六話
「君の魔力は大きすぎるんだ」
「それはいいことなんじゃ」
レイがいった。
「まあ普通ならいいことなんだけど」
ミラさんは右手で輪っかを作ると左手で穴を塞いだ。
「君が出せる魔力の量がこの輪っか。そして君の持つ魔力が左手。そう。君の魔力は君が出せる量をはるかに逸脱しているんだ。もちろん、君の他にも魔力の方が輪っかより多い人も沢山いる。でもそう言う人たちは圧縮して出したり角度を変えたりして無理矢理でも輪っかを通して魔力を出すんだ。そしてこの輪っかを越えた先で魔力の量を調節する。それに使ううちに少しずつ輪っかも広がっていく」
「要するに僕の魔力は小細工したり押し潰したりしても入らないほどに大きすぎるってことですか」
「そうだね」
頑張っても魔力が使えないわけだ。
「そう落ち込むなよ。少なくとも私は君より魔力のある生物は人はもちろんエルフでも見たことがないよ」
でも使えないのなら意味がないじゃないか。
ミラは顎に手を当てて、難しい顔をするとやがて呟いた。
「……王殺しの魔剣」
「何か思いついたんですか」
「いや、でもこれは」
「思いつきでも何でもいいんです。お願いします」
「……これは呪われた剣の話さ」
ミラさんは真剣な表情を浮かべて語り出した。
この世界には所有者の魔力を媒体にして魔法を放つ魔剣と呼ばれる剣がある。魔剣の力は絶大でそれを求めてやまない戦士も多かった。そんなある日、一人の男が一本の魔剣を手に入れた。男は揚々と村に帰って皆の前で高らかに宣言した。「汝。その強大な力を持って、我が道を示したまえ」と。だが、男が魔剣の力を手にすることは出来なかった。魔剣に全ての魔力を吸い取られて帰らぬ人となってしまったからです。その後、噂を聞きつけた強者たちはこぞって魔剣に挑み続けましたが誰一人として力を手にすることは出来ませんでした。それから更に数百年が過ぎ、一人の男が現れました。そのものは自ら戦場に立ち刃を振るい万の軍勢を倒した歴代最強と謳われた王様でした。誰もが彼なら魔剣を制することが出来ると確信していました。しかし、そんな王様でも魔剣の前には敵いませんでした。人々はその魔剣を王殺しの剣と恐れ、誰も触れることがないよう固く固く封印されてしまいました。
「そんな剣が実在するんですか。ただの物語じゃ」
「あるよ。小さな頃、一回だけその魔剣を見たことがある」
「てことは本当に」
「禍々しい剣だったよ。小さかった私はすぐに逃げ出してしまってね。自分で見たいと言い出したのに全く恥ずかしい限りだよ」
「でもその魔剣じゃなくてもいいんじゃないですか」
レイが口を挟んだ。
「魔剣の魔法を使うならね。でもロア君の願いは自分の魔法を使うことだろう」
俺は頷く。
「その魔剣があれば自分の魔法が使えるってことですか」
「理論上はね。さっき魔力を出す穴は使えば使うほど広がるって言ったよね。でもロア君は自分の魔力が大きすぎるあまりに少しの魔力も出すことはできない。そこで内側から出すのではなく外側から吸ってもらって少しずつ輪っかを広げようって魂胆さ。そしてそれはレイちゃんの言うような普通の魔剣じゃできない」
「どうしてですか?」
「他の魔剣は所有者の魔力をすっからかんにするまで吸い尽くすほど食欲旺盛じゃないんだよ。精々、還元できて七割ってところだね」
「そうか。でもその魔剣なら所有者の魔力を死ぬまで喰らい続けるから輪っかも無理矢理広がっていく」
「そう」
「でもそれじゃあ兄の魔力も全部吸い取っちゃうんじゃ」
「物事には必ず終わりがあって無限はない。魔剣の吸収量にも必ず限りがある。言ってしまえばそいつは未だに満足に飯を食えてない食いしん坊さんなんだよ」
夢が叶うかもしれない。リスクはあるかもしれないけどやっぱり挑みたい。
「その魔剣は今どこに」
「ちょっと待ってね」
ミラさんはタンスから大きな地図を持ってきて、テーブルの上に広げる。
「ここだね」
指差したのは帝国の北方の領土。僕達がいるのは南の領土だからかなり遠い。
「ここにある祭壇である一族が魔剣を封印してる。ちなみに私の故郷アルデラの里もここの少し上にあるよ」
はっきり言ってかなり遠い。徒歩で行くのは現実的ではないし、馬や飛行魔法で行くのが一番速いか。
「お金が貯まったらここに行ってもいいかな」
僕の気持ちとは裏腹にレイの顔は曇ったままだ。
「レイは反対。お兄が死ぬのは嫌だ。今まで挑んだ人たちだって魔力に自信があったから挑んだんだよ。兄より魔力の多い人が死んでる可能性もある」
「誰でも魔剣に挑める訳ではないよ。かつての失敗があるからね。一族から許可を得なければ魔剣に触れることはできない」
「そうなの」
「当たり前じゃないか。何十、下手すれば何百の猛者を返り討ちにした凶刃だよ。そんなものに誰もがポンポン触れる訳ないじゃないか」
ミラはさらにいう。
「小さい頃に行ったのはね。兄の付き添いだったんだ。エルフは誰でも人の五倍近い魔力が備わっている。兄はそんなエルフの中で一番魔力があったけど、試練を受けることは出来なかった」
「条件は厳しいんですか」
「私もどれだけ魔力があれば受けられるのかは分からない。でもこれだけは言える。ロア君は兄とは比べ物にならないくらいの魔力がある」
僕の気持ちは話を聞いた時から決まっていたんだ。だが、レイの顔がさっぱりよくない。なんならミラさんを睨みそうな勢いだ。
「レイ。僕だってすぐに挑む訳じゃない。僕の体術や剣術だって下級の魔物ならきっと通用するだろうから」
レイが何か言おうとしたように見えたがすぐに表情が真剣なものに変わる。僕とレイはほぼ同時に立ち上がり敵襲に備えた。
「三人来てる」
レイの声音が相手は分からないが状況から考えて追っ手と考えるのが無難だ。
「今日は来訪者が五人もいるのか。私は人気者だな」
ミラさんも誰かが来たことが分かったのか。未だ僕の察知圏内に敵はいない。でもねシュテーゲン家の放った追手ならまず確実にこちらには気づいている。
「君たちの表情を見るに招かれざる客のようだね。全く今日はメシア様とアバンチュールと洒落込もうとしていたのに」
それはしない。ミラさんはさっきと同じタンスから二枚の頭くらいの大きさの丸い紙を取り出す。一面には魔法陣が描かれている。
「開け」
ミラさんがそう唱えると床の一部が紙のようにめくれる。かなり暗いが下は階段になっているようだ。
「ついて来なさい」
レイが警戒で顔がこわばっているのに対し、ミラさんは敵が迫っているのに対して緊張した感じはない。
言われるがままミラさんに後に続いて階段を下る。空間把握によるとかなり長い通路みたいだ。
「閉まれ」
後方からの光は途絶えた。
「この通路は」
「私の研究は敵も多くてね。幾度となく襲撃にあってきた。これは緊急避難用の通路さ。洞窟の外に繋がってる。……というか私が二十年もスヤスヤと眠れたのはかなりの幸運だな」
ミラさんのことは分からないことだらけだけど一つ分かった。ミラさんは想像以上に敵が多いらしい。
「巻き込んでしまって本当にすいません」
「気にすることはないさ。君たちが来てくれなかったら私が目覚めるのは何年後になっていたか」
ミラさんが唱えると床が捲れて外の光が見えた。急いで外に出る。
「早くミラさんも逃げましょう」
「遠慮しておくよ。私はまだここでやらなければいけないことがあるんだ」
「僕たちは暗殺一家の人間です。追いかけてきてるのはシュテーゲン家が出した追っ手でもし見つかれば口封じのために殺されたっておかしくないんです」
僕らの家はそういうところだ。ミラさんが見つかれば秘密の隠匿のために始末される。
何故かミラさんは不敵に笑うといった。
「安心してくれ。私は死なない」
ミラさんは僕とレイの背中に魔法陣の描かれた紙を押し付ける。
「行け」
瞬間、僕とレイの身体はすごい速度で空中を一直線に舞い上がり、速度を落とさぬまま森の上を飛んで行く。僕が状況を理解し、名前を叫んだ時にはミラさんの姿は小粒のように小さくなっていた。