アレクサンドリアで遊ぼう
「ぬぅん……」
ディスプレイを睨み、春風は清楚な唸り声を漏らした。第十二世界タージオンから、雨乞いの願いが届いている。春風が初めて担当した案件と同じ相手から、同じ内容で。
「ジュゲム先輩、この案件なんですけど、もう3回目の雨乞いなんですよ。狩猟と採集がメインの世界なので、食糧事情が良くないんじゃないでしょうか。いっその事、稲作でも伝えてみたらどうかと思うんですが、いかがでしょうか」
春風の言葉に、向かいの机に座るジュゲムが、溌剌とした笑みを浮かべた。
「慣例に縛られず、対応をゼロベースで見直す姿勢は良い。だが……」
「あ、もう少し簡潔にお願いします」
ジュゲムの顔が少し曇った気がするが、春風は気にしないことにした。
「……問題点が三つある。一つ目は、請願の内容から逸脱するという点だ。元々の請願内容が雨乞いであるので、これの目的は「食料確保の易化」であると捉えれば、「雨乞い以外の食料供給方法の提供」へと繋げることは出来るかも知れないが、簡単ではない。要調整だな」
「なるほど、二つ目は?」
「請願強度と権能執行強度が釣り合わない。僅かな狩猟の成果と木の実を供えただけで、文化歴史を大きく変えるものを与えるというのは、計算するまでもなく不均衡だと分かるな?」
「でも、そういうケースって、今までも結構ありませんでした? 例えば、第五世界フェルミオンの楽園世界エデンのケースとか。強い願いだけで、イオス王国の窮地を救う勇者が復活して、一国の運命が変わっちゃいましたよ」
「あれは、復活したのが、たまたま勇者であったのだ。復活を願われた対象が村人であれば、また違う展開になっていただろうな。加えて、対象が大精霊コウリュウの庇護下にあり復活が容易な状態であったこと、請願強度が異常なほど強かったこと、といった好条件が整っていたしな」
「異常なほど強かったんですか?」
「命の危機に瀕した30万の人が、一心に同じことを願ったんだ。尋常では無い。それに、あの姉も尋常ではなかったな」
「なるほどー」
「第十二世界タージオンに存在しない技術や知識を与え、今後数千年……いや数万年単位でその文化や社会の在り方を変えるには、今の請願強度では足りないということだ」
「三つ目は何ですか?」
「気候だ。恒常的に雨乞いが必要な状態で、栽培出来るのか?」
「あー、なるほど! 結局、雨乞いが必要になっちゃいますね」
「そうだ。逆に言えば、その三点がクリアになれば、あとは些細な課題しか残らない。クリアする方法を考えるか?」
「考えてみます。……ところで、残りの些細な課題ってなんですか?」
「例えば、実際的な問題だが、誰がどうやって稲作を教えるんだ?そこのプランが無ければ、話は始まらん」
「そっかー。テキストを渡してお仕舞いには出来ないですよね。そもそも知識がゼロだから、誰かが手取り足取り教える必要がありますね」
「そうだな。問題をオールクリアに出来たら、ヤギ係長に提案してみるか。過去には世界創造や文明発展を行ったケースもあったはずだ。調べてみるといい」
「あーっす」
ジュゲムの話を聞き、過去の事例のデータベースを漁っていると、ごうんごうんと重厚な鐘の音が響いた。
「やった、終業時間だ」
前の職場では「明日やろうはバカ野郎」などと叱られたものだが、春風のハイレベルな記憶力は、そんな言葉は既にどこかへ無くしている。ささっと帰り支度を終わらせ「お疲れ様です、お先に失礼しまーす」と周囲に声をかけながら、席を離れた。権能執行課内も、大半は春風と同じように席を立ち始めている。
第一係と第二係は、それぞれ少しずつ残業をする者がいる。まだまだこれからという気配で書類を手繰っていたダンチョネが、帰りかけていた春風に気付き、笑顔でウィンクを飛ばしてきたので、春風も手を振り、会釈をしてからその場を離れた。
「ダンチョネ係長も、忙しそうだな」
明日から二日間の休日だが、何の予定も入っていない。ずっと自室に籠っているほど、疲れが溜まっている訳でもない。さてどうするかと、脳内会議を開きながら帰路につく。
地球に帰って友達と遊ぶかとも思ったが、すぐに却下する。転職したばかりの頃は、異世界見学の合間を縫って自宅に帰っていたのだが、最近は少し足が遠退いている。
というのも、春風がこの世界にいる間は、地球では時間が経過していないことになっている。つまり、月曜日の朝に地球からコウリュウ精霊府へ出勤し、五日間勤務して地球に戻ったとしても、地球ではまだ月曜日の朝なのだ。最初の頃は、この時間の流れの違いを意識せずに過ごしてしまい、一日に何度も違う服で帰宅したように見えたり、仕事もせずに毎日遊び歩いているように見えたりといった状態だった。弟の視線が、日に日に冷たくなるのを実感した。
同じ轍を踏まぬように、最近は時間を上手に調節して帰宅するようにしているが、あまり頻繁だとそれも面倒になる。実家は先週に帰ったばかりだから、今回はパスすることに決めた。それに、地球にいる間は、こちらの世界の時間が止まっていることになっているので、ここでも時間調整の必要が生じてしまう。
春風は、一人で過ごすことが苦では無いタイプだ。だが、折角なら休日を誰かと過ごしたい。
「マオは……休日は領地経営で実家に戻っているし。毎度、新婚のヘッジスさん夫婦を連れ出して奢ってもらうのも、申し訳ないし。また、みずちと食べ歩きするかな~」
「随分と楽しげじゃないか、独り言が。アサヒ・ハルカくん」
名を呼ばれ振り返ると、顔を含め全身に包帯を巻いた痩身の女性がいた。腰には、四つの小さな壺を括り付けている。
「ミュラさん、こんにちは。これからお帰りですか?」
「うん、これから帰るところだよ。同じく帰るところだろう、君も。それとも、これから遊びに行くのかい、何処かへ。頭の中身が、口から全部漏れていたよ」
「あら、それは失礼いたしましたわ、ほほほ。……なんて取り繕ってもしょうがないですよね。休日の過ごし方についての考察をしておりまして」
「仕事が無い日にすることなんて、ゆっくりと休むか、しっかりと遊ぶか、神殿で祈るくらいと、相場は決まっているものだろう」
「目一杯遊ぶつもりです! でも、何をするか決まってないんですよ」
「それじゃあ、一緒に遊びに行かないか? ちょうどお祭りがあるんだよ、私の故郷で。飲んで食べて、踊りと音楽を楽しむんだ、大勢で」
「行きます!」
「気持ちいいね、即断即決の良い返事は」
「すぐ行きます? 四十秒で支度してきますよ! 泊まり掛けですか? 暖かいところですか? というか、どこですか、ミュラさんの故郷って?」
「君も訪れた事がある場所だよ、第五世界フェルミオンの国際文化都市アレクサンドリアさ」
☆
「日差し強い! 暑い! 風が涼しい! 気持ちいい!」
アレクサンドリアの港に立った春風は、大きめのサングラスを上げながら、海に向かって叫んだ。白色の麻のシャツに、水色のタイトな八分丈チノパンという姿は、かなり目立っている。
ミュラはいつもどおりの包帯姿だが、黄金と赤メノウの首飾りや、銀とオニキスの腕飾りなど、多くの宝飾品を身に付けている。
「何よりだよ、楽しんでもらえているようで」
「楽しいです! 空は青いし、雲は白いし、木々の緑は鮮やかだし、最高です!」
「それは良かった。さて、海辺や川沿いを少し歩いて行くか、それとも、街を歩きながら食事にするか。どうする?」
「腹ペコです、飯がいいです! 今なら牛一頭くらい食べ尽くせます」
「では、行こうか」
二人並んで、街へ向かって歩き出した。港は、一面に舟が停泊しており、荷物の積み降ろしに汗を流す人や露店に商品を並べる人、それを眺める人などで、混雑している。
「結構大きな舟があるんですね。20メートルくらいあります?」
「それくらいだね、全長は。杉の木とロープで組んでいるが、意外と頑丈なんだよ、あれで。大きな帆とたくさんの櫂がついているものは、海外航行用の大型船だね。櫂の数が少ない小型船は、国内の移動や運送用だ。観光にも使える。後で試してみよう」
「楽しみです!」
港を抜けて市中に入っても、変わらずの喧騒だ。だが、荷運びの人足やロバがいないので、少し歩きやすい。道端は広く、石畳で整備されているので、サンダルでも歩きやすい。日差しは強いが、緑の葉が繁る街路樹がそこかしこに植えられており、木陰は涼しい。水路も多いので、炎天下に立ち続けなければ、暑さに参ることはない。建物は平屋が多く、二階建て以上は少ないので、風を感じながら散策が出来る。
「祭りがあるから、普段より混んでいるね。本祭は明日だけど、神輿の行列や出店は数日前から出てるから」
「お祭りって、どういうことをするんですか?」
「神像を運ぶ行列が街を練り歩いたり、皆で酒や御馳走を食べたり、歌ったり踊ったり……ま、普通のお祭りだよ。いずれにしろ、何処かへ腰を据えないとだね」
「宿を探しますか? 良い宿を探しちゃいますか?」
「いや、この街は、宿や飲食店というものは、数が少ないんだ。空き家を借りて滞在するというのが、一般的な旅人のやり口だね。食事は、露店で買うか料理人を雇うかだ。君の好きな方でいい、どうする?」
「へぇー。でも、料理人を雇うって、かなりお金がかかりますよね?大丈夫なんですか?」
「いや、銅20デベンもあれば、それなりの腕の者を半日こき使えるさ。ちなみに5デベンあれば普通の服が買えるくらいだよ、物価的には」
春風がこの世界の通貨を持っていなかったので、この旅行の支払いは、一先ずミュラが立て替えることにしている。後日、大体割り勘くらいで、ミュラが春風に請求する。なので、法外な値段のサービスは、ミュラがそもそも提案しないだろうと分かってはいる。
1デベンが千円くらいかな……などと脳内算盤を弾きつつ、ミナカ謹製の異世界両替早見表を開いた。食事の度にお高い料理を奢ってもらっていたら、「少しは物価を覚えた方が良いよ」と笑顔のミナカから渡されたものだ。
毎日自動的に記載内容が更新され、常に最新の両替レートが確認できるという優れものらしい。
「えーと、1デベンが50円……安い! これは、豪遊が出来てしまうのではないだろうかっ!」
口角に泡を飛ばす春風を見て、ミュラが悪戯っぽく笑う。
「ちなみに、牛一頭で100デベンくらいだ。出来てしまうな、一頭喰いが」
「やりましょう!」
大通りに面した平屋の建物を借り、料理人や給仕係を雇うと、二人で市場に繰り出して大量の肉や野菜を買い付けた。二人では持ちきれない量なので、ロバ一頭を手に入れ、荷物を運ぶ。
「ロバ一頭で30デベンって、安すぎないですか?」
「そうかな? 羊なんかはもっと安いよ、3デベンとか4デベンとか、それくらいだね。あとは酒も買っておこう。2から4デベンあればワインやビールを買える、大きな壺で」
「うおー、円高デベン安が素晴らしすぎる!」
いくつかの酒類を買い求め、借家へと戻る。
道中でミュラが本当に生きた牛一頭を買おうとしたので、さすがに春風がストップをかけ、牛一頭相当の解体済みの肉を手に入れた。いくら春風といえど、目の前で生きた牛を捌かれたら、流石に食欲を失うかもしれない。御馳走を前に、そんなもったいない真似は出来ないのだ。
しかし本当に一頭分を食べきれる訳ではない。食材を料理人に任せ、春風達はテーブルと椅子を屋外に用意した。そして大きな通りに面した庭にテーブルを設え、出来上がり次第運ばれてる様々な料理を並べる。自分たちの分を確保したら、周囲の人たちにミュラが声をかけた。
「折角の祭りだ、皆で楽しもうじゃないか。好きに取っていくといい」
ミュラの言葉を聞いた子供が、駆け寄ってきた。
「ありがとうございます、お姉さん! いただきます!」
子供に続いて、次から次へと人が寄ってくる。
「ありがたくいただきます、お嬢さん。祖霊コウリウスのご加護がありますように」
老人が、二人の前で手を合わせる。
「ありがとう、お嬢ちゃん。あんた、故郷で立派に死ぬわね」
元気そうなおばちゃんが、春風の手を取って笑顔で言った。もちろん、故郷を大事にするイオス王国人ならではの、誉め言葉である。
祭りでは、富裕層や神殿が、酒や料理を人々へ振る舞う。街人達も慣れたもので、ミュラや春風に挨拶の口上を述べ、料理や酒に手を伸ばす。皆、礼儀正しく落ち着いているので、混雑はしても、混乱はしない。
男も女も、子供も老人も、皆が笑顔で肉料理やパンを頬張っている。皆がミュラと春風を囲んで笑顔を見せている。
「裕福な家ばかりじゃないからね、御馳走なんだよ、肉料理は。いつも施すわけにもいかないから、こういうときに持てる者が振る舞いをするのさ」
「へぇー。喜んでもらえて、こっちも嬉しくなっちゃいますな、ウフフ」
「君に喜んでもらえて、なによりだよ。嬉しいよ、私も」
二十人ほどで食事をしていると、それを見た通行人が寄ってきて、さらに人が増えていく。そして、人だかりを見た酒などを売る露店主が、周囲に集まり商売を始めた。
「おお、流石に商売には敏感ですね」
「ああ、稼ぎ時だからね、祭りは。どれ、ひとつハルカに奢ろうじゃないか。イムウ・エベ・ヘンケト?」
ミュラが露店主に声をかけると、ドロリとしたスープのようなものが入った器を差し出された。
「おお? 私が聞き取れないということは、敢えて翻訳されないように喋りましたね?」
「うん。さ、中身は何か、当ててごらん」
ミュラから笑顔で渡されたスプーンで、液体を一口含んでみた。甘くてスパイシーだけど、ほのかにアルコールが香る。
「美味しい! でもよく分からない! でも美味しいです!」
「ビールだよ。ハチミツやナツメヤシや香辛料やらで味付けしてあるんだ」
「へぇー。面白いっす。うまいっす」
「そうだろう。五臓六腑に染み渡るというヤツだ。おや、五臓も六腑も無い私が言うのも変な話だね」
辺りにどんどん人が増え、まるでひとつのお祭り会場のようになっている。
「ところで、明日って何のお祭りなんですか? 五穀豊穣とか何とか祈願とかですか?」
「この地域で信仰される女神のお祭りだよ、ほら」
ミュラが指差す先では、神の像を担いだ行列が大通りを練り歩いている。民衆がその後を追い、願いを口にしながら神像に触れようとしている。
担がれている女神像は、整った美しい顔で、その体は布に覆われている。布は細長く、まるで包帯のようだ。よく見ると、四角の中に鳥を描いた紋章が沢山描かれている。
「あれー、どこかで見たような……」
ふとミュラを見ると、彼女を包む包帯にも、四角の中に鳥を描いた紋章がある。
「そうだよ、私を祀るお祭りだ」




