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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件6 国王の寵姫の座を巡る貴族女性の争いを傍から眺めていた平民の私ですが、聖女の儀式で神様から聖女に選ばれてしまったので正妃にさせられそうです。誰か助けて下さい。③

 明くる日は、曇天だった。

 この時期は雲が多い。聖女の儀も、きっと曇り空の下で行われるだろうなと、天を見上げてユノは思った。


 干した果物と数日前に焼いた硬いパンで、朝食を済ませる。砂と塩だけでなくスパイスとハッカを加え、清涼感を強めた歯磨き薬で、口をさっぱりさせる。これはユノ特製の歯磨き薬で、中々に人気だ。銀人以外がユノの店を訪れるときは、大抵これを買い求める。

 水で顔を洗い、衣服の目立つ汚れを払い、昨夜のうちに準備した薬を鞄に入れれば、王宮へ出仕する準備は終わる。毎日の着衣に迷うほど衣服は持っていないし、身に着けるような装飾品は持っていない。


 今日はアンドロメダにもカシオにも呼ばれていなかったので、まっすぐにフェレトリウス王の私室へ向かうつもりであった。

 しかし、王宮に入ってすぐ、アンドロメダから呼び止められた。

 その視線は、いつに無く鋭い。第三の聖女候補について知ったらしい彼女は、普段に無い剣呑な雰囲気を纏っていた。


「どうも、歴史ある神聖なる聖女の儀の参加者が、一人増えたらしいわね。これって、とっても良くないことだと思うの。この国の将来を考えるとね」


 ピリッとした雰囲気のアンドロメダへ、ユノは無表情で曖昧に頷いて見せた。


「醜聞を流布して、儀式に出られないように追いやろうかしら。薬草係、何か情報はない?邪教を信仰しているとか、過度に酒や賭博に興じているとか、父親の違う子供が何人もいるとか」


 そう問われ、ユノは意識して無表情を保った。


「いえ、私は何も聞かされておりません」

「些細なことも?外見は?年齢は?信仰する神は?」

「いえ、何も……」

「そう、何か分かったらすぐに知らせなさい。どんな些細なことでも。聖女の儀までに必ず排除しなくてはならないわ」


 アンドロメダは、いつに無く険しい口調と表情で呻いた。


「それでは、これで」


 私室であればともかく、誰かの目や耳がある王宮の通路でする会話にしては、随分と物騒だ。普段のアンドロメダとは違う思慮の浅さに、彼女の焦りが見えるようであった。しかし、その焦りに巻き込まれては、ユノなど牛に集る羽虫のごとく潰されてしまうだろう。

 口の中で「サバルバティオティ、サバルバティオティ」と魔よけの言葉を唱えつつ、そっとその場を離れた。


 見れば、王宮内は普段より人が多く、皆が心に余裕が無く忙しない雰囲気で歩き回っている。恐らく、聖女の儀に聖女候補が追加された影響だろう。こんな雰囲気の王宮には、長居すべきではない。何があるか分からないし、何かあったときには、銀人が真っ先に不利益を被ることは想像に難くない。手早く用を済ませるため、せかせかと足を動かした。

 しかし、ほとんど進まぬうちに、次なる刺客に捕まってしまった。


「おい、薬草係。第三の女について話しがある」


 カシオが目の前に立った。


「どうやら、件の女は、ヒス王国兵に守られたルシタニア総督公館にいるらしい。出てくるのは、聖女の儀の当日だろう。つまり、刺すなら儀式の直前だ」


 無表情の仮面の下で、ユノは悶絶しながらのたうち回っていた。こんなところで口にして良い単語では無いはずだ。カシオも冷静さを失っている。


「お前は、何か口実を付けて儀式の会場に刃物を持ち込めるか?私は聖女候補だから、絹衣以外は身に纏うことができん」


「生憎と薬草係ですので……それでは」


 曖昧な表情で曖昧な返答をして、そそっとその場を離れた。


 この時点で、甘味案件確定だ。帰ったら、とっておきの蜜柑のジャムを開けてやる。そう決意して歩を進めた。

 たどり着いた王の私室では、神官や執政官、粛清官らが次々と報告をし、フェレトリウス王が裁いている。


「聖女候補の人数が変わったので、祈りの言葉を変える必要があります。草案を作りましたので、お目通しをお願いいたします。具体的には、聖女候補者二人の内、どちらかを選んでいただきたい旨を、大神コウリュウへ祈る部分の文言を修正しています」

「置いておけ。後で煮詰める」


「儀式用の水祭壇である水路での手順を、検討する必要があります。本来は次のとおりです。王から聖女候補へ向けて流れる水路へ、王がザクロの葉を浮かべます。そして、それぞれの候補に用意された籠を水路の中に設置します。籠の中に、より多くのザクロの葉が流れ着いた方が聖女となる予定でした」

「ああ、そこまでは聞いたとおりだな」


「しかし、候補が三人となれば、上位二人が同数となる可能性があります。そこで、この図表のように、決められた枚数の葉を、複数回流し……」

「わかった。すぐに試行しろ。ヒス王国の女には、葉が行かないように調整しろ。明日までに、細工の方法を提案するんだ」


「はい。聖女候補の籠と立ち位置は、直前にクジで決める慣わしです。そちらの細工と合わせて、後程、詳細を報告します」

「よし」


「ヒス王国が聖女候補をねじ込んだという話が広がり、一部の血気盛んな軍人が妄動を始めました」

「押さえろ。軍事的衝突は、まだ早い」

「はい。元老院議員を逮捕しても?」

「よい、やれ」

「はっ!」


「薬草係。構わん、用を済ませろ」

「……はい」


 息つく間もなく交わされるやり取りの合間で急に呼ばれ、少し慌てながらも薬を手に歩み寄った。


「どうだ、騒がしいものだろう。ヒス王国の遣りようが知れると、騎士も貴族も軽挙妄動をはじめ、民衆は騒ぎ始めた。どうせアンドロメダとカシオも何か余計なことをしているのだろう」

「……それぞれ、何かお考えがあるようです」

「これだから、駄目なのだ。こういうときに国を挙げて一枚岩となって事に当たるには、軽挙を許さぬ英雄的指導者が必要なのだ。私では、まだ役者が足りないようだ」


 ハイともイイエとも言えず、ユノは黙々と薬草係の仕事を終えた。

 そそそっと退出しようとするユノの背中に、王の言葉がかけられた。


「今日は昼食を摂っている時間は無さそうだ。包ませるから、持っていけ。献立は、魚や季節の果実だったはずだ。王の食事を奪った銀人として、歴史に名が残るかもしれないな」


 珍しく、楽しげな声だった。

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