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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件7 親征⑤

 灯里が銀狐ユルグに向けて飛び立つと、迎撃するつもりなのか、ユルグが尾を振りかざした。

 星に匹敵するほどの直径を持つ巨大な尾が、十重二十重に折り重なって灯里の進路を塞いでいく。だが灯里は、些かも速度を落とすこと無く直進を続けた。

 灯里は方針を一つに決めた。ユルグの本体へ最速最短で到達し、全力の攻撃を叩き込む。それ以外に、この世界を守る手段はないと考えたのだ。


 銀狐ユルグに上陸された場合に備えて、精霊王アップルの指示の下、世界樹に至るまでの内陸にも戦力は配置されている。しかし、ミハル国沿岸部に集結した戦力こそ最大最強である。これを突破されれば、残る防衛ラインは紙のように破られるだろう。

 そしてまた、内陸部で戦闘を行えば、その余波で広範囲にわたって壊滅的な被害が生じるだろう。

 それを避けるには、海上で撃滅するしかないのだ。そのため、多くの尾を無視し、ユルグの本体へと一直線に向かっているのだ。


 そんな灯里の考えを知ってか知らずか、ユルグは本体ではなく尾を灯里へと近づけてきた。光を越える早さで迫り来る無数の尾に対処するために、灯里が炎の魔神の魔力を引き出そうとしたとき、それは起こった。

 灯里の進路を確保するかのように、ユルグの尾を遮る位置に転移魔法の揺らぎが生じたのだ。灯里が訝しんでいると、次々と魔法使い達が姿を見せた。

 そして、迫りくるユルグの尾へ向けて、自爆魔法を起動していったのだ。


「そんな……どうしてそんなことするんですか?!」

 灯里には、彼らの意図を理解することができた。灯里をユルグの下に到達させるため、命を捨てて時を稼ぎ進路を確保しようとしているのだと。彼らの行動は、灯里と同じ類のものだ。目的の達成ために、自分を捨てて行動しているだけだ。それでも、心に痛みが走る。

「誰も死なせたくないのに……!」

 悲痛な思いを胸に、次々と炸裂する自爆魔法が切り開く道を、全力で突き進んだ。灯里の後方では、大魔王ジョンポールの自爆魔法が、ひと際大きな輝きを放っていた。


 魔法使い達が開いた血路の先に、銀狐ユルグがいた。

 惑星ほどもある瞳は、底知れぬ闇と漆黒が渦巻いている。その思考はおろか、意思の有無さえ伺い知ることが出来ない。口元は、乱杭歯が禍々しさを放っている。

 そして、遠目には銀色に見えていた体毛は、近くでみると、紫や緑など様々な色の触手のようなものが蠢いている。その一つ一つが相互に貪りあっている。ただ「喰う」という権能のみを持ち、それに特化した銀狐ユルグは、自身さえも補食の対象としているかのようだった。

 嫌悪感を抑え込み、灯里は、ユルグへ意識を向けつつ、自分の中に封じられている炎の魔神へと魔力回路を繋いだ。


 第十三世界には、七大元素の勇者と呼ばれる者達がいる。炎の勇者である灯里も、その一人だ。風の勇者は風の精霊から力を借り、光の勇者は光の妖精の助力を得て、水の勇者は水神の加護を受ける。

 それら超越的な力を行使する勇者の中でも、自分は異質であり、最強であると灯里は考えている。他の勇者は、助力する者の協力を得ているが、炎の勇者は違う。炎の魔神を、自身の魂の中に封じ込めて、その力を行使する。勇者の中で唯一、その力の源と敵対しているのだ。

 それゆえ、その力の限界が分からない。今までは様子を見ながら、少しずつその力を開放してきたのだ。それでも、他の追随を許さぬ戦闘能力を誇っていた。そして、事ここに至っては慎重論などかなぐり捨てた。炎の魔神の真の力を解放するのだ。


 意を決した灯里は、炎の魔神から全力で魔力を引き出す。

 かつて無い高負荷に魔力回路が焼ききれそうになるが、それすらも炎の魔神の魔力で補強修復し、出力を上げていく。制限を取り払って魔法を行使するという初めての行為に、ややもすると手間取り、時間をかけてしまう。その隙にユルグが尾をくねらせ、その眷属を灯里へと差し向けてくる。

 視界を覆うほどの大量の眷属が、迫ってくる。


「数、約二万……。問題ないはず」

 魔力の抽出を停止し、蓄積した超高出力の魔力を攻撃魔法に変換した。

「いけぇー!」

 灯里の掛け声と同時に火球か放たれ、着弾と同時に、超新星爆発にも匹敵する大爆発を起こした。太陽が数億年をかけて放出する熱量を、一度の魔法で消費したのだ。

 無数の眷属は全て消滅し、近づいていた尾は三本が吹き飛んでいた。


「できる……。これなら、倒せる」

 中途半端な出力でさえ、一撃で複数の尾を破壊したのだ。時間を掛けてもっと魔力を絞りだしさえすれば、倒せるはずだ。灯里は、自身の推測を確信に変えた。

 だが、魔力の抽出をするための時間を、どうやって稼ぐか。こうして思考を巡らしているうちにも、次々とユルグの尾が迫ってくる。

「どうしよう……」

 灯里が再び魔力を絞りだしながら独白したとき、唐突に背後から声をかけられた。


「力を貸そう」

 そこにいたのは、可愛らしい少女だった。

 空中に佇むその少女は、頭部に水牛のような大きな角を生やしている。短い黒髪が特徴的で、両手には同じ色の長い爪が生えている。対して、その肌は白磁のように白く透き通っている。剣呑ささえ感じさせる鋭い三白眼。不機嫌なのか、口元は、強く結ばれている。身長はおそらく140センチくらいだろう。頬はぷっくりとしており、あどけなさすら感じる。

 しかし、銀狐ユルグにも匹敵する魔力を秘めていることが、分かる。

 憮然とした表情で、つまらなそうに銀狐ユルグを見つめている。だが、纏う強烈な魔力と神性から、超越者であることが理解出来た。


「今ここにいるのは、大精霊コウリュウが麾下の権能執行課長メリーアンではない。個として召喚されたメリーアン・メリーアンだ」

 そう言うと右腕を振り上げ、空を撫でるように、優しく降り下ろした。

「つまり、かつて邪神や悪神、破壊神などと言われた、この私本来の力を行使できるということだ」

 メリーアンの言葉とともに、銀狐ユルグの体が、胴から裂けた。百を越える尾と下半身が、耳をつんざく破砕音をたてながら消滅していく。

 それを眺めるメリーアンの顔には愉悦の感情が浮かんでいた。破壊を楽しみ、暴力に快感を得ている表情に、灯里は言い知れぬ恐怖を覚えた。だがメリーアンは、すぐに無表情に戻ると、踵を返した。去り際に放った言葉が、灯里の耳に届く。

「優しく撫でたつもりだったが、少し過ぎたな。これ以上の助力は出来ない。精々奮励することだ、炎の魔神の生け贄よ」


 消え行くメリーアンを、灯里は最後まで見送ることはしなかった。既に再び炎の魔神から魔力の抽出を始めている。さっきより強く、さっきより多くの魔力をと、限界まで魔力を絞り出していく。

 炎の魔神に魔力回路を接続し、出力を上げる。そのあまりに膨大な魔力は、魔法として行使されていないにも関わらず、周囲を燃やし、灯里の身体や魂まで焦がし始めた。

 しかし、自分の限界、炎の魔神の封印が解けてしまう限界を見極め、ギリギリまで魔力を練り上げていく。そうして、遂に極限まで魔力を抽出し凝縮させることに成功した。


「これでダメなら……。いや、違う。これならいける。絶対に勝つんだ」

 視界まで真っ赤に燃やされながら、溜め込んだ魔力を銀狐ユルグへと撃ち込んだ。先程の魔法より更に威力を増したそれは、宇宙開闢にも匹敵する爆発だった。間違いなく銀狐ユルグを消滅させる。灯里は、そう確信した。

 しかし、そうはならなかった。灯里の放った魔法に向かって大きく口を開けたユルグは、無造作にそれを喰った。爆発の衝撃波も爆炎も、それらを産み出した魔力までも。


 灯里の考えには誤算があった。

 確かに、「燃やす」という単一の権能に特化している炎の魔神は、銀狐ユルグに匹敵する権能を持っている。その力をもってすれば、ユルグが持つ「喰う」という権能ごと焼き尽くせたはずだ。だが、本来の力を封印された状態であり、その力を行使したのは、二年前まで日本の中学生にすぎなかった灯里である。

 結果は、このとおり。

 ユルグにとっては丁度良いエサにしか見えなかった。


「そんな……」

 愕然とした顔で絶望の言葉を呟く灯里を、ユルグはバクリと一口で腹に収めた。





 炎の勇者サトウ・アカリの敗北から、第十三世界シュミールの崩壊まで、さして時間はかからなかった。ミハル国から世界の中心に聳える世界樹に至るまで、道中の大地も山も川も、国も人も動物も、全て食い尽くされた。

 世界樹はてっぺんから丸かじりにされ、根の欠片も残っていない。大地は砕け、幾億の破片となって世界の虚空を落下していった。世界を支えていた四頭の象は死に、象を支えていた亀は甲羅ごと咀嚼された。


 世界中に苦痛と怨嗟の声が満ち、ユルグは今、その人々の苦痛の思いを食べて回っている。嬉しそうに、美味しそうに。

 だが、崩壊した世界で、希望を失っていない者がいた。精霊王アップルである。七千年の間、諦めることなく世界の存続のために戦い続けた精神力は、伊達ではない。

 防御と隠蔽の魔法を行使し、召喚術の完成を目指す第六聖堂を守り続けている。聖堂の瓦は落ち、壁は崩れているが、まだ建物の体を成している。小島ほどの大地と共にアップルが保護し、ユルグの目から隠れているのだ。周囲には、数人の供回りがいるのみだ。他は皆、死んでしまった。


「世界の危機に再臨するという創世神……。人々は死に絶え、大地は砕けたのじゃ。だのに、これでもまだ、御姿を現し給うてくださらんのか」

 恨みがましいとは思いつつも、つい弱音と愚痴が口からこぼれてしまう。召喚術が、いつ完成するのか分からない。創世神が、どれ程の権能を有しているか分からない。けれど、アップルが諦めれば、世界は本当に終焉を迎えるだろう。この召喚術に賭けるしかない。

「頼むから、こちらに気付いてくれるなよ……」

 アップルの独り言を聞き取ったわけではないだろうが、大口を開けたユルグが第六聖堂の方向へと進み始めた。





 銀狐ユルグの腹の中で意識を取り戻したとき、灯里は肉体を失っていた。無意識のうちに炎の魔神の魔力を使い、幽子と霊子から成るアストラルボディを作り上げていた。

 これは、肉体マテリアルボディを持つ通常の生物とは異なり、精霊などに近い存在となったことを意味する。しかし、その内面は紛れもなく佐藤灯里であった。


 意識が戻っとき、最初に浮かんだ感情は、後悔であった。

 自分が出来ることをする。自分自身のことは最後に考える。そう決めたはずなのに、出来なかった。自分の身を守るため、魔力の出力を抑えてしまっていた。


 人を超越した今、ユルグに飲み込まれながらも、灯里には崩壊した世界を知覚することが出来た。そして、未だ希望を失わず戦おうとしている者たちの存在も。

 まだ間に合う。それなら、やろう。


 灯里は、一切の遠慮をせず炎の魔神に魔力回路を接続した。莫大な魔力の奔流に焼き尽くされそうになりながらも、なんとか魔力を繰っていく。

 まずは炎の魔神を縛る封印を焼き尽くした。そして、さらに膨れ上がる炎の魔力を、指向性を持たせて放とうと、懸命に魔法を構築した。

 ユルグを焼き尽くしつつ、この世界の被害を減らす。灯里は、それだけを考えて、最後の魔法を放った。封印から解き放たれた炎の魔神カグツチの魔力は、ユルグを焼き殺し、そのまま世界の外へ向かって広がっていった。

 それを見て安堵した灯里は、そのままカグツチの魔力に焼き尽くされ、魂まで燃え尽き、完全に消滅した。


 灯里は知らなかった。第十三世界シュミールの外には、第一から第十二までの異世界が存在することを。カグツチの炎は、世界の境界を越え、広がっていった。

 第十二世界を焼き尽くし、第十一世界を貫き、その炎は第四世界まで到達した。

 第七世界ルクシオンのコウリュウ精霊府にいる春風も、天を埋める炎を見た。

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