課長 朝日春風
「こうもお客さんが来ないと暇ですね、アサヒ課長」
オールドが野太い腕を頭の後ろに回しながらつぶやいた。
「何を言っているのだね、君は。ダンチョネ神殿が繁盛するという事は、神に縋るほど困窮した者が多いという事ではないか。そんなことではイカンよ」
「あ、すんません」
ダンチョネ神殿が開業して丸2日が過ぎたが、まだ客はいない。閑古鳥が鳴く開店休業状態に、春風とオールドは、すっかり気が抜けている。
自席に座る春風はだらーんとだらしない格好で伸びているし、オールドは水煙草を蒸らしている。
「それにしても暇ですね、アサヒ課長。先行きが不安になっちまいますよ」
「ほんとだよね、暇が暇で暇すぎてタケノコが生えそうになってるもん。これじゃあ倒産しちゃうんじゃないかな。今月の給料って、ちゃんと出るのかな? 早くお客さん来ないかな」
自分に不利益な情報が出た途端に発言をころっと変える春風だが、オールドは既に慣れた様子で聞き流している。
備品の発注やご近所への挨拶回りなど、開業に向けた準備を2人で忙しくこなしていく間に、すっかり春風流に染まっているのだ。
「そこを何とかするのが権能執行課長のハルカちゃんの役目だヨ」
だらける二人の前に、真っ赤なハットを被り、真っ赤なスーツを着たダンチョネが颯爽と現れた。
「私っすか?」
「そウ。事務分担表の権能執行課の欄に書いてあるヨ。権能の執行、販売促進、営業、新規顧客の開拓、信仰拡大、その他ダンチョネ処女神殿の拡大に関すること……ってネ」
「ほんとだ。という事は、私が自分の裁量で全部やっちゃって良いってことですか?」
「そうだヨ。なんて言ったって、決裁権限を持つ課長だからネ。ただし責任もついて回るから、不安があったら、あらかじめ私に相談してネ」
「事前に相談しておけば、ちゃんと責任取ってくれるんです? 書類にハンコが押されていても、んなの聞いてねーよって切り捨てられないです?」
春風が親指を立てて自分の首を切るジェスチャーをすると、ダンチョネはカラリと笑った。
「そこんとこは大丈夫だヨ。私とて、伊達にコウリュウ精霊府で係長を勤めていたわけではないのダ。世界を滅ぼすとか、大精霊コウリュウ様に反逆するとか、どうしようもない事態を起こさない限りは、大丈夫。尻拭いくらいはちょちょいのちょいサ。それに、ハルカちゃんなら、そもそも責任問題になるような失敗はしないと信じてるヨ」
ダンチョネがニコリと笑う。
「任せてください! これでもあちこちの世界に知り合いがいますからね。困りごとが無いか調査して、営業かけてきますよ」
「頼もしいネ。私は、開業の挨拶まわりで忙しいんダ。ツバ付けておいた各世界の契約者達に、一人立ちしたから今まで以上に願いを叶えるよ、信仰と捧げ物と寄進をヨロシクだよって言ってまわってるとこロ。もう暫くは、留守にするヨ」
「りょ!」
「あの、ダンチョネ様、アサヒ課長、ひとつよろしいでしょうか」
二人の気の置けない様子に気を使いながらも、オールドがおずおずと割り込んできた。
「俺の部下が未配属の件はどうしましょうか? それに総務庶務担当課もまだ人員がいませんし」
ダンチョネ神殿は、元々2課6人体制を予定していた。
だが、開業2日目の時点で、権能執行課はあるものの、その他総務関係を担当する課は影も形もない。
そして、権能執行課も春風とオールドの2人しかいない。
権能執行課長たる春風の部下であるオールドは、権能執行課の係長であり、本来であれば部下を1人付ける予定であった。
しかし結局開業までに採用が間に合わず、部下不在の役職者になっているのだ。
「総務関係の課は、人員の確保までは出来ていル。早ければ今日にも到着するはずだヨ。オールド君の部下は……」
そこでチラリと春風見る。
「未定なんだよネ。ハルカちゃんのツテで良い人材いないかナ?」
「私のっすか? ジュゲム先輩かマオでも連れてきちゃいますか?」
「実現すれば最高だけど、ジュゲム君は今頃、コウリュウ精霊府の権能執行専門官としてバリバリ活躍してるから難しいかもネ」
「へえー、ジュゲム先輩ってそんな役職に就いてるんですね。偉いんですか?」
「偉い偉い、とっても偉イ。権能執行課長と同じくらいの権限があるから、楽しくて仕方ないみたいだヨ」
「それは随分出世しましたね、ジュゲム先輩のくせに」
「ジュゲム君を引き留めるために、メリーアン部長が新設したポストらしいヨ。そんなトコロから引き抜くなんて、恐ろしくて出来ないわヨ」
青ざめるダンチョネに、春風も同調する。
「メリーアン部長は怒らせない方が良いっすね。他を探します」
「それが良イ。出来るだけ真面目で、それなりにコネもあって、安い給料でスタートしても大丈夫な人材を探してくれると嬉しいナ。神殿経営が軌道にのったら、ハルカちゃんを含めてみんな必ず昇給するから、ネ!」
昇給と聞いて、春風の目に炎が宿った。
「私にまかせてもらおう! 営業と採用に行ってくるよ!」
突然駆け出した春風を、オールドは呆けて見送るしかなかった。
「じゃ、そういうことだから、私も行ってきまス」
続けて、ダンチョネも颯爽と神殿をあとにした。
「えぇ……? 上役は指示も出さずにいなくなるし、部下はいないし、客は来ないし、どうしろって言うんだよ……」
ぼやきながらも、ただ待っているわけにはいくまいと、オールドは取り合えず神殿の雑巾がけを始めた。
「二人のうち、どっちかが帰ってくるまでは神殿の掃除でもしておくか。ま、すぐに戻ってくるだろうよ」
その後しばらく、ダンチョネ神殿は、清潔さで広く知られることになる。




