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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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極悪上司をからかったら追放された有能カワイイ従業員の私~今更謝ってももう遅い、調子に乗った私は絶対許してもらえないと思うタスケテ~

 コウリュウ精霊府の出張用転送魔方陣が設置された部屋は、10メートル四方ほどの、石造りの大きな部屋だ。だが、明り取りの小さな窓があるだけで、その他には何も無い。

 殺風景な室内には、春風の他に、課長のメリーアンと係長のヤギ、ジュゲム、マオが揃っている。

 皆はいつもどおりの格好だが、悲壮な表情の春風だけは、エベレストに登頂できそうなほど大荷物を背負っている。


「覚えてろよぉ、かちょー! 絶対に絶対に絶対に、生きて帰ってやるんだから!」

 春風が吠えようとも、メリーアンは眉一つ動かさない。


「安心しろ、アサヒ・ハルカ。本案件の遂行上必要であるとして、貴様には不老不死の権能が付与されている。5年であろうと10年であろうと、存分に時間を使え」

「そんなにのんびりしていたくないっス……。三日くらいで帰ってきたいっス……」


「非常に残念ではあるが、そういうわけにはいかない。そもそも、長期間かつ継続的なコウリュウ信仰により、初期の信仰強度不足を補填するという計画は、貴様の発案だろう。ならば農耕技術の定着と文明の発展が確実視されるまでは帰還することはまかりならん」

「ヤギ係長~。課長が手厳しいっす! タスケテください!」


「……課長閣下は大変お優しい方です。問題は……無いでしょう……きっと」

「そんなぁ!」

「諦めることだ、アサヒ・ハルカ」


 ヤギは、悲鳴を上げてひっくり返る春風と鉄面皮を保つメリーアンのやり取りを、無表情で見ていた。顔には出さないものの、その胸には、ふつふつと喜びの感情が沸き上がっていた。


 メリーアンが、これほどまで誰かと打ち解けたように会話をすることは、普段はあまりない。

 それが、つい一年前に出会ったばかりの春風と、楽し気に会話している。

 今までの彼女には、無かったことだ。 


 それはもちろん、メリーアンの生い立ちを考えれば仕方のないことであると、ヤギは理解している。

 だが、だからこそ嬉しく思わざるを得ない。


 多くの神や悪魔、命に限りのある矮小なものなどが満ち溢れているこの十三層の多重世界には、三人の支配者がいる。他のどんな存在より強大であるが故に、三者の意思に寄らず、自然と各勢力が形成され、拮抗したのだ。

 大精霊コウリュウの勢力は、そのひとつである。


 他の精霊に比べて出来ることが多い。だから大精霊と呼べばいい。

 そんな素朴な言葉から、大精霊と崇められることになったコウリュウは、自分の力を誇示することは少ない。乞われれば手を差し伸べるが、規律を作り出そうとしたり、信仰を強要したりはしない。

 大精霊コウリュウのこういった姿勢は、ヤギにとって言いようのない居心地の良さを覚えるものだ。


 少し前まではそうではなかったのだ。

 大精霊コウリュウの麾下に名を連ねる前に身を置いていた勢力の首魁は、唯一神を自称していた。自分が絶対であり、積極的かつ強引に自分の影響力を強めようとしていた。


 もちろん大精霊コウリュウであっても、信仰を受け、供物や生贄を捧げられることはある。

 よく肥えた牛や羊、果物、酒、穀物が供えられるほか、時には神殿に貨幣が寄進されることもある。

 だが、大精霊コウリュウから要求することはない。

 相手が差し出せるものの範囲で、その願いをかなえるのだ。


 唯一神は違った。

 例えば、老いた男が晩年にようやく授かった長男を、生贄として要求した。

 自身が定めた規律に背いた人々を、街ごと滅ぼした。

 疑うことを許さず、考えることを許さず、信じることを強要した。


 ヤギは、それらに特に疑問を持つことなく、生まれてからずっと盲目的に従っていた。

 最初は、言われるがままに敵対者や反逆者を屠る役目を与えられていたが、後に第10世界を征服し支配することを命じられ、そちらに注力した。


 血と暴力が支配する魔境である第10世界だが、当時のヤギにとっては難しいことではなかった。

 戦闘でヤギに勝るものはいなかったし、知略でヤギより優れたものはいなかった。敵対するものを確実に滅ぼし、配下を完全に服従させ、逆らうものは厳に処罰する。

 これを徹底することと、唯一神への絶対的な忠誠を捧げることさえ怠らなければ、侵略は難しいことはなかった。瞬く間に巨大な国を作り、軍勢を整え、侵攻を続けた。


 だが、ある時、魔が差した。


 着実に勢力を広げるなかで、隣国の王族が軒並み殺害され、傀儡とするために一人の王女が残された。囚われの身で、家族の仇である者たちに囲まれ、その言いなりになるのだ。それがメリーアンであった。


 その国は、唯一神の勢力下ではない。

 いずれは武力か調略で落とす腹積もりであった。であったのに、そんな境遇にある娘に、つい救いの手を差し伸べてしまった。


 その身を助け出し、戦う方法を教え、仇討ちを手伝った。

 唯一神の許しを請わず、独断で行った。

 それが許されなかったのか、他の勢力下の者を庇護したことが気に食わなかったのか、ヤギは唯一神に見限られた。


 唯一神の右腕として最高の地位にあったヤギだが、一切の情状を酌量されず、知恵と魔力と権能を奪われ、地の底に堕とされた。見る影も無く落ちぶれたヤギを助けたのが、メリーアンだった。


 自分を救い出した恩人の命をつなぐため、メリーアンは大精霊コウリュウに祈った。

 信仰を、全てを捧げた。

 その願いは聞き届けられ、二人はコウリュウ精霊府に居場所を与えられた。


 それからしばらくは、メリーアンとヤギは二人で支えあうように生きてきた。

 戦う方法をヤギが教え、読み書きをメリーアンが教え、コツコツと精霊府の仕事をこなしていったのだ。そうして数千年を過ごしたのだが、その中でメリーアンが頭角を現した。


 担当業務をミスなく迅速に処理し、常に求められる以上のクオリティで提案を行い、瞬く間に権能執行課長まで登り詰めた。

 コウリュウ精霊府における課長という役職は、それなりに権限と影響力を持つ。課長という立場とそれまでに築いた人的ネットワークを活用し、戦闘部局に配属されていたヤギを、自分の部下としたのだ。


 そして今に至る。


 読み書きすら覚束ないヤギとしては、事務屋など苦痛でしかない。だが、屈託なく笑うメリーアンを見ると、英知を奪われた今のヤギであっても、嬉しく思う。

 春風もジュゲムもマオも、長い時間の中でようやく巡り合えた気の置けない仲間なのだ。


 ヤギが昔を懐かしむ間にも、春風達の賑やかなやり取りが耳に入ってくる。

「ジュゲム先輩、助けてくださいよ~。ほら、こんなに可愛くて可憐で優しくて愛されゆるふわカワモテ系の後輩がお願いしてるんですから~」

「何を言っているのか分からんが、課長の出張命令だ、大人しく行ってこい」


「そんな……マオは助けてくれるよね?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。不老不死の権能があるし、ハルカほどの魔力があれば黙示録級の魔神が現れても怖くないだろうし。でも、もし困ったり寂しくなったら、いつでも連絡してね」

 そう言って、マオがスマホを取り出した。


「そっか、どの世界からでも連絡できるんだった。マオにも先輩にも係長にも渡してあるから……毎日毎晩、ヤギ係長に電話しちゃおうかなー」

 仕返しとばかりに春風がメリーアンを見ると、彼女は何やら書き物をしている。


「アサヒ・ハルカ、業務であるからには私物の持ち込みは禁止だ。それと、長期に渡るコウリュウ信仰の定着が図れるまでは、報告不要とする。こちらからも連絡はしない。これは、多忙を極めるだろうことは想像に難くないからだ。稟議書に追記したからな、この内容は絶対だ。ああ、ついでに、今回の件を終えて帰還したらコウリュウ精霊府の外部への出向に出すよう、人的資源課へ推薦しておこう。では、行ってこい」


 眉一つ動かさないメリーアンの言葉を受けて、稟議書が輝き、同時に転送魔方陣が発動した。可視化された魔方陣が異世界へのゲートを開き、春風を飲み込み始める。


「ちょ、待てよ! いや待ってください、すいません許してください! 何でもしますから! かちょ……!」

  最後まで言葉を発することなく、春風は魔方陣が放つ光の中に消えていった。


「大丈夫かしら」

「既に賽は投げられた。ハルカの無事の帰還を待つとしよう」

 不安げに呟くマオに、ジュゲムが快活に答える。


 補足するように、メリーアンが楽しげに口を開く。

「そう長くなることは無いだろう。アサヒ・ハルカの計画では、イネ科植物の栽培方法の伝達が、本案件の主な項目となっている。これは、季節が2つもあれば収穫可能らしい。早ければ、地球でいうところの3か月から4か月程度だろう。仮に季節の一巡りを使ったとしても、地球上の一年とそれほど変わらないだろう」


 春風が旅立った第12世界は、地球とよく似た作りだ。一年は400日を越えないし、一日は25時間程度である。気候もかけ離れてはいない。

「大精霊コウリュウの加護で、天変地異や異常気象は起こらない。事故無く農耕が始められるだろう。収穫の成功まで、早ければ数か月、長引いたとしても1年から2年程度だろう」


 そもそも、とメリーアンは続ける。

「私は、アサヒ・ハルカに対して大きな期待をしている。コウリュウ精霊府でも上の役職を任せられる、ひとかどの神や悪魔になる素質がある。だが、経験が圧倒的に足りない。人材育成の観点から見ても、この長期単独出張は、大きな成果をあげるはずだ。戻ってきたら、良い出向先を手配してやろう」


 メリーアンの言葉に、皆が納得した。案件遂行のためとはいえ、不老不死の権限を付与することなどは極めて異例であるし、優良出向先での経験は、コウリュウ精霊府での出世で大いに役立つことは、周知のことである。


「数か月後か、1年後か。帰りが楽しみだ」

 メリーアンが呟くと、ジュゲムもマオも、ヤギさえも笑顔で頷いた。皆が、そう遠くないであろう春風の帰りに思いを馳せ、期待に胸を膨らませた。

 だが。


 春風がコウリュウ精霊府に帰還したのは、400年後だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精霊府を近いうちに去ることになるだろうときてこの案件ですから、課長令司による先史文明期の異世界への放逐ならぬ放牧(放流後しばらくしてから回収される)のことを指していたのですね。それにしても4…
[一言] えー、長すぎるぅ なんかやっちゃいました?
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