案件B(事例1-2) タイピスト②
バーチャル空間に降り立ったマドカとヤマガミは、距離を取って向かい合った。
ヤマガミが選択した模擬戦闘用のステージは、殺風景な平原だ。二人の姿以外は、青い空と緑の芝しかない。
「準備は?」
「大丈夫です」
ヤマガミの問いに、マドカは笑顔で簡潔に答える。
「楽しくてたまらない……そんな表情だな」
「はい、楽しいです!」
僅かに顔をしかめ、ヤマガミは戦闘開始ボタンを押下した。
上空に数字の3が現れ、一秒ごとに減っていく。カウントがゼロになった瞬間、二人は同時にМ2を起動した。
「先手必勝、行きます!」
マドカが火炎球を放つ。一つではない。二つ、三つと続けて作り出し、次々と撃ち出す。
「先行タイプか」
対するヤマガミは、直立不動のまま耐火魔法防壁を作る。
対人魔法戦闘の個人戦におけるセオリーは、大きく分けて二つある。一つは、攻撃魔法を連発し、相手に主導権を与えずに押し切る先行タイプ。もう一つは、序盤に防御や回避をしつつ攻撃の機会を探り、最後に逆転する追込タイプ。
アマチュアでは先行タイプの勝率が高く、競技者のレベルが上がるほどに追い込みタイプが優位になる。これは、先行タイプに要求されるのは先手を打ってコンスタントに魔法を撃ち続ける魔力と発動速度だけであるが、追込タイプはそれに対応する高度な判断と繊細な行動を要求されるからだ。
アマチュア戦では、先手を取って属性を変えつつ撃ち続けるだけでも勝ててしまうものだ。しかし、相手の発動する魔法を見極め、消費魔法を抑えつつ防御する技量があれば、手痛い反撃を加えることが出来る。
迷わずに先行戦法を採ったマドカを見て、ヤマガミは落胆した。
強い戦士を求める事情があるヤマガミとしては、どこかでマドカに期待をしていた。どれほど強いのだろうかと。だが先行タイプという事は、これまでもレベルの低い者たちを相手にステータスの高さだけで押し切っていただけに過ぎないのだろう。所詮、井の中の蛙に過ぎない。
飛来する火魔法に対して、属性付与したマジックバリアを次々と展開する。マドカが発動しているのは、全て火属性中級攻撃魔法だ。その消費魔力から逆算すると、一般的な魔力量の人間であれば15発が限度だろう。
子どもにしては、魔法の発動速度が速い。しかしヤマガミの速度と精度、魔力量であれば、バリア展開による防御が崩されることは無い。相手の魔力切れを待って、反撃をするだけだ。
そうして30秒が過ぎた時、ヤマガミは異変に気付いた。
マドカは余裕の表情で魔法を放ち続けている。そして、その威力が少しずつ強まっている。ヤマガミの戸惑いに気づいたのか、マドカは楽しそうに笑った。
「私の魔力切れは期待しないでくださいね! さあ、ドンドン行きますよ!」
放たれる魔法の威力と速度が、一段と増す。М2を使用した魔法は、基本的には同じ消費魔力で、同じ威力と効果になる。しかし消費魔力を大幅に増やすことで、発動速度や威力を底上げする技術がある。
だが魔力の燃費は極端に悪くなるので、使用されることはほとんどない。連続攻撃の中にこれを一つ紛れ込ませる程度だ。マドカの様に連続で使う者など、いない。
「なるほど、ただの魔力馬鹿ではないのか……。無尽蔵に近い魔力量が、君の切り札ということか」
「いえ、正確には“無尽蔵の魔力を前提とした、今まで見たことも無い戦術”が勝利の方程式です!」
さらに威力と速度を増した魔法が、ヤマガミに襲い掛かる。
「素人考えだな」
言うと同時に、ヤマガミは地を蹴った。遺伝子エリートと呼ばれるエルフ種とドワーフ種の血を引くヤマガミは、魔力量も体力も並外れている。そして、かつては軍で英雄と呼ばれた男の身のこなしは、超一流だ。
バリアで攻撃を防ぐだけでなく、その身体能力を生かした高度な体さばきで、魔法を回避する。回避すれば防護魔法の発動が一つ減り、手が空く。そうして作り上げた一瞬の間で、М2へ魔力を流し、攻撃魔法を発動する。速度重視の雷属性初級攻撃魔法だ。
「うわっと……?!」
その速度に対応仕切れなかったマドカは、属性防御を付与できず、力ずくの無属性マジックバリアを選択する。その発動は、明らかにもたついている。
バリアは雷魔法を弾くが、瞬時にヤマガミが距離を詰めた。
「こなくそぉ!」
慌ててマドカがМ2に魔力を流す。だが、魔法発動に先んじてヤマガミの拳が振り抜かれる。
「うげべらっ!」
腹部を突かれて声を漏らすも、後ろに飛び退いて立て直しを図る。しかし、間に合わない。
「距離を取って魔法で攻防することしか念頭に無いようだな。魔法の方が速く強力だから専ら使われるのだが、ヘリオス杯が想定する戦闘はそもそも“何でも有り”だ」
ぴたりと後を追うヤマガミが、右の拳でマドカの顔面をまっすぐに打ち抜いた。もんどりうって倒れるマドカに追撃を入れようとするが、その前にサイレンが鳴る。
「勝者、ヤマガミ!」
電子音と共にアプリの機械音が、決着を告げた。
「敵の魔法を発動前に見抜く能力が欠けている。防御魔法の精度が低い。身体能力が低い。そもそも、攻撃魔法が一辺倒で下手くそだ。課題は多いな」
そう言ってマドカを見下ろすヤマガミは、息を乱すことも無く、涼しい顔だ。
「とは言え、魔力量と制御能力は高い。見どころはある。真っ当なトレーナーについて、堅実に励むことだ」
「……参りました」
地面にひっくり返っていたマドカは、息を整えるとようやく言葉を絞り出した。顔を土で汚し、草が口に入っている。オールオンの設定なので、痛覚は反映されている。本来であれば顔面を骨折しているであろう打撃だ。
だが、マドカは笑顔だった。
「やっぱりヤマガミさん、すごいです! 私の“ヤマガミ戦法”が全然通用しなかった!」
消費魔力が激増する代わりに威力と速度を増すこの技術は、他でもないヤマガミが開発したものだ。通常の攻撃魔法の合間にブーストした魔法を織り交ぜることで、追込タイプの戦術は千変万化の多様性を持たせることが出来る。先行タイプでも緩急をつけることが可能になる。
かつての教え子たちに叩き込んだ必勝の戦術でもある。
「こんなもの、どこで覚えた?」
「ネットで見つけて、独学で」
「嘘を吐くな、子どもが独学で身に着けられるほど簡単ではない」
「はい、すごく難しかったです。だから、すっごく練習しました。ヤマガミさんが編み出した戦法なので、必死で練習しました」
マドカの目は、真っすぐにヤマガミを見つめている。
「……そもそも俺がこの技術に付けた名は、ヤマガミ戦法じゃない。“ヘリオス撃ち”だ」
「ヘリオスって……20年前の対マモノ戦争を勝利に導いた“ミーネンロイマー攻防戦”の英雄ヘリオスですよね?」
ヤマガミの口から出てきた歴史上の偉人の名前に、マドカは戸惑いを隠せない。英雄ヘリオスといえば、マモノと呼ばれる侵略生物と戦い撃ち破った英雄だ。滅亡の危機に瀕していた人類の救世主として、誰もが知っている偉人である。
「ああ。自分の体への負担を考慮しないとき、高位魔法に頼るより、初級から中級程度の魔法を暴走させ連射した方が、秒間火力は高くなる。人型マモノ……英雄ヘリオスの戦い方を見て、俺が戦後に編み出した戦法だ」
「へー。英雄ヘリオスっていえば、英雄級光魔法を使ってると思ってました。映画とか再現映像だと、デカい魔法をドッカンドッカンやってますよね」
「事実と、脚色された英雄とは違う。魔力炉数基分の魔力で、暴走させた低位魔法を高速連射する戦闘法だった。そして俺は、ヘリオスに匹敵する戦士の育成を目指してヘリオス撃ちの技術を確立した。だがこの技法は、マジックスポーツでも有効ではあるが、本来は実戦での戦闘に重きを置いている。だから、使いこなすには過酷な訓練と魔力増強が必要になる。実際、俺の教え子で、訓練に耐えきれずに脱落したものは多かった」
「……それが、スパルタトレーナーとしてバッシングを受けた理由ですか?」
顔を曇らせるマドカとは違い、ヤマガミの表情は変わらない。全くの無表情だ。
「ああ。そして俺のスタンスは変わらない。強い戦士を育成する事、これが第一の目的だ。マジックスポーツ選手の育成は、その手段に過ぎない。だから俺の下で学ぶのは止めておけ。普通のトレーナーを見つけて、普通に努力しろ」
「いえ、構いません。それでも私は、ヤマガミさんに指導してもらいたいです。何としてもヘリオス杯で優勝したい。強くなりたいんです!」
泥と草に汚れたままの顔で、強く言い切った。
「私のお母ちゃんとお父ちゃんは、防壁外の居住区の端っこでジャガイモを作ってます。戦争で勲章を貰ってるわけでもないし、大企業に勤めてるわけでもないので、あんまり裕福ではないです。純粋な人間種だから、魔法なんて全然使わないし、マジックスポーツに興味もありません」
「そんな両親の下で、お前はどうしてヘリオス杯を?」
「平和になったといっても、人間種には生き難い世の中なんです。人間種っていうだけでお兄ちゃんやお姉ちゃんの進学や就職が不利だったし、馬鹿にされることが多いし……。ジャガイモ作ってるお母ちゃんは立派だし、尊敬できる。そんなお母ちゃんたちが、エルフ種やドワーフ種の血を引いているっていうだけの人たちに馬鹿にされるのは我慢ならないんです!」
マドカの目に宿っているのは、怒りの感情ではない。ヤマガミには理解できた。
「お母ちゃんたちは気にしてませんけど……。でも、私は見返してやりたい。だから、ヘリオス杯で優勝して、皆をアッと言わせてやりたいんです! 人間種だからってバカにするなって、世界中に言ってやりたいんです!」
「……明日からトレーニングを始めよう。まずはヘリオス杯に出場するために、地区予選で実績を残す必要がある。時間が無いぞ」
ヤマガミの言葉に、マドカは目を輝かせた。
「いいんですか?!」
「ああ。ただし、トレーニングはスパルタで行くぞ。ついてこれなければ、問答無用で放り出す」
「構いません! よろしくお願いします、師匠! ……ついては、お願いなんですけど」
「なんだ?」
不穏な気配を感じたヤマガミの顔が、固くなる。
「家出して来てるので、居候させてもらえればと……。お金が無くって……」
「お前……」
「大丈夫です、あっという間にマジックスポーツのトッププレイヤーになって、お金をガッポリ稼ぎますから!」
「……想像以上の単細胞だな。早まったかもしれん」
フルダイブ状態のせいか、ヤマガミは確かに頭痛を覚えていた。




