案件2-2 智者のマケマケと慈愛のアルシノエ③
ミュラがマケマケを完封する様子を、春風は少し離れた場所で見ていた。
傍らでは、アルシノエが五体投地で春風に対して敬意を表している。「我が神よ……」などと呟いているが、取り合えず見なかったことにしている。
フィラデルフォスは、春風が「ミュラさんに任せておけば大丈夫だから、見学しましょう」と声をかけると、素直に並び立って見物している。ミュラの巧みな魔法構築や強大な魔力を見て、驚いたり感心したような声を上げたりしている。
しばらくはミュラが完全に抑え込む状態が続いていたが、業を煮やしたマケマケの暴発で事態が動いた。
「こ、こ、こーなったら、もう全力全開だぁー!」
そう宣言すると、これまでと様相の異なる魔法を構築し始めた。周囲に浮かび上がる積層型立体魔方陣は、明らかに高位のモノを呼び出す召喚魔法である。
「大地よ、大気よ、大海統べる大神よ! 我が誓約を受けし炎の魔神よ、我が契約の前にその姿を顕せ」
マケマケの詠唱とともに、膨大な魔力の奔流が地を揺らし、大気を軋ませた。そうして無理矢理にこじ開けた空間の歪みから、強力な魔力を持った存在が姿を現した。
獰猛な猫科を思わせる目付きや、しなやかさが見てとれる体つきなどから、その身体的能力の高さが窺える。そして内包する巨大な魔力の威圧感に、衛兵達は冷や汗を流して震え、文官や侍女の中には卒倒する者もいる。
だが春風は、暢気な表情でとぼけた声を上げた。
「あれれー? ジョン君?」
「あれ? その可愛らしい声と顔は、ハルカさんだ」
マケマケが呼び出したのは、コウリュウ精霊府の受付を守るジョン・ビッグロングだった。栗色の髪のジョン少年は、愛くるしい表情でハルカに笑いかけた。それを見て、流石のミュラも、やれやれとこめかみを押さえている。
「こんなところでも女に手を出しているのか、君は。手広くやっているというか、見境が無いと言うか」
「けっこう昔に、とっても可愛らしい子に物凄く熱心にお願いされたから、仕方なく契約していたんだ。でも、さすがにハルカさんやミュラさんを敵には回せないよ。それじゃあ、またね」
ミュラの呆れ声にも動じず、ジョンは涼しい顔で手を振って、その場からふっと消えていった。
「そ、そんな~。私の手札でも、最強に近い召喚魔法だったのにぃ。あんな高位の神と交渉を持っているなんて……何者?」
「最強に近い……ということは、持っているのかな? アレより強力な魔法を」
ミュラの問いかけに、マケマケは口の端を釣り上げてニヤリと笑った。
「そ、そ、そうだよ。見せてやろうじゃないの。星をも射抜く、当代最強の魔法使いマケマケの、最後の切り札を」
自信に溢れた表情で、詠唱を始めた。四本腕を使い印を結び、魔方陣を描いていく。詠唱が進むにつれ、マケマケを中心とした魔力の濁流が渦を巻き始めた。
「ほう、すごいじゃないか、これは。人の身でこれほどの魔力を扱うとは」
「わ、わ、私だって伊達に300年近くも魔法だけに費やしていないんだよね。聖なる乙女の守護神ダンチョネから魔力を借り受けて放つこの魔法は、誰にも止められない」
その言葉を聞き、春風はスマホを取り出した。
「こんちゃーす、朝日です。ダンチョネ係長、今、お電話大丈夫ですか?」
「大丈夫だヨ。ハルカちゃん、どうしたノ?」
春風は、親しい人達に携帯電話を布教している。既にジュゲムやダンチョネ、ヘッジス夫妻などは、日本で購入出来るスマートフォンを手に入れている。
異世界でなぜ通話できるのかは、よく知らない。ミナカが何やら上手いことやってくれたのだ。
「今、ダンチョネ係長と契約している魔法使いが、魔力を借り受けていると思うんですけど、それってストップ出来ますか?」
「うん、大丈夫だヨ。将来、独立したときのために、色々と個人的に契約して顧客を確保しているんだけど……ハルカちゃんの頼みじゃ仕方ないネ」
「ありがとうございます! ミュラさんが相手をしてるので、大丈夫だとは思うんですが、念のため」
「オッケー、オッケー。ミュラさんとハルカちゃんに貸し一つ出来るなら、お安いご用ですヨ」
ダンチョネの言葉と同時に、マケマケの体内に集積していた膨大な魔力が霧散した。
「な、な、なしてー? 100年近い時間をかけて、ようやく交渉を持った神なのに……。どげんしたら、そんな高位の神に、あっさりと働きかけられるとばい?!」
もはやプライドも人格すらも崩壊しかかっているマケマケの慟哭が響いた。魔力を使い果たし、地べたに這いつくばるマケマケへ向けて、ミュラが笑いかけた。
「いやいや、人の身にしては大したもんだよ、君の魔法は。しっかりと精神修養をすれば、いずれは、ひとかどの魔法使いになれるんじゃないかな」
「そ、そ、そんなー。世界最強の魔法使いマケマケと呼ばれていた時代が懐かしいわ……。魔法で負けるし、フィル君とは結婚できないし……私、もうしょんぼり……」
「なるほど、恋に破れてやけっぱちになっていたのか、君は。そこまで魔法を研鑽した君の努力に免じて、祭りに水をさした件は、水に流そう。おや、水をさしたのに、水に流すとは、何だか面白いね」
ミュラは、一人でクスクスと笑いながら、さらに言葉を続ける。
「そして、この私、ミュラの名に於いて君の恋路を祝福しよう。君と相手の意思が合致したならば、その結婚を妨げるものは存在しない」
「ミ、ミ、ミュラ?! 女神ミュラ?! 祖霊コウリウス信仰の主要神……でいらっしゃいますよね。や、やった! 女神ミュラなら、その権威は王族以上……。その女神が、名を懸けて祝福したということは……これで勝つる! フィル君と結婚出来る! ぐへ、ぐへへ!」
「もちろん、相手が承諾したら、だからね」
ミュラの呆れた声とマケマケの気持ち悪い高笑いが、辺りに響き渡っていた。
☆
クロカゲは、敵が送り込むであろう暗殺者などに備え、王城を離れていた。ニンジャやアサシンの最上位ジョブであるハイマスターに就く彼は、それらから身を守る術も心得ている。港や河川、街道などに部下を配置し監視体制を整えようとしていたのだ。
なので、今回の騒動では、現場に居合わせる事が出来なかった。それは、不幸でもあるし、幸運でもあった。彼であれば、如才なく振る舞い、上手にマケマケをあやし、フィラデルフォスとの仲を取り持っただろう。しかし、マケマケの癇癪を回避するために多大な心労がかかったであろうことは、想像に難くない。
クロカゲが現場にいなかったことで、混乱は増した。しかし、彼の苦労は減った。それを知るアルシノエは、事情を説明した後に、少しばかり恨みがましい視線を向けた。
「魔王を倒した英雄の五人は、皆がこのような……個性的な方なのかしら?」
アルシノエの言葉を、クロカゲは否定しきれなかった。
「残る二人のうち、ハイロードマスターのジムはまともだ。いかにも貴族という雰囲気で、安心できる。大丈夫だ。ナイトマスターのジョーは……少し変わり者だけど、多分、大丈夫だと……思う」
「あら、そうですか」
アルシノエの瞳が、冷たく蒼い光を放つ。かつての戦友達をなんとか擁護しようと、クロカゲが口を開きかけたとき、二人の前に衛兵が駆け寄ってきた。
「報告致します。フィラデルフォス様の妻を自称する女性が面会を求めています。魔王打倒の英雄の一人、ナイトマスターのジョセフィーヌと名乗っています」
「……マジかよ」
クロカゲの泣きそうな呟きが、室内に響いた。




