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十七話

 冒険者たちが続々と南門へ集まる中、老人は人の波をすり抜けるように北門へ向かった。背には手入れされた弓を担いでいる。


 自分が向かわなければならないと頭よりも身体が足を運ぶ。


 老人はその行動を説明する言葉は持ち合わせない。勘といえばそこまでのものでしかない。だがその勘は男が何よりも信じ、そして多くを助けてきた価値あるもの。人の波が消えたころ、風貌からは想像もつかないような速度で街を駆ける。


 北側の外壁上まで登ると男は自分の勘が正しかったことを知ってしまった。


「やっぱりそうじゃったか」


 長距離を走ったにもかかわらず老人には息が切れるそぶりもない。ただ何事もなかったように呼吸を続ける。


 老人は黒い角を持つオーガ二体を率いるようにその真ん中を悠々と歩く男を観察する。


「何かな。お爺ちゃん」


 男が言い切るより早く、二体の変異オーガはほぼ同時に前に倒れた。心臓には矢が貫いた小さな穴が空いている。老人の背には弓が戻っている。高低差も距離も老人の前では意味をなさない。


「やはり儂も歳じゃの。二十年前なら二体同時に倒してたんじゃが」


 男は両脇で倒れたオーガを見ることもなく外壁の上の老人に語りかける。自分が的になっていることなど気にも止めずまるで人ごとのように。


「全く衰えてなどいないじゃないですか。でも驚いたよ。噂には聞いてたけどまさか本当に剛弓のガイがいるなんてね」


「若いもんは昔の名を使いたがるから困る。今、お前さんの前におるのはただの年食った老人じゃよ」


「はは。世の中がおじちゃんみたいな年寄りだけなら年齢の概念が崩れちゃうよ」


 男の余裕は崩れない。自分が重要参考人だから殺されることはないと高を括っているのか。はたまた老人を倒す自信があるのか。


「何の用じゃ、お前さん、まさかそんな物騒なもん引っさげて観光だなんて言わんじゃろ」


 老人の声音が数トーン落ちる。それでも男は威圧を受けながらも平然と笑う。


「ははは。観光ならこんな奴ら連れてきませんよ。それに結構苦労したんですよ。こいつら調教するの」


 男は口角を吊り上げる。


「そうか。そりゃ残念じゃの。もう一度聞く。何の用じゃ」


「何の用って言われてもなぁ。うーん。あえて言うならゲームかな」


「ゲームじゃと」


 男は頷く。


「うん。まあでも今日はこのぐらいで帰るよ。剛弓も見れたし、それにちょっと面白いものも見れたし」


「逃すと思うか」


 速射。今度は魔力を込めた弓を二発。男の右足とその一m横に射る。


 瞬間黒い霧のようなものがフードの男の周りを覆い、霧が消えると中から男ともう一人フードを被った男が姿を現わす。


 フードの男は愉快そうに笑う。


「あははは。こいつに気づいちゃうのか。スモーク、お前もまだまだだな」


 スモークと言われた男は答えない。


「じゃあ今度こそ本当にじゃあね。剛弓さん」


 老人が弓を構えた瞬間、さっきの十倍近い範囲で煙が上がる。それでも構わず老人は弓を射ったが、煙が晴れたころ、荒野に残ったのは役目を終え、地面に刺さった矢のみだった。




 オーガを倒してすぐにレイを探す。血が出過ぎてる。頭がクラクラする。


「レイ。レイ」


 何度呼んでも返事がない。レイが戦っていた方に行くとレイはうつ伏せになって倒れていた。


 レイの顔に耳を近づけると規則的な呼吸が聞こえた。


 よかった。生きてる。


 レイをおぶって、倒したオーガの方を見ると、目を覚まさない冒険者の周りを数人が囲っていた。


 覚悟を決めろよ。僕が強ければ助けられた。僕は助ける人を選んだんだ。意を決してそこに近づこうとすると、女性のすすり泣く声が聞こえて、足が動かなくなった。


「......どうして......ねえ。お願い......起きてよ。ねえ。ねえってば。......グラム。お願いだから......」


 女性冒険者は男の胸に顔を埋めて泣いていた。


四人の冒険者の周りにはそれぞれ人が集まっている。

 罪悪感から僕は目を逸らした。それでも悲しみで塗りたくられた声が耳に入ってくる。


「おい。デジル。しっかりしてくれよ。みんなで......フレムとローガンと四人でA級目指すんじゃなかったのかよ......」


 僕は少し離れたところで嗚咽の混ざった声を聞き続けることしか出来なかった。察したのか僕達の周りに人が寄ってくることはなかった。



 レイをおぶって街に戻ると、ガイさんに呼び止められて、ガイさんの家に行った。


 ソファーの上にレイを降ろすと、椅子に座った。ガイさんはテーブルを挟んで向かいの椅子に腰掛ける。


「飲むんじゃ」


 青色の液体が入った小瓶を渡される。


「これは」


「ポーションじゃ。市販のものより効き目は強い。血も止まるわ」


 得体の知れない液体。勇気を出してそれに口をつけ、一気に飲み干す。


 数秒後、身体中の痛みがぱたっと止まる。左腕の無数の切り傷はパクッと塞がっていた。それでも頭のクラクラした感じは抜けない。そんな僕を見てガイさんはいう。


「傷が塞がっただけで減った血が戻った訳じゃない。そればっかりは食べて寝るしかないわい」


 僕は頭を下げる。


「ありがとうございます。こんな凄いもの」


「気にすることはない。お前さんは街を救った英雄じゃからな」


 英雄。その言葉がとてつもなく重たい。その名は僕に相応しくない。

「どうしたんじゃ。そんな浮かない顔して」


 言葉が喉を通るのに時間がかかった。脳裏に四人の骸と泣きじゃくる人たちの声が浮かぶ。


「助けられなかった。救えなかった。僕がもっと強ければ四人を助けられたかもしれない」


 そう。救えたのはたった一人だった。その人だってレイの助けがなければ死んでいた。


「ロア。お前自分は何でも出来るってそう思ってたのか」


 強く激しい口調でガイさんはいう。


「いや」


「甘ったれたこと言ってんじゃねえよ!お前は傲慢なんだよ。いいか。俺たちは神でも何でもねえ。救える命にも限界はある」


「でも」


 僕が強ければ。


「でもじゃねえんだよ。いつだって人は死ぬし、隣で飯食ってたやつが明日には食われてる。そんなことだって珍しくねえ。そういう世界なんだよ。仲間の死さえも越えて前へ進む」


 ガイさんは優しい口調に戻って続けた。


「だから失ったもんより残ったもの、守り抜いたもののことを考えろ」


 守り抜いたもの?


「ちょっと来るんじゃ」


 ガイさんに連れられるまま店のドアの前まで来ると、背中を押されて外に出る。


「あっ。英雄がいたぞ」


 一人の男が叫ぶ。すぐに通りにいた人たちが周りに集まってくる。そして順番など気にせずいった。

「ありがとう。この街を救ってくれて」


「ぼうず、ありがとな。見事な戦いっぷりだったぞ」


「ありがとな。兄ちゃん」


 冷え切った胸が暖かくなるのを感じる。目頭が熱い。頰を涙が伝う。


「おい。英雄が泣いてるぞ」


「誰か芸して笑わせろ」


 大して面白くないギャグに僕達は笑った。

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