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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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事例2 天罰RTA

 カト王は、激昂した。

 憤怒のままに持っていた杯を叩きつけたが、床で跳ね返った杯が右脛にぶつかり、苦悶の声が漏れた。

 大陸に名を轟かせる覇道の王が見せた、思いもかけない醜態を前にしても、臣下らは直立し不動でいた。だが、雑用のために侍っていた奴隷の一人が、口角を僅かに持ち上げてしまった。


 それをカト王は見逃さなかった。

「そうか、足を痛めるのがそんなに面白いか。なら、目一杯楽しませてやる。そいつを連れていけ。刃を削った斧で、右足が千切れるまで叩け」

 王の言葉と同時に、側に控える屈強な男たちが、奴隷を捕まえて歩き出した。

 この奴隷とて、王の側に侍るだけの者であるのだ。買い求めれば、二千セスティルティウスは下らないだろう。しかし、カト王に躊躇う素振りはなかった。

 連れていかれる奴隷の悲鳴を聞きながら、激昂の原因となった報告の再開を指示した。


 臣下の報告は、いずれもルシタニア州国の内情に関わるものだ。

 ヒス王国は、六年前の会戦で隣接するルシタニア王国に大勝して後、その属国化を進めてきた。大勝とはいえ、人件費や装備費、兵站に係る負担などで、ヒス王国としても大きな負担があったので、直ちに完全な属国にすることは叶わなかったのだ。


 だが、そこで得た利は大きかった。

 戦後すぐに、賠償金として一億セスティルティウス相当の貨幣や小麦、牛などをせしめた。また、政治の中枢に楔を打つため、様々な名目で人員を派遣するなどし、助言という名目でルシタニアの強化につながる施策に掣肘を加えた。

 その他、都市の譲渡や鉱物資源地域の無期限貸借など、多くの益を得てきた。それは今後も続くと見込まれていたし、カト王としても支配をさらに強めていく予定でもあった。


 だが、昨年にルシタニア州国で行われた聖女の儀以降、風向きは変わった。

 聖女の地位を得ようとカト王が送り出した姫は選ばれず、その場にいた貧民の女が聖女になったという。

 そして、その貧民聖女を中心に、ルシタニアが急速にまとまりを見せ、一枚岩となって国力増強に取り組み始めたのだ。今では、ヒス王国が送り出した姫や政治家、官吏たちも聖女に傾倒しているという。


 そして、そのまとまりと士気の高さのままに土地を開墾し蛮族を恭順させ、新たな都市を築いているという。その国力は、それほど時間を置かず、かつての敗戦前のルシタニア王国を凌ぐ勢いだ。


 勿論、ヒス王国としても手をこまねいてはいなかった。再度ルシタニアへ兵を出し、支配を強め、あわよくば完全な支配下に置こうと行動を開始していたのだ。

 カト王は、これまで惰眠を貪っていたわけではない。ルシタニア方面以外でも侵略を行っており、その国力を増大させていた。


 今度こそは、国力の息切れからルシタニアに止めを刺しきれないという事態は起こらぬだろう。その目論見の下、派兵の準備が進められていたのだ。

 それらを打ち砕いたのが、先日の大災害だ。


 天が炎で覆われ、時おり空から炎が降り注ぎ、道は砕け、橋は焼かれた。暫くの後に大爆発が炎を打ち払ったが、その余波で、驚いた馬や牛などが一斉に逃げ出した。

 不思議と、炎でも大爆発でも、人や動植物が傷つくことはなかった。だが、交易路は失われ、家畜の離散で食料が減り、農業が滞り、馬車の多くが止まった。


 これらを復旧させるために、ヒス王国は多大な労力を割くことになる。橋梁の補修に人を出さなくてはならないし、牧場や畑の整備に多額の出費を要するのだ。

 想定外の負担は、腹立たしい。だが、それは他国も同じだろうと思い、カト王は堪えていた。

 しかし、今日の報告で聞いたのはルシタニアの奇妙な状況である。


 天の炎からも、空を撃ち抜くかという大爆発からも、一切の影響を受けなかったというのだ。しかも、それはルシタニア王と聖女の祈りが神に届き、加護を得られたからだともという。

 聖女と王の人気は天井を知らず、ルシタニアは大いに沸いている。


 カト王は面白くない。

 こちらは莫大な出費が必要になり、予定どおりの出兵は難しくなった。加えて、士気の高い敵兵を相手にしなくてはならないのかと。

 今日まで、苦労はあったものの順調に版図を拡大してきたというのに、突然蹉跌を踏むとは、何とも腹立たしい。


 報告を聞き終えて押し黙ったカト王の前で、臣下達は一様に押し黙っている。途中、先ほどの奴隷の右足を持って報告に訪れた兵がいたが、カト王は「次は左だ」とだけ言い、また黙った。

 そうして、しばらくを沈黙のままに過ごした後、口を開いた。


「マルシュアス、意見を言え!」

 ここは、版図拡大に大いに貢献してきた、有能な宮廷魔術師の力を借りるべきだ。カト王は、そう判断した。

 彼ならば、いつものように妙案を出すであろう。


 カト王の言葉に、黒目黒髪の痩せた男が立ち上がった。その肌は、この辺りでは珍しく真っ白だ。

「進言します。この度の災害でルシタニア州国の人心は一つにまとまり、王と聖女の権威は絶大なものとなりました。翻ってヒス王国は、国難を抱え、直ちにルシアニアへ兵を送ることも難しい状況です。ルシタニア州国が国力を高めつつある中、これを放置するは愚策。直ちに兵を起こすべきでしょう」


「兵を起こせない状況で、兵を起こせと?」

 眉根を寄せるが、激情家のカト王が声を荒げなかった。数々の進言や献策でヒス王国の躍進に貢献してきた宮廷魔術師マルシュアスという男は、それほどまでに信頼されているのだ。


「はい、兵を用いるのです。災害でルシタニア州国が得た変化は、人心の一致と忠誠心の増大。つまるところ内心の変化だけ。であれば、その心を折れば良いだけです」

「……続けろ」


「ルシタニア州国の変化においては、聖女がその話題の中心にいます。そして聖女とは、コウリュウ神の巫女に過ぎません。そのコウリュウは、東の帝国内にある大公爵領に住まうとされています。ルシタニア人が信じる神話にうたわれる神々が住まい、近くを流れる河では加護を得ようとする多くの崇拝者達が列をなして沐浴に訪れているというコウリュウ市。これが聖女を信じ、ルシタニア王に忠誠を誓うルシタニア人の心の拠り所なのです」

「なるほど、つまり兵を出す先は……」


「はい、コウリュウ市です。ここを攻め落とせば、ルシタニア人の心を打ち砕くこととなるでしょう。幸いにも、道が破壊されたのはヒス王国とルシタニア州国の間ばかり。東への進軍経路は確保できましょう。加えるならば、コウリュウ市は人口100万人を謳いながらも、その実、戦うこともできない市民ばかり。また、占領ではなく破壊のみを目的とすることで、ルシタニアへの出兵より遥かに少数の兵で目的を遂行できるでしょう」


 明快に言い切るマルシュアスを見て、カト王は大きく頷いた。

「マルシュアスの案や良し。コウリュウとやらの首を取るぞ!」




 10日後、ルシタニア王国がヒス地方を属州としたとき、カト王の行方を知る者は一人もいなかったという。

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