事例1 尽くす。④
要塞都市ミーネンロイマーを、かつて無いマモノの大軍が取り囲んでいる。無数の歩兵型マモノに、タンク型マモノが10、そして体長300メートルを越える空母型マモノがいる。防壁上に立つトールには、この絶望的な状況が、一目で見てとれた。
隣に立つバン教官も、気圧されているように見える。
「空母型を見るのは、さすがに初めてだ。中には、タンク型が20以上搭載されていると推定される。加えて、歩兵型は無限に排出されるらしい。これは、絶望的だな」
バンの独り言染みた言葉に、トールは答えなかった。そんな余裕は無い。恐らく今日、自分は死ぬだろう。戦っても、戦わなくても。最早、震えさえ起きない。
ただただ、気分が落ち込み、沈んでいく。
「人型マモノを倒せばこの都市の安全は保証されるというが、この光景を見てもその話を信じられるというのか。私は、到底安心など出来ない。司令部の気が知れん」
結局、ヒカルとは一度も話せていない。
それどころか、敵前逃亡を続けるトールには、軍学校での友達など一人も残っていない。
命懸けで守ってきたこの都市も、人型マモノを倒すという選択をした。もちろん、人型マモノの正体は不明なのだから、仕方がないというのは分かっている。
「とは言え、勝機が無いのであれば、僅かにでも生き残る可能性がある方策に賭けるしかないという、苦渋の決断も理解出来なくはないが……個人的にはマモノに徹底抗戦したいところだ」
一人の理解者も得られぬまま、苦しみ死んでいくことしか出来ない。
思考力を失いつつあるトールの頭に、隣に立つバンの声が流れ込んでくる。
「空母型は、今まで一体しか確認されていない。そして、アレを落とそうとすると、必ず他のマモノが死兵となって空母型を守ろうとする。あれこそがマモノのボスであり、あれを落とせばマモノは死滅するとする説もある。乾坤一擲、勝負をかけるならば、狙うしかないだろう」
バンの言葉に、トールは顔を上げた。
「だが、簡単ではない。以前に他の都市で戦闘した際には、魔力炉二基直列励起都市型魔力砲の直撃に耐えたらしいからな。どうも、前面装甲が頑丈らしい。だが、奴の後ろに、魔力炉級の出力を備えた兵器を持ち運ぶ……などということは、到底不可能かな?」
「……教官は、空母型マモノの後方から、人型マモノか攻撃すれば、これを撃墜出来るとお考えですか?」
「これまでの観測から、あの人型には魔力炉四基以上の出力があることが分かっている。可能性はある。あとは、空母型の装甲次第だろう」
バンの明快な言葉に、トールは覚悟を決めた。どうせ死ぬのであれば、僅かでも可能性があることを、やる。
「喉が渇いたな。トール二等兵、コーヒーを淹れてこい。ゆっくりでいい」
「……はい」
駆け足で去るトールの背中に、バンは一人呟いた。
「真偽鑑定の魔法に気付いて、検知されぬように魔力を制御したのだろうが、ゼロは良くなかった。魔力の完全制御など、常人には無理だ。魔力炉制御装置並みの精度だ」
☆
トールがマモノ化して都市ミーネンロイマーから飛び出すと、歩兵型マモノが一斉に群がって来た。範囲化した火属性初級攻撃魔法で焼き払いながら、足を止めること無く直進する。
目指すは、空母型マモノ。
自分の力は、あの悪魔マルシュアスから与えられたものだ。である以上、敵を上回るものではないはずだ。それでも、可能性があるのならば、やる。
いざとなれば、体内の魔力炉を暴走させ、空母型マモノもろとも自爆してやる。悪魔マルシュアスが現れたとしても、道連れにしてやる。
初戦では、二の足を踏んでしまった。たが、今は何の躊躇いもない。他人のために命を捨てることが出来るかと問われれば、出来ると明快に答えられる。もう、逃げない。
歩兵を蹴散らしながら、空母型マモノへと一直線に進むトールの前に、タンク型マモノが砲を準備しながら立ちはだかった。敵の攻撃より先に、火属性中級攻撃魔法を放ち撃破する。攻撃を受けたタンク型は、残骸を撒き散らしながら、吹き飛んだ。
しかし、この僅かの間に、他の三体のタンク型が、砲の準備を完了させていた。砲の角度は、ほぼ水平。これを避ければ、ミーネンロイマーに直撃する。
トールは、攻撃魔法を準備しながら、前方にマジックバリアを展開した。
三体は、それぞれ火属性、雷属性、氷属性と異なる属性の攻撃を放ってきた。これにトールは、優位属性も弱点属性も持たない無属性マジックバリアで対抗した。属性相性を無視した、魔力出力にものをいわせる、力任せの防御だ。
三つの砲撃とマジックバリアが衝突すると、強烈な衝撃波が辺りの歩兵型を吹き飛ばした。地は抉れ、魔力場が乱れるが、バリアは何とか堪えている。
この間に、攻撃魔法を放ち、タンク型を一体、二体と撃破していく。続けて三体目を攻撃しようとしたところで、邪魔が入った。
背後から、ヘッジホッグ型迫撃砲が次々と着弾したのだ。
「これ、魔力検知型信管じゃない!?」
マモノ攻撃用ではなく、目視出来る敵への攻撃方法だ。ミーネンロイマーが人型マモノであるトールへの攻撃を始めたのだ。背後へは防御魔法を展開していないので、着実にトールにダメージが蓄積していく。
急ぎ三体目のタンク型マモノを撃破すると、後方からの攻撃に備えて左右に回避行動をとりながら、前進を再開した。しかし、蛇行すれば前進速度は落ちる。
速度が落ちれば、マモノの対応が間に合うようになる。進路をタンク型マモノに遮られ、対応するために足を止めれば、後方から容赦ない攻撃が届く。前に進むために苦戦していると、ついにはLCTが出撃をしようと、その姿を防壁扉から覗かせ始めた。
「急がないと……」
マモノより都市からの攻撃の方が、着実にトールへダメージを与えている。ミーネンロイマーに殺される前に空母型マモノを落とさないと、ミーネンロイマーを守れない。そんな思いに駆られながら、必死に勝機を探った。マモノの防御の浅い部分を探りながら動き回っていると、あることに気がついた。
都市東部防壁からの攻撃が手薄だ。
「教官が、何かしている?」
そんな考えが頭をかすめるが、考え込んでいる間はない。
すぐに都市東部側から前進を開始する。後方からの攻撃密度が、明らかに下がったことを実感出来る。順調にマモノを撃ち減らしながら前へと進み、空母型マモノの側面に回り込むことに成功した。
「大きい……」
近くで見ると、圧倒されるほどの巨体だ。
そして、その横っ腹に、タンク型マモノの主砲のような物が形作られる。一つや二つではない。二十、三十という数の砲が、次々と火を吹いた。防御しきれる数では無いので、ひたすら逃げ回っていると、背後で巨大な魔力の気配が生じた。
見れば、ミーネンロイマー上層の可動部が変形し、都市型魔力砲が準備されている。
30メートルの砲身を持ち、130キロメートルの射程を誇るこの兵器は、都市の魔力炉に直結されており、その破壊力は他の追随を許さない。タンク型マモノの主砲にも匹敵する。魔力砲に接続された魔力炉は、その全てのエネルギーを砲に注ぎ込む。このため、砲に接続された魔力炉がエネルギーを供給するエリアは、インフラを含めた全ての動力が停止するため、疎開が行われる。
実は、初戦の直後から準備を始めていたのだか、このタイミングになってようやく使用可能となったのだ。
列車の軌道で運搬されるため、準備にはそれなりの時間が必要になる。また、その射程故に、コリオリ力の影響を受けるため、魔法補助による対象のロックオンが不可欠である。だが、準備は整いつつある。
追尾魔法で自分がロックオンされているとトールは気付いたが、空母型マモノの攻撃を避けるだけで精一杯で、都市型魔力砲への対応が出来ない。
トールが焦燥に冷静さを失いそうになったとき、図ったかのようなタイミングで、パーソナルターミナルに音声通信が入った。
「こちらは東側防壁の火器司令だ。これから火力支援を行う。直ちに空母型マモノの背後へ回れ。都市型魔力砲は、お前を自動追尾する。射線上に空母型を巻き込んでやれ」
その通信と同時に、東側防壁からヘッジホッグ迫撃砲が射出され、空母型マモノへと着弾する。空母型マモノ自体は小揺るぎもしないが、その胴体に生える砲は、爆発にあおられ狙いがずれ始めた。
「私は人型マモノとの共闘を進言したのだが、軍指令部には、いれられなかった。だからこうして命令違反をしている。独断で都市を危険にさらしたのだ、この後は投獄か銃殺刑だろう。だが、戦うべきだと私は考える。誰かを犠牲にして生き長らえるより、自分たちを犠牲にしてでも、マモノとの戦いを終わらせるべきであると」
精度が落ち始めた空母型マモノからの砲撃を避けつつ、その背後へ向けて全速力で移動した。都市型魔力砲が、トールを追うように青い光を射出した。魔力を純粋な攻撃力へ変換したそれは、間一髪で空母型マモノの背後へ回り込むことに成功したトールを追って、空母型へと直撃した。
「トール、お前の健闘を祈る。以上、通信終わり」
都市型魔力砲とヘッジホッグ迫撃砲の攻撃を受けて、空母型マモノは前方にマジックバリアを展開し、耐えている。後方への対応は出来ていない。
今しかない。
トールは、体内の魔力炉を意識し、その出力を限界まで上げながら中級攻撃魔法を連続で行使した。タンク型マモノであれば一撃で消し飛ぶ威力の魔法を、間髪入れず撃ち続ける。
歩兵型マモノやタンク型マモノが身を挺して妨害するためにトールへと殺到するが、超高威力魔法の連射に巻き込まれ、ことごとく粉砕されていく。一部の攻撃がトールまで届いたが、捨て身の覚悟を決めたトールは、ダメージを意に介さず攻撃し続ける。
空母型マモノの装甲が破壊され、内部の魔力回路が剥き出しになっていく。あと少し……!トールが更に出力を上げようとしたとき、あの嫌な声が耳に流れ込んできた。
「約束、守れなかったねえ」
悪魔マルシュアスが、トールの隣に立っていた。
「キミの正体が知れてしまった。いやぁ、残念だ。このままキミが勝利を掴むところを見たかったのだけど、約束だから仕方ない」
そう嘯くマルシュアスの手には、かつて彼によってトールに埋め込まれた赤色の魔石があった。
「これは返してもらう。その力が維持できるのは、あと数秒かなあ。あぁ、可哀想に」
見る間に、トールを被う黒いキチン質の外皮が剥がれていく。顔が露見し、制服姿のただの少年に戻ろうとしている。
トールは即断し、行動に移した。腰の装備帯からラジウム水を抜き取り、一気に飲み干した。魔力炉の余韻とラジウム水の効果なのか、爆発的に魔力出力が増加するのが感じ取れる。
「いけぇ!」
持てる魔力の全てを攻撃に変換し、放出した。
その衝撃波にマルシュアスも巻き込まれ、トール自身も倒れ伏した。マモノ化が解除されれば、使い物にならない体が残るだけだ。その生身の体さえ、ラジウム水を摂取したので、いつ崩壊するか分からない。
だが、霞む視界の中で、巨体の大半を失い、倒れつつある空母型マモノの姿を捉えていた。
「やった……」
「やったねぇ、おめでとう。本当にすごいよ」
煤けた顔で、マルシュアスが呟いている。
「アレがマモノ側のボスで、アレが倒されればマモノは死滅する。だからこそ、絶大な戦闘力を有しながらも、前線にはあまり出さずに大事に守ってきたんだ」
一息入れて、トールの目を覗きこんだ。
「でも、その設定、やめちゃおう。その方が面白そうだし」
マルシュアスがパンと手を叩くと、ミーネンロイマーを取り囲むように、空母型マモノが大量に現れた。音も無く浮かび上がるように現れたそれは、無数の砲を真っ直ぐにミーネンロイマーへ向けている。
「キミ達が空母型と呼ぶアレを、取り敢えず36体、用意した。さ、どこまでもつかな。三分くらいかなぁ」
甲高い笑い声をあげるマルシュアスを、ただ見ていることしか、トールには出来なかった。
全てを使い果たした。残ったのは、使い物にならない体だけだ。もう恐怖すら感じない。
諦観の念に沈むトールの目が、不思議なものを捉えた。
輝く金髪に、青々とした月桂樹の冠を戴いた青年が、立っていた。
微細な刺繍が入った豪奢な服を着け、上質な肌触りを思わせる艶のある布をたっぷりと体に巻き付けている。貴金属や宝石をふんだんに使った装飾品が、腕や首でじゃらりと音を立てた。
「下等で下衆な小僧風情が、随分とはしゃいでいるじゃないか」
金髪の青年は、どこからともなく銀色に輝く弓を取りだし、矢を放った。
ただそれだけの動作だった。
矢は無数の光に変わり、流れ星のように煌めきながら、一直線にマモノ達へと向かって行く。光がマモノに触れると、まるで幻であったかのように、マモノが消え去っていく。歩兵型もタンク型も、空母型も。
全てのマモノが消え去るまで、ほんの数十秒の出来事であった。
信じられぬ思いで、呆然とその光景を眺めていると、いつの間にか金髪の青年は姿を消しており、代わりに黒髪の小柄な女性が立っていた。
「ジュゲム先輩、何だか張り切ってるね~。あ、君、大丈夫?」
「あなたは……? 悪魔マルシュアスは……?」
「あ~、あの小悪魔なら、あっちでジュゲム先輩が生皮を剥いでるよ。エグいから、見ない方がいいよ。想像より遥かにエグかったよ。ウェ……」
「倒したの? あの悪魔を……」
「ゴキブリみたいなものだから、殺しきることは出来ないけど、この世界はもう大丈夫……だそうですよ。ところで、君、本当に大丈夫? 今なら直接お願いを聞けちゃうよ、助けられるかも。権能の執行は、課に戻ってからになりますけど」
「よく分からないけど、この都市が……皆が無事なら、僕はもういいです。全部、やり尽くしました……」
そうこぼしたトールの体は、崩壊を始めていた。




