#3:スカウト
爆発が起きてから少しした時だった。僕を追いかけていた警官は思いもよらないことを言い出した。
「おい、少年、俺は警察だから仕事としてあそこに向かわなきゃなんねえ。お前はここでおとなしく……いや、お前俺についてこないか? 本当は財布なんか盗んでないんだろ?」
「確かに財布は盗んでないけど……付いて来ないかって一体、どういうことだよ?」
僕は困惑しながら答える。……この警官は何を言っているんだ?
「事件現場にお前も来るか?ってことだ。案外役に立つかもな。お前も、『能力者』なんだろ?」
警官が僕に問いかける。気づかれていたのか。
――ちょっと待て。今、”お前も”といったような気がしたが――
「どうして、わかったんだ? もしかして、あんたも能力者なのか?」
「ああ、そうだ。ついでに言うとCIAがが計画してる、対能力テロ組織部隊のメンバー候補生でもある。つまり、俺はお前をスカウトしたいってことだ」
警官は言う。対能力テロ組織? 意味が分からない。頭がこんがらがってきたぞ。
「僕を、スカウト?」
「ああ、そうだ。とりあえず、現場へ向かおう。下に部下を呼んであるんだ。話の続きはその後だ」
そう言って警官は階段を下りて行った。今のところ、まったく訳が分からないのだが、一応僕もそれに続いた。
僕と警官がパトカーに乗り込むと、彼の部下のショーは怪訝な顔をして、
「その少年は?」
と、聞いてきた。何故か只の少年が付いてきたのだ。疑問に思うのも当然だろう。
「訳があって現場に連れて行くことにしたんだ。それより、ここから現場までどのぐらいだ?」
警官が答えると同時にショーに聞く。
「10分ほどですが」
ショーが答える。
「よし。なら7分で現場に向かえ」
ウィリアムが命令する。そんな無茶な。
「わかりました。シートベルトをしっかり閉めてください、少年」
ショーは僕が思っていたよりあっさりとディーンの命令を受けた。
「あ、すみません」
言われた通り僕はシートベルトを締める。このショーという警察官は冷静沈着な性格のようだ。
僕たちは車の後部座席に座った。
「さて、話の続きをしようか。そういえば名乗ってなかったな。俺の名前はディーン・ゴートンだ。よろしくな」
「僕は阿蓮祐。アレンって呼んでくれ。それよりも、あんた、何者なんだ? 何かの部隊のメンバー候補だとか言っていたけれど」
そう言いながら、僕は不思議な感覚を覚える。そういえば、僕はさっきから敬語を使っていなかった。
「そうだ。能力者を集めた対能力テロのための新部隊だ。そうか。『能力テロ』を知らないんだったな。近年、俺やお前のような能力者たちが自らの能力を悪用してテロを起こしているんだ。それが能力テロだ。能力テロ組織の代表的なものだと、『ニューオーダー』があるな。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」
ディーンは言う。話が速すぎるぞ。そんなに一気に言われても……
「うん。僕の両親はニューオーダーの起こしたテロ事件に巻き込まれて亡くなったんだ。まさか能力を使ってテロを起こしていたなんて……」
僕は自分でも驚くほどにあっさりと、両親のことを今、会ったばかりのディーンに話した。こんなに信用できるのは同じ能力者だからなのか?
「そうか。俺もあのテロで同僚をなくした。だからニューオーダーも、今日、テロを起こした野郎も許せない。お前もそうだろう」
ディーンもそうだったのか。
「僕も許せない。絶対に。だけど、僕が何か役に立てるのか? 両親を失ったあのテロの時も僕は何もできなかったんだ……きっと今も変わらないよ。」
僕はディーンを信用しているし、ディーンの言うことはもっともだと思った。けれど僕にいったい何ができる? 僕は、誰かを助けられるほど強い人間じゃない……
「そいつはお前次第さ。『覚悟』さえあればお前にもできるさ。お前も分かっちゃいるだろうが世間にはこの『能力』が存在することも認知されてない。それは一般の警察たちも同じだ。これがどういう事なのか、お前にもわかるだろ? 能力テロに対抗できるのは、俺たち能力者だけなんだよ。まあ、まだ今回のテロが能力テロかはまだ分かんないけどな」
ディーンは力説する。
「そう、だね。でも、ならディーンは何で最初に候補生になろうと思ったんだ? 自分の力を隠しておこうとは思わなかったのか?」
僕は訊く。純粋な疑問だった。
「俺は、スカウトされたんだよ。今のCIAの長官、ドミトリ長官にな。ちょうど今のお前みたいに」
ディーンもスカウトされていたのか。そして僕は気づいた。僕たちは境遇が似ているのだ。それが僕がディーンを信用する理由なんだ。なら、僕はスカウトを受けるべきなのか? ディーンのような強い人間に、僕もなれるのだろうか……
「あなたの言ってることは大体はわかった。それじゃあ一体僕たちは現場で何をするんだ?」
僕は少し具体的なことを聞いてみることにした。
「そいつは長官からの指示待ちだ。俺たちが勝手に決められることじゃないからな。そういえば、お前、何の元素の能力者なんだ? 俺は炭素の能力者だが……」
ディーンの操る元素は炭素か。なるほど、僕の靴の裏についていたあの黒い粉は黒鉛だったわけか。
「僕の元素は鉄だ。元素同士の相性はよさそうだな。」
僕は言う。
「相性? 鉄と炭素がそんなに相性がいいのか?」
一瞬の間が空く。僕は思考が一瞬止まってしまった。気を取り直してこう言う。
「鉄と炭素を混ぜたら、鋼が作れるだろ?」
そうか。僕は化学を専攻して学んでいるから当然だと思っていたけど、一般の人の知識では通じないこともあるのかもな。
「なるほど、そういうことか…… お前、元素に詳しいんだな。ますます気に入った! やっぱりお前は俺たちのチームに必要だ。」
ディーンは既に僕のことを仲間に入れる気でいるみたいだ。
「そんなにいきなり言われても。僕だって大学に行かないといけない」
そう言えば、いや、そもそも、僕がニューヨークにいるのも大学に留学するためだ。急に軍隊まがいの物に入れと言われたって入れる訳がなかったんだ。一瞬でも入ろうと思った僕が間違っていた。
「そうだ、お前、化学が好きなんだろう?」
ディーンが何かを思いついた様に言う。
「そうだけど」
そうだけど、それとこれとは別の話だろう……
「なら、新部隊に入ればいくらでも化学の勉強ができるぞ? ほら、いっぱい偉い博士とかいるし」
一体僕を何だと思っているんだ……
「……考えておくよ」
僕は取り敢えずの返事をする。
「すみません」
ショーが会話に入ってきた。
「何かあったか?」
真面目なトーンでディーンが聞く。一瞬で集中モードに切り替えられるディーンはやっぱり、プロだと思った。
「犯人グループから声明がでました」
ショーが言う。
「何だと?」
ディーンは大きな声を出す。僕も驚いた。ショーは動画が流れているスマートフォンをディーンに差し出す。これだけ車を飛ばしながらよくこんな操作ができるな。この緊急時じゃなかったら道路交通法違反だろうな。ディーンは緊張した面持ちでショーの差し出したスマートフォンを見る。僕も後ろから画面を覗いた。
そこには野球帽の上から黒いパーカーのフードをかぶった大きな男が、衣装とは不似合いな、宮殿に置かれているような豪華な椅子に座っているのが見えた。椅子の両脇には組織のマークと思われるものが描かれた旗が刺さっていて、それ以外は殺風景な部屋だった。
『我々、ニューオーダーの傘下、ラフィエンはこの度、ニューヨーク1のビル、エンパイア・ステイツの86階を爆破し、それより上の階層の者たちを監禁した』
男は演説口調で芝居がかった話し方をしている。そして奴は今、自分たちをニューオーダーの傘下だといった。
ディーンの顔もこわばる。
男の話は続く。
『我々の要求は1つ。5年前、このニューヨークの地で警察によって不当に拘束された我らが教祖、アンペールの釈放である』
「アンペールを釈放だと? ふざけやがって」
ディーンは憤っていた。僕も驚きを隠せない。
『期限は今日の午後14時。期限までに釈放されなかった場合は、人質を殺害する。警察や軍が少しでも怪しい動きをした場合も人質を殺す。警察、政府からの良い知らせを期待している』
動画はそこで終わっていた。今の時刻は12時52分。タイムリミットまであと一時間ほどしかない。
「発信源は?」
即座にディーンが聞く。
「匿名のSNSに投稿されていて特定できていません。その線からの情報の望みは薄いかと」
ショーは冷静に答える。
「これに対してのFBIの声明は出てるんですか?」
僕が聞く。
「それはまだ……」
ショーがそう言いかけたとき、連絡が入った。
「……はい。わかりました。今声明が出たみたいです。FBIはアンペールを釈放する準備をするそうです」
ショーは無線の内容を僕たちに伝えた。
「ここでは下手に犯人グループを刺激するような言動は取らないということか」
ディーンが考察する。だが、それにしても敵組織に対する情報が少なすぎる。
「かなり厳しい状況だな。敵のこともほとんどわからねえ。」
ディーンは歯がゆそうに呟く。
「いや、そうでもないかも」
僕がそう言ったのは少し気づいたことがあったからだ。
「何?」
ディーンが訊き返す。
「奴ら、ラフィエンはニューオーダーの傘下だと言ってたよね。てことはラフィエンのメンバーも、もしかしたら能力者なんじゃないか?」
仮に奴らが能力者ならあの違和感も説明がつく。
「ラフィエンが能力者……」
ディーンが呟く
「それで、あの時の爆発で気づいたことがあるんだ。爆発の瞬間、一瞬赤い光が見えたんだ。普通の爆発じゃあんな風にはならない。それにあんな高層階に大量の爆薬を運べるはずがないんだ」
「つまり、どういうことだ?」
ディーンが尋ねる。
「多分だけど、犯人は反応性の高い、要するに爆発しやすい元素の能力者なんだと思う。赤い光を発するものだったら恐らく犯人の元素はリチウムか、ルビジウムか……」
「お前、すげえな……」
ディーンは感心しているようだった。
「それと、もう一つ気になることがあるんだ。いくら爆発しやすい、アルカリ金属を操る能力者でも、あれほどの爆発はそう簡単に起こせないと思うんだけど……」
僕はディーンに訊く。
「そいつについては少し理由がわかるかもしれねえ。能力で操った元素は普通にそこらに存在するものよりも、一個一個の元素の性質が強くなるんだ。俺たちは『超元素』って呼んでる。てことは、お前の言うアルカリ金属ってのも普通の元素より爆発しやすくなってるってことじゃないか?」
「なるほど。そういうことか」
超元素。初めて聞く言葉だ。だけど今のディーンの説明で納得はできた。言われてみれば、能力で操った時の鉄は少しいつもと違ったような気がする。
合図もなく突然急ブレーキがかかる。舌を噛みそうになった。あの時シートベルトをしていなかったら噛んでいただろう。
「着きました」
ショーが冷静に言った。外を見ると空が黒煙で少し暗くなっていた。
ビルの周囲にはそこから逃げ延びたたくさんの人々や、野次馬たちが、ある者は不安の目で、またある者は好奇の目でビルの爆発現場を眺めていた。
そんな人々を塞ぐようにして、ビルの周囲には黄色い規制線がびっしりと張られていた。規制線を跨ごうとして警官に止められている者もいる。
「ありがとよ、ショー」
「ありがとうございました」
車を降りて、二人でお礼を言った。
「お気をつけて」
ショーはそう言うとパトカーを走らせて行ってしまった――
元素コラム 第三回
炭素 C 原子番号 6
炭素を紹介しようとすると書くことがたくさんありすぎて困るくらいなのですが、今回は炭素の同素体について紹介します。同素体とは、ある一つの元素でできていることは同じだけれど、構造や使っている原子の個数などが違うもののことです。炭素の同素体には、黒鉛、ダイヤモンド、フラーレン、カーボンナノチューブなどがあり、炭素は同素体の数が多いことで有名です。特に黒鉛とダイヤモンドは硬さの面で大きな違いがあり、物体の構造がいかに大切かというのがよくわかる例となっています。はたしてディーンはダイヤモンドを作ることができるのでしょうか。




