?」

 即座にチャンピオンの攻撃魔法が襲い掛かってくる。これを、あるものは回避し、あるいは防御魔法で防ぐ。


「魔力量なら、絶対負けない。我慢比べよ」

 属性や威力を合わせらないときは、魔力量で無理やり防御力を底上げして押し返す。半ば力ずくでの穴熊戦法だ。

 力技の持久戦に活路を見出したマドカだが、コガネの対応は早かった。


「あ、そう。そういうこと、するんだ」

 今度はコガネが攻撃の手を止めた。そして、ゆっくりと魔力を練り上げ、巨大な魔法の構築を始めた。


「あれは火属性の上級? ……いや、英雄級だ。防げないかもっ」

 М2を使用すれば、効果は固定的になるが、魔法発動の時間は大幅に短縮される。それでも英雄級の魔法となれば低位の魔法より数秒とはいえ多くの時間を要する。


 今しかない。

 マドカは決断して、地を蹴った。

 こぶしを握り締めて、全速力でコガネと距離を詰める。


「何でも有りが、ヘリオス杯! えいや!」

 コガネ目掛けてこぶしを振りぬく。渾身の一撃だが、空をきる。


「それ、先生の受け売り? ダサ過ぎ」

 半身に体をよじってマドカの打撃を躱すと、コガネは、たっぷりと力の乗った掌底を繰り出した。


 手のひらがマドカの鳩尾をえぐり、その体を吹き飛ばす。まるでサッカーボールのように転がるマドカへ向けて、コガネの追い打ちの魔法が撃ち込まれた。発動準備を終えた、英雄級の火属性魔法だ。


 爆音とともに火柱が上がり、VRのスタジアムを白く照らす。

 観客の大歓声に包まれる中、アプリの合成音声がコガネの勝利を告げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回はこれまでになかった熱血スポーツもの(青春スポーツもの)ですね。 これまでひとりぼっちで功夫を練り上げ続けてきたマドカですから、悔しがってもなんだかんだ「姉弟子が来てくれた!」と喜びそう…
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