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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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33/99

事例1 尽くす。

 うっすらと目を開けると、カーテンの隙間からこぼれる魔力炉の蒼い光が見える。

 枕元のパーソナルターミナルを手に取り時間を見ると、目覚ましアラームの5分前だった。トールは、そのままアラームを解除してベッドを出た。


 ターミナルを操作してシステムを起動すると、ARによるサポート情報が視界に浮かび上がる。ターミナル自体は旧型なので、幅5センチ、長さ10センチ、厚さ5ミリほどある、少し大きいものだ。

 しかし、ソフトウェアは最新のものにアップデートされているので、表示される情報はすべて最新の構成だ。サイズが大きいことと、生体パーツが少ないことで、体に取り付けたときに少し違和感が残る。また、情報処理速度も劣るそうだが、トールはそこまでの処理速度は必要としていない。


 左腕にターミナルをあてると、魔法皮膚製ベルトで腕に巻き付き、一体化する。早朝なので、取り付けると自動でターミナルによる体調チェックが開始された。

 純粋人ヒト種、男性、14歳、身長165センチ、体重51キロ、体温35度7分……。パーソナルデータのログが次々と流れていき、最後に緑色の丸が大きく表示された。それを見て、トールは小さくため息をついた。

 体調不良なら、叱責はされるだろうが、休めたはずだ。


「嫌だな……」

 落ち込んでいく気持ちを奮い立たせるため、クローゼットへ向かった。とはいっても、六畳ほどの部屋だ、3歩でたどり着く。

 クローゼットを開けると、中には描きかけの絵が置かれている。イーゼルのまま無造作にしまわれたそれは、油の匂いを放っている。


 トールは、生き甲斐と呼べるものを二つ持っている。そのうちの一つが、絵を描くことだ。世界情勢は逼迫しており、単なる趣味としての絵画は、ともすれば非難の対象にもなる。先日、移動や運送を目的としない車やバイクの運転を自粛するよう通達がなされた。趣味に費やすくらいなら、エネルギーを前線へ送りたいというのが、首脳部の本心なのだろう。


 また、絵の具などは、すでに製造されておらず、手作りする必要がある。それでも、好きなのだ。絵を描いているときは、他にない高揚感に包まれる。

 家に帰ってくれば、絵の続きに取り掛かれる。そう自分を鼓舞した。その勢いのまま、配給品のシリアルを少し摂り、制服を身につけ、日帰り用の装備バッグを背負い部屋を出た。


 天板のライトは、既に朝用の白い光で下層を照らしている。魔力炉や魔力パイプから漏れでる蒼い光は、ライトの白い光に隠れ、ほとんど視認出来ない。

 人工の光の下、コンクリートで舗装された道を歩く。街はもう動き出しており、職場へ向かうであろう作業着の大人たちや貨物を載せたトラックが、往き来している。駅は、これから上層へ向かう人達で、上り線ホームが混雑している。

 ほとんど人のいない下り線、外縁部行きの電車に乗り込んだ。


 極東要塞都市ミーネンロイマーは、外敵から住民と都市機能を守るため、上下二層の立体型都市として建造されている。世界に残るおよそ20の都市は、そのほとんどが同様の構造である。上層部に重要施設や都市首脳陣の居所が設けられている。

 そして、下級市民や軍人が多く住む都市下層が、トールの住む世界だ。


 この世界では、純粋種の人は、地位が低い。エルフやドワーフといった新種が開発されたときに、進化手術を受けることができなかった者達の末裔であることの証左であると見られるだけでなく、身体能力や魔力が劣るという現実的な意味でも、その地位は劣後しがちなのだ。


 そんな純粋人ヒト種であるトールが、人並みの生活を送るための選択肢は、さほど多くない。その一つが、軍学校だった。衣食住と月額の報酬が保証されている代わりに、日々の訓練と時おりの軍役実習が課される。

 そして、いざ実戦となれば、戦場に立たされる。


 今日は軍役実習なので、教室ではなく防壁に行かなければならない。侵攻に遭う可能性は低い。加えて、聴音機での索敵が主任務なので、もし戦闘となっても危険は少ない。そう頭では理解している。けれど、心臓は締め付けられるように痛み、喉が乾いていく。


 この都市は、建造以来、未だに攻撃を受けたことがない。極東の島国にあるため、敵が進軍経路を確保できていないからだとも、戦略上の価値が無いと判断されているからだとも言われている。トールとしては、戦闘が無いのであればどちらでもいい。

 そんな経緯を反映してか、ややのんびりとした雰囲気を感じさせる街を電車で走り抜けた。

 目的地が近づくにつれ、同じ制服を身につけた乗客が増えていく。トールと同年代の少年少女達だ。純粋種の人やハーフ種が多い。

 その中に、一人の少女を見つけた。幼なじみのヒカルだ。


「おはよう、トール! あ、寝癖ついてるよ。シャツの裾も出てる。ちゃんと朝御飯、食べてきた?」

 笑顔で挨拶したかと思うと、眉をしかめながらトールの髪を整える。そして、裾を直し、また笑顔で顔を寄せて朝食の心配をする。忙しげにコロコロと表情を変える少女を見て、言い様の無い愛おしさがトールの胸中に込み上げてくる。


「……ちゃんとシリアルを食べてきたよ」

「だめよ、配給品だけじゃなくって、お野菜とお肉も食べなきゃ。今日、うちに寄っていきなさいよ。晩御飯、ご馳走してあげる。私とママで、ハンバーグを作るのよ」


 軍学校の生徒らしく、短く切り揃えた髪がふわりと揺れるたびに、トールの心を刺激する甘い香りが撒き散らされる。ハーフエルフの特徴である少し尖った耳が、可愛らしく覗いている。


「昨日もお邪魔したし……悪いよ」

「悪くないんですー。じゃ、決まりね!」


 ヒカルの眩しい笑顔に、トールがはにかみで応じていると、列車が目的の駅へと滑り込んだ。外縁部で下車するのは、ほとんどが軍人だ。そこに、トール達のような軍学校の生徒や外壁の点検補修を行う整備作業員が混じっている。


 駅から見上げれば、外壁を視界に収めることができる。

 アルミニウム合金に抗火属性魔力を籠めた魔法金属で表面を被い、第二層に防御魔力を詰め込んだスズを配した、フレイムタン装甲と呼ばれる外壁。魔力付与の影響で少し黒ずんで見える装甲は、激戦区以外の都市で一般的に採用されている標準タイプのものだ。

 高さが100メートルほどあるので、防御要員は、昇降機で防壁上へと昇る。


 その昇降機の脇に、トールらと同じ軍学校の生徒達が集まっていた。既に集まっている

 トールとヒカルが列に並んでしばらくすると、教官が前に立ち、点呼と装備確認が行われた。そして、教官の問いかけから、いつもの「激励」が始まる。


「お前らは、何だ?」

「軍人だ!」


「軍人の目的は何だ?」

「敵を倒すことだ!」


「敵とは何だ?」

「マモノだ!」


 教官の問いかけに、およそ300人の生徒達が声を合わせて答えていく。いつもの軍学校の朝の光景だ。そして、トールの嫌いな時間でもある。一生懸命に声を張り上げるが、周りに比べると何とも弱々しい。

 そして、最後の問答で激励が終わる。


「お前達は、他人を守るために、命を捨てることが出来るか?」

「出来る!」


「よし、では各員ラジウム水を受け取って、配置につけ」

 激励が終わると、小隊ごとに割り当てを指示され、その場を離れていく。

 中等軍学校では、3人で1斑を作り、10班で1小隊とする。次々と人数が減るなか、トールとヒカルの属する小隊は、最後まで残された。


 そこで、トールはざらりとした嫌な気配を感じ取った。軍特有の、人を人とは思わず歯車として扱う時の、嫌な空気感だ。


「……さて、おめでとう諸君。君たちは本日のマイアーレに選ばれた。パンツァーウルフミーネを受け取り、当初の持ち場へつくように」

 教官の言葉に、その場にいる皆が息を呑んだ。そこに込められた感情は、大半が喜びや驚きで、トールのように恐怖や不快感を示した者は少ない。


 マイアーレとは、パンツァーウルフミーネを抱えてマモノへ特攻する決死隊だ。

 マモノは、戦闘において人より遥かに強力だ。開戦当初、人類は次々と敗北を喫しその領土を失っていた。既存の兵器でも、歴戦の勇者たちも、斃されていった。


 そんな化け物を倒すために考案された兵器が、パンツァーウルフミーネだ。

 爆薬と魔力を詰めたソフトボールサイズの弾頭に、30センチ程の柄が付いた携行兵器で、歩兵が手に持って使用する。


 弾頭は炸薬とタンタル製の容器で構成され、使用者が魔力を流すことで起動する。タンタルは、人体との適合性が高い上に魔力との親和性が高い戦略鉱物で、高度な魔法具に必須の材料だ。炸薬にも金属素材にも、攻性魔力が限界まで付与されている。

 くぼませた炸薬にタンタルで内張りをしている弾頭は、炸裂させると強烈な破壊力を発揮する。モンロー・ノイマン効果と魔力臨界の相乗効果により、極めて高い魔法攻撃力を発揮する。


 その威力は、歩兵タイプのマモノであれば、一撃で撃破するほどだと言われている。激戦区の都市では、毎日、数十ものパンツァーウルフミーネが使用されているという。

 この強力な兵器は、人が手に持ち、マモノへ投げつけて使用する。マモノの隙を見て近づき、この兵器を投擲するのだ。


 マモノに近づく必要があるため、使用者は極度の危険に晒される。敵を撃破しての生還か、戦死かの二択なのだ。そのため、通常戦術ではなく、都市陥落の危機などに用いる非常の戦術として採用されている。


 この戦術を遂行する部隊が、マイアーレと呼ばれている。

 この都市では、防衛につく軍人の中から、毎日無作為に抽出されたもの達がマイアーレとなる。当番となった日に敵襲がなければ、あるいはマイアーレが出動せずとも戦闘が終結すれば、命をかける必要はない。翌日には、またべつの者達がマイアーレに任命されるのだ。


 そもそも、このミーネンロイマーでは、2年前に近隣都市での小規模の戦闘に援軍を派兵した程度で、都市本体が攻撃されたことはない。世界的に見ても稀有なほど、平穏な都市だ。

 そのため、命を懸けて人類を守護するという任務を持つマイアーレに憧れる者も少なくない。


 トールの隣で、ヒカルが目を輝かせている。パンツァーウルフミーネを受けとるときなど、「わあ」と嘆息を漏らしていた。

 トールは、不安と不快感を懸命に押し隠し、無骨な金属製の筒を受け取った。


「諸君は、今日一日、マイアーレとなる。下命あらばパンツァーウルフミーネを持ち、敵へ突貫せよ」

「はい!」

 教官の言葉に、皆が力強く答える。


「……お前達のような子供達に、こんなことをさせなくてはならないと思うと、心苦しい。もう少し早く戦争を終わらせることが出来ていれば良かったんだが。……もし戦闘となってもラジウム水は使うな。使えば助からん。マイアーレであっても、ラジウム水を飲まなければ生き残る可能性はある。……さあ、持ち場へ向かえ」

 教官の言葉に、あるものはキョトンとし、あるものは首をかしげながら、それぞれの持ち場へと向かった。


 トールも、班員と一緒に九十式大聴音機へ向かった。

 マモノは、戦闘行動を行っている時を除くと、自身の姿を不可視化することが出来る。

 これを解除するためには、一定程度のダメージを与える必要がある。マモノを戦闘前に発見し、まずは先制攻撃でその姿をあぶり出すのが、基本的な戦術だ。その後に、マモノの特性に合わせ攻撃していくのだ。


 現在はレーダーも衛星監視も禁止されており、個人の探知魔法と目視、そして音声が主な索敵方法だ。この九十式大聴音機は、都市を守る最前線の耳として活躍している。

 大きなラッパのような集音器具が6個設置され、前方180度をカバーしている。条件が整えば、上空10キロメートル、地表5キロメートル先の敵を発見することが出来る。


「今日は晴天だから、集音平均は4キロくらいがベストかな?」

 ヒカルが、偏差修正のハンドルをクルクルと回しながらつぶやいた。

「そうだね。北北東の微風あり。調整しておくね」

「うん、ありがと!」


 聴音機の上へ乗っているヒカルが、操作盤の下に潜り込んでいるトールへ笑顔でヒラヒラと手を振る。高さ10メートル、幅20メートルほどあるので、操作する三人は残念ながら隣に並んで作業をすることはできない。とはいえ、調整作業が終われば後は交代の時間まで待機するだけだ。班員とおしゃべりするだけで一日が終わる。

 ヒカルとおしゃべりするだけ。トールにとって、至福の時間だ。もう一人の班員さえいなければ。


「まさかマイアーレに選らばれっとは思わなかったなあ! しばらく自慢できっぞぉ!」

 班員三人で集音機の前に座ると、ヤマガミが太い腕でトールの肩に手を回しながら大きな地声を飛ばした。彼としては何気なく手を置いただけなのだが、トールの首はミシリと音を立ててゆがんだ。

 エルフとドワーフの血が四分の一ずつ流れるため体格に恵まれているこの男にまとわりつかれると、トールの体はいつも悲鳴を上げる。年齢は同じだが、種族が違えば何もかも違う。


「……そうだね。ヤマガミ、少し静かにしようよ、聴音機が不具合を起こすよ。ほら、集音調整がずれてる」

「ああ、そうだなぁ! わりぃわりぃ!」

 変わらず大声で聴音機に駆け寄るヤマガミを尻目に、トールはおずおずとヒカルに話しかける。


「ヒカルも嬉しそうだよね」

「うん! マイアーレに選ばれるなんて、光栄じゃない。教官は気にかけていたけど、マモノの襲撃なんて無いんだし、大丈夫だよね」

「ああ、大丈夫だろうなぁ! もう2年も侵攻されていないんだ。今日に限って……なんてこたぁ無いさ!」

 聴音機の操作盤をいじりながらヤマガミが自信満々の声を上げた時、サイレンが鳴り響いた。同時に、AR情報が更新され、視界に「侵攻」という文字が表示された。真っ赤な文字は、いつまで経っても消えない。見間違いではない。


「敵襲だ……」

 ヒカルの声が、トールの耳朶を打った。

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