五話
「どうしたの」
僕の姿を怪訝に思ったのかレイが近づいてくる。レイはしばらく言葉を失っているようだった。
「……死んでる?」
「分からない」
ボサボサの白髪は伸ばしっぱなしで腰辺りまである。前髪も目元を完全に覆うほどあって顔が見えない。しかし、露わになった裸体は出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ理想的な感じだ。
僕はベッドの隣に立ち、スッと首筋に手を当てた。脈はなかった。冷たい感触が残るだけ。
僕が手を離そうとすると大きな瞳が開く。
「うわっ」
僕は仰け反ると逃げるように後方に下がった。相手の挙動を待つ。すると彼女は自分の体を検査するようにじっくりと観察すると叫んだ。
「やったー。やっと成功したー」
何がうまく行ったんだ?
部外者がいることも御構い無しにしばらく白髪の女性はガッツポーズをしたり叫んだりとはちゃめちゃだった。
「はぁはぁ。疲れた。でも遂に私は成し遂げたぞ。魔力という神の呪いを解いたんだ」
ようやく声らしい声が聞けたと思ったら魔力を解いた?
僕はそこで気づいた。彼女の気配を僕らが察知できなかったわけに。生きている人間は常に程度の差こそあれ魔力を放っている。僕らが察知しているのは対象の放つ魔力である。だから察知ではなく魔力探知という名前の方が正しいかもしれない。
彼女からは生きているのに魔力を全く感じない。意図的に魔力を隠すことは出来るがそんなことをしている感じはない。
魔力。彼女曰く神の呪いを彼女は生きながらにして解除したのだ。
レイも僕も目の前の生物に何も出来ずに呆然としているとやっと気づいたのか白髪の女性はいった。
「あれ。君たち誰」
答えようとすると白髪の女性はそれを手で制す。彼女はしばらくしていう。
「君たちが私を目覚めさせてくれたわけだね」
白髪の女性は裸体を男に見られていることを気にもとめずに俺の前に立つと躊躇いなく僕にディープキスをする。口内を縦横無尽に舌が暴れ回る。
慌てて体を引き剥がすと彼女は恍惚とした表情をしていた。
「うーん。やっぱり男はいいねー。犯したくなっちゃう」
何を言ってるんだこの人は。
「何やってんの」
レイが異常に冷えた声と同時に手を剣に当てる。
やめろと言う前に白髪の女性は続けざまにレイに口づけした。
「んんんんんんん」
声にならない叫びとともに冷え切った顔が溶かされ羞恥の色に染まる。
十秒近くしてようやく彼女は口を離す。二人の唇から垂れる唾液がそこはかとなく煽情的だった。
「うん。満足満足。どうするこのままみんなでしちゃう?」
僕とレイは声を合わせて叫んだ。
「「やるかー!!」」
その後彼女の流れに乗せられたのか僕とレイは話をしようと言われテーブルを挟んで白髪の女性と向き合っていた。服はもちろん来てもらった。部屋の中ではいつも全裸らしい。
「まずは自己紹介からか。私はアーバンライツ・カーラ・ドミニク。自由を求める求道者さ。親しいものからは......ミラ、そうだ。ミラと呼ばれていたな。君たちもミラと呼んでくれ」
終わったと見て僕は正直に名を名乗った。シュテーゲン家は隠された一族でありほとんどの人がその存在を知らないし、知っていたとしても噂程度。それに何よりミラからは敵意を全く感じなかった。
「僕はロア。こっちは妹のレイです」
「妹ねぇ」
何か含みのある声。
「まあ、いいや。それでどうしてメシアの方々はここを訪れたのかな」
僕はシュテーゲン家のことは隠し、簡潔にここに至る経緯を述べた。
「隠し事があるのは丸わかりだけど詮索はしないよ。それに君たちは私に聞きたいことが多そうだ」
僕より先にレイが尋ねる。
「ここは何?」
「シンプルな質問だね。ここは私の実験所兼自宅だね。僕の研究には敵も多くてね。こんな山奥の洞窟にこもっているのさ」
「どうして魔力がないんですか」
「よくぞ聞いてくれたこれが私の最大の研究。魔力からの乖離さ」
研究で自らの魔力を消したってことか。一体何のために。
「実験自体は成功したんだよ。現に今私に魔力はない。今が西暦何年か教えて」
レイがいった。
「……やっぱりね。私は二十年近く眠っていたらしい」
「「二十年!?」」
ミラからは嘘をつくそぶりはなくもっと言えば重大なことなのに実にあっけらかんとしていた。
「理由は分からないけど魔力を失った時に大切なものも失ったのかもしれない。まあなんにせよ気絶することを見越してベッドで実験した二十年前の私に感謝だね。もし立って実験していたら今頃寝違えて身体中バッキバキだったよ」
ミラは楽しそうに笑う。レイは呆れてものも言えないようだし、僕も似たような顔をしているんだろう。ミラの感性は常人とは大きく異なるらしい。それに二十年も眠っているのに体型がおかしい。もっと痩せるはずじゃないのか。
聞きたいことは山ほどあるが僕は一番聞きたいことがあった。
「君たちが聞きたいことは分かるよ。どうして私のナイスバディーが少しも痩せこけていないのかだろう。私はね。ハーフエルフなんだよ」
ミラはボサボサの髪をかきあげて尖った耳を見せる。それは本で見た絵とそっくりの形をしていた。
「これで納得かい。じゃあ次の質問は」
「どうして魔力を消そうと」
「私が愛するのは自由だ。常に魔力に覆われて生きるなんてナンセンスだ」
それだけ。いや、彼女にとってはそれが苦痛だったのかもしれない。ともかくミラさんは魔力を消すことが出来る。
もしかしたら。僕はミラさんに打ち明けた。
「僕は魔力が使えないんです。何度やっても使えなくて。魔力を使えるようになる方法教えてください」
跡取りからは除外され家の人からバカにされてきた。まあ跡取りになって人を殺すのは嫌だったからその点では良かったかもしれないがレイにその役を押し付けたと思うとやはり僕は罪深い。
ミラさんは僕の隣まで来ると僕の右手に触れる。その表情がキスした時と異なり至って真剣なものだった。
三秒くらい経って彼女はまるで誰かに突き飛ばされるように仰け反った。顔には冷や汗が浮かんでいる。
「大丈夫ですか」
「問題ない」
彼女は一息つくと言った。
「分かったよ。ロア君が魔法を使えない理由が」