十四話
魔物の襲撃。そんなイレギュラーな事態の中で真っ先に動いたのは壇上に立つ職員だ。
「落ち着け」
その一言で慌てふためく人たちの視線が職員に集中する。よく通る声だ。レイが隣にやってくる。
その職員の横にフローラさんが走ってやってくるとおぼつかない呼吸のまま唱える。
「......反響」
「一般市民は中央広場に向かえ。この街のC級以上の冒険者たちは南側の城門に向かい、速やかに敵を殲滅せよ。D級冒険者は市民の保護。戦闘に参加し、生き延びた者には多額の報酬を約束する。さらにオーガを倒した者には特別報酬も与える」
一瞬職員の体が光ったと思うと何も使ってはいないのに拡声器のような声が職員の口から発せられる。さらに不思議なことにそこかしこから職員の声が聞こえる。
「これが組合職員としての私の言葉だ。そしてここからが私、ガリューム・エレインの言葉。......頼む。この街をみんなを救ってくれ」
前半の言葉と後半の言葉。どっちが冒険者に届いたのかは広場の冒険者を見れば一目瞭然だった。
「仕方ねえ。やってやるかー」
「お前ら、すぐに城門に向かう」
「ルーラ、アネッサ。すぐに行くよ」
広場中から戦士が生まれると、すぐに南に走っていく。
恐れて街も出れなかったんじゃなかったのか。これがガリュームさんの人徳か。凄い人だな。面識もなく一方的に言葉を聴いただけなのに不思議と力が湧いてくる。
「お姉さんの力だ」
レイはガリュームさんの方を見ながらいう。
「あのお姉さん凄い人だね。声を聴いただけで力が湧くよ」
レイの目に戦闘の意思が映る。
「そうだね」
隠れて生きるというのはどだい無理な話だったらしい。
「お兄も行くよね」
頷く。
「行こう」
前を進んでいた冒険者の足が止まった。それもそのはず魔物の侵入を阻んでいた巨大な外壁には砲弾が直撃したような穴が開いている。僕が聞いた破裂音は五発。まばらに開いた穴の数も五つだ。
開いた門から街の外に出ると、横陣を組んで冒険者たちが並んでいる。外壁の上にも同様の構えが見える。恐らく遠距離魔法が使える者が上に陣取ったのだろう。
横陣を抜けると、敵を捉えることができた。
「変異オーガが四体」
五十mほど離れたところに黒い角を生やしたオーガが四体。どの個体もゆっくりと街に近づいている。あの中の一体はここまで届く遠距離攻撃がある。すぐに警戒を強める。
ここにいる冒険者のランクはC以上だから、戦闘経験が無いわけでは決して無い。でもB級冒険者の討伐隊が倒せなかったオーガに対して果たして有効打を打てるのか。
「お兄。あれやるの」
「うん。一体はすぐに倒す」
「じゃあ後は三体だね」
虚勢を張ったんだが期待を通り越して確信してるな。これはもうやるしかないな。
深呼吸して心を落ち着かせる。
雑音さえも置き去りにして思い描くは剣が頭を切り落とす姿。
「遠距離魔法用意。......撃て」
「「「射出・炎撃」」」
「「「射出・水撃」」」
「「「射出・雷撃」」」
数十秒後、放たれたその声がそのまま開戦を示す。僕達の上を通って無数の炎、氷、雷の弾が変異オーガへ発射される。いくつかは外れたがほとんどが着弾し、煙が上がりオーガの姿が隠れ、冒険者から歓声が上がる。
「生きてる」
イメージもそれを成す集中力も揃った。後は信じるだけだ。
遠距離魔法は決定打にはならない。上からの攻撃は撹乱程度と思った方がいい。それにこれから接近戦になれば遠距離魔法は撃てない。
レイは僕とは反対の個体に向かっていく。片側に付きっ切りになって片側から進軍されるのを防ぐためだ。そしてもう互いのフォローは出来ない。
「おい。お前ら待て」
「まだ死んでない」
全冒険者に聞こえるように大声で叫ぶ。話すだけでイメージが消えそうになる。描いた一撃は。
「何言ってんだ。あの量が当たって生きてるわけ......」
男が言葉を失ったのは煙が消えると全く効いた様子のないオーガが平然と歩みを進めていたからに違いない。
「……化け物かよ」
喪失とはいかないまでも明らかに指揮は下がった。初手の遠距離魔法で大方片付くと見越していたのだろう。それは当然だ。少なくとも一体に三十発は魔法が当たっていたはず。自分の剣にそれを上回る威力が出せるか下にいる人たちは不安になるはずだ。
ただ僕が一体は潰す。
剣が届く距離に敵はいる。敵さえも予想できないたった一人の突撃。跳躍。
【一閃】
剣はオーガの硬い皮を通り、肉を断ち、骨を断ち、それをもう一度巻き戻して、空気に到達する。
着地して数秒後、オーガの首は地に落ちた。