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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件2 伝説の聖なる勇者英雄王子の復活②

 国産の表計算ソフトを起動し、数値を打ち込んでいく。既にジュゲム表を再現した関数を組んである。

 五か所に数値を入力するだけで、信仰強度や権能規模が算出できる。

 前回は二日をかけた作業が、今回は三分で終わった。


「本当はプリンターで書類も作っちゃいたいんだけど、今回は手書きかな。まあ、いっか」

 春風がひとりごちていると、胡散臭いさわやかな笑顔のミナカが歩み寄ってきた。その後ろには、ひとつの人影が従っている。


「やあ、春風。この間の約束どおり、コンセントを用意しに来たよ」

 そう言って、背後の人物を示した。

 ミナカの後ろから現れたのは、二足歩行の黒い豚……という表現が最も近いであろう燕尾服姿の人物だ。

 お腹はポッコリと飛び出ており、耳はウサギのように大きくピンと立っている。大きな鼻の上に、小さな眼鏡がちょんと乗っている。


「ん、総務部庶務課のヘッジス・ブタウサギと申します。以後お見知りおきを」

 意外に機敏な動きでぴょこっと腰を折り、深々と頭を下げて挨拶をしてみせた。

「備品関係の大抵のことなら、ヘッジスに任せておけば、何とかなる。というわけで、頼んだよ、ヘッジス」

「ん、畏まりましてございます。では早速」

 そう言って蹄を伸ばしたのは、春風が初日にハンカチで隠してそれきりにしていた水晶ドクロだ。


 まさかあれがコンセントになるわけじゃあるまいなと覗き込んでいると、ヘッジスの耳がピコピコと動いた。

「ん、そのとおりですぞ。100ボルトの電化製品くらいならば、すぐに使えるようになりますな。電力以外に、魔力とエーテル流動力とエルゴエネルギーと……まあ、大抵のものは使えますな」

「へー、すごいんですね」

 電力以外はなんだかよく分からないけど。というつぶやきは心の中だけにしておいた。

 この世界に来てからは、分からないものが多すぎる。特に会話では、知らない単語が次々と飛び出してくる。その度に質問をしていたのではまともに会話が進まないので、適当に流すことにしている。ただ、出来うるならば、一つずつ教えてもらいたいところだ。

「ん、まあ異世界のエネルギー事情は知らなくて当然ですな。そのうち時間を見つけてレクチャーして差し上げましょうか」

「え? はい、ぜひお願いします」


 この人、心でも読めるんじゃないだろうかしらなどと春風が考えていると、再びヘッジスの耳がピコピコと動いた。

「ん? 無論です。そのくらいはできますぞ」

 え、マジか!?

「ん、マジですぞ」

「うわぁ、困りますよ。乙女の秘密がいっぱい詰まった心の内を覗き見ようだなんて」

「ん、まあマナーを守っておりますので、ご心配には及びませんぞ。それに貴女の心の内は、乙女の秘密というより、ひょうきん者のジョークが詰まっているようですな」

「のぅ!?」


「それに、心の内だけとはいえ、ミナカ様をここまで小馬鹿にしている人は初めて見ましたな」

「ヘッジス、その話は後でしようか。春風がいないところで、ゆっくりとね」

 ミナカがこれ以上ない満面の笑みで春風を見つめている。


「ミナカさんを小馬鹿にしたことなんて、あんまり無いですよ~。親愛の情でいっぱいですよ。コンセントも、ずいぶん早く対応していただけてとっても嬉しいです。ありがとうございます」

 暇だったからすぐに対応してくれたのかな?などという言葉は胸にしまっておく。

 もちろん、親愛の情を抱いているというのも嘘ではないのだ。ミナカには、いろいろな気配りをしてもらっている。あまり不安なく異世界で就職できたのは、ミナカを含めた周囲の人々の優しさがあってのことであると実感している。


「ヘッジス?」

 ミナカが目視線を送ると、ヘッジスの耳が挙動不審にピコピコと揺れた。

「ん、嘘ではないですが……」

「ほら~、ヘッジスさんも嘘じゃないって言ってますよ。本当にミナカさんには感謝してますよ。ホント感謝です。むしろ感謝しかないんですよ」

「そうか、そんなに感謝してくれていたんだね。それじゃあ、代わりにというわけではないけど、一つお願いしても良いかな。今度の休日にでも、みづちに付き合ってやってくれないかな? 一緒に遊んでやってくれればいいんだ」

「いいですけど……ちゃんとミナカさんが、みづちのために時間を作ってあげて下さいよ」

「なかなかいろいろと忙しくてね」

 相変わらずの胡散臭い笑みでミナカが応じる。


「ん、作業が終わりましたぞ。パソコンとプリンターのコンセントを、ここに差し込めばすぐにも使い始められますな」

 水晶ドクロの口がぱっかりと開いており、口内には見慣れた差込口が二つあるコンセントが見える。

「わあ、ありがとうございます」

 これでパソコンもプリンターも使える。

 その気になればエアコンや電子レンジやテレビやゲーム機も使えるのだ。

 膨らむ夢に、春風の顔が邪な笑顔に染まる。


「ん、タコ足配線しすぎないように気を付けて下され。それと、スカルはこれを含めて十三個しかありませんので、大事にしていただければ幸いですな」

「それじゃあ、お仕事がんばってね」

 笑顔でひらひらと手を振り、ミナカが笑顔で去っていく。

 その後ろにはヘッジスが従っている。短い脚をちょこちょこと動かし、おしりをプリプリと振りながら歩き去っていった。





 上長の計らいもあり、彼自身の巧みなネゴシエーションもあり、折衝は上々の首尾に終わった。快い満足感と共に、彼は神託課を後にした。

 今回の案件も、満足のいく形で処理をすることが出来そうだ。そう思うと、胸の内に自然と喜びが湧いてくる。


 彼は、元来、未知に対する挑戦や理性、知識、不明を明らかにすることを司る存在であった。そしてまた、既存のものを、性能や芸術など様々な面において、より良くすることを司るものでもあった。

 そのため、他に類似の無いケースを担当することや、類型的なケースであってもこれまでより良い仕事をすることに、言いようのない面白みや愉悦を覚えるのだ。


 そして、最近出来た後輩……ハルカという名の少女に指導するときも、同様の喜びを覚える。

 快活でやる気に満ちており、次々と物事を吸収する。物おじせず、何事も楽しそうに積極的に取り組む。

 それでいて、全く素直だ。

 例えば、初対面の際。

 彼の本来の名は極めて長く、そして複数ある。その中から特に頻繁に使われる言葉を用いて、強いてその名を呼ぶならば、ポイボス・クサントス・ピュティオス・デルピニオス・リュキオス・アケストル……輝ける金髪の神託と生命を司る癒しと光の神……とでも言うのだろうか。どう切り取っても長いので、簡単に呼ぶように伝えたところ、素直にいう事を聞いている。


 また、高い教養と知性を備えている。ペンを与えれば、やすやすと筆記をして見せ、あっという間に書類を仕上げた。

 加えて、物おじしない性格と、礼儀正しさを兼ね備えている。係長や課長に対する態度は、申し分ない。


 仕事を教えていて、これほど楽しい相手は無い。

 なので、つい駆け足で次々に教えたくなってしまう。すこし難易度が高くても、きっと上手くやるだろうと。

 今回の案件も、直接現地に足を運ぶという、やや変則的なものだ。それでも、きっとそつなくこなすのだろう。そう思うと、どうしようもなく楽しさがこみ上げてくる。

とはいえ、今回の案件の請願強度と執行強度の算出には、二日程度かかるだろう。手分けをしても良いかもしれないと考えながら権能執行課に戻ると、その後輩の満面の笑みに迎えられた。


「あ、先輩、おかえりなさい。他課との調整はいかがでしたか?」

「もちろん首尾よく終えたさ」

「お~。他所の部署の縄張りに足を突っ込む話なんて、嫌がられそうなものかなぁって思うんですけど、そういう事は無いんですか?」

「もちろん嫌がられるさ。だが、アウェイの緊張感の中でネゴシエーションに成功する。こんなに楽しいことはない」

「ヒュー! さすが先輩っすね~」

「この程度は当たり前にできて当然だ。こちらはもう問題ない。課長から了解を得るのも、ヤギ係長にお任せをしていれば問題ないだろう。ハルカの書類作成を手伝おうか?」


 そう言いながら、不審を覚えた。後輩が、ウシシと怪しげな笑みをこぼしている。

「いやー、実はもう終わってるんですよ」

 その言葉と共に、既に体裁を整えてある書類を見せられる。

「……なん…だと?」

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