なんかやっちゃいましたか系就職活動
シュシュ・シュガータウンは、椅子に腰掛け、机越しに三人の受験者を見つめていた。
栄えあるコウリュウ精霊府の採用に向けた面接を前にした三者は、三様の振る舞いを見せている。ある者はふてぶてしく、別の者は礼儀正しく着座している。
だが、傲岸不遜な態度が虚勢であることや、冷静な表情であっても内心で緊張していることが、手に取るように分かる。シュシュは、齢千二百年を越える神猫だ。経験値はそこらの雑魚神とは違うと自負している。
加えて、真実を見抜くククルスアーク水晶を円形に成形し、金属枠にはめ込んだものを目に取り付けているので、シュシュに虚偽は通じない。
ずり落ちそうになる水晶眼鏡を肉球で持ち上げて、鼻の上に乗せると、出来る限り威厳を意識した低い声を出した。
「コウリュウ精霊府人事局人事部人的資源課事務吏員採用担当係のシュシュ・シュガータウンですニャ。では、神格の高い方から順に、名前と出身世界、前職があればその経歴を述べてくださいニャ」
「じゃあ俺からだな」
中央に座っていた獅子面四臂の悪魔が、機先を制すように唸り声をあげた。厳めしい表情と、紫の衣服から覗く筋骨隆々とした体躯は、威圧的にも見える。
「俺の名は、オールド・ファッションだ。第十世界から来た。十大魔王の一人であるマオ・ウー子爵閣下の支配区域で三十を超える街や村を支配していた。配下を従えて、荒くれどもを平定する日々を百年も続けたんだ。抜群の手腕を持ち、偉大で強力な悪魔であることは、明らかだろう? この俺を選ばない手は無いぜ」
「ありがとうございましたニャ。では、次の方」
鼻息荒く自らを売り込むオールドを冷ややかに見つつ、シュシュは次を促す。
次に声を発したのは、自らの身長より長い真っ白な髪を持つ幼女である。その外見に似つかわしくない落ち着きと、知性を感じさせる。
「余の名はアップル・スター。第十三世界の生まれで、七千年ほど国王を務めていたのじゃ。精霊王とも呼ばれ、第十三世界の精霊達の指導者としての立場も兼ねておったの」
余裕綽々の表情で端的に自己紹介をする姿に、シュシュは内心で加点を検討する。
明らかにオールドより強力な魔力と権威を感じさせるものの、順番にこだわらずに悠々としている。自己主張の激しい天魔精霊の間にあっては、謙虚に振る舞い和を保つ性質は、重宝されるのだ。
「ありがとうございましたニャ。では、最後の方」
シュシュがきょろりと目を向けると、緊張した顔の少女が口を開いた。
「はい、朝日春風です。第三世界の日本というところの出身です。そこでは、一年くらい評判の良くない企業で営業や経理、販促、制作、現場作業、雑用など色々やらされて……やってました」
嘘は無いが、暗い感情がうっすらと見えた。何かあるなと、シュシュは手元の書類にマイナスのチェックを付けた。
「はい、ありがとうございましたニャ。では、前職について、もう少し詳しく、具体的なエピソードを交えつつ聞かせて下さいニャ。それと、コウリュウ精霊府を志望した動機についても、併せてお願いしますニャ」
シュシュの言葉に、オールドが勢いよく身を乗り出した。
「おう、聞かせてやろうじゃねえか、俺の武勇伝を」
どうにも主導権を握らずにはいられない性分だなと採点しながら、シュシュは先を促すように、髭を揺らして頷いた。
「第十世界といえば、知ってのとおり、実力主義で弱肉強食の無法地帯だ。腕っぷしが弱ければ踏みにじられ、内政に遅れがあれば国を失う。そんな中、十人の魔王が支配領域を持ち、ある程度の勢力均衡が実現している。俺は、その中でも特に武闘派として名高い、マオ・ウー様の領内で、ひとかどの働きをしていたのさ」
「ひとかどのというと、具体的にどのようなことを? 魔王の直接の配下として領地経営に携わったことが、あったのですかニャ?」
「いや、さすがに直臣じゃない。だが、マオ・ウー様の陪臣の傘下にいて、蛮族どもを平定し、支配下に組み込んで勢力拡大を図っていた。いやぁ、大変なんだぜ、武力制圧とその後の内政にと、少しも気が抜けねえ。やたら手強い奴等が多いしな。だがな、戦果を上げて勲章を貰ったことがあるぜ。矢も槍も刃が立たない鋼鉄の毛皮を持つ獅子、ネメアの大獅子を討伐したんだ。精鋭を三十ほど集めて、昼夜を問わず追いたてたんだが、あれは苦労したぜ。なんでも、マオ・ウー様もアレに手を焼いていたらしくてな、討伐の褒美として小翼地走勲章を貰ったんだ。末代までの家宝だぜ」
「はい、結構ですニャ。では志望動機を」
口を開くと自画自賛が無限に溢れて来るタイプだと判断し、シュシュは次の話題を促すことにした。この手のタイプは、手綱をしっかり握れるのであれば、需要がある。
それに加え、ネメア獅子を討伐出来るのであれば、最低限の戦闘能力を有していると言える。かつて神の祝福を受けた英雄は、一人で討伐したらしいが、それに準じる能力があると言うことだ。コウリュウ精霊府の受付に立つのであれば不安だが、末端の事務吏員であれば足りるだろう。
無表情を保ちつつ思考を加速させ、手元の書類に素早くメモを書き入れた。
「マオ・ウー様っていえばよ、俺らの世界じゃ、腕力も魔力も政治力も経済力も、桁違いだ。言ってみれば、雲の上のお方なのよ。そのマオ・ウー様がコウリュウ精霊府に所属してるって聞いてな、あれ程の方が仕えるという大精霊コウリュウってのが気になった。それに、俺ほどの実力と実績があるなら、どこへいってもやれるだろうっていう自信もある。出来るなら、その大精霊とやらの権能執行を司る部署で働いてみてえな」
彼がさんざん持ち上げるマオ・ウーは、水の権能執行課の彼女で間違い無いだろう。
優秀で知られる同じ職場の者が、他の世界でも名が知れ航っていること再確認し、何とも誇らしい気持ちが沸き上がってくる。そんなに内心を鉄面皮ならぬ猫面皮に隠し、声音が低くなるよう心掛けた。
「はい、ありがとうございましたニャ。各権能執行課は、どこもエリートが配属される花形部署ですから、憧れる気持ちは分かりますニャ。では、次の方」
さっと会話を打ちきり、肉食獣のキラリと光る目をアップルへと向けた。
「うむ、余は先程申したとおり、国王をやっていたのじゃ。国民は三十億人ほどの、小さな国じゃな。そこで創世神皇竜から賜った使命に従事していた。世界を滅ぼす悪の監視と、世界の調和を図ること、そして事あらば命を懸けて戦うというものじゃ」
「なるほど、それはご苦労が多かったのではないですかニャ?」
「異なる種族の間で、異なる宗教の間で、異なる国の間で、争いが絶えなかったのう。だが、対話と調整を重ねて、何とか一枚岩の体制を作り上げることに成功したのじゃ。多数の国家間で平和と共同戦線構築のための条約を締結し、それがきちんと運用されるように多くの者と腹を割って話しをして、制度設計をした。まあ、皆の心を一つにした最大の功労者は、余ではなかったがな。だが、裏方と事務の面では、それなりの役割を果たしたと自負しておる」
「それはすごいですニャ。ご自身の世界ではかなりの地位にあって、しっかりと功績を残していらっしゃるようですが、なぜそれを離れてコウリュウ精霊府での勤務を志望なさっているのですかニャ?」
「うむ、先程話したように、微に入り細に入り入念な努力と準備をしたのに、世界の存亡を賭けた戦いで、壊滅的な被害を受けてしまったのじゃ。そこに救いの手を差しのべてくださったのが、創世神皇竜様だった……。あの神々しいお姿と、全てを支配する全能なるお力は、今思い出しても体の芯から震えるほどじゃ」
シュシュの脳裏に、先日のコウリュウ親征の光景が再現された。あの日は各権能執行課を中心に、コウリュウ精霊府全体が有機的に連携し、コウリュウの降臨という一大案件に取り組んでいた。人事局もお偉方以外は多忙に過ごしていたのだが、隙を見つけてはコウリュウの姿を見に行ったものだった。
「では、それがきっかけでコウリュウ精霊府を志望されたのですかニャ?」
「うむ。世界が平和になり、役目を終えたところで思ったのじゃ。創世神皇竜様の下で、そのお役に立ちたい。創世神皇竜様のように、人々の救いになりたいと」
やはり逸材だ。
大精霊コウリュウ様を崇拝する心も持ち合わせている。しばらくはスタッフ職で経験を積み、ライン職に転換させれば、有効に機能するのではないだろうか。有能なラインマネージャー候補を得られるかもしれない。
さらには、本人も七千年生きただけあって、それなりの神格を備えている。魔力も申し分無い。戦闘能力もだけでも、オールドを遥かに凌ぐだろう。
これは欲しいと思える人材、もとい神材だ。
「ありがとうございましたニャ。では、次の方」
シュシュが視線を向けると、三番目の少女は、負のオーラを漏らしながら口を開いた。
「以前の会社では、下っ端従業員として朝から晩まで働いていました。休みの日も呼び出しがかかるので、ほとんど毎日会社に詰めていました。職場では研修なんてものは無く、OJTという言葉で飾った放置状態でした。前任者も分からない仕事を沢山割り当てられ、何がなんだか分からないままに、取り合えず頑張っていましたね。営業や請求も自分でやるんですが、相手方の支払いが遅延したりすると、担当者が立て替えさせられたりします。そんなに手元の運転資金が少なかったんですかね?」
「……とても過酷な環境であったことは分かりましたニャ。貴女は奴隷身分だったのですかニャ? いえ、決して卑下することはありませんよ。奴隷身分など、風邪と同じで、一時の身体的状態に過ぎませんからニャ」
少女がこの世の終わりのような表情をしたので、急いでフォローしつつ、話題を転換することにした。
「さて、最後の質問ですニャ。これまでの仕事で何か成功した体験や実績があれば、その成功理由と共にお聞かせくださいニャ」
「おう、いいぜ。だけどなぁ、語り尽くせねぇぞ、俺の手柄話は。まずは……」
オールドが意気揚々と語る自慢話を、シュシュは、さも真剣に聞いているかのように頷きつつ、右の猫耳から左の猫耳へと聞き流した。
盗賊に襲われている貴族のご令嬢を助けた話や領主に認められツーカーで話すようになった話、自身に忠誠を誓う配下が百は下らないこと、本来は自由の身でいたいのだが請われて仕えていることなど、ほどほどに話させたところで、打ち切った。
「はい、結構ですニャ。では、次の方」
「余の最も秀でたる実績と言えば、創世神皇竜の降臨に携わったことだ。これ以上は無い」
「なるほど、納得ですニャ」
自信と喜びに満ちた表情で言い切るアップルに、シュシュも心から賛意を示した。
大精霊コウリュウの直接の行動に携わり、その言葉に触れたのであれば、これを越える体験などありえない。羨ましい限りである。
「あ、じゃあ次の方」
大精霊コウリュウと邂逅し時の話を後でもう少し詳しく聞こうかな等と、やや気もそぞろに次を促すと、相変わらず自信の無い口調で少女が話始めた。
「あの、前職の話しではなくて、今の職場の話しでも良いですか?」
「へ、ああ、どうぞ」
「やった! じゃあ作業方法を変更して、事務の効率化を図り、速度と質を向上させたことがあります。具体的には、効率的な計算の数式を組んだり、紙とペンでやっていた書類作成をOA化したりといった、今更感のある方法ですが……」
説明を聞きながら、シュシュはある事案が思い起こされた。水の権能執行課で、伝説級の新人が現れ、出身世界の技術を用いて作業の速度と正確性を飛躍的に向上させたというのだ。
辛口で知られるダンチョネ係長が絶賛したという話は、記憶に新しい。確か期間雇用の人材だったので、流失が悔やまれるという事だったはずだ。
それに代わる同程度の人材であれば、恐らくどの部署からも引く手あまただろう。
黙って考え込むシュシュを見て不安に思ったのか、少女が話題を転換した。
「あ、やっぱり戦いに強くなくちゃダメですか? これでも、一つだけ攻撃魔法を使えるんですよ」
「どんな魔法ですかニャ?」
「マジンテです。唱えると、爆発します」
「爆発?」
「はい、爆発です。この間、空に向けて使ったら、炎の魔神の攻撃をぶっ飛ばしました」
シュシュは思い出した。先日の親征案件では、このコウリュウ精霊府がある第七世界も、炎の魔神の脅威にさらされた。権能局のプタハ局長を以てしても、防ぐのがやっとであったと聞く。創世神級の者の中でも、多くの権能を持ち万能との呼び声もあるプタハ局長をしてだ。
その後、炎の魔神の魔炎は、強力な魔法で吹き飛ばされた。水の権能執行課が対応したとアナウンスがあったので、てっきりメリーアン権能執行課長がやったのだと思っていた。
それを、目の前のこの少女がやったというのか。ククルスアークの水晶眼鏡は、虚偽はないと告げている。
シュシュの沈黙に不安を感じたのか、少女は更に驚くべき実績を挙げ始める。コウリュウの眷属を生み出したことや悪魔マルシュアスを撃退したことなど。「まさか本当に?」という思いが膨らんでいく。
これほどの人材だ。何の紹介も無しにこの場にいるはずは無い。
「ちなみに……アサヒさん、誰かの紹介はあるかニャ?」
「あ、はい。取り合えずジュゲム先輩とマオの紹介状があります」
「ほう」
水の権能執行課のエース二人が認めるとなれば、これは間違いないかも知れない。後で直接二人にも確認しようと、脳内にメモを書き留める。
「あとヤギ係長とダンチョネ係長のも」
「ほう!」
辛口で知られるダンチョネ係長が、まさか紹介状を書くのか。それに加えて、昼行灯で有名なヤギ係長の名が出た。夜の行灯を知っているシュシュとしては、この名も聞き逃せない。
「それとメリーアン課長からも」
「にゃんと?!」
ついにペンを取り落とした。あのメリーアンの名が出たのだ。交渉すれば百戦百勝、戦えば一人百殺、文武両道にしてバリキャリの鑑。その名を知らぬ人はいない、エリート&イケイケドンドン課長のメリーアンだ。
だが、次に出た名で、シュシュは、取り乱さざるを得なかった。
「ついでに、ミナカさんからも紹介状を貰ってます」
「ミナカ様?! あの方なら、紹介状なんて書かずに、自分の権限で採用すればいいのに! なにを考えているんだニャ! ……絶対面白がっているニャ」
「あ、あともうひとつあります」
「……なんですかニャ?」
「みずち……じゃなくて、コウリュウからも紹介状を貰ってます」
シュシュは、天を仰いだ。
実力と実績とコネで殴り付けるタイプの逆圧迫面接




