事例1 尽くす。③
バンは、自身の教え子を疑っていた。いや、正確に言うのならば、希望を見出だしていた。
要塞都市ミーネンロイマーの窮地を救う鍵となるかもしれない。そしてまた、その教え子が抱えているであろう苦悩を取り払ってやりたい。
そんな思いを胸に、軍学校における自身の教え子である、トールという少年と向かい合っていた。
軍学校におけるバンの待遇は、非常に良い。
士官学校を出ているということもあるが、最大の要因はその戦歴にある。現在の世界情勢下においては珍しいことに、幾つかの都市を渡り歩いている。そして、それぞれの都市でマモノと戦い、戦果を上げてきた。
バンとしては、その場その場で全力を尽くしたところ、幸運にも結果に恵まれたに過ぎないと考えている。最善を尽くしたとしても、結果は運次第。
それほどマモノとは強大であり、対マ戦闘は水物であると考えているのだ。
だが、その考えを改めつつある。人類に味方するようにマモノを殲滅する、人型マモノが現れたのだ。
この1か月の間、要塞都市ミーネンロイマーは四回の攻撃を受けた。歩兵型マモノだけではなく、タンク型マモノも含む編成であり、敵が都市攻略に本腰を入れていることが伺える。事実、要塞都市ミーネンロイマーの防衛戦力は、毎回壊滅的な被害を受けていた。
そして、その度に人型マモノが現れ、都市を攻撃するマモノ達を駆逐するのだ。
この人型マモノの正体について、ミーネンロイマー内での議論は白熱していた。
マモノの中で内紛が起きているとする説や、マモノの力を手に入れた人間がいるとする説が注目を集めている。そして、後者の説を推す者は、誰が人型マモノなのかという議論にも熱を入れており、新聞や報道番組では、軍の秘密実験で生み出されたという陰謀論が大いに盛り上がっている。
もちろんバンは、軍中枢の情報にアクセスできるため、軍の実験ではないことを知っている。しかし、人型マモノの行動に軍人的なパターンが見られることから、軍関係者ではないかと推測している。
そんな折、自身の教え子の一人に、目が留まった。その行動や身体的変化に違和感を覚えたのだ。
そのような訳で、少し踏み込んでみようと、口実を設けてバンの学校内ではなく、自室へ呼び出しのだ。
トールは、応接用の柔らかなソファに浅く座り、所在なさげに視線を落としている。バンは、軍人らしく短く揃えられた頭に手を当て、さてどう話そうかと思案しながら口を開いた。
「よく来てくれた、トール。コーヒーでも飲むか?」
「いえ、結構です」
言葉を発するときだけチラリとバンと目を合わせるが、すぐに視線を外す。萎縮しているのではなく、意図的にそうしているようだ。
「本日の呼び出しは、お前の精密検査の結果についてだ。結論から言う。全く異常はない。お前の主張する、右腕と左足の不調、視力の低下、聴力の低下などの原因となるような身体的魔法的異常は発見されなかった」
「そうですか」
「よって、今後、戦闘中に所在不明となれば、虚偽申告と敵前逃亡で処罰の対象となる。懲罰部隊に配属されるか投獄されるか。いずれにしろ酷な扱いをされるだろう。だが、私は君のことを信じたいと思っている。精密検査で異常が見つからないとなれば、他に原因を探すことになる。高度な呪術や精神魔法による攻撃などが想定されるが、何か心当たりはあるか?」
「いえ、ありません。そういうことであれば、軍を抜けます」
「まあ待て、落ち着け。私は、もう少し、お前の話を聞く必要があると考えている。尋問ではないから、気軽に話しても構わない」
少し身を乗り出して、話し込むような素振りを見せながら、バンは真偽鑑定の魔法を発動した。
この魔法は、正確には嘘を見抜く魔法ではない。
この世界の生物は、多くが体内に魔石を持ち、その身に魔力を宿している。それは人間も例外ではない。
そして、魔力は宿す者の性質に引きずられ、魔力自体の性質が変質することが分かっている。
純粋な魔力であっても、清らかな者に宿れば聖なる性質となり、邪な者に宿れば悪の性質を帯びる。その性質の変化を測定するのが、真偽鑑定の魔法なのだ。
ある問いかけに、邪な意図を以て偽りの答えをすれば、微量であっても悪しき性質の魔力が感知される。よって、確信犯的に自らの正義を信じる者や害意も後ろめたさも無く嘘を話す者は、真偽鑑定の魔法で判別しにくい。
加えて、測定用の機器を設置する必要があり、多量の魔力を消費することから、一般的に用いられることは少ない。バンも、予め準備をすることのできる自室で、数分程度であれば使用できる程度である。
「今は都市臨戦宣言の発令中だ。自発的な離隊は認められない。それに、軍学校を辞めれば、住む場所にも食事にも困るだろう」
「何とでもなります。正直に申し上げますと、自分のことなど、どうでもいいのです。僕の代わりにきちんと戦える人間を班に補充していただきたいです」
「そうだな、班には戦闘適性の高い者を配属し、お前は後方勤務とするよう学校側に働きかけることも出来る。確かお前は、実技は丁評価スレスレだが、研究科では甲評価だったな」
「……」
餌を見せつつ勿体つけてみたが、どうにも話に食いついてこない。バンは焦れることなく、正面から相手の目を見据えた。
「……お前はどう考える?」
「教官殿の御随意に」
「では、そうしよう。辞令には数日かかる。それまでは私付きとしておこう。もし戦闘となったら、私の側にいるように。東側防壁の火器司令だ。防壁外へ出ることはない」
「はい、分かりました」
「……お前は、何故、戦闘になると所在をくらます? 初戦のマイアーレはともかく、その後の聴音機担当や待機命令中であっても、いなくなると聞いている」
「……」
「……」
黙るトールを、じっと見つめた。沈黙は許さないという圧力を込めて。
「……戦いが怖いのです」
「それだけか?」
「……」
「本当に、ただ戦闘が怖いから逃げて隠れて震えているだけか? いや、無理に聞き出そうとしている訳ではない。ただ、もし何か事情があるならば、出来る限り肩入れをしてやりたいと考えている。どうだ?」
「……お気遣いはとても嬉しいです」
「……」
「……」
「……少し話を変えよう。そうだな、最近は何処へ行っても人型マモノの話題にぶつかる。お前は、アレについてどう思う? 何でもいい、率直に話してみろ」
「はあ、どうせ戦うのであれば、この星にいる全てのマモノを殲滅するくらいに強ければいいのにと思います」
「はは、面白い。そういう見方をするか。正体についてはどう思う? 軍の秘密実験という与太話を支持するか?」
「あまり興味は無いです」
「そうか。私はてっきりマモノとの交渉で何かを手にした者が現れたかと思ったのだが」
現在、この星を攻撃しているマモノと呼ばれる勢力には、奇妙な特徴があった。それが、交渉と呼ばれる約束事だ。交渉は、必ずマモノ側から開始の申し入れが行われる。そのタイミングは、一定数のマモノを撃破した時であるとも言われているが、確証はない。
この交渉によって約束された内容は、人類が破らない限りは必ず守られる。それは、上手く使えば勝利への道となる。実際、高度500メートル以上での戦闘及び軍事行動の禁止や、レーダー等を使った索敵の禁止などは、人類存続に大きな貢献をしている。人類側の行動にも制約がかかるが、それ以上にマモノ側の行動を制限出来るメリットがあるのだ。
「交渉というものを、僕はよく知りません。交渉結果は、学校で学びましたし、新聞報道でも読みましたけど」
「そうか」
魔力残量が乏しくなったので、ここで真偽鑑定の魔法を打ち切った。
「さて、雑談はこれくらいにしておこう。話は以上だ。都市上層にはあまり来ないのだろう? 少し歩いてから、帰るといい」
トールが松葉づえを使ってひょこひょこと退室すると、バンはパーソナルターミナルに視線を落とした。ソフトを起動すると、数秒で真偽鑑定の魔法の結果が表示された。
「シロか」
全く反応が計測されなかったということを示すゼロが並んでいた。
☆
人工の光ではない、青空を見上げ、トールは顔をしかめた。
数度の戦闘で、トールの体は壊れ、心は崩壊寸前だった。左足の膝下は感覚が無く動かない。右目は視力を完全に失い、味覚と嗅覚は失われ、耳には常に不快な雑音が聞こえている。睡眠は満足にとれず、食欲もない。
1か月で五キロは痩せたはずだが、最近は朝の測定アプリを削除しているので、正確なところは分からない。
近頃のヒカルは、トールを出会っても話しかけてこず、冷めた目で見るだけだ。トールから話しかける勇気は無いので、完全に没交渉になっている。
絵を描くことも出来ない。利き腕ではない左手で描くことも考えたが、そうしない方があの悪魔を刺激しないのではないかと思い、止めた。
そう、これでいいのだ。
あの悪魔は、トールが苦しみ悲しむことを望んでいた。つまり、トールが苦痛と悲嘆に喘いでいるうちは、これ以上の手出しはしてこないだろう。であれば、ヒカルもこの都市も無事でいられるはずだ。そんな悲しい計算のもとに、トールは戦い続けていた。
久しぶりに上層を訪れたが、トールの心には響くものが無かった。色彩豊かな洗練されたオフィスや飲食店。綺麗な服で着飾った上級市民の人波。小綺麗な制服を着てはいるが、トールは少し浮いている。時折、トールに不躾な目線を送る者さえいる。
そんな街並みに背を向け、駅へと向かった。
相変わらず空いている下層行きの電車は、すんなりと座ることが出来た。まだ松葉づえに慣れないトールには、有難い。
車窓から、第五魔力炉が見えた。
このミーネンロイマーには、七基の魔力炉が建造されており、点検中の一基を除く六基が常に稼働している。そこで生み出された魔力は、都市のいたるところへ送られ照明や空調、列車の動力など、都市を支えるエネルギーとして使われる。
その仕組みは、二個の魔石の相互反応によるものだ。
魔石は、周囲の魔力を吸収する能力と、魔石内から魔力を放出する能力を持つ。
吸収する能力は、周囲を漂う魔力のうち、何ら指向性を持たない浮遊魔力を引き寄せる程度のものだ。だが、放出する能力には、特徴があった。
それは、もともと魔石が持つ魔力と周囲から吸収した魔力とを合わせた量より、多量の魔力を放出するということだ。これは、魔石内部に、異世界へのゲートがあり、そこから魔力が漏れだしているといわれている。
この吸収と放出の性質を利用したのが魔力炉だ。
二つの魔石に、一定の強度の魔力圧をかけて回転させると、魔石内部のゲートが露出し、魔力が漏れ出す。
こうした仕組みにより、魔石から魔力を回収する装置が魔力炉である。その制御には高度な技術力が不可欠であり、ゲート露出率の制御に失敗すれば、魔力汚染に曝される。
これと同じ状態が、自分の体で起きているのではないかと、トールは疑っている。もともと自分が持っていた魔石に加えて、あの悪魔から植え付けられた魔石が、魔力炉と同じ作用によって爆発的な魔力生産を可能にしているのではないかと。
となると、トールは常に稼働している魔力炉の内部にいるようなものだ。どのような変調をきたしてもおかしくない。
「どうした? 元気が無いじゃないか。キミがそんな様子じゃあ、あの娘も話しかけ難いんじゃないのかい?」
トールがギョッとして振り向くと、隣に悪魔マルシュアスが座っていた。
「キミが随分と頑張っているようだから、激励訪問に来たんだよ」
満面の笑みを浮かべている。見ているだけで恐怖と不快感が込み上げくる。
「そう嫌そうな顔をするなよぉ。今日はとっても楽しい話を持ってきたんだ。どう? 気になるだろう? 気になるかい?」
「……気になります」
機嫌を損ねないよう、相手の敷いた会話のレールから外れないように答える。トールの命も、この都市の命運も、この忌むべき悪魔が握っているのだから。
「最近、キミはこの状況に慣れてきたよね。自分が苦しめば、それであの娘も街も救われるってさ。ボク、そういうのはつまらないと思うんだよ。格好いいけど、鼻につくよね」
「そんな、ことは……」
「そこで、こうしてみたんだ」
そう言ってマルシュアスが指す先には、列車内ディスプレイがある。
小さな音量で広告を流していた画面が、突如ニュースに切り替わった。窓外の公共ディスプレイも同じ画面を写している。大音量に切り替わったのか、画面のアナウンサーの声が、トールのところまで聞こえた。
「マモノから、都市ミーネンロイマーへ交渉の申し入れがあったと、先程、都市首相が発表しました。その内容は、『次回侵攻時に人型マモノが現れた場合、これを人類とマモノの共同攻撃により排除すること。そうすれば、都市ミーネンロイマーは永遠にマモノの攻撃を受けることは無い』というものです。都市首相は、軍へ協力を呼び掛け、軍指令部が現在方針を検討中とのことです。繰り返しお伝えします。先程、都市首相が……」
黙りこんだトールを見て、マルシュアスは一層笑みを深めた。
「どうだい、この展開は? とっても素敵だろう? もちろん、次の戦闘にキミが現れなければ、この都市は廃墟だ。ただし、人類がキミを殺したとしても、この都市への攻撃は止めないだろうけどねぇ」
「なぜ?! 交渉の約束は、必ず守られるんだろう?!」
「そうだね、今までは守ってきたね。ゲームには縛りがあった方が面白いということもあるけど……」
溜めるように言葉を切ると、マルシュアスは馴れ馴れしくトールの肩に手を回し、触れるくらいに顔を近づけた。
「約束は、ここぞというところで破るからこそ、面白いんだよ」
「そんな……」
「さ、キミの健闘を期待しているよ」
次の瞬間には、マルシュアスの姿は見えなくなっていた。
その夜、都市ミーネンロイマーは人型マモノへの攻撃を決定したとのニュースが駆け巡った。
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