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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件2-2 智者のマケマケと慈愛のアルシノエ

 マケマケは馬鹿である。


 彼女は、そう自覚している。そして、それは他者の認識とも合致している。

 かつて魔王ヘポヨッチが世界を蹂躙した時に、勇者とパーティーを組んで魔王を打倒した英雄の一人である。大陸で最も魔法に精通し、スペルマスターという世界に彼女一人しかいないジョブに就いている。多くの精霊や神と交渉を持ち、召喚術や神威奇跡にも通ずる。280年の人生で読破した書物は数知れず、蔵書数は文化都市アレクサンドリアの大図書館を凌ぐ。


 しかし、馬鹿なのだ。


 礼儀作法は身に付いていないし、料理は出来ない。簡単な繕い物も出来ない。相手の心中を慮ることは苦手だし、恋愛経験も無かった。それでいて行動力はあるので、周りには大いに迷惑をかけていた。

 戦友のクロカゲには「脳みそに呪文しか詰まってない」などと言われたが、それで良いと思っていた。礼儀がなっていないと笑われても、自分は困らない。代わりに身に付けた自分の魔法が、世の役に立ち人々を守るのだと。


 けれど、それが変わった。恋をしてから。


 勇者フィラデルフォス。イオス王国の王子であり、魔王を倒すために立ち上がった救世の英雄。読書とお風呂が好きな、13歳の少年。純粋で純朴で、世界を救うという夢物語を目指し、ひた向きに努力を重ねる戦士。

 そして、魔王との戦いで死を覚悟した彼女を、窮地から救いだし、その心まで奪っていった男。


 260歳も年下の男の子に、年甲斐もなく惹かれてしまったのだ。それからは、毎日が困惑と後悔と罪悪感、そして幸せに包まれていた。

 人付き合いが苦手なマケマケには、誰かと楽しく会話をすることすら難しい。恋の駆け引きなどもっての他だ。それでも、彼と同じ本を読み、彼が好きな料理を探し、一生懸命に話しかけた。

 時おり、想いを寄せる相手が微笑みを見せてくれるだけで、天にも昇る思いであった。


 そして、その思いは成就した。

 最後の戦いを前に、フィラデルフォスへ思いの丈を伝え、受け入れられた。魔王戦後に結婚をすることになったのだ。絶対に勝利し生き残り、幸せを掴んでやると猛った。


 しかし、現実は無情であった。

 魔王は倒したが、フィラデルフォスは死んだ。愛する者のいない、空虚な平和が訪れたのだ。


 マケマケは絶望した。

 泣き暮らした。しかし、泣き続ける中で、思い至った。自分はフィラデルフォスの妻である。彼の妻として、恥ずかしくない振舞いをしなければならない。そう思い詰め、気丈な態度で故郷に戻り、静かに夫の喪に服した。

 毎日食事を二人分用意し、空室の一つを彼の部屋に割当て衣服なども揃え、彼の肖像を刺繍した寝具で寝る。彼の誕生日にはお祝いの御馳走を用意し、彼を模した人形と共に旅行を楽しむ。

 死者蘇生魔法に挑戦し、アンデッドの大群を作り出してしまうなどのお茶目もあったが、大半は静かに過ごしていたのだ。


 あの神託が下るまでは。

 大陸で広く信仰される聖神シュアスが、各国の神殿や王族、英雄達に対し、イオス王国を弾劾する神託を下したのだ。曰く、「勇者フィラデルフォスの死は、その祖国イオス王国の責めに帰すものである」と。


 聖神シュアスは、魔王ヘポヨッチが信仰したという邪神マルシュと対をなす存在であり、魔王を倒した勇者一行に加護を授けたことでも知られている。聖神シュアスの言葉を無視できる者など、この大陸に存在しない。


 この神託により、イオス王国を糾弾する四か国連合と、潔白を主張するイオス王国とに分かれ、五大王国同士での戦争が始まった。

 決戦に向け、イオス王国の国境に各国の軍勢が集う中、マケマケの姿もそこにあった。夫の死に責めを負うべき者がいるのなら、思い知らさねばなるまいという強く重い感情を胸に抱いて。


 しかし、その思いは果たされる事はなかった。

 勇者フィラデルフォスが復活し、聖神シュアスこそが悪であると告発したという話が、電撃的に大陸中を巡ったのだ。

 四か国連合は混乱した。イオス王国の欺瞞情報であり、侵攻を継続すべきと主張する者。事実確認をし、情報が整理できてから対応を検討すべきとする者。直ちに勇者の下へ参集し、聖神シュアスを討つべきであると主張し拘束される者。一枚岩ではいられず、足並みを大いに乱した。


 そんな四か国連合を尻目に、マケマケはイオス王国の首都アレクサンドリアへ向けて旅立った。難しいことはよく分からない。でも、分からないなら会いに行けば良い。妻が夫に会いに行くのに、何の支障があるというのか。

 小型の船に乗り込み、海路でアレクサンドリアを目指した。航海術など毛ほども知らないが、魔法があれば目的地の方向は分かるし、風や波を操ることも容易い。両軍の警戒網を潜りながらの旅程であったが、それほど苦もなく進むことができた。


 こうして、マケマケはアレクサンドリアの港に降り立ったのだ。



「暑い……。でも、この暑さが、フィル君の故郷の暑さなのね。フィル君もこの暑さのなかで育ったのね。今、私はフィル君と同じ暑さを感じているのね、ぐふふふ」


 ニチャリとした笑みを浮かべながら周囲を見渡せば、多くの船と荷物、そして人だかりが港を賑わせている。ほとんどの人が祭礼用の衣服を身に付けている。

 中には、見たこともない装飾品や鮮やかな青色のズボンのを身に付けた少女や、頭から足の先まで包帯を巻いた女性などもいる。その様子から、マケマケにはピンと来るものがあった。


「お祭りかぁ。イオス王国の祖霊コウリウス信仰では定番の、女神ミュラの祭礼っぽいね。だから戦時とはいえ、軍人が少ないのかぁ。イオス王国が、信仰より戦争を優先するような未開の蛮族国家でなくて良かったぁ。うん、フィル君の故郷が野蛮なワケないよね、ぬふふふ」


 ねっちょりとした笑い声を漏らしつつ、大きな布で全身を覆い歩き出した。二対四本の腕や全身の呪術的紋章は、人混みでは目立つ。ましてや、マケマケの醜悪な容姿では、なおさらだ。

 死人のような白い肌に、ギョロリと飛び出た目玉、病人のようにやつれた体は、これまでも人目を引いてきたと、マケマケは思っている。であるからには、これを隠さねばならない。


 そのくらいの常識は持ち合わせているのだと、胸を張ってアレクサンドリアの街中に足を踏み入れた。

 祭りで盛り上がる最中であるから、容易に潜入できたということには、気付いていない。当然、敵地へ潜入するに当たって、祭りにタイミングを合わせたということはない。完全な行き当たりばったりだ。

 これが、マケマケなのだ。


 さて、どこを探そうかとマケマケは思案する。

 フィルの居宅は知らないが、王族であるからには王城に行けば会えるだろうか。一応、戦争中であり自分は敵軍に籍を持つ身だ。よからぬ疑念を持たれ、邪魔はされないだろうか。いや、妻が夫に会いに行くのに、何の問題があるというのか。問題は無いはずだ。


 自分の考えの正しさを確信し、王城へと続く大通りを進んだ。城の門は開け放たれ、祭具を持った者達が出入りしている。さすがに王城だけあって、入る際には衛兵らしき一団が、一人一人確認をしている。あそこで、フィルの妻であることを伝えれば、もう大丈夫だろう。

 安堵に、マケマケの歩みは自然と早まった。


「あ、ああ、あの……。わた……私は。えと、えっと……えーうー。お、お、おっと……デュフフフ、夫に会いに……中に……」


 突然現れた不審者に、衛兵達は緊張を高めた。全身を布で覆ったその姿は、明らかに怪しい。しどろもどろに不明瞭な言葉を発しているが、どうも城に入りたがっているようだ。追い払ってしまおうか。そんな風に目配せをしながら、衛兵の一人が布で隠れた顔を覗き込んだ。


「うわっ?!」


 思わず声を上げるほどの美人だった。

 大理石のような美しい白い肌に、星屑を散りばめたかのような大きな瞳、嫋やかな肢体。これは、いよいよ只の人ではないぞと騒がしくしていると、衛兵達の耳に聞き捨てならぬ言葉が飛び込んできた。


「えと、えっと……わ、私は、あのマケマケ……です」


 マケマケといえば、魔王を倒した五人の英雄の一人である。英雄となる前ですら「碩学せきがくの魔法使い」や「星射抜ほしいぬき」などの名で呼ばれ、偉大にして強力な魔法使いとして広く知られており、子どもから老人までが知っている。生ける伝説だ。

 そして、イオス王国と敵対する四か国連合において、最大火力を有する最重要人物である。


 首都アレクサンドリアに攻めてきたのか?いや、その様子はない。祭時不戦は、世の理だ。では、和平の交渉か?それにしては、一人であるのは奇妙だ。

 辺りの衛兵達も寄ってきて、取り留めもなく思い付きの意見が交わされるが、いずれにせよ、この場にいる者だけでは判断がつかない。二十人ほどの衛兵の中から、隊長格が指示を仰ぐため、王城内へ走った。

 そして、瞬く間に王族が対応する運びとなった。


 王が不在の今、アレクサンドリアの意思決定を担っているのは、王女アルシノエである。もしマケマケがアレクサンドリアを訪れた目的が交渉であった場合、アルシノエを抜きには話が進まない。


 勇者として大陸に名を馳せ、人類最高の戦闘能力を持つフィラデルフォス。マケマケが敵対的な行動を取ったとき、抑止し得るのは、フィラデルフォス以外に無い。

 マケマケが待つ王城前の広場へこの二人が現れたのは、必然であった。この必然が、不幸を呼び寄せた。


 フィラデルフォスの姿を視界の端に捉えた瞬間、マケマケのなけなしの理性は吹き飛んだ。


「ふぉおおあぁぉお!フィル君?!フィル君ですぞ!ああ!この匂い!この肌触り!くんか、くんか!わしゃわしゃ!」

「マケマケさん?」


 フィラデルフォスに飛び付いて、その全身をまさぐるマケマケ。マケマケの暴挙に、戸惑いながらも、どこか嬉しそうにしているフィラデルフォス。

 そんな二人を、アルシノエが柔らかく優しい笑みで見つめていた。


 弟への、偏執的で狂気に満ちた愛を滲ませながら。

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