捧げ物
捧げ物という行為について、自分なりに思索したことを寓話化しました。残酷な描写があります、注意して下さい。
一部、宮沢賢治先生の『セロ弾きのゴーシュ』から拝借させて頂いた描写があります。ここで、勝手に拝借させて頂いたことをお詫びします。
ある所に一つの家族がありました。
その家には、お父さんと、沢山の子供達がいました。
家の周りは、畑があり、井戸があって、家族はその畑から作物を得ていました。
沢山の子供達は、畑仕事が出来る年齢から、まだ生後間もない年齢の子供達まで幅広くいました。
働ける年齢の者は畑を耕し作物を育て、その他の者も家事をし、年下の兄弟達の世話をしたりして、家族皆支え合っていました。
ある日、父が暖炉の側で椅子に座っていると、まだ立つことを憶えたぐらいの子が、手にトマトを持って父の側によちよち歩いて来ました。
そして、父にトマトを差し出すと、
「ぱーぱ。これ、あげぇる。」
と言いました。
父は目を細めてうれしそうに頷くと、その子を引き寄せてトマトをその子の手から受け取りました。そして膝の上に抱き上げると、その頬にキスをして、
「ありがとう。我が愛しい子よ。私の愛の息子、愛する息子。」
と言いました。
幾日か立ち、また父が暖炉のそばで椅子に座っていると。向こうの部屋が騒がしく成りました。聞けば、息子の一人が、仕事を怠け、下の子の食べ物を奪って食べ、注意した他の子を殴ったというのでした。
父はその子を、自分の所に呼びました。
その子は、扉を開けると、暖炉の側の椅子に腰を掛けている父の所に進み出ました。
そして、手に持ったトマトを差し出すと、
「これあげるから勘弁してくれ。」
と言いました。
父は、その子を引き寄せると、泣きながら、その子のお尻をぶち、
「我が愛する子、愛の息子。どうしてこんなことをしでかした。お前は、上の者を助け、下の子達の杖と成るべきなのに、働けるのにその分を兄弟に押しつけ、他の子達の物を奪って食べ、さらに注意したお前の愛すべき兄弟を傷つけた。どうしてそれが褒められようか。さらに、誰がこのトマトを持ってこいと言った。これは皆私の物ではないか。どうしてこれをもいでこいと言った。皆私が故に成った物ではないか。」
と言いました。
その子は泣きながら、
「お父さん許して下さい。私は働けるのにその分を他の兄弟に押しつけ、さらに私にとっても愛する下の子達の食べ物を奪って食べ、さらに私のことを思って注意してくれた愛する私の身内を殴って傷つけました。もう私は、父の息子と言われる資格はありません。あなたの子達の僕にして下さい。」
と言いました。
父は、泣きながら、
「愛する息子。我が息子。お前も私が身を切るようにして産んだ我が骨と肉。私の体の一部。どうして我が子と呼べなくなろうか。どうか、心を広く持ち、奪った物を返し、その手で生み出し、上の子達を助け、下の子達の杖と成って、この家を皆と供に支えて欲しい。」
と言いました。
その子も泣きながら、
「はいお父さん。解りました。これからは、しっかりと頑張ります。」
と言いました。
それから又幾日か経ち、また父が暖炉のそばで椅子に座っていると。今度は外の方が騒がしく成りました。聞けば、畑に行っている兄弟達の間で苗の植え方で喧嘩になり、一人がもう一人を刃物で刺し殺してしまったと言うことでした。
父は椅子から立ち上がり、直ぐに外へ駆けだそうとしました。
父が扉に近づく前に、その子は父の部屋に入り、暖炉の側の椅子から立ち上がり外へ駆け出そうとする父の前に進み出ました。
そして、右手に血に染まったナイフを持ち、左手に刺し殺した兄弟を摑みながら、歓喜に満ちた顔で、
「お父さん。喜んで下さい。私を褒めて下さい。私は、あなたがいつも私達に教えてくれたやり方に逆らった悪いこいつを、この手で二つに裂いてきました。これであなたに逆らう者はこの家にいません。私はあなたの言いつけに忠実に従いました。」
と言いました。
父は、驚愕の表情をすると、その子を引き寄せて、その頬を思い切りぶち、自分の衣を引き裂いて、胸を打ち叩き叫びながら、
「ああ、愛する我が息子。我が愛の子。我が身を切るようにして産んだ、我が骨と肉。どうしてこんなことをしでかした。お前は、上の者を助け、下の子達の杖と成り、この家を支える一人になるべきなのに、どうしてお前の兄弟を、私の愛する子を、二つに裂いた。だれが、私の子を、愛する我が子を二つに裂けと言った。これは私が身を切るようにして産んだ者ではないか。あぁ私の愛する子、我が骨と肉、私の一部、あぁ私が二つに裂かれた方がましだった。」
と泣き崩れました。
父のあまりの慟哭に、血に染まったナイフを手にした子は、その右手のナイフを捨て、その左手に掴んでいた血の気のない自分の兄弟の顔を改めて眺めて、言いました。
「ああ、お父さん。私は自分が何をしたのかはっきりと解りました。私は私の身内、骨の骨、肉の肉、私にとってもあなたにとっても、掛け替えのない、大切な私の身内を、この手でナイフで貫いた。このようなことをしてしまっては、どうして私は、あなたの身内で居られましょうか。他の子達の身内で居られましょうか。このちっぽけな自分の自尊心を得るために、私の兄弟を貫いた。私が小さいときから一緒に居た私の愛する兄弟を貫いた。ああ、目を開けてくれ。この悪い私を責めてくれ。私が死んで、君が生き返るのであれば、私は喜んでそうします。」
そして泣きじゃくりながら、ナイフを手に取りました。
父は驚いて、
「ああ、愛する我が息子。我が愛の子。我が身を切るようにして産んだ、我が骨と肉。どうして同じ日に二人の我が子を失えようか。どうかそれだけはやめてくれ。これ以上私を悲しませないでくれ。よいか、これからお前は、上の者を助け、下の子達の杖と成り、この家を支える一人になり、この家に破壊ではなく創造を以て和解と平和をもたらして欲しい。」
と言いました。
その子は、泣きながら、血に染まった手で目をこすりながら、
「解りました、お父さん。私は、上の者を助け、下の子達の杖と成り、この家を支える一人になり、この家に破壊ではなく、創造を以て和解と平和をもたらします。」
と言いました。
すると、側でピクリとも動かなかった子の顔に赤みが差し、その子は息を吹き返しました。
「ああひどい目に遭った。」
手が血に染まった子は、驚いて、その兄弟を抱きしめ、
「私が悪かった、私の愛する兄弟。良かった命が助かって。壊すことより、生きる方がどれだけ素晴らしいことか。」
と泣きながら喜びました。
その子は、
「ひどいな、兄さんは。自分勝手だよ。」
と言いました。
父も、泣きながら喜びました。
この日は、辛くも大切な二つの命を失わずにすんだのでしたから。
それから、兄弟達は一層お互いに家を支える為に努力したということです。
傷つけられた子をそのままにするかどうか迷いましたが、どうしてもそのままにはしたくなかったので、この結末にしました。
しかし、現実に於いては、そう簡単に蘇生はしないと思います。どうか誰もが命を大切に考えてくれますようにと、蛇足ながら後書きに添えました。