十五話
冒険者側から歓声が上がるが見ている暇などない。
そして【一閃】はもう使えない。あれを溜めるための時間がない。
一度冒険者の後ろまで撤退する手もあるがその間に冒険者が何人死ぬか想像したくもない。
ともかく別のオーガとの対峙だ。今のところ、見たのはオーガの能力は砲撃、相手の動きを止める咆哮。警報で聞いたのが爪のような斬撃だ。B級冒険者を撃退した三体のうち一体がそれで他の二体は使っていないらしい。
さあ何が出る。斬撃を出すなら......
対峙したオーガが腕を前に振ると、そこから縦に長い五本の斬撃が地面をえぐりながら僕を襲う。
ビンゴだ。サッと左に受け身を取って飛び込む。ただ斬撃の速度が速い。これを毎回避けるのか。斬撃を出すためのモーションは恐らく腕を振るだけ。かわせないこともないが反撃に転じづらい。
なんとなく気になりちらっと横目で後ろを見る。
嘘だろ。どこまで届くんだよあの斬撃。二十mは飛んだか。
オーガは横に腕を振る。腕の向きによって角度も変えられるのか。
横向きになった斬撃を腕立て伏せのように身体を低くして避け、続けざまの縦の斬撃も体を捻ることで避ける。
避けることに精一杯で反撃のタイミングがない。
縦の斬撃を左に、横の斬撃を下に。
回数に制限はないのか。当たれば致命傷。嫌な汗が頬を伝う。
「俺たちも行くぞー。若造だけにいいかっこさせてたまるか」
「仲間の仇だ」
冒険者五人がオーガを取り囲む。
「危ない。早く逃げろ」
目の前の敵に夢中なのか僕の声は届かないまま冒険者たちは思い思いに剣を振った。
「嘘だろ。傷一つついて......」
オーガの目の前で剣を振った男は至近距離の斬撃によって宙に血を撒き散らすと倒れた。防具はまるで無意味だった。
剣が全く通ってない。どんだけ硬たい皮膚なんだ。
「早く逃げろー」
叫びは届かず目の前で無残に朽ち果てた男を見た冒険者は全く動けずにいた。
最大で一人。悪くて僕も死ぬ。
距離を詰めて、一人に手が届くかという時、オーガが両腕を広げて体を捻る。
まさか。届け届け届け届け届け届け。
腰に腕を巻くようにして掴むと勢いに任せて押し倒す。360度の斬撃は僕の数cm上を掠め、遅れて肉が裂ける音が鼓膜を震わせた。
「走れぇーーー」
男に叫ぶと、つんのめるようなぐちゃぐちゃの足取りで男は前にひた走る。立ち上がってオーガと男の間を取って剣を構える。
意味がないか。いや、少なからず威力は殺せるはずだ。生きてくれよ。
オーガが腕を縦に構えた瞬間、鋭い稲妻がオーガの右腕を貫く。雷撃にしては稲妻が鋭く、速い。レイの雷槍か。
一歩踏み込み、痛みに悶えるオーガの右腕に駄目押しとばかりに剣を突き刺す。赤黒い血が剣を伝う。振り払って後方に飛ぶ。
裂けなくとも突くことはできる。それに右腕も潰せたはずだ。
縦か横か。片腕ならモーションも見やすい。
横。構えの角度的に下を狙った振り。予め脚に力を入れて構え、飛ぶ。
かわしやすい。これなら反撃のタイミングも掴めるかもしれない。両腕から縦横無尽に放たれる斬撃がオーガの能力。だが、それにはモーションがあり、常に両腕を見てかわすのが至難だった。片腕になれば多分いける。
右、上、下。捻り、倒れ、飛ぶ。敵の斬撃が途切れた瞬間を狙えば。
下を狙った斬撃を前方に跳躍し、飛び越え、距離を詰める。
心臓か、顔か、首か。腕の構えは縦。
遅い。降った時には僕は敵の真後ろ。
「せやあぁぁぁ」
剣を突き立てようとした瞬間、僕の身体を無数の斬撃が遅った。
叫ぶ行為がトリガーか。さっきまでの腕の振りとは違う威力もサイズも小さい斬撃。ただ数は無数で全方位の必中の斬撃。
「ウッ」
身体中から切り傷で血が吹き出た僕に容赦なく後ろ足の蹴りが見舞われる。右脇を中心に痛みが走り、勢いのまま数m地面を転がる。
また折れた。だいたい完治した訳じゃなかったんだ。回復魔法をかけて貰えば良かった。いやそんな暇なかったか。
痛みが戦意を霧散させ、身体を地面に固定する。
「まだまだ」
決して離さなかった剣を支柱に立ち上がり、敵を捉える。
「「射出・炎撃」」
炎がオーガを襲った直後、僕の後ろから冒険者が数人前に出る。
「ちったぁぶをわきまえろよ。オーガハンター」
「先輩にもいいかっこさせろよ。後輩」
「下がって......」
止むことのない炎は全て顔に当たっている。そうか、目潰しか。
これを確実に当てるために彼らはこの距離まで接近したのか。二人の女性冒険者が僕に向け、手を構えて唱える。
「能力上昇・力」
「能力上昇・速度」
力が湧き出るようだ。全身に力と活力が戻る。
「これで決めちゃって下さい」
「とっとと決めちまえ」
「はい!」
オーガが闇雲に振って放つ斬撃は当然当たらない。
「最初からこうしていれば」
力を合わせていれば良かった。
一直線にオーガ目掛けて突っ走る。身体が軽い。足が進む。
狙いの甘い斬撃を右に左にかわして、さらに前へ前へ。
「ウガァァァ」
咆哮による全方位斬撃は顔を腕で隠し、致命傷を避ける。かわすのはどうしたって不可能だ。
全身を痛みが走るがそれも無視。
間合いに入った。
「僕の狙いは......その腕だ!」
大きく振りかぶった左腕を剣で切断する。
痛みに悶え叫ぶオーガの心臓に剣を突き立てる。