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三話

 ホワイトウータンに遭遇後、僕たちは大急ぎで山を下っていた。


 僕はその理由を隣を走ってついてくるレイに説明する。


「さっき倒した魔物だけど約十頭が一グループで行動するけどそれは言うなれば小グループでそれを束ねる大グループが近接した生息地で生活するらしい」


 僕は『魔物の書』のホワイトウータンに関する文を読みながら噛み砕いて説明した。


「じゃあ大グループはどれくらいの数なの」


「最低でも五十頭。過去には千匹近い数のグループも確認されてるらしい」


「千!?」


 レイのリアクションも頷ける。もしこの勢いで鉢合わせでもしたら一たまりもない。


「それに本当ならここはホワイトウータンの生息地じゃないんだ。多分何かに住処を追われたんだと思う」


 恐怖心が消滅する生物を住処から追いやったんだ。どれほどの化け物なのか。


「でも百メートル以内には化け物も集団もいないよ」


 レイの空間把握能力はディル爺からお墨付きを貰うほどのものだった。大きくなったら三百メートルは実際に見ているように捉えることが出来るとも言っていた。レイはやはりシュテーゲン家の血を強く引いている。僕は五十メートルが関の山。本当に頼もしい妹だ。


 僕は本を持たない右手でレイの頭を撫でる。


「ちょっ、どうしたの。兄」


 レイは慌てたが引き剥がすつもりはないらしい。昔から撫でられるの好きだったよな。


「レイが居てくれて心強いよ」


「もっとしてもいいよ」


 僕が手を離すと名残惜しそうな目で右手を見る。


「ライエルンに着いたらいくらでもしてやるから今は急ごう」


 僕がそう言って笑いかけるとレイはしばらくジト目を向けてきたが、その後うんと笑顔で答えた。




 ロアたちが初戦を迎える半日前。


 我らの縄張りを脅かすものの気配を魔物たちは敏感に感じ取った。


 この森は数と格上相手だろうと平気で挑むホワイトウータンをトップとした生態系が確立されている。ホワイトウータンをの群れはその他にとって脅威であることに違いはないが余所者を寄せ付けないバリケードとしての役割も果たしていた。


 ホワイトウータンのボスとして認められた個体は白い体毛が黒色に変化する。強度は通常個体とは比べ物にならないほどに増し、攻撃性もより高くなる。


 ブラックウータンは即座に群れを率いて匂いのもとへ急いだ。その数優に二百を越える。この数こそがブラックウータンの警戒心の高さを物語っていた。


 そしてボスは分かった。見えなくとも鼻腔がその匂いの片鱗を捉える。


 群れを率いて近付けば近付くほどにその匂いは増してやがてその発生源を発見した。


 小グループ三つ分ほどの数の死体が視界の所々に絶命して倒れている。


 ボスの耳に仲間の断末魔が断続して聞こえた。


 人間の書には載っていない彼らの特徴がある。それはホワイトウータンは仲間意識が強いという点。


 確かに鋭利な爪や威嚇行動など攻撃的な種であることに違いはない。だが、彼らの行動理念の大部分に仇打ちがあることも事実である。


 一体倒せば百を超える数が一斉に襲いかかることは上級冒険者なら誰もが知っている常識だった。


 やがてボスの目に森の中にぽっかり空いた岩肌が露出した大地で一人の男が背丈ほどもある巨大な鎌で一頭また一頭とホワイトウータンの命を狩っていく光景が映る。


 岩肌のほとんどは死体と赤黒い血で塗りつぶされており、それでもなお戦闘は続く。


 男は背丈ほどもある鎌で敵を両断しながら狂ったように叫ぶ。


「もっと......もっとだ。……もっと俺を狂わせてくれよ」


 男は咆哮し、それを近くで聴いたホワイトウータンはパタパタと気絶していく。


 数年前、寿命でこの世を去った父から群れを任された個体はホワイトウータンにしては珍しく凶暴性が低かった。


 しかしそれはあくまで精神的なものであって先頭きって敵を屠る姿はまさしくブラックウータンとして群れの長を務めるにたる風格があった。


 ブラックウータンは瞬時に理解した。どれほどの数が束になろうとあの男には勝てないと。


 それが分かったからこそ長は動いた。


 共に血気盛んな仲間たちの上に立つものとして尽力を尽くした白毛に一つの命令をする。


 長は鳴いた。「どけ」とたったひとつの意味を込めて。長の命令に興奮した白毛たちは我に返り、ホワイトウータンたちは道を開けた。


「なんだなんだ。お前からはこいつらとは違う匂いがする」


 長は男と対峙し、最後の咆哮を聞かせた。


「やる気満々じゃねえか」


 男は鎌を構えて、敵の動きを待つ。


 長は意を決して男の心臓を貫かんと疾走した。長の爪が男の心臓に届かんとした時、男の二つ目の武器によって長は心臓を貫かれ、倒れた。


「お前褒めてやる。俺の武器が鎌だけならちったぁ危なかったかもな」


 男は真っ赤に染まった左腕を振り払って血を落とした。


 長が死んだ瞬間、長の意に反して数頭の白毛が男に飛び込もうとした。


『止まれ。先代の命令を忘れたのか』


 威厳ある咆哮に血走った白毛の脚が止まり、振り向くと新たに黒い毛を纏い長となった個体が立っていた。


 あちこちで抗議の咆哮が飛び交う。だが、次の言葉を皮切りに白毛たちは撤退を決めた。


『今は撤退する。未来の復讐のために』


 あっという間の逃亡の末に一人残された男は次の獲物を目探してあてのない旅を再開した。

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