ぽん太と親友
ぽん太は、街の人気者だった。
生まれは、人里から離れた山中の集落であった。森で食べられるものを探し、川で魚を捕まえてと、元々食うや食わずの生活であった。しかしほどなく親を亡くしたので、やむなく街へ流れた。主人と決めた者もあったが、そうも言っていられない状況であったのだ。
街では、会う人会う人、皆が「かわいい」と褒めてくれ、食べ物も前より多く口にできるようになった。けれど、生活は不自由が多くなった。檻に入れられ見世物にでもされるかのような日々であった。ぽん太のいる屋内を、多くの人が木柵越しに覗いていくのだ。
そして、周りには同じように見世物にされている仲間がいた。家畜のように扱われるのは嫌だが、仕方がない。しばらくはそうして耐え忍んで生き延びた。
そうしてしばらく経った頃、かつて主人と定めた者が、ぽん太を買い受けてくれた。檻から出ることが出来たのは、素直にうれしかった。その後、住処を探して大八商店にたどり着き、櫻タケルという良き友人を得た。家主の大野八重子も人格者で、ぽん太は嫌な思いをせずに済んだ。
そして、その頃には、ぽん太は遊女となる前の名前……イズミという名を取り戻すことが出来た。
少し想定が違ったのは、男がイズミを身請けするために、報酬の割が良い防人軍役に就いたことだ。向こう十年は危険な九洲で御楯となる役だ。早く役を離れるには違約金が必要なるのだが、イズミの髪を売って金を作ったので、除隊とはいかないが帝都出雲での労役へと移ることが出来た。
最近は、夜警の折などに少し顔を見に行くことも出来る。これで自分の恋は落ち着いたかと安堵していたのだが、思わぬところで恋の風が吹き出した。
今や一番の友人である櫻タケルに懸想する男が現れたのだ。しかも三文字苗字で伯爵家の貴公子ときた。そして、何とも優し気な美丈夫だ。応援したい思いもあるが、当のタケル本人が全くの勘ニブで気づかない。やきもきしながら推移を見守っていると、さらなる驚天動地の事態となった。
四文字苗字の比呂佐和家の嫡男が、タケルの相手に立候補したというのだ。維新回天の功労で元勲となった家で、宮家を除けば国内随一の地位と身分だ。
何とも見る目のある男たちだ。イズミは当然、タケルはその価値がある人間だと確信している。
「それで、タケルはお二方の想いは、どう処理するんだい?」
下宿の座敷で河太郎にブラシを懸けながら、からかいを含んだ口調でイズミが笑いかけた。先ほどまで、イズミとタケル、そして河太郎は近くの銭湯である“さくら湯”に云っていたのだ。大八商店の三人が頻繁に使うのでちょっと顔が利く。カワウソを連れては嫌がられるかと思ったが、「湯船につけなけりゃ、いいよ」と快諾を貰っている。
イズミの問いかけに、顔を赤面させてしどろもどろにタケルが口を開いた。
「どうもこうも、お二人ともびっくりするくらいロマンチストなんですもの。どうしたらいいか分からないわ。そもそも、私に、こんなにも想っていただく価値があるのかしら」
「タケルは、心根が真っすぐだし話していて気持ちがいいし、見た目も五人前くらいには可愛らしい。女の目から見ても素晴らしい女性だし、他に代えがたい唯一の友人だよ」
「あら、イズミもそうやって褒めるのね。そんなに褒めても、何も出ませんよ。あ、お饅頭食べる? 小豆が良いのか、餡子がおいしいのよ」
「貰うよ。あ、旨い。世の全ての饅頭に、こういう味で願いたいもんだ」
「でしょう?」
「でも話しは外さないよ。比呂佐和の美男子と、坂伊乃の美丈夫。どっちを選ぶんだ?」
「選ぶも何も……。最近はお二人ともお忙しそうで、お話どころか会ってさえいないのよ」
「比呂佐和さんは、軍を動かして元凶の吸血鬼を探しているんだろう?」
「ええ、先日、私を襲った悪鬼が、その吸血だったらしいわ。その時に比呂佐和様は負傷なされて、それをいやすために天満宮の神域に籠っていたそうよ。現在はご自身が悪鬼となる不安が無くなったので、神域を出て捜索と討滅に傾注されているらしいわ」
「でも、タケルの事を気にかけているんだろう?」
「そうなの。この間、奨学金の制度が変わって、女でも成績次第で大学まで学費を取れそうなの。制度から変えてしまうのは、きっと比呂佐和様に違いないって、坂伊乃様が仰っていたわ」
「侯爵様はすごいもんだね。で、対する坂伊乃の坊ちゃんは?」
「坂伊乃様は、杉子さんの件で奔走されているそうよ。警察に彼女の無実を説いて、彼女の体調を気にかけて、ご自身のお怪我を癒してと、大変そうにしていらしたわ」
「その同級の娘さんは、その後どうなんだい?」
「杉子さんは、水天神様のご利益で真祖吸血鬼となられた比呂佐和様の眷属として、無事に社会生活を営んでいるそうよ。吸血鬼ではあるけれど、比呂佐和様の完全な庇護下にあるらしくて。今週からは登校も再開したわ。……時々、私の首筋を見つめているような気がするけど」
「じゃあ、一先ずは一件落着で良いのかい?」
「そうね、とりあえずは……」
そう言いかけるタケルの言葉を遮って、階下から八重子の声が響いた。
「タケルちゃん、お客様。光政さんが“藍柳”のあんみつを持っていらしたわ」
これにはイズミが笑みをこぼした。
「話をすれば影だね」
だが、八重子の言葉は止まらなかった。
「それと、杉子ちゃんがお見えよ。それに、もう一人美男子が、みもざとぱんじいの花束を持って」
「おやおや、タケルの崇拝者たちが勢ぞろいだね」
「イズミは楽しそうね。ああ、平穏無事な日常が、恋しいわ」




