未経験者大歓迎のアットホームな職場
長いトンネルを抜けると王国だった。
丘を囲む建物群と、さらにそれを取り囲む城壁。第五世界フェルミオンのロムレス王国の王都だ。三度目となる第五世界だが、様子は変わっていない。
400年のうちに世相は変わったと思っていたが、そうでもないらしい。
というのも、以前に春風が訪れてから、3か月しか経過していない。第12世界への400年の出張で、地球以外の異世界でも400年が経過したものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。理屈は分からないが、まあそういうもんだろうと春風は納得することにした。
目の前には王都、左を見れば青い海、右を見れば新緑の森、見上げれば青空と白い雲だ。うとうととしていたが、車窓の眺望に、すっかり目が覚めた。
隣席のじいさんが、同じように外を見て、頓狂な声を出している。一等客車に似あわぬ振る舞いだ。普段なら「なんて騒がしい」とすこぶる不快そうにつぶやかれ、毛虫のごとき扱いを受けるだろう。
だが、この景色を見れば、誰だってそうする。私だってそうする。映える眺望に、落ち込んでいた気分が良くなった。
思えば、誰譲りか知らぬが、無鉄砲で随分と損ばかりしてきた気がする。最大の失敗は、メリーアン課長……今はメリーアン部長だが、彼女を怒らせたことだろう。そのために400年も異世界で文化を打ち立てる仕事に従事する羽目になり、今度は休暇もままならずに出向させられているのだ。
いや、思い違いしちゃいけない。私は、ちっとも、しょげてはいないのだ。少しばかりびっくりしただけだ。前向きに頑張ろう。
お金は十分に持っている。いつだって辞めてもいいのだ。だのに仕事を続けているのには意味がある。
出向先に、大いに興味をそそられたからだ。
独りごちている間に、旅客馬車は門を抜ける。白壁の家々が並ぶ街の中央には丘があり、その麓の広場に馬車は停まった。降車すると、目の前に目的地ある。
聖神シュアスを祭る巨大な神殿の脇にある、程よいサイズの一軒家。
出向を命じられたダンチョネ処女神殿だ。
かつてはコウリュウ精霊府の権能執行課で係長を務めていたが、春風が異世界出張生活をしている400年の内に脱サラして、ついに自らの神殿を立ち上げるのだという。しかし、大精霊コウリュウの配下である破壊神メリーアンの眷族的立ち位置であるので、いわば系列会社と言える。
春風としては、グループの子会社に出向させられたようなものなのかなと割り切っている。むしろ、全く知らぬところに追いやられたわけではなく、仲良しのダンチョネの下で仕事ができるのであれば、僥倖かもしれない。
というわけで、屈託なく建物に足を踏み入れた。
「こんにちは!」
内部はまだ散らかっている。机は並んでいるが、紐が解かれていない荷物がいくつも置かれている。神殿開きはこれからだろうかと見渡していると、奥からひょっこりと男が顔を出した。
「おう、誰だい嬢ちゃん」
獅子のような金髪の大男だ、のしのしと歩み寄ってくる。
「朝日と申します……。今日からこちらでお仕事をさせていただくんですけど……」
「アサヒ? 聞いていない名前だが俺の部下になる予定の人員か? 何せ神殿開きの準備でバタバタとしているんだ」
「そうなのかもしれないです。私も詳しいことは良く分からないまま、ここに来てまして」
「とりあえず座れ。せっかくだから一息入れよう」
そう言って椅子を勧めてくれる。
「俺はオールド・ファッションという。あちこちで仕事をしてきたが、どこも長続きしなかったところを、ダンチョネ様に拾っていただいた。とはいえ、ここでは係長の役をいただく予定だ。敬ってへつらうと良い」
「へい、よろしくお願いいたしますでゲス」
春風が素直に下手に出ると、気をよくしたのかオールドは、椅子に座り込むと雑談モードでくつろぎ始めた。
「とはいえ、俺も安穏としちゃいられねえ。さすがにダンチョネ様だけあって、優秀な人材があちこちから集まってくる予定だ。特にダンチョネ処女神殿の権能執行課長として、ものすごい大物を引っ張ってきたらしいぜ」
「へぇ。さすがダンチョネさんですね」
「そうだろう。何でも、コウリュウ精霊府で権能執行課に所属してきた敏腕らしい」
「おや?」
春風は感づいた。私もコウリュウ精霊府の権能執行課所属だったけど、まさか私のことじゃなかろうか。いや、でもその人物は、ダンチョネ精霊事務所で課長という職責を負うらしい。私はそんな話は聞いていない。ほな、私と違うかー。
「何でも、圧倒的な魔力を持った破壊神で、様々な苦難を暴力で解決したらしい。全世界が危機に陥った炎の魔神戦役では、数多の神々が手をこまねいて見ている中で、破壊の権能を用いて炎の魔神を打ち払ったらしい」
「んんんー?」
それ、私やないかい。魔神の炎をぶっ飛ばしたこと、あるよ!
いや、でも破壊を司ったことは無いし、神ではないな。ほな、違うかー。
「さらには、世界創造の経験もあるらしい。多くの世界で創世神として崇められているという話だ」
「ほほう」
私っぽくないか?
わたくし、一応、第12世界では神のように崇め奉られていたぞよ。いや、でもそれ以外の世界では知名度無いしな。
ほんなら、違うか。
「コウリュウ精霊府では、あのマオ・ウー様や堕落神ヤギェウオ、光明神ジュゲムといった方々に認められているらしい」
いや、確実に私じゃんけ!
第三係の皆々様が出てきて、私じゃないわけ無い。
「それ以外にも、生死と正義を司る女神ミュラや武神タケノミカタナ、幾何神ヘッジス、聖剣乙女フランチェスカといったお歴々とも交渉を持つ超高位の神で、名前はハルカだって話だ」
もう間違いない。私の名前だし、全部私の友達だもん。
どう転んでも私しか出てこないヤツやん。
「それでな、コウリュウ精霊府の人的資源課の資料を見るに、大飯食らいの薬物中毒者で、意外とトンマらしい」
なら私と違うかー。
お代わり3杯目には茶碗をそっと出す慎ましさは持っているし、不老不死で状態異常耐性があるから覚醒剤をガロンでイッキ飲みしても中毒にはならないし、何より理知的で抜かり無い才女ですからな。
などと妄想に華を咲かせていると、豊かな生命力を感じさせる海のような緑色のスーツを纏った女性が、颯爽と現れた。
「ダンチョネさん! 400年ぶりですね」
春風がぺこりと頭を下げると、ダンチョネが笑顔で右手をまっすぐに上げた。
「ハルカちゃん、ようこそだヨ! コウリュウ精霊府にはハルカちゃん名指しで派遣依頼したんだけど、オッケーしてもらえてホントに良かっタ」
「ダンチョネさんのご指名なら喜んで!」
鼻水を垂らしながら「コイツが破壊神ハルカ???」と目を見開いているオールドをよそに、春風とダンチョネはフィストバンプからタッチ、ハグとハンドシェイクを繰り返している。
「ハルカちゃんがいれば、乙女の守護神ダンチョネとして名を馳せ人々を導くことができると確信しているからこその、ドラ1ご指名なんだヨ。特にこの第五世界では、信仰が篤かった聖神シュアスの勢力が縮小傾向にあル。チャンスだヨ」
「へぇ、乙女の守護神なんですね」
「そウ! 我がダンチョネ処女神殿の方針は一つだヨ。乙女の一途な思いを叶えることダ」
拳を握るダンチョネが熱弁をぶつける。
「乙女とは、精神世界に清らかな聖域を持ち、憧れに胸を焦がす、未熟な心の持ち主のことを言ウ。これに当てはまるのであるならばヒトに限らず、動植物や悪魔、ケイ素生物、精神体、抽象的概念、宇宙人、未来人、超能力者……あらゆる者の望みを叶えル」
「いよっ、ユニコーン!」
春風がはやし立てると、まんざらでもなさそうにダンチョネがはにかむ。
「これで我が事務所の人員の半分が揃ったわけダ。ようやく始動出来るネ」
「半分……?」
「そう、半分だヨ。我が神殿は起業直後につき、業務量はたっぷりで2課6人体制。未経験者大歓迎のアットホームな職場でス」
「ああーなるほどー、なるほどー」
春風は、全てを悟った。




