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採用面接

 目を覚ますと、サイドテーブルのピザの一切れに目をやった。

 昨晩の食べ残しは、あまり食欲をそそらない。無造作につかみ口へ運ぶ。炭酸が抜けきった、飲み残しのぬるい缶ジュースで流し込む。

 実にハードボイルドな朝食から、一日が始まった。


 ファンデーションとリップでメイクを片付け、一張羅のリクルートスーツを身に着け、低めのヒールをつっかけて家を飛び出した。

 私は、焦っている。

 お金が無い。職が無ければ収入も無い。生きるためには働かねばならない。

 けれど、前職の体験はもはやトラウマに近い。


 友達と遊ぶことも出来ず、買い物に出かけることも出来ず、毎日、朝から晩まで仕事にまみれて過ごした。何のために生きるのか、何が自分の幸せなのか、分からないまま終わる生活。そんなのは嫌だ。

 次の職場は、人間的な生活を送ることが出来るところにする。

 そう決めた。


 というわけで向かったのは、新卒から転職者まで、広く参加できる合同企業説明会だ。ズラリと並ぶブースを端から巡っていく。


 週休二日?頭に“完全”が付いていない時点でアウトだ。ブースを後にした。


 夜遅くまで残業することがある?どうせ日を跨ぐんだろ、月に30回くらい。却下だ。次のブースへ行く。


 社会保険完備の記載が無いな、ダウト。次々とブースを巡り説明を聞くが、どこもブラック企業に思えて二の足を踏んでしまう。


 半ば諦めの気持ちを胸に、次のブースに移った。


 そこで、はたと気が付いた。


 他のブースはのぼりを立て、ディスプレイを用意し、見栄えの良い資料を配っている。しかし、このブースには、イスが置いてある他は、スーツを着た真面目そうな女性が一人いるだけだ。

 私より少し年上に見えるが、それでも20代半ばだろうか。スーツは、会社のお偉いさんが着るようなお高そうなものではなく、リクルートスーツのようなぴっちりとした真面目なものだ。ひっつめ髪と相まって、むしろ面接を受ける側に見える。


 飾り気はなく若手社員が一人いるだけのブース。あまりやる気のない企業なら説明を聞かなくても良さそうだ。けれど、時間はある。せっかくだから説明を聞いてみても良い。

 さて、どうしたものかな……と思案していると、声をかけられた。


「もしよろしければ簡単な説明だけでも、いかがですか?どうぞ、おかけください」

 真面目そうなお姉さんが、ペットボトルのお茶を出しながら、イスを引いてくれた。勧められるがまま、腰かけた。

 もちろん興味があったからだ。決して、お茶に食いついたのではない。

 あ、このお茶、1本200円くらいする良いやつだ。何となく良い会社のような気がしてきた。そういえばこのお姉さんも美人だな。


「御社の事業内容はどのようなものでしょうか?」

 社名も見ずにブースに来たから、予備知識ゼロだ。


「精霊指定都市での役所勤務です。受理した申請の確認や処理などのお仕事をしていただける人を、募集しております」


 政令指定都市!

 お役所様だったか。

 市役所とかもこういうところにブースを出すのか、知らなかったよ。


「政令指定都市って、でっかい街でしたっけ」

 ニュースとかで単語は聞いたことがある。意味は知らない。

「はい。首都を除けば、人口や産業規模は近隣都市の中では最大です」

 おーすげー。


「でも、公務員って難しい試験があるんじゃないんですか?」

 試験と名の付くものには、苦手意識しかない。

「筆記試験などはございません。実は出産のため休暇に入った者がいるので、速やかに人員を補充したいという状況でして……」


 その口ぶりからすると、人員補充を急いでいますね。つまりその分ハードルを下げているということだ。私の好きな“楽”とか“簡単”の気配を感じる。


「その代わり、6か月の間は仮採用扱いです。雇用を継続するかは、期間終了時に判断されます。お給料は月額約20万円で、そのほか個々の状況に応じて各種手当を支給します。住宅の家賃補助や職員宿舎もあります。完全週休二日制で、加えて有給休暇は年間20日。未消化分は繰越しできますし、ご希望があれば買取りも致します」


「マジですか? めっちゃ良い条件じゃないですか。前の会社は、その半分の給料で、ほぼ無休でした」

「え? えぇと……え?」


 真面目そうなお姉さんを驚かせてしまった。そんなにひどかったのか、前の会社。

 月に一度は休日があるのだが、出勤を命じられるので意味はなかった。平日はもちろん朝から晩まで仕事をさせられる。万が一、体調を崩して休もうものなら、容赦なく給料を減額される。

 そんな環境を生き抜いた私には、好条件の裏に、詐欺まがいの劣悪な労働環境があるのではと猜疑の目で見てしまう。地獄を見れば心が乾くのさ。


「もしかして、一日の勤務時間が長いんですか?」

「始業は朝の9時で、終業は5時です。」

「5時というのは、当日の夕方ですか?それとも翌日の朝ですか?」

「……もちろん当日の午後5時です」


 ちょっと呆れられた気がするが、気にしないでおこう。

「お給料は理由も予告もなく支払われないことがありますか? 給料明細と実際の支給額が異なることは?」

「……ありません」


「明らかに法律を犯すことになるような業務命令をされることは?」

「ありません!」

 怒られた。


「なんだかすごく良さそうな職場ですね! お話のとおりだとしたら天国みたいです」

「いえ……これくらいはごく普通の勤務条件です。なんだかあなたのことが心配になってきました。今までどんなところでお仕事されていたのか……。もしよろしければウチでお仕事しませんか?」


 お姉さんが心底から心配そうな顔で私の手を取った。

 明らかな哀れみを頂いてしまった。

 確実に可哀そうな奴として見られている。


「せめてウチの職場の見学だけでもしてみませんか?」

 確かに、実際の職場を見ることができるなら、それに越したことはないのかもしれない。

 逃げ足の速さには自信がるので、希望に合わなそうな職場であったとしても、断り切れないこともないだろうし。


「はい、まあ少しだけなら……」

 そう答えた瞬間、視界がぐるりと回った。

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