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精霊指定都市のお役人  作者: 安達ちなお


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案件2 伝説の聖なる勇者英雄王子の復活①

 翌朝、春風が精霊府に出勤してから最初に向かったのは、建物入り口の受付カウンターだ。

 白磁のような肌に栗色の髪の可愛らしい少年が、カウンターに立っている。ぱっちりとした目に丸い鼻が、まるで猫のような面影に見せている。春風が近づくと、目を合わせて自然に微笑み、折り目良く一礼した。


「すみません、こちらにミナカという名前で依頼した荷物が届いていますか?」

「はい、届いていますよ、ハルカさん」


 春風は、内心でおやっと思った。

 彼とは会話をしたことはないはずだ。

 しかし春風の名前を知っている。ということは、誰かから、その情報を仕入れたということだ。あるいは、受付の職員は、精霊府で働く全ての者の顔と名前を憶えているのだろうか。

 その答えは、本人の口から語られた。


「話題になっていますよ、水の執行課に新人が来たって。僕も気になってしまって……そうしたら、その新人さんがとびっきり可愛いんですもの。顔も名前も覚えちゃいました」

 そう言いながら可愛らしく微笑み、少し首を傾げてみせた。

 人懐っこい笑顔と可愛らしい仕草は、大方の人間であれば心を動かされたであろう。事実、春風の心もゴトリと音を立てて動いており、大いに動揺していた。


「おぉう、それは…どうも、ありがとうございます? でも権能執行課には、私より素敵な人が、いっぱいいますよ? マオとか二係の係長とか課長とか」

「皆さん素敵ですけど、僕はハルカさんが好きだな」

「ふへぇ?! そいつぁ、どうも、えーっと…えーっと……」

「僕の名前は、ジョンです。よろしくね。はい、こちらが荷物です」


 動揺を通り越して錯乱に近くなり、舌が仕事を放棄しそうになったところで、荷物を差し出された。その後、食事に誘われたが何と答えたのか春風自身もよく覚えていない。何とか荷物を受け取り、なにやら返事をして、ヨタヨタとその場を離れることが出来た。へっぴり腰で、足はもつれていたが、そこまで不格好ではなかったはずだ。


 権能執行課にたどり着き、ふらつく足で自席に座ると、一発で頭がしゃっきりポンとした。

 向かいの席に、腰まである長い金髪を輝かせ、青々とした月桂冠を被った、スーツ姿の女性がいたからだ。10センチありそうなハイヒールを履き、膝丈のスカートから生足をのぞかせている。


「ジュゲム先輩の関係者ですかね?」

 念のため確認をしておく。

「いや、本人だ。俺は、本来の性は男だが、女としての権能も持っている。要は、女性の姿をとることも出来るのだ」

 確認はいらなかったようだ。


「つまり、趣味で女装をしていると…」

「違う。腐った生ごみを見るような暗鬱な目つきをこちらに向けるのは、やめろ」

 おっと、つい感情が出てしまった。失敗失敗と舌を出す春風を、じとりとした目でジュゲムが睨む。

「チームビルドのためさ。マオとハルカの仲が良いのは、女性同士だからだろう。俺も今まで以上に距離を縮めたいと思う。ファシリテーションの一環だ」

「かえって話しづらいので、元に戻って下さい」

「お、おう」

 お湯でも被れば戻るのかな?

 などと考えつつ、珍しく戸惑っているジュゲムを意識の外に追いやって、仕事にとりかかった。

 新たな案件の書類が、机上に並んでいる。


「いくつか仕事を見繕っておいた。好きなものを選んで良いぞ」

 ジュゲムの言葉を受け、次々と机上の書類に目を通していく。

 治水工事を無事に終えて河川の氾濫を抑えたい……高度な魔法を生成したい……戦勝の祈願を……。様々な願いが並んでいる。その中の一つが、春風の目を引いた。


「あ、これ! これをやりたいです。ジュゲム先輩、これでいいですか?」

「第五世界フェルミオンか。勇者がその身と引き換えに魔王を打ち倒した後の世界だ。だが、いなくなったはずの魔王の手の者が現れ、一つの国が滅亡の危機に瀕している。そこで、勇者の復活が望まれている」

「これです! こういうの! ザ・ファンタジー! こういうのをやりたかったんです」

 春風が鼻息荒く身を乗り出す。


「ねえ、ジュゲム先輩、また水鏡でこの世界の様子を見られないですか?」

「あれは前回だけだと言っただろう」

「そこを何とか! ね、ちょっとだけお願いしますよ。このザ・ファンタジーの世界を見てみたいんです」

「……まったく、今回で本当に最後だぞ」

 眉を寄せながらも、ジュゲムが水鏡を取り出した。


「ありがとうございます、ジュゲム先輩! さっすがです、一生ついていきます!」

「調子よく煽てやがって」

 まんざらではない笑みを浮かべながらジュゲムが水鏡に手をかざした。

「マオ、恐らく手伝ってもらうことになる。一緒に見てくれ」

「ええ、わかったわ」

 マオが自然に受け入れているところを見ると、以前にもジュゲムが女性の姿で職場に来ることがあったのかな。などと益体もないことを春風が考えていると、水鏡の水面が揺らいだ。


 映し出されたのは、第五世界フェルミオン。そして、青い海と緑の森を背景に栄えるイオス王国の王都アレクサンドリア。

 王都の城壁に、体高20mに迫る巨大なヒュドラが取り付いている。

 城壁を越えようとするたびに、閃光と衝撃音が生じ、ヒュドラが押し返されている。魔法的な障壁が侵入を防いでいるのだ。

 しかしこの魔法障壁は、魔のものを退けることはできても、人間に対してその効果が無いようだ。城門は既に破られており、金属の兜を着けた攻城歩兵たちが進軍経路を確保しようと、王城へ続く幅広の道に展開している。盾を並べ、矢を射かけながら、じりじりと歩を進めている。

 対する守備側は、進軍を遮るように道一杯に盾兵を並べ、その背後や建物の上から矢を射かけている。

 時折、魔法が飛び交い、炎や雷、爆音などがあたりに響く。

 攻城側は、多少の損害は覚悟の上なのか、進軍の足を止める様子はない。

 この上、ヒュドラが城門を超えてくるのであれば、落城は決定的になるだろう。


 ここまでを見たところで、春風が口を開いた。

「これ、大丈夫ですか? もう、どうにもならない状況じゃないですか?」

「それは俺たちの面倒を見るところではないな。願いは、勇者の復活ということだ。その後のことは勇者なりその場にいる者なりで、何とかするだろう」

 冷たい気もするが、勇者ならそのくらいできるものなのかな。春風としては微妙に納得しかねるが、ジュゲムは話を進める。


「……勇者は、魔王を倒すにあたり、その身を滅ぼし、今はかりそめの姿をとっている。つまり、真実の姿に戻す必要がある。神鏡のような物が必要だな」

「神鏡?」

「ああ。数ある神鏡の中には、偽りの姿を打ち消す権能を持つ物がある。真実を映し出す権能を持つ神鏡を使う」


 ゲームでよくある、偽物の王様の正体を暴いたりする鏡のような物かな……などと、春風なりに何となく想像してみる。


「それで、その例の鏡はどこにあるんですか?」

「レーの鏡?」

 おっと、それ以上はいけない。

「リーでもルーでもローでもいいですけど、その鏡をどうやって第五世界へ届けるんですか?」

「大精霊コウリュウの水の権能で、既存の鏡に神鏡の権能を付与することが出来る。なので、その世界の鏡を神鏡へ変化をさせたり、水がある場所へ導いて水鏡を神鏡として利用したり……といったところが一般的だ。だが、今回はその余裕がなさそうだな」


「確かに。お城が攻め込まれていて、今にも落城しそうですもんね」

「となると、既存の神鏡を持って、現地へ出向くという方法が良いだろう」

「あの場所へ行くんですか?」

「ああ。現場に足を運ぶことで学べる事や気づく事は多い。ハルカにとって、きっと、いい経験になるぞ」

「え? 私が、行くんですか?矢とか魔法とかが飛び交っているんですよ。流石に無理じゃないですか? 無理ですよね?」

「無理ではない。俺がフォローする。現地へは、マオと共に行けば安心だろう」

「いやいや、流石に無理ですよ。出来ることと出来ないことがありますって」

 春風が経験した争いごとといえば、せいぜい小学生の頃に弟とした取っ組み合いのケンカくらいだ。命のやり取りをする鉄火場に足を踏み入れて、満足な働きが出来る自信など、あるわけがない。


「困難な仕事でも“できるか?”と聞かれたら“できる”と答えることだ。やり方はそれから懸命に考えればいい。安心しろ、本当の無理難題は言わないし、今回は俺が全面的にフォローする。それに、先ほど言っていただろう。俺に一生ついていくとな。ならば俺の言う事を聞いてもらうぞ」

 自信に満ちた顔で、ジュゲムが言葉を続ける。

「俺がいる。そしてハルカにマオ、お前たちがいる。出来ないことなどあると思うか? 俺たち以外の、誰に出来るというのだ?」

 おっと出ました、ジュゲム節。くあー、自信満々でいらっしゃいますねー。春風は、ジュゲムの自信に満ちた言葉を、心の中の“ジュゲム語録”に書き留めた。いずれ書き出して、ポテチでも食べながら読んでみるつもりだ。


「大丈夫、心配いらないわよ。私も一緒に行くわ。ハルカには傷一つ負わせない」

 マオが控えめに笑って見せた。

 ジュゲムはともかく、マオがいるなら俄然安心できる。

「分かりました、やってみます!」

 春風の決心に、ジュゲムがにやりと笑う。

「そうと決まれば、すぐにも準備だ。マオは神鏡の準備を。ハルカはジュゲム表で計算をしておけ」

「はい」

「合点招致です!」

 マオは、神鏡を用意すべく、すぐに歩いて行った。


「俺はヤギ係長に話を通した上で、課長の了解を取り付ける。今回は、課長よりさらに上……部長の裁可が必要になるだろうからな」

「ぶちょー? 部長って偉いんですか?」

 前の職場では、部長や課長といった役職の人間がゴロゴロいたので、春風には何ともピンとこない。しかも、その中で良く分からない分類までされていた。例えば課長の中には担当課長や副課長、グループリーダーなどがあり、それぞれがどう違うのか、さっぱり分からなかったものだ。本人たちも分かっていなかった。多分、意味は無かったのだろう。


「課長は権能執行課の権限を持っているが、部長は水権能執行部内53課104室の全ての権限を掌握している。決裁権の幅が違う。今回は部内他課の権限に入る内容が含まれそうだから、部長を押さえてしまえば話が早いのさ」

「あー、分かるような気がします。良かれと思って他の人の仕事手伝っても、怒られることがあるんですよね。他人に知られたくないような、後ろ暗いことをしている人ほど、そういう感じでした」

「……それは、業務がブラックボックス化して、不正の温床になっているだけではないか?」

 ジュゲムが汚れ物でも見るような目を春風へ向ける。

「私じゃなくて、私が前に勤めていた会社の人の話ですからね?!」

「ああ、そうだな。ハルカならば、曲がったことはしないだろう。さて、話を戻すぞ。俺は、ヤギ係長と共に課長へ意見具申に行く。その後に、神託課と降臨課へ足を運び、事前調整だ。現場に出向くならば、神託課と降臨課への事前調整が必要だからな」

 ここでヤギがふらりと話に割って入った。


「……話は聞いていました。……二つの課への根回しは、ジュゲム主幹一人で大丈夫でしょう、お任せしますよ。課長へは、その間に私が話しておきます。それと、これを」

 そう言ってヤギは、白紙の右隅に名前と今日の日付を記入し押印したものを、ジュゲムへ手渡した。


「良いのですか?」

「ええ、その方が……早いでしょう」

 これは、コウリュウ精霊府で時折行われる白紙委任だ。

 上位の権限を持つ者が、部下に日付と署名押印をした紙を渡す。

 紙を持つ者の発言は、全て署名者の発言とされる。当然、署名者に責任が帰する。

 ゆえに、全幅の信頼があって初めて行われる。

 乱発されることはない。


「俺は、神託課と降臨課へ行ってくる。ハルカは、その間にジュゲム表で計算をしておいてくれ。無理に急ぐことはない。戻ってきたら俺とマオも手伝おう。準備が出来次第、第五世界フェルミオンへ行ってもらうぞ」

 そう言ってジュゲムがその場を離れ、ヤギが課長室へと向かうと、春風が不敵に笑って見せた。


「んふふふ、見せてやろう。朝日春風の真の力を」

 その手にはノートパソコンがあった。


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