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二十七話

 洞窟に造られた実験場でベリリガンはひたすら研究に没頭していた。広い空間は訳の分からない強烈な刺激臭やどこから手に入れたのか得体の知れないものや、魔物の心臓やらで溢れかえり、この世の毒味を詰め込んだような状態だった。


 ベリリガン本人は嗅覚が麻痺したのかはたまた元々嗅覚など存在しないのか全く気にしないがここに嫌でも来なければならないものたちは毎回鼻がもげる感覚に耐えていた。


「ほんとにくせえな。ここは」


 女はそう言って気絶させたホワイトウータンをベリリガンの側に放り投げる。距離にして約10m。細い腕からは想像もつかない怪力だ。


ベリリガンは訪れた男女を無視し、平然と小柄なベリリガンと同じくらいの大きさの壺に入った緑色の液体をかき混ぜ続ける。


「おい。クソジジイ無視すんじゃねえよ」


 女はいつまでも反応しないベリリガンにしびれを切らして声を上げた。一方、隣に立つ男は平気な顔で突っ立っていた。


「なんだ。いたのか」


  ベリリガンはそれでも後ろを振り返ろうとはしない。


「いたのかじゃねえよ。潰されてえのか」


「おー。そりゃ怖いのう」


 ベリリガンに怖がっている感じは微塵もない。それを見て女はさらに煽る。


「お前のお気に入り壊すのも楽しいかもな」


 その言葉を聞いてベリリガンの手が止まる。ベリリガンは後ろを振り返り、言った。


「試してみるか」


「へっ。せいぜい楽しませてくれよ」


 男は静観しているつもりだったが収拾がつかないことになると仕方なく話を進めた。ベリリガンと女は根本的に合わないのだ。


「研究の方は」


「やはりお前は分かってくれるか。もうすぐ完成じゃ」


 張り詰めた空気が霧散し、女も得物から手を離した。

 男も女も研究の進み具合を知るすべはなく、必然的にベリリガンの報告が嘘だろうが本当だろうが全てである。だが、ベリリガンのもうすぐの価値は使われた回数分すり減っているため、もう嘘、本当関係なく男も女も疑っていた。


「じじい。毎回毎回なめ腐りやがって。何にも進んでねえくせによ。そろそろけじめつけねえとな」


 男は女がまた得物に手を掛けたのを見て落胆した。三人しかいないこの場で二人が揉めれば仲裁役は男しかいないのだから。


 ただ今日は少しだけ状況が違った。

 ベリリガンが目に見えるものを提示したのだ。


「なんだそれ」

「わしとお前たちが求めているものじゃよ」


 ベリリガンが右手に持っているのは青色の液体が入った小瓶。女は疑問をストレートにぶつけた。


「お前最近まだしばらくできねえみてえなこと言ってただろうが」


「わしもそう思ってたんじゃがな。神はいるもんだ。見たじゃろ。ホワイトウータンの死体の山を」


 男は近くにあったそれを思い出した。


 普通の人間なら思い出して、下からこみ上げるものがあってもおかしくないショッキングな光景だが、あいにくここにいるやつらはそんな感情持ち合わせていない。せいぜい理由を考えるくらいで、ベリリガンに至ってはもはや理由さえも考えてはいなかった。


「ありゃてっきりお前か上級冒険者がやったのかと思ってたが違えのか」


「わしは知らん。ただあれのおかげで色々サンプルが取れたわ」


 ベリリガンはいやらしい笑みを浮かべる。男も女もhowtoには興味がないためサンプル云々については聞かない。


「ま、お前たちに話しても意味もなければ理解もできん。とにかく必要だったのは恐怖だったとだけ言っておこう」


「それが完成品なんだろ。とっととよこせ」


 ベリリガンは要求をきっぱりと突っぱねる。


「それはまだできん」


「なんだ、じじい。本当に殺されたいらしいな」


 男はデジャブのような状況に内心ため息を吐きつつ理由を問う。


「どうしてまだできないんでしょうか」


「こいつはまだ量産化出来とらんし、成功かも確かめとらん。でもこいつは恐らく......ニッヒッヒッヒ」


 ベリリガンは成功への確信とこの実験の未来を想像していやらしく笑う。


「今から確かめる。お前たちもこい」


 男はその時察した。ベリリガンはずっと自分たちを待っていた。失敗した時の保険のために。


 さらにもう一悶着あったがなんとか収まり三人は洞窟の奥に向かった。



 討伐隊が街について四日目。討伐隊もタダメシをくいにきたわけではない。ヒルダさん率いる討伐隊はナカの森に向かった。


 当然、僕もレイも行くと言ったが、ここからは討伐隊に任せろだとか言われてやんわり断られてしまった。まあ断られたからといって何もしないわけではない。


 僕らはそれを確かめるため馬車に乗っていた。向かう先は以前僕達がホワイトウータンと遭遇したところ。理由は一つでホワイトウータンが実験対象になっていたから。それだけだ。


 一度はオーガの一件で完全休業していた馬車だが、つい先日見事に復帰した。今では他の冒険者も活動を再開している。一応はお金持ちの部類に入る僕だが金銭感覚が全く変化しないため正直高いと思ってしまった。レイが嫌がったこともあり警護要員の冒険者は雇っていないので魔物と遭遇すれば僕達で迎撃することになった。


「何か手がかりがあるといいね」


「うん。まあダメ元って感じだけど」


 馬車は御者が上手なのか意外と揺れないし、割と快適だ。僕達は広めの荷台から外を眺めていた。見えるものといえば荒野の代わり映えしない茶色くらいだが。


「そろそろ着きますよ」


 ここから先は獣道だから馬車は通れないため僕達は御者さんを待機させて、道を進んだ。


「そろそろのはずなんだけど」


 あった。見つけたのはホワイトウータンの血痕。死骸はすでに食われてなくなっているが血痕は残る。

 

「それでどうするの」


「ここから森に入る」


 察知を発動し、草木を掻き分けて進んでいく。


 しばらくしてレイが立ち止まって鬼気迫る声で言う。


「ヤバイのがいる」

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