十一話
レイがどんなクエストがあるのか気になるというのでレイを置いて、喧騒の中を歩いていると酒場から出てきた露出多めな女性二人組と鉢合わせる。ロングヘアの視線が僕に合うと隣のショートヘアに耳打ちする。気にせず進む。
「かっこよくない。どうする」
話聴こえてるんだけど。ショートの方もこっちを見るとすぐに耳打ち。
「いや、ちょっとこれはヤバ目でしょ」
何がヤバいんだ。
「ちょっと行こうか」
女性二人とすれ違った瞬間、ショートの方が僕に声を掛けてくる。
「ねえ。今暇かな」
酒の匂いが濃い。
「今質屋に行こうとしてて」
「えー。そんなこと言わないで今からどうかな」
立ち去ろうとするが、ショートが僕の右手を掴んで食い止める。そして耳元に口を寄せると囁く。耳をふわっとしたくすぐったいものが駆け抜ける。
「私たち今ちょっとエッチな気分なんだよね」
僕が返事をする前に聞きなれた声が止めに入った。
「すいませんね。私の彼なんで」
素早く間に入り込むとレイは僕と肩を組んで引っ張るように進んだ。
「お兄。断わるのが遅い」
「すいません」
「もっとこう、お前らなんか興味ないから!みたいなこと言いなよ」
レイが不機嫌だとわかる。
「それは酷いだろ」
「酷くないですー。アヤフヤにしてたらどこまでもズルズルいっちゃうものなの」
「分かった。気をつけるよ」
「絶対だよ」
レイも僕も閉鎖的な世界で生きてきたが男女の行いというのは一応知っている。当然知識だけだが」
「で、後どれくらいで着くの」
今日はずっとこんな感じなのか?
「もうすぐ着くとは思うんだ」
その後何本か入り組んだ道を抜けるとついに目的の店に到着した。
「この店やってるのかな」
営業しているにしては灯がない。明らかに怪しい。
「とにかく入ってみようよ」
怪しむ僕を置いて、さっさと扉を開けて中に入ってしまった。
「ちょっと待って」
察知を展開して、誰もいないことを確かめてレイに続いた。
「レイ」
中は真っ暗で何も見えない。
「誰もいないよー」
瞬間、左から音もなく放たれた矢を感知し、イナバウアーのように体を曲げて躱す。反応がない。どこにいるんだ。
「レイ!」
叫んだ瞬間、照明がつき、店内が明るく染まった。剣やフルプレートの鎧、弓などが至る所に立てかけられていた。
「合格じゃ」
声のした方を向くと立っていたのは小柄な爺さんだった。百五十あるかないかくらいか。
「合格って」
「勿論、この店の客としてじゃよ」
スタスタと歩いてカウンターの奥の席に座る。ちらっとレイを見ると矢を掴んでいた。
「何でこんなことを」
「あんな矢を避けられん程度の輩はこの店には必要ないわい」
客の能力を図ったのか。
「それにしてもお前さんにはびっくりしたのぉ。儂を捉えたな」
爺さんはレイを見ていった。
「おじちゃん、強いね」
爺さんは店内に響くほどの声量で笑う。
「ガッハッハ。これでも三十年前と比べたら落ちたものよ」
察知に反応がなかった時点で相当の手練れだ。
「それで主らが売りにきたのは服に入れたそれじゃな。袋ぐらい用意せんかい」
僕とレイは服から角を取るとカウンターに置いた。
「こいつは驚いたな。これが話題の変異オーガか」
角を見た瞬間、眼鏡の奥の瞳がぎらっと光ったような気がした。
「この店には持ち込まれてないんですか」
「この店どころか帝国中探してもこいつは初めてのもんだ。喜べ。お前さんらはこいつを一番に討伐したんじゃ」
「特に嬉しくはないですけど」
「なんじゃつまらんな。初討伐といえば冒険者の勲章じゃろうに」
初討伐は勲章らしい。本当に?
「おじちゃん。これ買い取ってくれるの」
「いや、こいつはウチよりも普通に集会所の方で売った方がいいのぉ」
「どうして」
「こいつにはライエルンで多額の報酬がかかっとる。確か一本100万ギルじゃったか」
「「100万ギル!?」」
100万ギルって宿何泊分だ?安い宿は一泊が2000ギルくらいってディル爺は言ってたから。500日は泊まれる。レイと顔を見合わせていう。
「レイ、500日はもう寝床に困らないぞ」
「兄、何に使おうか」
言って思った。そうじゃないだろ。金が溜まったらここから離れなきゃいけない。そんな僕達を見て爺さんは笑っていう。
「それが冒険者のロマンじゃ。自分の腕一本で金も名声も手に入れる。一攫千金だって夢じゃねえよ。......まあ常に死と隣り合わせだけどな」
後半の一言で浮ついた心が一気に凍りついた気がした。
「儂はガイじゃ。お前さんら名前は」
「ロアです。こっちは妹の」
「レイです。よろしくおじちゃん」
説明の途中でレイが言い切った。
「そうか。ロアにレイか。お前さんら今日泊まる金はあるんか」
「ないですけど」
「ならここに泊まってけ」
「いいんですか」
「なあに。心配すんな。角を奪おうなんざ思っとらんわい」
それは疑ってない。奪うつもりなら安い金で売って後で報酬を貰えばいい話だ。第一爺さんからは悪意を感じない。
「でもお金ないし」
「気にすることはない。未来の英雄たちへの投資だと思ってくれ」
僕がレイの顔を見ると、レイが頷く。
カウンターの一本の角を前に出す。
「これ。お礼です。泊めてくれたのと親切にしてくれた分の」
一際強い目をしてガイさんはいう。
「お前さんらはいい奴じゃな。……じゃがそれは受け取れんな」
「どうして」
「それはお前さんらが命をかけて手に入れた戦利品。そんな戦利品に適正な価値を付けて買い取るのが儂の仕事で流儀じゃと思っとる。それはお前さんらが持つべきものじゃよ」
一息つくと最後にいった。
「飯にするか。付いて来い」
ガイさんに続いてカウンター奥の部屋に入った。