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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件7 親征②

 第十三世界シュミールの陸上東端にあるミハル国は、かつてないほどの賑わいを見せていた。間もなくこの大地に訪れる、世界を滅ぼすといわれる存在……飽食の銀と呼ばれる怪物を討滅するために、世界中から人々が集まったのである。

 人族、魔族、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人族、妖精、精霊、鉄金族、石人族……ありとあらゆる種族が手を取り合い、共通の目的に向けて知恵を絞り、汗を流している。


 石人族が作り上げた灯台に、エルフが魔方陣を描き、ドワーフが魔石と魔導具を設置し、魔族が魔力を流し込んでいる。獣人族が運び込んだ食料を、人族が調理し、妖精達が配膳し配布している。

 ほんの数年前まで、各国、各種族が反目していたとは思えない、信頼と友情に満ちた光景である。ミハル国の指導者にして精霊王であるアップルは、それを高台にある居宅から眺め、嘆息した。


「このような景色を、まさか余の治世で見ることになるとは、思いもよらなんだわ。まるで夢のようじゃ。飽食の銀による終末戦争の訪れ、そして世界中が融和し協調するこの光景……前者は悪夢で、後者は善き夢じゃがな」

 自らの身長より長い真っ白な髪を持つアップルは、その幼女のような外見に似つかわしくない、労苦と感慨を滲ませている。彼女は、即位してから七千年の間、世界の果てに立つ太陽樹の観察を怠らなかった。太陽を果実として実らすこの樹は、やがて訪れるであろう飽食の銀の到来を告げる標でもあるからだ。

 そしてまた、彼女とミハル国は、来るべき終末戦争に向けて各国へ警鐘を鳴らし続けてきた。


 これまで、世界の国々は、ミハル国の言葉に耳を傾けることはなかった。「遥かな未来に自分達の生活を脅かすかもしれない」というものに対して、真剣に取り組む国など無かったのだ。

 それどころか、来るべき災厄に備えるために創世神から与えられたものを、私利私欲のために使っていた。各地を繋ぐ転送魔方陣や武具、魔導具、七大元素の勇者などを勢力拡大のための戦争に使ったのだ。

 数多の国が滅び、また興り、文化や文明は大きく姿を変えていった。そして、創世の頃から続く国家はミハル国だけになり、この世界の宿命は忘れ去られていた。


 これまでであれば、それで良かったのだ。

 災厄は訪れない。少なくとも、自分達の世代では。将来、問題に直面した者達が、その時に困れば良いのだと。

 だが、事態は急を告げた。

 太陽樹とその果実は、飽食の銀を世界の果てに留めておく餌であると言い伝えられている。そして、その実が失われれば、次には世界の中心に立つ世界樹を喰らわんと向かうはずだ。その道中の全てを食べつくしながら。


 太陽樹の果実の消失は、飽食の銀の到来を知らせるサインである。そして、理由は分からないが、その消失速度が早まったのだ。かつては一つの太陽が消失するまでの時間は、一億年とも二億年ともいわれていた。ゆっくりと時間をかけて、一つ、また一つと失われたいった。長き時を生きる精霊達でさえ、その消失速度を観測し得ないほどに。

 それが、九つ目の太陽に至ったとき、消失が加速した。わずか千五百年ほどで一つの太陽が失われたのだ。


 この事態に、アップルは急ぎ手を打った。最後の太陽が失われる前に、災厄を退ける準備を整えなければならない。ミハル国を挙げて、各国への呼び掛けを強化し、飽食の銀との戦いに備えようとしたのだ。

 だが、各国腰は重かった。いくら早まったとはいえ、現在の利益を捨ててまで何百年も未来のことに取り組むという選択は、しなかったのだ。


「世界の危機から目を背け、未来を軽んじ、私欲を追求し、いたずらにいがみ合っていたと非難したいのであれば、甘んじて受け入れましょう。魔族の指導者である私の責任は大きいと考えています」

 アップルと向かい合って座る大魔王ジョンポールが、真面目な顔で静かに語った。若々しい青年のような外見だが、青黒い肌と金色に輝く瞳が、鉄面皮の表情を一層強面に見せている。だが、不機嫌ではない。これが普段の表情なのだ。

 魔族の国の王であり、全魔族の頂点たる彼だが、腹芸などは不得手で、思いを率直に語ることで知られている。

 だからこそ、アップルはその言葉を素直に受け止めた。


「いや、決して責める気はないのじゃ。ただ、大魔王殿がそう言うからこそ、わだかまりを越えて手を取り合えるのじゃと思う。その率直な物言い、嬉しく思うぞ」

 アップルがとっくりを差し向けると、ジョンポールは小振りの茶碗を両手で差し出し、酌を受ける。その所作だけで、二人が腹を割って話しをしていることが見てとれる。

 供回りも置かず、板の間に薄い座布団を敷いて座り、わずかの酒舐め、焼き味噌やなめろう、漬物をつついている。その様からも、気の置けない仲である事が分かる。


「二人でいい雰囲気を醸されると、俺、居づらいなぁ。帰っていい?」

 室内には、精霊王と大魔王、そして人族の皇帝の三人がいる。その皇帝ジョージが、ふて腐れた顔でお猪口をいじり回している。三十代半ばだが、髭を伸ばして貫禄を出そうとしている様子は、まるで悪童のようにも見える。

「そう、へそを曲げてくれるな、皇帝殿。人、魔、精の首班たるこの三人が車座で酒を酌み交わすなど、数年前であれば考えられなかったじゃろう。なので、年甲斐もなく、はしゃいでいる。この気持ちは皇帝殿とも分かち合いたいものじゃ」

 アップルがとっくりを向けると、嬉しそうに破顔しお猪口で酌を受けた。


「そいつは、俺も同感だ。今日に至るまで、人と魔族は対立を続けてきたんだ。血が流れることだって珍しく無かった。いや、人同士だって争いは日常茶飯事だったんだ。それが、今じゃあ手を取り合っているんだ。それもこれも全部、たった一人の功績だって言うんだから、不思議なもんだよな」

 ジョージのしみじみとした言葉に、アップルとジョンポールも頷く。


「炎の勇者サトウ・アカリじゃな。大魔王殿が異世界から召喚した十六歳の少女が、たった二年でこの世界の趨勢を担う重要人物になるとは、思いもしなかったじゃろう?」

「ええ、まったく想像していませんでした。召喚は二年前ですので、当時は十四歳でした。異世界から召喚した者は、通常では考えられないような能力を持って、この世界に現れます。当初は、それを見込んだ、戦力目当ての召喚でした」

「おお、召喚の話を聞いたときは、俺も驚いた。しかも、この世界に現れてすぐに、炎の魔神を支配下に置いたっていうじゃねぇか。当時は人対魔の戦争真っ只中だ、戦々恐々としていたもんさ」


「じゃが、心配は無用だったのじゃろ」

「ああ、人も魔族も、一人も傷つけることは無かったな。徹頭徹尾、戦争反対を唱え続けていた。最初に会ったのは戦場なんだが、開口一番に無用な争いはやめろと説教を垂れてきやがった。戦場を抜けて俺の前まで来たもんだから、ボロボロだったせ。背中に矢が三本刺さって、腹には槍が二本貫通してた。それでもって、血反吐を吐きながら、平和が良いって言うんだぜ」

「私も、いつも説教されていました。血を流す選択をするな、命を大切にしろと。自国を守るための軍備拡張にも反対されていました。なんでも、バランスオブパワーは古い、集団安全保障の方がマシだ、そのためにも、みんな仲良くしないと、と言っていました」

「戦略魔法が使用されたときは、自分の体を盾にして、敵も味方も守っていたな。自分自身は消し炭みたいになって……。首から下が炭化してたぞ。勇者の回復力は優れていると言っても、死んだらそこまでだっていうのに」


「二人の話を聞いていると、まるで聖女の事績か武神の戦功のようじゃ。元の世界では、余程の戦争を経験していたのじゃろうか」

「いえ、彼女の出身である異世界チキュウのニホンという国は、平和で治安が良いそうです。血を見ることなど、日常では殆ど無いと聞いています」

「そんな世界に生まれて、よくまあ、それほどの胆力が身に付いたものじゃ」

「平和を知るからこそ、平和を目指すことが出来たのでしょう。争うことが日常であったこの世界には、得難い人物です」


「それに、可愛いしな。俺、この戦いが終わったら求婚しようと思ってるんだ」

「いえ、それは出来ません。彼女は我が国が召喚したので、こちらの国民です。婚姻の相手は、同国人に限ります。それに、私はもう花束も用意してあるんです」

「おっと、俺は指輪も用意してあるんだ。誕生石のルビーをあしらっている」

「そんな気取っていると、指環を返されていますよ」

「俺に返すくらいなら、捨ててくれと言うさ」

「随分と格好つけますね」

「カッコつけてるんじゃない、カッコいいんだ、俺は」


「やめーや。余の七千年分の感慨も、どこかへ吹き飛んでしまったのじゃ」

 アップルのうんざりした顔に、二人は少し気まずそうに顔を見合わせた。

「と、ところで、アカリはミハル国に来てるんだろ?当然、戦いには参加するんだろう?どこにいるんだ?」

「私も、彼女をミハル国へ送り出してからは、会っていないのです。ぜひ会いたいですね」

 ジョージとジョンポールが前のめりになるが、アップルは二人の熱を冷ますように、素っ気ない。

「炎の勇者は第七聖堂に監禁中じゃ」

 弾かれるように、ジョージが剣を抜き放ち、ジョンポールが刀を手に取った。

「おう、アップル。どういうことだ?俺のアカリに、どういうつもりだ?」

「返答次第では、今ここで七千年の治世に幕を引きますよ」


 世界最高の剣士と史上最強と言われる大魔王が殺気だっていても、どこ吹く風とアップルは平然としている。

「創世神からの神託を得ることができたのじゃ。この度の戦い、炎の勇者は参加すれば死ぬると。アカリは、この世界の英雄じゃ。人々の心の支えじゃ。死なせるわけにはいかんのじゃ」



 佐藤灯里(さとうあかり)は、第七聖堂の礼拝用祭壇の前に、一人で座っていた。ミハル国内の他の聖堂は、全て人の出入りが激しく賑わっていた。第一から第六までの聖堂は、七大元素の勇者が入り、決戦に備えた召喚術の準備が進められている。強大な力を持つ神や悪魔、精霊などを呼び出すのだそうだ。

 だが灯里は、空っぽの第七聖堂に、一人でいた。ミハル国の精霊王アップルから、戦いには参加せずここで待機するよう乞われたからだ。

 普段であれば、気にせず戦いに赴いただろう。だが、今回は違った。アップルが神託を持ってきたのだ。曰く、「この戦いに炎の勇者が参戦すれば、必ず死ぬ」と。


 灯里は知っている。この世界には、神がいる。そして、神は絶対の存在なのだと。神の託宣であれば間違いは無いのだ。

 そしてアップルの「炎の勇者アカリのような、皆の希望となる存在は、戦いの後にこそ必要となる。生きて戦後に活躍してほしい」という言葉は、確かな説得力があった。灯里は、アップルの案内で素直に第七聖堂に入った。


「死にたくは、ないなぁ」

 灯里は、日本では普通の中学生だった。人口十万人ほどの寂れた地方都市に住み、片道三キロの通学路を毎日歩いて通っていた。毎月千五百円のお小遣いを遣り繰りし、図書館で本を借り、スマホのゲームを無課金でコツコツと進めていた。

 テレビで戦争や紛争のニュースを見れば、皆仲良くすればいいのにと思い、飢餓や医療不足で苦しむ地域のことを知れば、どうしたら皆が楽しく暮らせるのかなと考えもした。中学生に出来ることなど、たかが知れている。精々、お小遣いの残りを募金箱に入れるくらいだった。


 だが、この世界では、違う。灯里は、炎の魔神を取り込み、勇者となった。他を圧倒する戦闘能力を持ち、世界の趨勢を左右出来るだけの存在になったのだ。

 異世界へ転移した直後には、従軍するように言われたが、拒否した。命令されて人殺しをするなんて、嫌だった。手に入れた力を、人々の平和のために使った。人里を脅かす魔獣を倒し、稼いだお金で施しをした。最初こそ、奇異の目で見られることもあったが、次第に人々と打ち解け、周囲は笑顔が溢れるようになった。


 しばらくすると、魔族と人族は灯里を放っておいて戦争を始めた。今度は、それを力づくで止めた。炎の魔神の力を使えば、それが出来たのだ。

 もちろん、危険はあった。死にそうな思いを何度もした。けれど、もうただの中学生じゃない。目の前の不幸をはね除ける力があるのだ。その思いで遮二無二、戦い続けた。

 その結果、この世界の人々は和解し、共通の危機に向けて立ち向かおうとしている。


 これまでは、なんとかなった。だが、今度の戦いは、そうはいかない。死が確実に目の前にあるのだ。勝ち目の低い戦いに身を投じることへの、不安と逡巡はある。

「でも、死にたくないけど……その必要があるなら、命を懸けてでも、戦わなくちゃ」


 灯里が決意を新たにしたその時、大地が揺れた。世界を滅ぼすといわれる災厄が、姿を現したのだ。

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