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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件7 親征③

 海沿いに位置するミハル国は、戦闘関連の施設を海へ向けて設置している。他国は全てミハル国より内陸側に存在するが、海側の防備は、それらに対する備えより厚い。監視と攻撃のための灯台群、高波対策の巨大堤防、召喚のための聖堂などが計画的に配置されている。全て、遥かな海の向こうから訪れる災厄に備えるためだ。

 そして、それらの建物に、完全武装の人々がひしめいている。総人口六十六兆二千億人を擁する第十三世界シュミールの中でも、戦闘能力や思想、信仰などの要素を厳選された約一億人がミハル国に集ったのだ。


 総大将をミハル国指導者のアップルとし、各国各種族の代表が彼女の指揮下で持ち場を監督する。これは、ミハル国が飽食の銀と呼ばれる災厄について他国より多くの知識を持ち、最も進んだ研究をしているからである。未だかつて遭遇したことが無い未曽有の災厄に対して、可能な限り効果的な対処をするための体制として、皆がアップルの指示を仰ぐことに納得したのだ。

 そして今、誰もがその判断が正しかったことを実感していた。


 体をくねらせた一匹の巨大な銀色の蛇が、空を覆い、海を埋めている。五千キロメートル以上離れているにも関わらず、前方の視界を塞いでいる。恐らく、胴回りだけで月の直径ほどもあるだろう。その大きさに、大半の者が心からの恐怖に襲われていた。

 それでも恐慌状態にならずにいられるのは、アップルのお陰であった。アップルが、各所の責任者へ、絶え間なく人員の配置や戦闘準備の指示を出す。そして、指示を受けた部署は、ひたすらその作業に没頭する。無心になって任務にあたることで、混乱を回避することが出来たのだ。


 これは、アップルの想定するところでもあった。予め様々なケースを想定し、タイムスケジュールを作成し、分担を決めていたのだ。これにより、混乱を抑え、決められた役割に没頭させることに成功したのである。

 防波堤では、防衛ラインを担う白兵戦要員が着々と配置についていく。攻撃用灯台ファロスでは、戦略級攻撃魔法の準備が進み、攻撃開始の合図を待っている。召喚術の最中である第一から第六までの聖堂は、炎の勇者を除く七大元素の勇者達が、自身の魔力や生命力を供物に、勇者をも凌ぐ神々の降臨を祈っている。


 皆がそれぞれの使命をまっとうする中、最も動揺と疑念に駈られていたのは、精霊王アップルであった。

 ミハル国には、この世界に訪れる災厄について、他国より多くの伝承が残っていた。神が創世の時にこの世界の住人へ伝えた言葉であり、本来は全ての国、全ての種族へ与えられたものであった。だが、長い時の中で、他の国ではその情報が失われていったのだ。

他国で失われた伝承のうち、正確性の高い情報は、各国へ共有している。だが、ミハル国といえど、失われたり曖昧になったりした部分はある。


 不確定の情報は、混乱を避けるために共有をしなかった。そういった不確定の情報のなかに、飽食の銀と呼ばれる災厄の正体に迫るものがある。それは、災厄の銀とは、銀色の狐で名をユルグというものであった。

 多くの配下を持つ銀色の狐であり、その食欲は大地を喰らい尽くすほどである……という記述された書物が存在するのである。

 だが、今、この世界に現れたのは蛇であった。これはどういうことなのか。アップルは、一人で頭を痛めていた。


 理屈は、いくつか考えられる。例えば、言葉の変化だ。大昔は、鮫のことを「ワニ」と呼んでいた。同じように、かつては蛇のことを「キツネ」と呼んでいたのかもしれない。

 また、文字と音の乖離も考えられる。犬は現在では「イヌ」と発音するが、かつては「エノ」と発声していた。文字が同じであっても、読み方が変わってしまったのかもしれない。

 そもそも不確定の情報である。記述自体が誤りであったとも考えられる。


 いずれにしろ、巨大な銀色の蛇が、この世界を脅かそうとしていることは、間違いない。

 心中の動揺を毛ほども見せず、アップルは自信に満ちた声で命令を下した。

「攻撃用灯台ファロスは、攻撃を開始じゃ。各聖堂は、召喚術が完成次第、独自判断で動いて構わんのじゃ」

 アップルの言葉が伝えられると、灯台では直ちに攻撃が開始された。

 対災厄戦闘における第一の方針は、海上での迎撃である。上陸を許せば、どのような害悪があるか知れない。また、海上であれば、周囲への影響をあまり気にすることなく、強力な破壊力の攻撃をすることができる。


 魔法攻撃を担当する灯台には、魔力に秀でる魔族やエルフ達が陣取っている。百年に一人の天才と呼ばれるような者ばかりが集まり、ある者は魔力を供給し、ある者は魔道具を稼働させ、数百人が協力して一つの攻撃魔法を構築していく。

 幼少期から天才と呼ばれ、何をやっても他より優れ、それでも弛まず努力を続けてきた者。代々、優秀な魔法使いを輩出する名門に生まれ、秘伝の魔法技術を受け継ぎ、自らを高めてきた者。そういった者達が、命を削り、あるいは魔力の過剰放出により本当に命を落としながら、攻撃魔法が完成に近づいていくのだ。

 命を落とした者は、大魔王ジョンポールが、即座に蘇生魔法を使用し、戦列に復帰させている。魂に損傷が無ければ、蘇生魔法はそれなりの確率で成功するのだ。

 そして、タイミングを見計らいながら、魔法攻撃の責任者である大魔王ジョンポールが、号令を発した。


「放て!」

 完成した光魔法が、空を切り裂くように直進し、一秒とかからず数千キロの距離を越えて大蛇へ直撃する。

 これが地球であれば、星の丸みのせいで、魔法は宇宙の彼方に消えたはずだ。だが、大地が平らである第十三世界シュミールでは、超遠距離からの直線的な砲撃が可能なのである。

 直撃した攻撃魔法は、大蛇の体に大きな穴を開けた。第二射、第三射と放たれる度に、蛇に直径三十メートルほどの穴を穿っていく。


 しかし圧倒的な巨体のせいか、ダメージを受けた様子はない。蛇が気だるげに体を揺すると、表皮からボトボトと体の欠片が落下した。それの欠片は、小さな蛇へと姿を変え、ミハル国へと迫った。

 本体と比較して小さいと言っても、一匹の大きさは十メートルを越える。それが、海を埋め尽くしながら迫ってくるのだ。魔法では迎撃しきれるものではない。一部が砲撃をかいくぐり、堤防へ取り付いた。

 それを堤防上で白兵戦要員が迎え撃つ。盾を構え、槍衾を作り集団戦で戦う人族。個の武に長け、各所で遊撃手として動き回る獣人達。頑丈な自身の体を使って、防衛ラインの穴を埋める石人族。


 様々な国家や種族が、それぞれ得意とする戦術で戦っている。なかでも、皇帝ジョージが率いる、テバイ王国神聖部隊の活躍が目覚ましい。

 神聖部隊は、恋人同士のみで結成された戦闘部隊である。恋人の前で臆病な姿を見せるわけにはいかないと奮闘するため、常勝不敗の最強部隊なのだ。とりわけ今回は、世界の命運を賭けた戦いであるので、いつも以上に勇敢に戦っている。男性だけで構成されたこの部隊が通った後は、敵の死骸が無惨に転がっている。


 しかし、多数の敵に対し、堤防上の部隊は徐々に押され始めた。倒しても倒しても、無限に湧くかのように、次々と新手が押し寄せる。敵を蹴散らすため、皇帝ジョージが自ら前線に出ようとしたとき、鐘の音が鳴り響いた。

「第一聖堂の鐘の音……召喚術が完成した合図だ!全員、衝撃に備えろ!」


 皇帝ジョージの警告が次々と復唱され、部隊全体に共有される。突出して白兵戦をしていた者達が部隊に合流を始めたとき、海上の空間に亀裂が走った。

 亀裂から飛び出したのは、巨神オルメカだ。普段は十メートルほどの身長で、コウリュウ精霊府の力仕事を担っている女性だ。だが、今は全身全霊の戦闘態勢であり、その身長は六百メートルを越える。海に立っているにも関わらず、膝下までしか水に浸かっていない。

 彼女が姿を見せると、オルメカ信仰が根付く石人族が大いに沸いた。雄叫びを上げ、両手を振り上げて歓声を上げている。


 声援を受けたオルメカが拳を振り上げると、大地が割れ、辺りを埋め尽くしていた蛇の大群を飲み込んだ。海や堤防の上、陸上など、あらゆる場所の蛇が全て地中に消えたのだ。

 しかし、それほどの地割れを起こしながら、魔物以外は誰一人影響を受けていない。地面の揺れによろめいた者すらいない。そして、既に地割れは閉じていて、跡形も無い。

まさに神の御業である。


「オルメカ!オルメカ!オルメカ!」

 人々が手を上げてオルメカを称え、その歓声はまるで世界中に響き渡っているようであった。



 コウリュウ精霊府の庁舎前広場には、錚々たる面子が顔を揃えていた。コウリュウ精霊府の局長級が、緊張した面持ちで、直立不動で整列しており、少し離れて部長級が控えている。その周囲を戦闘部局の戦闘吏員が警備している。

 大精霊コウリュウの親征にあたり、その出立式が執り行われようとしているのだ。大精霊コウリュウを一目でも見て加護を得ようと、コウリュウ市中の者達が詰め掛けている。

 春風も、出立式の様子を精霊府の庁舎内から眺めていた。権能執行課がある三階の窓からは、広場を一望することが出来る。噂の大精霊とやらを見てやろうと、野次馬根性を丸出しにして窓にかじりついているのだ。


 空には、第十三世界の様子が写し出されている。以前に春風が異世界を見るときに使った水鏡のようだが、その規模は桁違いだ。空全体をスクリーンにしているかのようで、川を越えた市街地の外からでも見える。

 巨大な銀色の蛇や召喚されたオルメカの雄姿など、目を見張る光景が映し出される空を見て、百万人のコウリュウ市民が声を上げたり祈りを捧げたりしている。


 第十三世界の戦闘が局面を移し、第二聖堂、第三聖堂と召喚術が発動していく。第四聖堂の召喚術が発動したとき、コウリュウ精霊府庁舎前広場に動きがあった。

 木々が鮮やかな緑の若葉を萌やし、花々が一斉に咲き乱れる。空には虹が七重に架かり、青い空と白雲が美しい景色を作り出している。

 楽隊が音楽を奏でる中、コウリュウ精霊府の正門が開き、大精霊コウリュウが姿を現した。

 数十メートル離れた春風の目にも、指先やその瞳に写る景色まで、コウリュウの姿を仔細に捉えることが出来る。これが、神々すら膝を屈する至高の存在なのだと、認識させられた。


 蒼く輝く髪は、身長の数倍の長さだが、少しも地に付くことなく優雅に漂っている。血色のよい肌は、生気が具現化したようだ。女性的な長い睫毛と、銀河のごとく煌めく瞳は、その目で見つめるだけで魂を根こそぎ奪い去るだろう。

 身に纏う衣服は、縫い合わせた箇所は一つも無い。宝石もない簡素な蒼い布であるのに美しい光を放っている。

 自信に溢れた笑顔は、女性の春風でさえ心を奪われそうな破壊力を持っている。

 日本人に例えるなら、背の高い、二十代半ばの女性と表現できるだろう。だが、その造形の見事さは、筆舌に尽くしがたい。美だけで、神々すらも魅了し、むしろ心胆寒からしめるものだ。


 広場へ歩み出たコウリュウを、プタハ権能局長とワン水権能執行部長、メリーアン権能執行課長が出迎えた。

「足をお運び頂き、誠にありがとうございます。こうして拝謁の栄に浴するのは、二千年ぶりでございます。衷心から悦びと感謝を申し上げます」

 そう言ってプタハ局長が額を地に付けて礼をすると、コウリュウは鷹揚に頷いて見せた。


 春風は、上長であるヤギ係長と会話するときでさえ、それなりに緊張する。そのヤギやダンチョネといった係長クラスが、最大限の敬意を払って接するのがメリーアン課長である。そのメリーアン課長が、細心の注意をもって折り目正しく応対するのが、ワン部長である。そして、そのワン部長をして平身低頭をせざるを得ないのがプタハ局長である。

 そして今、そのプタハ局長が、大精霊コウリュウへかしずき、拝謁出来ただけで涙を流さんばかりに喜んでいる。いや、この場にいる全ての者が、大精霊コウリュウの姿を目にして、感動にうち震えている。


「この度の御出陣、この権能局長プタハ・ヌン・ヌネト・ヘフウ・ヘフト・ケクウ・ケクト・アメン・アメネト・タチェンネンと、メリーアン・メリーアン権能執行課長が随行させていただきます。露払いはおまかせください」

「いや、プタハはここで待機し備えよ。メリーアン、そなたが道を開け」

「かしこまりました」

「御意に」

 コウリュウの言葉に、プタハとメリーアンは即座に返答した。異論も疑問も全く存在しないのだと、その行動が示している。


 メリーアンが出立の準備を始めたとき、空には第十三世界の住人が銀色の蛇を駆逐する様子が写し出されていた。

「ジュゲム先輩、これじゃあ課長達が出張するまでも無く終わっちゃうんじゃないんですか?あの蛇、やっつけられそうですよ」

「終わらないさ。あんな小物ごときに大精霊コウリュウが直接手を下すわけないだろう。あの蛇は銀狐ユルグと呼ばれる怪物の一部に過ぎない」

「へー。ということは、その本体を叩くわけですか」

「いや、違う」

 春風の言葉に、ジュゲムは無表情に答えた。


「大精霊コウリュウが見ているのは、炎の勇者だ」

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