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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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創世神アサヒの降臨、破壊神ハルカの帰還

 ヒィは、長い黒髪を首の後ろで縛ると、アサを刈り始めた。

 すらりと長い手足を器用に動かし、次々と刈り取っていく。すると、彼女の良く日に焼けた肌が、すぐにピリピリとしだす。


 独特のギザギザと尖った葉を持つアサは、ヒィを含む一部の者しか刈ることができない。

 このピリピリとした感覚があるせいで、他の者が刈ろうとすると、ぼうっとしたり、ふらついたりしてしまう。ひどい場合には、体が動かなくなったり、意味のない声を発したりするようになる。


 しかしアサは、多くの用途に用いられるので、採取しないわけにはいかない。

 茎部分の繊維は衣服に加工されるし、籠や縄にも用いられる。彼女が身に着けている衣服も、アサを編んだものだ。花を使って赤く染めた繊維を混ぜ、豊穣を祈念する模様をあしらった貫頭衣は、彼女の一番のお気に入りだ。


 花穂や葉は、神への祈りに欠かせない。乾燥させて火にくべながら祈るのだ。だが、ミコの適性がなければ、煙を吸うと腑抜けになってしまうので、扱いは難しい。

 そこで、彼女のようにアサを扱える者が、神へ祈るミコを任される。


 少し前にヒィが初めて空の神への祈ると、いつもより多くの雨が与えられた。

 以来、ヒィには、アサを採り、神に祈る役目が与えられた。

 ヒィの祈りによって雨は多くなり、最近では日照りがやわらぎ森に恵みが戻ってきている。そのため、優れたミコとして周りからの尊敬の眼差しを向けられてさえいる。


 尊敬は食料の多寡に直結する。雨乞いで成果を出せば、肉と果物が多く回されるので、最近ではおなか一杯になることもある。

 とはいえ、ヒィとしては、自分だけでなく皆がご飯にありつけるようになってほしいと思っている。

 かつては毛長象を一頭仕留めれば、数十人が何十日も食べ物に困らなかったらしい。だが、もうずっと昔に毛長象はいなくなったという話だ。年寄連中は、暑くなったからとも、森が無くなったからとも言っている。


 捕れる獲物は小さくなっていき、今では、一番の大物である鹿でさえ、5日も経たずに無くなる。毎日が飢えと隣り合わせなのだ。


 だが、最近は雨が増え暑さがやわらぎ、森が元気になり、獲物が増え果物が増えた。少し良くなってきている。

 きっと空の神が祈りを聞き届けてくれているのだ。

 そう思えば、祈りに気合が入る。

 皆が生きるためには、自分が気張らなければならないのだ。

 生存に向けた確たる意思と共に、ヒィはアサをせっせと刈っていく。


 籠がいっぱいになり、日が高くなったところで、そろそろ帰ろうかとヒィが空を見上げた時、不思議なものを見た。

 青い光と共に、不思議な格好の少女が空から降ってきたのだ。

 そのまま地面に叩きつけられて、土ぼこりが舞う。

「いや、落ちるんかい、死ぬかと思ったわ」


 聞きなれぬ言葉のはずだが、ヒィにはなぜか意味を理解することができた。

 かなりの高さから落ちたはずなのに、痛がる素振りも無い。呆気に取られて眺めるヒィの方へ、不思議な少女がしゃなりしゃなりと歩み寄ってきた。


「わぁ、君可愛いね。神鏡で見たとおりだ。どこ住み? ラインやってる?」

「あの……あなたは?」

「アサヒ・ハルカって言います。畑を耕しに来ました。できれば4か月から半年くらいで帰りたいと思っているので、ぜひ力を貸してください。おなか一杯ご飯を食べましょう」


 不思議な少女が話す内容はよく分からない。けれど、ヒィには聞き捨てなら無い部分があった。


「おなか一杯?! 食べられるの!?」

「もちろん。神を信じる者は、救われます」

 少女がヒィの手を取って、重々しく断言した。

「文明を興し、貴女方を繁栄に導きましょう」

 そして時は流れた。



☆ ☆ ☆




 ラビは、高揚した表情でコウリュウ精霊府の広い通路を歩いていた。

 浮かれ気分のままに飛び跳ねているだけでなく、父譲りの兎耳はピョコピョコと動いているし、母譲りの美しい金髪を指先でクルクルと弄んでいるし、鼻歌らしきもので丸っこい鼻をふんふんと鳴らしてさえいる。


 落ち着きが無いようにも見えるが、彼女の心中を知れば、誰もがやむを得ないと感じるだろう。そして、その心中は口から駄々漏れているので、読心術を持っていなくても、何があったかは窺い知れる。

「ついに、ついに水の権能執行課に……! よく頑張った、私! これでもう、お父ちゃんの七光りなんて言わせないよ」


 コウリュウ精霊府の総務事務総局長であるヘッジスを父に持つラビは、父に対する配慮から厚遇されることが頻繁にあった。

 加えて、彼女の母であるフランチェスカは、人の身でありながら、その類稀な剣の才能で大精霊コウリュウに召し抱えられ、半神となった英傑である。


 ラビの背後にこの二人を見ないものは少ない。

 そして、自分の力量に起因しない過剰な厚遇は、反発を招く。

 身近な人から見ると素直で勤勉なラビであったが、それでも両親の威光があるだろうと邪推して彼女を疎ましく思う者はいるもので、それなりに嫌な思いをしてきた。


 嫌みを言われるくらいならまだ良い方で、明確に敵意を向けられることや業務での協力を得られないことさえあった。

 神や悪魔というのは、元来、我が強いものだ。それらがひしめくコウリュウ精霊府だ。生まれに恵まれたラビをよく思わない者など珍しくはない。


 それでもめげずに、真面目にこつこつと仕事に取り組んだラビは、権能執行課の第二係へ転属を命じられたのだ。権能執行課といえば、権能や神格が優れ、業務遂行能力に秀でた、一部の者しか参画することの許されない花形の部署だ。

 誰もが一度は憧れる部署だと言っても過言ではない。


 さらには、第二係長から部長までの縦ラインは、コウリュウ精霊府内でも特に優秀かつ可憐な神々が御座に着いている。


 権能執行課第二係長は、あのタケノミカタナだ。貧しい人の身であったけれど、よく学び研鑽し、大精霊コウリュウの力を借りて世界の脅威と戦ったという。

 その後、この第七世界に神として転生し、コウリュウ精霊府に籍を置くという栄に浴している。長い黒髪と、袴にブーツという独特の格好が可愛らしい。信奉者が多いが、悪い虫を寄せ付けない番犬が2頭いるらしい。


 権能執行課長のアップル・スターは、かつては第十三世界の精霊王として炎の魔神と戦い、その後に創世神コウリュウへの厚い信仰心から、400年ほど前にコウリュウ精霊府での奉公を始めたという。

 七千年の間、精霊王として国を治めた手腕を遺憾なく発揮し、あっという間に権能執行課長に登り詰めた女神である。一見すると白い長髪が可愛らしい女の子なのだが、その神性と魔力と経験値は、精霊府内でも抜きん出ている。


 そして、水権能執行部長のメリーアン・メリーアンは、最強の武神であり、叡智も抜きん出ており、コウリュウ精霊府内においても圧倒的な影響力を持つ。

 400年前の大精霊コウリュウの親征では、その先陣を務め、黙示録級の魔神である銀狐ユルグを鎧袖一触にあしらったと言われている。短い黒髪が特徴的で、髪色に対比するかのような白く透き通った肌が美しい少女のような外見だが、コウリュウ精霊府内で最も崇拝される偉大な神の内の一人である。


 いずれも、ラビが尊敬し目標とする神々である。

 その配下に招かれたことは、鼻歌にスキップをしても足りないくらいの喜びだ。

 浮かれすぎていたせいか、ラビは普段使わない通路に入り込んでしまった。


「あれぇ? この辺りって転移魔方陣部屋があるところだっけ?」

 これまで異世界へ出張することはほとんどなかったため、ラビにはあまり馴染の無いエリアだ。

 耳と鼻をひくひくさせながら歩いていると、正体不明の違和感を覚えた。

 

「何だろう?」

 違和感は、最奥の部屋から感じられるような気がする。

「赤い扉……。たしか、何百年も前から閉鎖されている部屋だっけ」

 せっかくだからと、記憶の片隅から部屋の情報を引っ張り出した。


「確か、何か強力な神か悪魔が異世界に送り出されたはずだけど……」

 神経を集中していくうちに、ラビの体と思考が凍り付いた。

 違和感の正体が、かつて感じたことのないほどの魔力と、それによる強烈な圧力であると気付いた瞬間に、全身が震え、総毛だった。


 そして、ラビは噂話を思い出した。

 奴隷階級の出自にも関わらず権能執行課に配属され、底知れぬ魔力で異世界から襲来した魔神を退け、その後に何かが起こり、メリーアン水権能執行部長によって異世界へ幽閉されるに至った、暗黒の破壊神。その名はハルカ。

 そんな噂話を聞いたことがあった。


 数百年前に封印された伝説の邪神が、いま復活しようとしているのではないのか?

 そんな疑念に駆られ、ラビは震え上がった。

 そして、異変を伝えるため、走り出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 400年もあると、神々の職場でさえ色々といれかわっていますね。 メリーアン元課長も部長にまで出世して、アップルさんも憧れの職場で課長まで出世したのですね。おめでとうございます。 ……そして…
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