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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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局長レク

「私が持っている箱の中に猫がいます。この猫は生きているでしょうか、死んでいるでしょうか。……これって神託のご希望ですかね?」

 奇妙な案件を見つけ、春風が呟いた。タブレットをいじっていたジュゲムが、目線もそらさずにつまらなそうに眉をしかめた。


「ああ、本来なら神託課の仕事だな。また、通信指令課が間違えたな。最近、あそこは下手を打ってばかりだ」

「でも、もう権能執行課の受付処理をされていますよ。どうしましょう」

 多くの世界から寄せられる各案件は、全てが一度、通信局へ集約される。そして、通信局が各部局の担当部署へ回付する。権能局では、通信指令課がこれを受領し、局内の各部各課へ転送する。この時、神託課へ転送すべきところを権能執行課へ送ってしまったのだ。

 もちろん通信指令課へ返送することも出来るが、一度、権能執行課で受付処理をしてしまうと、返送の手続きも煩雑になる。


「俺に任せろ」

「ジュゲム先輩に?何か方策があるんですか?」

「俺は以前、神をやっていたことがある」

「んあ?!」

「小さな世界だったし、多神教の数多いる神の一人だ。大したものじゃない。だが、神託所を持っていたこともある。未来の予見くらい出来るさ」

「マジっすか。すげーっすね」

「マジだ。すごいだろう」

 いつもの自信に溢れたジュゲムの笑顔が、さらに自慢げに輝いた。


「神様経験者が、よくこんなところで事務仕事してますね。そっちの方が、すごいかもです」

「何を言っている。大精霊コウリュウの精霊府ともなれば、課長級は小規模多神教のメジャー神クラスは、当たり前のようにいるぞ。部長級となれば一神教の神や多神教の主神クラスが、局長級ともなれば創世神がいてもおかしくない。それに、たとえ事務屋だろうがお茶汲みだろうが、余計なことは考えずに、無心で全力であたるものだ。そうして、世界一のお茶汲みになれば、誰もお茶汲みのままにはしておかないだろうからな」

「おっと、語録に追加しておきますね」

「ん?何だ、語録とは」

「あ、こっちの話です。話は戻りますけど、この神託のご希望はどう処理します?」

「簡単だ。“生きるも死ぬも、お前次第”と伝える」

「ほう、その心は?」


「箱の中の猫はまだ生きている。だが、簡単な操作で猫を殺す仕掛けがある。“生きている”という神託が下れば、仕掛けを作動させ猫を殺す。“死んでいる”という神託が下れば殺さない。そうして、“神託は外れた”としたいのだろう。この手の、神や悪魔を試そうとする挑戦的な輩はどの世界にもいる。一度は相手をしてやればいい。だが、懲りずに繰り返すようなら、懲らしめてやるさ」

「懲らしめるというと、どんなことをするんですか?」

「生皮でも剥いでやろうか。剥いでいる最中は激痛と恐怖で、地獄の苦しみを味わう。そして、しばらくは息が続くが、すぐに死に至る。苦痛と恐怖と死を確実に与えるには、適した手法だ」

 エグい!意外とエグい!ジュゲムを怒らせることは“あんまり”しない方がいいなと、春風はこっそりと決意した。


「ハルカは決裁文書を作っておけ。俺は、通信指令課へ一言伝えてくる。ついでに精霊府内の部署をいくつか回ってくる。しばらく戻らないぞ」

 そう言って、輝く金髪を躍動させながら楽しげに去っていくジュゲムを見送った。おそらく通信指令課で一悶着あるのだろう。


「くわばら、くわばら」

 生皮が惜しい春風としては、通信指令課など見捨てるほか無い。

 春風は、のんびりとキーボードを叩きながら、係を眺めた。ヤギはいつもどおり自席で静かに書類を繰っている。マオは休暇を取っており、机の上には「休暇中」と書かれたカードを持った黒猫のぬいぐるみが座っている。いたって静かないつもの第三係だ。

 そして、最近は他の係も少し慌ただしい雰囲気が和らいでいるような気がする。とはいえ、普段から第三係より忙しくしているので、今日もそれなりに賑やかだ。

 春風が他人事のように眺めていると、視線に気づいたのか、第二係のダンチョネ係長が笑顔で歩みよってきた。いつも奇抜なスーツらしき衣服を身に付けている彼女らしく、今日は濃紺のスーツにヒールの高いブーツ、そしてシルクハットにステッキを持っている。


「ハルカちゃんの愛がこもった視線を感じたヨ~。今日もかわいいネ。パンツの色は何色?」

「黒です。なんだか最近はうち以外の係も、殺伐さが薄らいだ気がするんですけど、気のせいですか?繁忙期を抜けたんですか?」

「そんなことないヨ。怪物級の巨大案件が控えてるから、気は抜けないんだヨ。明日は局長レク……部長や課長と一緒に、局長の前で案件の概要とか要点を説明しなくちゃならないから、みんな準備に余念が無いヨ。カップサイズは?」

「Aです。そうなんですか?確かに緊張感は漂ってますけど、そこまでじゃないと思ってました」

「第二係が修羅場じゃないのは、ハルカちゃん&ジュゲムくんのお陰なんだヨ。最近は、二人が鬼のような早さで通常案件を処理してくれるから、こっちは少し余裕ができたのサ。お礼に、今度おっパブかセクキャバにでも連れて行ってあげるヨ。もちろん奢るからネ」

「あ、それじゃあノーパンしゃぶしゃぶに行ってみたいです。私の出身世界だと、絶滅したらしいんですよ」

「オ?いいヨいいヨ。第四世界に行きつけのお店があるんだヨ。オプションですごい特別サービスがあってネ……」


 二人が話し込んでいると、課長室の扉がドバンと勢いよく開かれた。そして中から、権能執行課長のメリーアンが、不機嫌そうな表情で現れた。春風は、その表情の違和感には気付いたが、正体には思い至らなかった。しかし、付き合いが長く、行動を共にすることの多いダンチョネは、その様子から何かを悟ったらしく、ポツリと呟いた。

「まずいネ。何か焦ってるヨ。きっと予想外で、しかも大きめの爆弾が降ってきたんだヨ」

 権能執行課の皆が固唾を飲んで見守る中、メリーアンが口を開いた。


「局長レクの予定が繰り上がった。15分後だ。すぐに準備しろ。部長も、局長室でお待ちだそうだ。オオトモ、ダンチョネ、準備しろ。ダンチョネは第三係の面倒も見ろ」

 課内は一瞬の静寂の後、総会前に資料ミスを見つけた総務部の如く、大騒ぎに陥った。

 第一係のオオトモ係長は、係員へ次々と指示を出し、資料を揃えさせている。第二係では、ダンチョネの指示を待たずして、係員達が準備を始めている。

 そんな中、ダンチョネが、冷や汗を滝のように流し唇を真一文字に結びながら、目を見開いて見つめたのは第三係だ。

 春風を除けば、席についているのは係長のヤギ一人。そのヤギは、課内の騒ぎも何のその、のんびりと書類を手に、紙を捲っている。


「ヤギくん、局長レクの準備はどうなってル?」

ダンチョネの声に、ヤギがのそりと視線を上げた。

「ああ……ええと、ジュゲム主幹にお任せしていました」

 ジュゲムの席に目を向けるが、そこに姿は無い。

「ハルカちゃん、ジュゲムくんはどこかナ?」

「あちこち回ってくるそうです。すぐには戻ってこないですし、すぐに見つけられるかも……」

「マオちゃんは?」

「今日は休暇です。領地経営のために実家に戻っているはずです」

「……それじゃあ、ハルカちゃん。君しかいないわけだネ。さあ、行くヨ」

 局長室へ向けて既に歩き出しているメリーアンを追って、各係長と係員たちが書類を抱えて走り出している。

 ダンチョネもステッキとハットを放り出し、資料を抱えてそこへ加わった。春風も、とりあえずジュゲムのタブレットと自身のノートパソコン抱えて、後を追うしかなかった。


「予定が変わるのは仕方ないですけど、随分無茶な変え方をしますね」

「きっと部長が犯人だネ。あの犬っころは、コウリュウ精霊府内でしか実績もコネも無いから、局長含め、上には良い顔をしたがるノ。そして、メリーアン課長閣下以上にイケイケな性格なのだヨ。どうせ今回も、局長に予定を早められるか尋ねられて、“もちろん出来ます”って安請け合いしたのだろうサ」

「そこできちんと断れない人が、よく部長なんていう役に就いていますね」

「実務能力は高いからネ。無茶と無理の見切りが絶妙なんだヨ。今回も、メリーアン課長閣下であれば、多少無茶でも、ギリギリ乗りきれると踏んだんじゃないかナ」

 春風とダンチョネが話しながら早足で歩くうちに、局長室の入口が見えてきた。

 扉などは無く、開放された作りの入口は、黒い石をベースに金や赤、青、緑など鮮やかな極彩色で装飾されている。インドやタイの寺院にでも迷い混んだかと錯覚しそうだ。10トントラックがそのまま通れそうな、大きな入口の脇には受付担当が一人佇んでいる。


「水権能執行部権能執行課長のメリーアンだ。局長レクのために参上した。ワン部長もお見えのはずだ。取り次ぎを願う」

 受付担当者が室内へ消えると、すぐに部長を連れて戻ってきた。

「ワン部長閣下、メリーアン権能執行課長以下、権能執行課員が参上いたしました」

 そう言ってメリーアンが頭を下げると、課員一同も揃って腰を90度に折った。部長に面会する際の、いつもどおりの礼節である。とはいえ、初めて部長を見る春風は、こっそりと視線向けて観察していた。

 見た目は、まるっきり犬だ。フォルムはドーベルマンのように精悍なのだが、そのサイズのせいで、なんとも面白味を感じさせる。豆芝ほどの体格の、小さな黒い犬だ。


「遅い遅い。遅いぞメリーアン。局長は既にお待ちだ、待っておられる。ささ、行くぞ行くぞ」

 ちょこまかと足を動かして歩き出したワン部長の後について、皆が歩き出す。

 戸惑いながらも周りに合わせて行動している春風に、ダンチョネがそっとささやいた。

「あれが水権能執行部長のワン・ワンワン様だヨ。口が悪くてマシンガンなトークをすることもあるけど、基本的にはゴキブリかハエだと思っていればオッケーかナ」

「ダンチョネさんって、部長のこと嫌いっすね~。でも、そういう言い方は好きです」

「そんなことはないヨ、心から尊敬しているヨ。しゃべる生ごみなんて、滅多に見られないからネ」

「部長の人柄は大体わかった気がします。局長はどんな方ですか?」

「プタハ・ヌン・ヌネト・ヘフウ・ヘフト・ケクウ・ケクト・アメン・アメネト・タチェンネン局長閣下は、唯一無二の存在だヨ。大精霊コウリュウ様に次いで、他を持って代え難い真に神と呼ぶべき存在ダ。その一言が至言であり、その一挙が神の御業なのダ。お目通り願えたのなら、礼を失せず……」

「はい、よく分かりました」

 二人がこっそりじゃれあっているうちに、一行は局長室の奥へとたどり着いた。テニスコートほどの広さの室内は、くるぶしまで埋まりそうな絨毯が敷き詰められ、豪奢な応接セットしか置かれていない。そして、その中央のソファに、プタハ局長と思しき姿があった。だが、春風には見分けがつかなかった。理知的な瞳の老爺と二枚の大きな翼を持った羊が座り、その脇には水をたたえた甕が置かれている。

 本命は老爺で、対抗が羊、大穴が甕かな、などと春風が心中で赤ペンを走らせていると、ワン部長が場を仕切りだした。


「大変お待たせいたしまして、申し訳ありません。それでは早速、進めさせていただきます。さあメリーアン、始めるぞ、さっさと始めろ。まずは現状報告だ」

「はい。まずは第十三世界の太陽ですが、既に九個が失われています。銀狐ユルグとの決戦……その時期は、間もなくかと。詳細は担当が報告します。オオトモ係長、述べよ」

「はい、10個目の太陽は、毎時七千京トンが消失しており……」

 メリーアン課長とオオトモ第一係長が説明を始めると、春風はジュゲムのタブレットのフォルダを漁った。何やら第十三世界に関した話題の様だ。となれば、似たようなデータがどこかにあるはずだ。私は窓派なのに無駄に知恵の木の果実を齧りやがってと、操作感の違いに戸惑いながらもデータに次々と目を通す。

ジュゲムは意外と几帳面なのか、フォルダは整然と並んでおり、名前もきちんと記載されている。第四世界の眷属について……第五世界の勇者について……悪魔マルシュアスの事例について……アサヒ・ハルカの今後の育成と調教について……ヒス王国の拡大路線及び東進政策について……。とても気になるフォルダもあったが、今は我慢して怪しそうなデータを探っていく。


 「……炎の悪魔が人の支配下に入ったことから、これを維持するために水の勇者の強化を……」「……第十三世界を挙げての総力戦に向けて、都市建設は佳境を迎えており精霊召喚の聖堂建設が……」「……コウリュウ精霊府の課長級は、召喚要請に応じる必要が……」。

 次々と報告がなされる中、いつ質問を投げられても対応できるよう、関係がありそうなファイルをいくつか開いていく。ヤマよ当たれと祈っていると、ダンチョネが耳元でささやいた。


「第十三世界の影響を受けている他の世界の情報があれば、準備しておいてくれるかナ」

「……はい」

 第十三世界の影響が出ると言えば、多分お隣であろう第十二世界かなと検索する。それらしきデータを見つけ、急いで目を通す。

「うん、うん。第十三世界の様子は分かった、では他の世界は?」

 ワン部長の声に、さすがの春風も少しドキリとする。だが、ダンチョネのアドバイスどおりだ。ここ、ダンチョネゼミでやったところだ!


「はい。第十二世界タージオンへの影響が顕著です。詳しくは、担当が説明します。ダンチョネ……いや、アサヒ・ハルカ、述べよ」

 メリーアンは、ダンチョネを見るが、視線をそのまま横にスライドし、春風を指名した。

「はい、銀狐ユルグの権能の影響で、世界間の境界が曖昧になっている部分があり、これに炎の悪魔の権能が侵襲しています。その結果、第十二世界タージオンでは日照りや灼熱が続いています。これまでも、雨乞いの請願が幾度も届けられており、その都度対応をしている状況です。しかしながら、このままでは自然環境の維持は難しいと推測されます」

「うん、うん。よく分かった、もうよいもうよい。さてさて、局長閣下、報告は以上ですが、いかがでしょうか」

 ワン部長の問いかけに答えたのは、老爺だった。


「皆の説明で、状況をよく理解することが出来た。ありがとう。大精霊コウリュウ様の配下にある精霊が集う、関係精霊会議の期日が迫っているが、皆のお陰で、万全の態勢で臨めそうだ。本当にありがとう」

 正解は本命だったかーと、春風が内心で1.5倍の払い戻しを受けていると、局長レクは終わったらしく、一同で退室することとなった。

「よくやった、ダンチョネ、そしてアサヒ・ハルカ」

 退室して開口一番のメリーアンの言葉に、春風は面はゆい思いをした。

「ありがとうございます。でも、ダンチョネ係長のお陰でした」

「そんなことないヨ、ちゃんと出来ていたヨ。引き抜きたいくらいだヨ~」

「ホントですか?それは嬉しいです!」

 ジュゲムのタブレットに入っていたフォルダの内容次第では、本当にお願いしなくてはならないと、春風は決心したのだった。


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