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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件7 親征⑥

 第四世界アキシオン。

 大和帝国の首都島根は、抜けるような晴天だ。

 櫻タケルは、そんな空を見上げて眉をひそめた。

「ねえ、河太郎。なんだかとっても良くない予兆みたいなものを感じるのだけれど、お前にも分かるかしら?」

 タケルが住む出雲の街は、沿岸に位置しており、海からの風を受けて、島根の中でも一層気持ちの良い午前を迎えていた。快い風が流れ、空の濃い青と新緑の山々、真っ白な雲が美しい景色を作り上げている。


 タケルの下宿である大八商店の二階から見える街並みは、平素と変わらない秩序ある喧騒が溢れている。家々は既に雨戸を開けているし、そこかしこで炊事の煙が立ち上っている。建ち並ぶ木造家屋に混じって、最近流行りの洋風鉄筋石造りのビルヂングが、太陽の光を浴びて見映えよく輝いている。

 普段より空気が澄んでいるので、宍道湖がはっきりと見える。ちょっと背伸びをすれば、松江城の天守閣まで視界に収められるのではないかと思えるほどだ。

 胸のすく気持ちの良い朝だというのに、タケルは異様な胸騒ぎを覚えていた。それは、タケルの手の中で遊ぶカワウソの河太郎も同じであったようだ。


「タケルの言うとおり、良くない気配を感じ取れるね。虫の知らせっていう奴だ。これが虫の知らせじゃなければ、三千世界に虫の知らせなんていうものは、無いだろうね。それくらい、間違いのない奴だよ」

 鼻を鳴らしながら辺りを見回す河太郎の雰囲気も、いつに無い剣呑さを帯びている。勿論このカワウソは、天下の大精霊にして首都島根の守り手である水天神様の眷属を名乗るだけあって、ただのカワウソではない。

「八千矛の神の守護を受けるこの帝都で、誰かが不謹慎なことでもしでかそうとしているのかしら。お役所か警察にでも知らせた方が良いと思って?」

「ことの次第によっては、警吏ごときじゃ意味をなさないね。比呂佐和の若僧か坂伊乃の太っちょの方が、幾分マシかも知れないよ。タケルが声をかければ、二人とも喜び勇んで馳せ参じるだろうし、急いだ方が良いかも知れない」


 河太郎としては、自分のタケルに言い寄る若い男どもは悪く言っても思っている。だが、タケルとしては河太郎の保護者を自任している以上、この言葉を放っておくわけにもいかない。

「また二人のことを悪し様に言って……後で折檻しますからね。でも、今は確かに急いだ方が良い塩梅ね。早速、坂伊之様のお屋敷に、一駆けしてくるわ」

 タケルが袴の裾を膝まで手繰って絞ったとき、河太郎が呟いた。


「あ、もう遅いかもしれない。これは……もう無理だね」

 いつの間にか、空が真っ赤に染まっていた。天を埋め尽くす真っ赤な炎が、瞬く間に地上の降り注ぎ、帝都は火の海に沈んだ。そして、幾ばくも経たぬ間に炎は世界中に広がり、第四世界は燃え尽きた。



 第五世界フェルミオン。

 青い海と緑の森を背景に栄えるイオス王国の王都アレクサンドリアは、平穏に包まれていた。戦時中ではあるものの、停戦協定が結ばれ、戦闘行為は止んでいるのだ。

 戦争の発端となった聖神シュアスと勇者フィラデルフォスの対立は、裁判の場に移されることとなった。イオス王国を弾劾する四つの王国が、被告となるイオス王国を追求する裁判の準備が進められている。

 イオス王国の王女アルシノエは、宰相や神官長と共に裁判の準備に心血を注ぎ、忙しく過ごしている。この裁判に国の興亡、世界の行く末がかかっているのだ、当然である。


 かつて勇者フィラデルフォスと共に魔王ヘポヨッチと戦った英雄達も、ほとんどがイオス王国に集結し、これに協力している。四か国を相手にしても、勝算が無いわけではない。もちろん、フィラデルフォス自身も姉を補佐し政務に汗を流している。

 そんな忙しい日々でも、フィラデルフォスの朝は早い。日の出の頃には、着替えを済ませて早朝の街を歩いている。復活から二十日が過ぎ、日課となったその行動は、多くの人に認知されてしまっている。


 英雄フィラデルフォスが、散歩をしているとなれば、多くの人はそれを見過ごさない。信奉者が伝説の勇者の姿を一目見ようと近寄ったり、仕官を求める者が直訴したり、助言を求める文官が現れたりといったことが、幾度かあった。

 そして、今朝、フィラデルフォスの前に現れたのは姉のアルシノエであった。


「姉さま、おはようございます。昨夜は遅くまで根を詰めていらっしゃったようですし、もう少し休んでいてもいいのではないですか?」

「おはよう、フィル。相変わらず早起きね。あなたの顔を見ていれば、疲れなんて感じないわ。むしろ元気になるくらい。嫌なことは忘れられるし、とっても気持ちよくなって、頭がふわふわしてきて、なんだがすごくキメているような感じになるわ。フィルの笑顔は最高よ」

「あの……それはとても良くないことだと思うし、姉さまはとっても疲れていると思います」


 おっとりとした笑顔のアルシノエだが、笑みを一層深めると、強い口調でフィラデルフォスへ宣言した。

「大丈夫よ。あなたのことは私が守るわ。四か国が相手の裁判だろうと、敵が神であろうと」

 底知れぬ瞳で見つめてくる姉に、苦笑しながら沈黙していたフィルだが、その異変に気付くと直ちに行動に移った。姉に駆け寄り抱きしめると、魔力盾で周囲を覆った。

「フィル?!」

 赤面しながら体をくねらせるアルシノエに対して、フィラデルフォスの表情に余裕はない。


「姉さま、ごめんなさい。もしかすると守り切れないかもしれない……」

 直後、天から飛来した炎に、世界中が包まれた。世界が燃え尽きて灰になる中、フィラデルフォスが守るアレクサンドリアは、最も長く炎に耐えることが出来た。しかし、それも僅かの差でしかない。それほど間を置かず、第五世界は全てが灰燼に帰した。



 第七世界ルクシオン。

 大陸西方のルシタニア州国の首都は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。先程までは、各神の神託所を中心に、未曾有の混乱に陥っていたのだが、それが嘘のように静まっている。

混乱の原因は、巫女や神官が受けた神託の内容にあった。神託所は、それぞれ違う神を祀り、その言葉を得ようとしている。病気の者は医術の神の神託所を訪れ、懸想している者は恋愛の神の神託所で祈りを捧げる。様々な神が、それぞれ得意とする権能に応じた神託を授けるのである。


 だが、今日の神託は違った。

 全ての神が、同時に同様の言葉を発したのだ。それも、「世界の崩壊」、「未曾有の大災害」、「多くの者の死と苦痛」など、一様に危急を知らせるものばかりを。これを受けて各神託所は、神託を公開して注意を呼び掛けたり、秘して混乱を避けようとするなど、チグハグな対応に終始した。


 そして、様々な情報が中途半端にな状態で都市へ蔓延し、混乱を助長していったのだ。神殿に詰めかける人や逃げ惑う人、食糧を買い占める人、怪しげな祈祷を始める人などが溢れ、物は壊れ多くの怪我人が生じた。

 その混乱を収めたのが、国王フェレトリウスと聖女ユノである。


 聖女の儀で、ルシタニア州国に残る記録のなかでも、最も厚い神の加護を受けた聖女ユノは、国内外から熱狂的な支持を集めている。しかし、儀式から一月の間、聖女ユノは公の場に姿を見せることは無かった。これは、ユノの目立つことが苦手という為人が最大の理由だ。

 だが、聖女の姿が見えないことが、かえって神秘性を高め、人々の興味や崇拝心を煽り、人気を高めることになったのは、ユノとしてもフェレトリウスとしても想定外であった。もちろん、ユノにとっては想定外の不運であり、フェレトリウスにとっては望外の喜びである。


 そして、この国難の時に、神秘的な魅力で人々の間では女神にも例えられる聖女が、国民の前に現れたのだ。

 美しい絹衣に白銀の冠を身につけ、手には金の杓を持つその姿は、天上の神々を彷彿とさせる。隣に立つフェレトリウスも、少年の面影を残しながらも王としての威厳を持ち、凛々しく整った姿で、人々の目を引き付けた。そんな二人が、王宮を出て街の中央に位置する広場まで歩いた。その姿を見ただけで、人々は恐怖が薄れ不安を忘れることが出来た。


 広場にたどり着いた頃には、多くの人がすがるように二人の周りを囲んでいた。

 そして、皆の視線を浴びながら、聖女は言葉を紡いだ。

「皆さん、安心してください。大神コウリュウからお言葉を賜りました。曰く、皆が望めば、それは叶うとのことです」

 聖女ユノが口を閉ざすと、その後を国王フェレトリウスが続けた。

「皆、聖女を信じるのだ。その言葉に偽りが無いことは、このフェレトリウスが誓おう。慌てることはないのだ、恐れることもないのだ。その証として誓おう。このフェレトリウスは、聖女ユノと共に、逃げることなくここに立ち、神に祈りを捧げる。皆も心を落ち着けて、平和と平穏を願うのだ」


 そう言うとフェレトリウスは、東の空を仰いで祈りを捧げた。すると、人々も、一人また一人とそれに倣い祈るように手を合わせ、頭を垂れた。

 こうして、ルシタニア州国の首都は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。

 皆が一心に祈りをささげる中、天を割いて爆炎が空を埋め尽くした。





 春風が空を見上げると、燃え盛る炎が天を埋め尽くす様が見て取れた。轟々と地上に迫る業火を目の当たりにして、春風は素っ頓狂な声を上げた。

「なんじゃこりゃあ?!あれ、どーするんスか、ジュゲム先輩!」

「落ち着け。ここには世界の創造すら可能にする神々が揃っている。出来ぬことなど、それほどありはしない。ほら見ろ、プタハ局長が対応されるようだ」


 コウリュウ精霊府庁舎前に居並ぶ錚々たる面々の中から、権能局長たるプタハ・ヌン・ヌネト・ヘフウ・ヘフト・ケクウ・ケクト・アメン・アメネト・タチェンネンが進み出た。理知的な瞳の老爺の姿であり、二枚の大きな翼を持った羊を従え、水をたたえた甕を持っている。

 その甕を天に掲げると、中から赤い液体が飛び出した。

「プタハ局長の権能を見ることが出来るとは、僥倖だな。あれは赤い色が着いた酒だ。血液を模していて、かつてあれを身代わりに破壊神から世界と人々を守ったことがあるそうだ。なかなかお目にかかれるものではない。ハルカもよく見ておけ」

「ウス」


 甕から飛び出した赤い酒は、柱となって天に登り、炎を遮るように空を覆った。そして遥か上空で衝突した両者は、互いに押されること無く、その場で拮抗した。

「おーすげー。平気で世界とか焼き尽くす炎なのに、あっさり止めましたね。さすが局長っすねー」

 感嘆の声を上げる春風と対称的に、ジュゲムの表情は冴えない。

「あの炎を防いだのは、確かに素晴らしい御業だ。だが、炎を消し去るまでは至らないな」

「確かに、そうですね。どうします?」

「どうもこうも無い。さっきも言ったとおりだ。これだけ強力な神々が揃っている。ハルカが気にするまでも無い」


「いや、そうでもないよ。プタハは、あくまで守るだけの権能だから、あの火を消すことはできない。そして、あの火を上回る権能を持つ者は、そう多くないはずだ。今はコウリュウが出征中なので、皆、自分自身の権能と能力でやり遂げなければいけないからね」

 春風とジュゲムの会話にするりと入り込んできたのは、笑顔のミナカだ。黒目黒髪に加えて、身に着けているのは相変わらず日本製のビジネススーツなので、様々な姿の神々が居並ぶこの場では、とても浮いている。その姿を見たジュゲムは、無言で頭を下げている。

「あれーミナカさん。暇そうですね、何してるんですか?」

「大精霊コウリュウの親征で、精霊府自体が機能停止状態だからね、手持無沙汰なんだよ。春風もヒマしているでしょ。アレ、何とかしてみない?」

 そう言いながらミナカが指さしたのは、天を埋める炎だ。


「いやいやいや、無理無理、無理無理カタツムリですよ。私、権能も魔力も持っていない、正真正銘のただの村人Aですから」

「そんなこと無いさ、春風は魔力を持っているよ。春風は忘れているかもしれないけど、給与として毎月1万の魔力が付与されているんだ。つまり、働き始めて五か月目だから、五万の魔力を持っていることになる」

「あーそんな話しもありましたね。でも魔力なんて使ったことないですしー」

「大丈夫、僕謹製のとっておきの呪文を教えてあげるよ」

「何ていう名前の呪文ですか?」


「マダン……マジックバーストとかでどうかな?」

「今決めてるんスか……。相変わらず胡散臭いわー。それにセンス無いっすね」

「じゃあ、マジックバーストンテ。略してマジンテでどうかな。元ネタが分かりやすいでしょ」

「いやいや、もっとヤバいヤツですやん」

「まあまあ。いいから僕に続いて呪文を唱えてみよう。アンケルナ・ハマンテ……」

 ミナカに続いて呪文を唱えると、春風の魔力が膨れ上がり、魔法が発動した。


 春風は全ての魔力を解き放った。

 暴走した魔力が爆発を起こす。


 爆発の閃光は見る者の目を眩ませ、爆音は耳をつんざいた。だが、その結果は、エフェクトに相応しいものであった。

 春風の起こした極限の爆発は、この世界を燃やし尽くさんと天を覆っていた炎を吹き飛ばした。炎を防ぎ、その場にとどめるだけであったプタハとは異なり、完全に炎をかき消したのだ。


「なんじゃこりゃあ~~!!」

 隣で目を見開いて固まっているジュゲムに構う余裕も無く、春風を見つめるコウリュウ精霊府の者達の視線に気づく事も無く、春風は叫び声を上げた。

「五万の魔力を全て解き放ったから、十五万くらいのダメージだね。ちなみにこの呪文なら、魔力が五千もあれば、破壊と殺戮の神程度なら倒せるね」


 ミナカの笑いを含んだ言葉が、春風の耳を通り抜けていった。

なまえ:はるか

ちから:11

すばやさ:6

みのまもり:3

かしこさ:5

HP:19

MP:50,000

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