十九話
ガイさんが隣の部屋に行ってしまい、僕は本棚の本を適当に読んでいたが、途中で眠ってしまったらしい。
「まだ起きてないか」
レイは今なおソファで眠ったまま。隣でしゃがみ、手を握ると確かにほのかな熱がある。もう半日以上寝続けているからそろそろ目を覚ましてもおかしくないはずだ。
思わずレイを握る手に力が入る。
「あ」
今確かにレイの手が動いたはずだ。手の内で動く感覚があった。
「んん」
レイの口から息のようなものが漏れるとレイはゆっくりと目を開けた。大きな瞳と僕を見つめる。
「レイ。起きたのか。どこか痛むところはないか」
「......大丈夫だよ。まだ体に力は入んないけど」
レイの受け答えは少しふわふわしていている。疲れが溜まっているのか。食欲は......ないか。何かできることは。
離した手をレイがまた強く握ってくる。
「もうちょっとこのままゆっくりしたいな」
僕は微笑む。
「最近はいろんなことがあってさっぱりゆっくりできなかったしね」
レイの頭側に空いた人一人分のスペースに腰掛ける。
「......うん。色んなことがあった。......何回も死にうになったし。空を飛んだのは結構楽しかったけど」
レイはクスッと笑う。僕はレイが寝ていた時のことを思い出す。
「あの後、結構大変だったんだよ。起きたらすぐにブラックハウンドが襲ってくるし」
「寝てる間に食べられなくてよかったじゃん」
レイはたまに結構グロいことをいう。僕は自分が無残に食べられる光景を想像して、何故か笑った。
「ほんとにな。生きてて良かったよ」
いつ死んでもおかしくなかった。そう思うと体の芯に冷たい風が当たるような感覚に陥る。
「オーガも強かったね」
「レイ。普通はここら辺にオーガは出ないんだぞ。それも黒い角のオーガなんて」
「でもオーガのおかげで私たち小金持ちだよ」
そう言われて僕たちが今、200万ギルを持っていることとこれからまだ特別報酬があるかもしれないことを思い出した。
「まだ特別報酬もあるからもっともらえるかも」
「......でもそんなにあっても使い道なくない」
「そう言われれば確かにそうか。使い道がないな」
飯くらいしか思いつかない。
「ちょっといいご飯食べるとかどう。ガイさんも一緒に」
僕の提案にレイは満面の笑みを浮かべる。
「いいね。ちょっといい店行こうか」
きっと僕たちはお金の使い方を知らないだけなのだろう。出来ることなら知らないままでいたいものだ。
「あとレイ、虹色魚も見たい」
「本当にいるの?」
レイはよく虹色魚という名前を出す。
「いるの!」
「分かってる。探しに行こう」
僕は宥めるようにいう。
「あとね......」
夢は増えていくばかりで将来の予定は埋まっていく。いつだって未来の話は楽しい。
僕とレイは眠りにつくまで夢の話を続けた。
集会所には僕らを含め、昨日の戦闘に参加した全冒険者に報酬が配られた。
「今日はとことん飲むぞー」
「俺は妻にプレゼントを」
冒険者たちは早速、もらった報酬を何に使うか考えているようだ。
しかし、ガリュームさんが次の一声を発した時、集会所は一斉に静まり返る。
「続いて特別報酬の配当に移る」
相変わらずよく通る声だ。
「といっても二人だけなのだがな」
ガリュームさんはフッと笑う。
「ロア一行は前に出よ」
ガリュームさんを取り囲んでいた冒険者の間をすり抜けてガリュームさんの前に出る。眼鏡のうちからこっちを見つめる瞳は知的なオーラを放っており、輪郭もはっきりとしている。
「B級冒険者ロア。そしてレイ。貴殿らには二度もこの街を救ってもらった。この街の住民を代表して感謝を述べる。ありがとう」
ガリュームさんは僕らに頭を下げる。予想外の行為に僕は慌てる。
「そんな......頭を上げてください」
ガリュームさんは頭を上げてまたフッと笑う。
「君は優しいんだな」
心臓が脈打つような鼓動を感じる。ガリュームさんに釘付けになっていると左足に痛みが走る。
「イタッ」
見ればレイが足を踏んづけていた。顔を見ると明らかにレイは不機嫌そうだ。
「見過ぎ」
レイにいわれて顔が熱くなる。
「なんだなんだ。痴話喧嘩か。若いのにやるねー」
レイが冷やかしてきた男を睨みつけると、男は顔を凍りつかせ、すっと人の中に隠れた。
ガリュームさんがごほんとわざとらしく咳払いをして弛緩しかけた空気を戻す。
ガリュームさんは僕たち二人を交互に見て告げた。
「冒険者ロア一行には活躍を評して1000万ギルを贈呈する」
ガリュームさんの一言で空気が完全に硬直する。
そして場にいた誰もが声を揃えて叫んだ。
「「「「「2000万ギル!!!」」」」」
もう何が何だか分からなかったが、僕たちは街に来て早々に富豪の仲間入りを果たしたらしい。