へリオポリスの日常
キョウコは、へリオポリス平和記念公園の英雄像前で立ち止まると、一息ついた。右手には3歳の長女がしがみついており、背中のおんぶ紐では1歳半になる長男がご機嫌な様子で辺りを見回している。お腹には、三か月後に出産を控えた三人目がいる。
体力には自信を持っているが、無理はしないように気を付けている。
かつて要塞都市ミーネンロイマーと呼ばれたこの街は、四年前の対マモノ戦争を勝利に導いた「ミーネンロイマー攻防戦」の後、英雄ヘリオスにちなんでヘリオポリスと名を変えた。人類に勝利をもたらした栄光の地であり、現在は世界の政治、軍事、経済の中心として繁栄している。
しかし、専業主婦として毎日をそれなりに忙しく暮らすキョウコにとっては、ただの住みやすいホームタウンに過ぎない。
上下水道に公共交通などのインフラは整っているし、宅配サービスが定着しているので買い物も便利だ。防壁外の居住区整備が順調に進んでいるため、人口密度に不満を覚える事もない。
防壁自体も、一部が解体され、その材質であったアルミニウムは加工され、航空機などに転用されている。スズは、日用品などに生まれ変わっている。
また、兵器等の生産は順次終了し、既にパンツァーウルフミーネなどは三年前から生産数ゼロである。材料に使われていたタンタルは、兵器ではなく人口骨や人工関節などに用いられるようになり、人々の日々の生活を支えている。
こうして、戦いを忘れつつある世の空気にすっかり馴染んで、天気の良い午前中は、子どもを連れて公園を散歩することが日課になっている。いつものとおり英雄像の前で休憩していると、長女が記念碑の前で「読んでー」とせがんでくる。「はいはい」と応じながら、何度読んだか分からない碑文を、読み上げる。
「英雄ヘリオス、ミーネンロイマーの……人類の救世主。ヒウガ・マコト少佐は、軍士官学校在学中に、マモノと呼ばれる侵略生物との戦いにその身を投じる。勇敢に戦う中で頭角を現し、ついには単体でマモノの大軍を撃ち破る。最終決戦で彼が使用した太陽のごとく輝く光魔法から、ヘリオスの愛称でも知られる。最終決戦後に行方不明となるが、多くの人が彼の生存を信じている。身長180センチ、体重75キログラム。得意魔法は、英雄級火属性攻撃魔法。エルフ、ドワーフ、ヒューマンの血を均等に引くと言われている」
「すごいねー」
「ああ、すごいね。英雄らしい英雄だ」
英雄像は、魔法でマモノを倒すヘリオスを模しており、勇ましさと端正な顔立ちを表現している。隣には、制服姿の軍人の像がある。英雄ヘリオスと共にマモノを駆逐した、バン准将の姿であると説明されている。
マモノの大軍を前に弱腰になった軍司令部や都市首脳陣を叱咤し、ミーネンロイマー攻防戦において、信のおける部下約100人と協力し、果敢な火器使用を行い、勝利を牽引したとされる。しかし、命令違反があったため、現在は下野していると締め括られている。民衆の人気が高いこともあり、その行動は未だに賛否両論が熱く語られている。先日も、戦闘時の行動を追ったドキュメンタリー映画が公開されたばかりだ。
「ここまで修正と誇張を入れたら、もう別人だけどね」
真実を知るキョウコとしては、やむを得ないと思いつつも、苦笑を禁じ得ない。ミーネンロイマーが英雄を殺そうとしたことは隠したい。復興に向けた士気高揚のため、各人種への配慮もしたい。英雄を奉りたいが、制御できない人物は不要である。様々な思惑が、現在の架空の英雄達を形作ったのだ。
「もうすぐ戦勝記念日だから、式典とかで騒がしくなるだろうね」
「それ、なぁに?」
「うーん、お祭りみたいなものかな」
「おまつり!いきたい!おかしはたべられる?」
「そうだね、色んなセレモニーがあるから、一つくらい見てみるかー。食べ物屋さんもいっぱい出るんじゃないかな。街中でも、あちこちで特売するだろうし」
「アイスとケーキたべたい、あとゼリーも!」
「一つくらいは買ってあげるよ。でも全部はダメ」
「えーぜんぶがいいー!」
「一日一つまでで選びなさい」
いつもの食いしん坊を発動する娘をあしらっていると、見知った顔を見つけた。相手もキョウコを見つけたらしく、軍服姿の二人が、小走りに駆け寄ってきた。階級章をみると、昇進していることが分かる。
「アサヒナ・ヒカル少尉、ヤマガミ・コウイチロウ少尉。久しぶりだな。壮健か?」
キョウコの言葉に、二人は背筋を伸ばして機敏に礼をし、直立不動の姿勢で向かい合った。
「はっ! お陰様で、元気にやらせていただいております‼」
「ヤマガミは、相変わらずだな。うるさい」
「し、失礼いたしました!」
ヤマガミの、何をしても大袈裟でうるさいところは、軍学校時代から変わっていない。それが、かえってキョウコの安心を誘う。
「アサヒナも、元気そうで何よりだ。今日は、戦勝のセレモニーか何かで?」
「はい。週末、ここでマイアーレ部隊経験者による戦没者追悼と戦勝記念のセレモニーがありますので、今日はこれからリハーサルです」
ヒカルが、首肯しながら答えた。激戦を戦い抜いた戦士としての凛々しい雰囲気をまとっているが、些細な仕草からは、かつての可愛らしさが伺える。
「……そうか。戦勝は喜ばしいことだが、勝利を得るために尊くも散っていった者達を思うと、やはり無心では喜べないものだな」
「はい。ですが、悼む心は持ちつつも、戦勝を喜び、未来を見据えることが、生き残った我々の使命だと思います」
「おう、そのとおりだな! それに、自分はバン教官に感謝しています! 教官は、俺達がマイアーレに選ばれたとき、ラジウム水の使用を強制しませんでした! 今日、俺達が生きているのは、教官のお陰です!」
「ああ、そんなこともあったな。ま、気にするな。ちなみに、結婚したので、今はバン・キョウコではない。苗字を変えたんだ。それに、除隊したから教官でもない。年金暮らしの専業主婦だよ」
長女と長男を指して見せる。
「ご結婚されたんですね。それに、お子さんも。おめでとうございます」
「おめでとうございます! 夫婦同姓とは、昨今には珍しいっすね!」
「ああ、仕事もしていないし、マスコミからは隠れたかったし、ちょうど良かったんだよ。それに、同姓の方が家族という感じが強いような気がしてね。うちのダンナは、先の戦いで心身ともに酷くやられたからね。少しでも癒しになりたいんだ」
「……そうなんですね。」
「すんません! 無神経に突っ込んだ話題を……!」
「ああ、そう気にしなくて良い。まだ寝たきりなんだが、最近は大分良くなってきた。視力、聴覚、嗅覚はほとんど元通りだし、栄養も経口摂取出来ている。首から下はほとんど動かないが、右手は少し動かせるようになってきた。そのうち絵でも描けるようになるさ」
キョウコの話す内容が想像以上だったのか、二人は言葉を失っている。
「日々、良くなっているから、悲観したものじゃない。それに、ここだけの話だがうちの、ダンナはラジウム水を使っているんだ。生きているだけで、満足だよ」
「ラジウム水を使用して、四年もご存命とは、確かに稀有な例ですね。よほど魔力耐性が高かったのでしょうか……」
「きっと、教官の日頃の行いが良かったのさ!」
「いや、神様にお願いしたんだよ」
キョウコは、クスリと笑いながら答えた。
☆
「ジュゲムせんぱーい。今回の案件、どうします? 現地調査に行ったら、案件解決しちゃいましたけど。それも、権能執行ではなくて、ジュゲム先輩の自力で」
「報告書を一本書けばいい。マルシュアスという小僧は、コウリュウ精霊府のブラックリストみたいな物に載っていて、見かけたら潰すことになっている。調査中にマルシュアスを排除したら、案件は解決した。それだけ書けば、皆が理解する」
「へー、ブラックリスト入りということは、結構な大物だったんですか?」
「いや、事あるごとにちょっかいをかけてくるコバエみたいなものだ。本当にハイリスクな対象は、もう少し厳重に取り扱われる。そのうち、大きい案件が動くだろうから、その時にでもレクチャーしてやる」
「へい、よろしくおねがいしやす。これで、スズちゃんもタンタルちゃんも、人々の幸せに貢献出来るようになりましたね。めでたし、めでたし」
「帰りがけに、女が請願をしていただろう。そちらはどうした?」
「処理済みです。結構危なかったんですけど、課長が即決で権能執行してくれました」
「そうか。それでは、次の案件に取り掛かるぞ」
「了解です」




