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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件1-2 最後の案件③

 ヤギと春風が精霊信仰促進課を訪れると、すぐに例の小さな別室へ通された。相手は変わらず信仰促進を担当する係長の豚人だ。

 そこでヤギがどう動くのかと、半ば楽しみにしていた春風だが、当のヤギは、相手のマナー違反を咎めることもせず、案件の説明を繰り返しただけだった。

 豚人は、ニタリとした嫌らしい笑みを貼り付けたまま、踏ん反り返って話を聞いていたが、ヤギが話し終えると勿体つけるようにゆっくりと口を開いた。


「つまり、執行課の仕事に促進課(うち)やら神託課やら、他の部署も巻き込もうっていうんだろ? くだらねぇなぁ」

 豚人は、春風が改めて持ってきた資料をくしゃっと丸めると、机に放り投げた。嗜虐的に笑う豚人だが、ヤギは微動だにせず、春風は落ち着いた風に自然体で座っている。


「……精霊府の各部署で……協力して、良い結果を残せれば……と考えています」

「考えが甘いんじゃねえか? たった一つの世界にいくつも部署が関わるなんざ、前例が無いぜ」

「前例は何件かありまして……」

「どれも局長級案件か大精霊コウリュウ様の勅命だろ? 全然違う。何を勘違いしてるか知らんが、お前らのような下っ端が気軽にやるようなモンじゃねえんだよ」

 歯を見せるように笑う豚人だが、ヤギは感情を感じさせない無表情で座っている。

 ヤギを苛立たせようと目論んでいたらしい豚人は、肩透かしを食ったせいか、さらに語気を荒げた。


「そもそも、精霊信仰の促進は、精緻な計画と高度な柔軟性を維持しながら進めるものなんだよ! その根幹には大精霊コウリュウ様の意思がある。無闇な信仰拡大は、大精霊コウリュウ様の意思に適わねえってのが、お前らみたいなのには分からないんだろうなぁ」

「大精霊コウリュウ様の意思……ですか。この案件がそれに適わないとは思いませんが……いずれにしろ、本件は必ずや大精霊コウリュウ様と我々、そして申請者に良い結果をもたらすでしょう。であるならば……実行しない理由はありません」

 ヤギが飄々と言う。


「てめえ、俺に説教しようっていうのか? それとも、わざわざコウリュウ様の名前を出したのは、脅そうってつもりかい? お前らの魂胆は分かってるんだよ。あのクソったれの権能執行課長、メリーアンに言われて来たんだろう? あいつは自分の出世のためにあちこちに首を突っ込んでるらしいからな。出世のことしか考えないクソ女め!」

 柳に風のヤギに対してしびれを切らしたのか、豚人が、目を見開き、歯をむいて顔を近づけてきた。

 先にコウリュウの名前を使ったのはお前だろ、という突っ込みは口に出さず、春風は沈黙を守った。ヤギが大人しくしているからだ。この場はヤギを信じてすべてを任せる。春風はそう決めていた。


「脅すつもりはありませんし……メリーアン課長閣下は……関係ありません。他人の言動を気にするあまり、全体の利益を見失っているところを見ると、出世云々を気にし過ぎているのはそちらでは?」

「あぁ?! この俺に喧嘩を吹っ掛けるとは、いい度胸じゃねえか。お前、俺を知らねえのか? 執行課の三係なんてところで燻ぶってるような奴は知るわけねえか。今は文官をやってるが、ちょいと前までは戦闘部局の戦闘吏員だぜ?


 豚人は太い左腕でヤギの襟元を掴み、ねじり上げる。

「粋がらずに、おとなしくケツをイスに乗っけるだけの仕事に戻ればいいんだよ!」

 そう言いながら、豚人が瞳をあやしく光らせた。


 春風の精神をかき乱した、あの魔術だ。

 前回の経験から、春風は反射的に体を強ばらせた。しかし、不調は起きない。その理由はすぐに分かった。

「随分と……ちっぽけな魔眼ですね。正直なところ、伝説上の魔神級の魔力を持つアサヒさんを攻撃したというので、もう少し上等なものを想定していたのですが……。真相は、単にアサヒさんが耐性を付けずにノーガードでいたマヌ……だけのよう……ですね」

 変わらず力の抜けた様子でヤギが呟く。


「俺の魔眼が、ちっぽけだと?! 戦闘部局時代は第一分団に所属してたんだぞ?! あの三十年戦争の激戦を経験してきているんだ! この程度でイモひくわけねえだろ!」

 豚人の罵倒を受けて、ヤギは、満面の笑みを見せた。

「三十年戦争の従軍経験があると言ったか……。あの軽薄な小悪魔マルシュアスが大精霊コウリュウ様に立てついて、ほんの少しの間にらみ合いが続いただけだろう……。30年を通しての戦闘回数は、確か3回だったか」


 ヤギは、豚人の腕を軽く摘み上げた。

 ただそれだけで、豚人は苦痛に顔を歪め、脂汗を滝のように流している。

「てっめえ、戦闘吏員上がりか?!」

「コウリュウ歴第4紀500年頃からおよそ千年。戦闘局本部にいたよ」

「本部だと!?」

 コウリュウ精霊府の対外的な戦力は、戦闘本部と13の分団からなる。分団は、数字が小さいほど練度が高く重要な職責を与えられるといわれている。しかし本部は、分団の比ではない精鋭が集められる。

 まさに戦闘のスペシャリスト達なのだ。


「まさか、本部の戦闘課か?」

「戦闘一課だよ、ずっと」

「一課で千年……!? それに第4紀といえば、巨神戦争に魔人戦争、八千矛戦争もだ……」

 愕然とした顔で呟く豚人を冷ややかに見つめるヤギは、普段のさえない表情の凡庸な雰囲気とは違い、怜悧で冷ややかな目をしている。


「なあ、ボウヤ。たかが分団で伝令ごっこをやっていただけで粋がるなよ」

 挑発的に口の端を持ち上げ、ヤギは笑った。

「話を戻そうか。要は、権能課が旗振り役でいるのが気に食わないのだろう? つまりお前の腹の虫がおさまらないというだけの話だ。だが、お前のご機嫌伺をするのが我々の仕事じゃあない」

 言いながら、威圧するように大げさ動作で足を組んで座るヤギは、もう剣呑さを隠さない。

 ヤギに易々と腕を捻じりあげられた豚人は、床に這いつくばって苦痛に顔を歪めている。


「他課に主導権を取られたと言われるのが嫌なのか? そんな雑音は放っておけばいい。ああ、もしかすると、お前の評判に響くかもしれないな? イモを引いたと。だが、それがどうした? 目の前に、組織全体の大きな成果が見えている。ならば、あとは取りに行くだけだ。お前の保身のためにコウリュウ精霊府の利益を逸したとなった方が、お前にも損だろう?」

「しかし、この案件だけ、やけに特別扱いするじゃねえか! 何の後ろ盾もない未開文明に、精霊府を挙げての支援なんて、レア中のレアだ。他とのバランスってもんがあるだろう。俺が課長に詰められたら、どう説明しろっていうんだ?!」

「なに、案件によって若干の濃淡があるのは、よくあることだよ」


 ヤギのとぼけた口調に、豚人はすぐに二の句が継げずに喘いでいる。

「……っ! 濃淡の一言で片付くもんかよ……!」

「もし、精霊信仰促進課長がどうしても納得しないようなら、私が話そう。あいつと久しぶりに、じっくり話すのも良いかもしれない」

「……そういえば、うちの課長も戦闘本部にいたことがあったが……まさか…」

「昔、戦場で一緒だっただけだ。三度ほど命を助けてやったことはあるがね」



「すごいですね、係長。ハラハラしましたが、最後はうまくまとめちゃいましたね」

 春風の手放しの絶賛に、ヤギは眉をひそめた。

「……あまり褒められたものではないですよ。あのようなやり方を多用すると……組織は立ち行かなくなります。ああいった力技は、たまに使うくらいに……しておきましょう」

「たまになら良いんですね」

 あまり見ないヤギの茶目っ気に、春風の口角が自然と持ち上がる。

 


「私は、生まれてこのかた、戦いに身を置いていました。おかげで……字はあまり読めないし、書類仕事は苦手です……。ですが、まあ、昔とった杵柄は、それなりには役に立つようで……相手が暴力で来れば、腕力でねじ伏せるくらいのことは……出来ます。それだけの男です」

「大丈夫です。係長は、ばっちりカッコ良かったです!」

 春風の言葉に、ヤギがぐっと口の端を持ち上げた。

「アサヒさんの助けになれたのなら……それで良しとしましょう」


「さ、戻ったら課長に報告して稟議書を作っちゃいましょう!」

 笑いながら歩き去る春風とヤギの後ろ姿に向けて、精霊信仰促進課長と係長が、冷や汗を垂らしながら深々と頭を下げていた。

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