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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件1-2 最後の案件

 春風が照れたように視線を逸らし、両手を背後に隠すように近づいて来た時点で、ジュゲムは覚悟を完了していた。

「あの、先輩……。ちょっと、いいですか?二人きりでお話ししたくて……」

 もじもじとした仕草は、普段の春風らしくない。


「なんだ?」

「実は、ずっと前から言いたいことがあったんです。でも、こんなことするのは初めてで、どうしたら良いのかなって……悩んでました。でも、思いきって、私の気持ち……伝えます」

 そう言って後ろに回していた両手を、えいっとばかりにジュゲムへ差し出した。その手に握られていた紙を受け取り、表紙に目を落とすと、彼の予想どおりの内容が書かれていた。


「第十二世界タージオンにおける農業教導の計画案か」

「はい、初めて作ってみました! どっすかね? 行けそうです?」

 初めての企画書を提出する不安や評価への期待、新たな案件に関わる楽しさなど、色々な感情がない交ぜになっている様子は、ジュゲムから見ても好感に値するものだ。だが、そんな内心はおくびにも出さず、努めて無表情を保ちつつ、書類を手繰った。


 第十二世界タージオンの現状分析から始まり、目的や目指すべきビジョン、そこへ至るための工程が一つ一つ簡潔に記されている。

 手早く読み進めつつ、春風に質問を飛ばした。


「以前にレクチャーした三つの問題点は、どう解決した?」

「えーっと、一つ目は雨乞いという請願の内容からは逸脱するという点ですよね。これはジュゲム先輩が言っていたとおり、雨乞いの目的は「食料確保の易化」であると捉えて、「安定的な食料確保のための技術提供」へと繋げる方向で上手く作文して調整すれば、何とかなるかなあと」

「そうだな。おそらくこの点は大丈夫だろう。他は?」


「二つ目は請願強度が弱いということですよね。第十二世界タージオンに存在しない技術や知識を与え、その文化や社会の在り方を変えるには、僅かな狩猟の成果と木の実を供えただけでは足りないという点。これは、割賦払いでいいんじゃないかな思います。将来、文明が発達し人口や生産力が増えた後も、コウリュウを信仰し続けるようにすれば、採算が取れるんじゃないっすかね」

「悪くない。イニシャルコストを抑え、ランニングコストでペイするというのは、前例があるし受け入れられ易いだろう。だが、大精霊コウリュウへの信仰を長く維持するため、なにかしらの工夫を入れておきたいところだ」


「その辺りは、別紙にいくつか案を書き出してあります」

「良し。細かくは後でディスカッションしよう。他は?」


「第三は気候ですよね。恒常的に雨乞いが必要な状態で、栽培出来るのかっていう問題。これは、解決済みです」

「解決済みとは?」


「みずち……コウリュウが大丈夫って言ってたんで、多分大丈夫じゃないっすかね」

「……なら、大丈夫だな。最後の確認だが、どのような農業技術を、どのように伝える目論見だ?」


「へい。見たところ第十二世界タージオンの食料生産は、狩猟や採集がメインです。なので、それらの保存方法を確立することと、トチの実やドングリの栽培を試行するところから始めます。牧畜や穀物の栽培にも手を出しますけど、ハーバーボッシュ法だったり輪作といったところには踏み込みません」

「妥当だ。では、ヤギ係長に諮った後に動き出すとしよう」

 目眩を耐えながら言うジュゲムの言葉が届いていたらしく、ヤギが、のそりとしゃがれた声をあげた。


「ああ、聞いていましたので……報告も相談も不要です……。お二人で……適当に、進めてください」

 一見すると50歳くらいの、ひょろりと背が高い普通の中年男性に見えるヤギは、相変わらず背広に似たヨレヨレの服を着ている。年季が入ったそれは、遠目にもくすんでいる。

 春風が耳にしたことがある昼行灯などというあだ名は、まだ柔らかい表現をしている方だ。ヤギを低く評価しているものは多いと言い切れる。


 とはいえ、部下を信頼し仕事を任せてくれるし、責任は取ってくれるので、春風としては花丸評価をしている。こんなに素敵な上司はなかなかいないと、密かに自慢に思ってさえいる。

 しかしヤギは、そんな春風の尊敬にも気付かない程度には鈍感だ。右の額に生える禍々しさを感じさせるねじれた大きな角をひとつ揺らすと、再び手元の書類に没頭するように顔を下た。


「ありがとうございます、ヤギ係長。では、ハルカ……」

「へい、親分!さっそく取りかかりやしょうぜ!」

 眼前にオモチャをぶら下げられた三歳児のような勢いで迫る春風に、ジュゲムは手のひらを見せて落ち着けと示した。

「まあ、そう焦らなくても良い。拙速が尊ばれるのも時によりけりだ。アサップを口癖にしている者は信用されないぞ」


 普段であればジュゲムの方がノリノリだろうに、珍しく手綱を絞る。それには理由があった。

 ジュゲムは、不明を明らかにすることを司る神であり、未来を見据え、予見的な神託を下すことも出来る。その能力と、常に活力に満ち他利公益のために尽力する姿勢から、コウリュウ精霊府内での評価は高い。


 自らの直接の上司にあたるヤギ係長は、第三係長の仕事のほとんどをジュゲムに任せている。権能執行課長のメリーアンは、ジュゲムがいるならばと、第三係を半ば放任している。

 また、水権能部長のワンは、メリーアンを飛ばして、直接ジュゲムに意見を求めることさえある。権能執行局長のプタハも、一目を置いている。


 そんなジュゲムだからこそ、分かるのだ。

 この案件を最後に、春風はコウリュウ精霊府を離れることになるであろう、遠くない将来のことが。

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