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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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聖女に対する嫌悪

 アレウスは、しおりを挟み、読んでいた本を閉じた。大聖女ユノの事績が記されているユノ記は、名高き歴史学者カシオペアが著し、名高き芸術家アンドロメダが挿絵と装丁をしたとあって、どこをとっても一分の隙も無い。そして、大聖女ユノを広く知らしめるために国策として製作されたものであるため、表現は平易で読みやすい。五歳を迎えたばかりのアレウスでも、少しずつであれば読み進めることが出来る。


 まだ途中でしか読んでいないが、その言動や実績は、幼いアレウスの心を揺るがすに十分だった。幼いころから銀人と呼ばれる貧しい者たちに薬や食べ物を恵み、大人になって聖女の儀に臨んだ際には、かつてない規模の神の加護を受け、多くの民衆の救い手となっていく。今では、かつて敵国であったヒス属州でも、崇拝者が多くいるという。


 多くの者に救いを与え、皆から慕われる大聖女の姿に、アレウスは強い憧憬を覚えた。自分も将来はこうありたいと、強く思い描くことが出来た。貴族家に生まれた男児として、家庭教師から読み書きを習い、乗馬で体を鍛え、音楽や哲学を学び、同年代の貴族の子女とも切磋琢磨している。そうした毎日の努力の先にある、明確な目的を見つけた気がした。


「アレウス、その本は?」

 いつの間にか、母が後ろに立っていた。中庭の椅子に座って本を読んでいたので、屋内に姿が見えないアレウスを気にして出てきたのだろう。

「これ、お父さんがくれたんだよ。大聖女ユノは、とてもすごい人だよね。僕も、こんな風に、みんなに好かれる素晴らしい人になりたいな」

 素直に心情を吐露したアレウスの言葉に、母が珍しく不快気な表情を見せた。


「聖女ユノね……。その本に書かれているほど、大層な人物ではないかもしれないわよ」

「お母さんは、大聖女ユノは嫌いなの?」

「あんまり好きじゃないわね。少なくとも、その本は……ね」

「どうして?こんなに素晴らしい人はいないよ。皆が尊敬しているって書いてあるよ」

「そうかもしれないわね。でも、本に書いてあることが全てじゃないし、聖女と持て囃される陰で、嫌な思いをしている人がいたかもしれないわよ。お母さんみたいにね」

 アレウスは、困惑した。普段はにこにこと笑顔を絶やさぬ母は、アレウスの言う事には何でも耳を傾け、楽し気に聞いてくれる。今日のように、不快感をあらわにすることなど、無かった。

 何か母の気分を害することをしてしまったのかと焦燥にかられるアレウスを救ったのは、父の言葉だったのだ。


「二人で遊んでいたのか?そろそろ夕食だ。家に入ってはどうだ」

「……うん」

「どうした、アレウス。お母さんに怒られたか?」

 元気が無いアレウスに、父が笑顔でおどけて見せる。が、その笑顔も母の言葉で凍り付く。

「あなたが、この本をアレウスに渡したそうね」

 父にだけ見せる、無表情で抑揚のない話し方で、母親が詰め寄った。それを見て、アレウスの胸中には、そんなに悪いことだったのかなという素直な疑問が湧いて出た。だって、僕がお母さんだったら、きっと嬉しいと思うのに……と。


「アレウスは、もう五歳だ。そろそろ学問だけではなく、世情の勉強もするべきかと思ってな……」

「だからと言って、これは無いでしょう。こんな嘘ばっかりの本!」

「いや、嘘はない。多少誇張はあるが、嘘は入れなかったぞ……そこには気を使ったんだ……」

「あれ?お父さん、この本を作るお手伝いでもしたの?著者はカシオペアって書いてあるけど」

 アレウスの言葉に、父は助かったような表情で乗っかり、話題を転換した。

「ああ、著者のカシオペアは、アレウスも知っている人だぞ。カシオのことだ。彼女のところへは、よく母さんと一緒に遊びに行くだろう。そういえば、カシオが二人を遠乗りに誘いたがっていたぞ。今度、二人で遊びに行くと良い。それにアンドロメダが饗宴に来てほしいと言っていた。ファレルノ産の良いワインが手に入ったそうだ」

「フェレット、話しをそらさないで。アレウスに聖女の話をするのは、もっと後だと言ったでしょう」

「聖女の話を避けたがる気持ちは理解するが、そろそろ……」

「フェレット!それじゃあ、あなたのことも教えたらどう?」

「共和制への移行を考えると、あまり出自を意識させるのは良くない。もう少し時期を見計らって……」

「それじゃあ、私のことも、もう少し後でいいでしょ」

 両親の言い合いを見て、アレウスは安堵した。不機嫌な振りをして父と仲良くする、いつもの母親に戻ったからだ。


「お母さんは、大聖女ユノが嫌いなんだよね。なんだか不思議。だって、お母さんの名前は、大聖女様と同じだよね。僕だったら、とっても嬉しくって、もっと好きになっちゃうと思おうのに」

「そうだろう、アレウスもそう思うだろう。アレウスが好きなように、皆も彼女のことが好きなんだ。ユノは皆に好かれる素晴らしい女性だ。私も、もちろんユノが好きだ」

「フェレット、アレウスに変なことを言わないで。さ、晩御飯なのでしょう?行きましょう」

 アレウスの胸の内は、安堵から喜びに変わった。母親が、つんけんしながらも、頬を真っ赤に染めながら歩き出したからだ。銀色の髪に透き通るような白い肌は、意外に表情の変化をしっかりと伝える。この表情の時の母親は、案外上機嫌であることをアレウスは知っている。

 なので、父親の手を取って、母の後を追った。


「本に、銀人がいじめられているって書いてあったけど、どういう意味?」

「今はもう無いことだから、気にしなくていい。そのうち昔のことも教えてやる」

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