第4話 逆さ虹の森の話
とあるところに、広い森がありました。
その森はとても広く、川で半分に分かれていました。その川には、今はもうぼろぼろになったオンボロ橋と呼ばれる橋が架かっています。また、森の入り口には広い広場があり、そこは動物たちの憩いの場となりました。
その森は、昔神様が流した涙で出来たという、ドングリを投げ入れて願いを言うと叶う、ドングリ池という池があるという噂があるだけで、なんの変哲も無い森でした。
しかし、ある時からその森は変わりました。
広かった森の入り口の広場は、周りの木の根が飛び出してひとまわり狭くなり、誰かが嘘をつけば根っこが捕まえて離さない「根っこ広場」と呼ばれる場所になりました。
そして、森には大きな逆さまの虹がかかるようになりました。今では、この森は「逆さ虹の森」と呼ばれています。
……でも、逆さ虹がかかるようになったのは、実は、大昔のことではありません。
大体70年前のことです。
たったこれだけの年月しか経っていません。
では、何故「逆さ虹の森」は生まれたのか。
そして、何故大昔に逆さ虹の森が出来たと思われているのか。
これは、そんな物語。
70年前。
とある森——後の逆さ虹の森には、性格は似ていないのに仲のいい、6匹の動物がいました。
歌上手のメスのコマドリ、リマ。
食いしん坊のオスのヘビ、ネイス。
暴れん坊のオスのアライグマ、ポメラ。
お人好しのメスのキツネ、キッコ。
いたずら好きのオスのリス、スカラー。
怖がりのオスのクマ、ベック。
そして、よくこの森に遊びに来る、3人の人間の女の子がいました。
おっちょこちょいで優しい、さらちゃん。
手先が器用で想像力豊かな、なあちゃん。
魔法使いではないかと噂の立っている、ふうちゃん。
3人とも、小学校4年生です。
6匹の動物は、3人の女の子と仲良くなってからは、その3人の女の子たちとだけ言葉が通じるように、ドングリ池にお願いしました。なので、6匹と3人は自由にお話しできました。
6匹の動物と3人の女の子は仲良しで、毎日楽しくこの森で過ごしていました。
そんなある日のこと。
女の子たちが、その日も学校を終えて森に遊びに来ました。いつもなら、6匹の動物たちが広場で3人を待っているのですが……女の子たちは、広場で思いもしなかった光景を目にしたのです。
そこには恐ろしそうな怖そうな顔をした、大男が2人いました。その2人の大男は、ポメラに引っ掻かれ、スカラーにイタズラをされ、ネイスに噛まれています。
3人がその光景を見てあっけにとられていると、「さらちゃん、なあちゃん、ふうちゃん」と誰かが小声で3人を呼びました。
その声の持ち主は、ベックでした。怖がりなので、木の陰に隠れています。
「よかった、3人が来てくれて。あのね、キッコがあの男の人たちに騙されて、檻に入れられて、連れていかれそうになったんだ。ポメラが男の人の手を引っ掻いたから男の人たちは檻を落として、それをネイスが遠くまで運んでくれた後に応戦してくれたよ。スカラーは純粋にイタズラを楽しんでるようにも見えるけど……」
ベックは広場を見ながらブルリと身震いしました。
「3人とも、僕の背中に乗って。みんなのこと、待ってたんだ。理由は移動しながら話すよ」
それを聞いた3人は、ベックの背中に大人しくまたがりました。そして次の瞬間、ベックは走り出しました。その速さはまるで、車に乗っているかのようです。
「さっき、キッコが檻に入れられたって言ったでしょ? 実は、鍵がかかってて僕らには開けられないんだ。僕が無理やり檻を壊せば、キッコに怪我させちゃうかもしれない。でも、誰も鍵を開けられない。このままだと、キッコはずっと檻の中なんだ。でも、もしかしたら、3人なら開けられるかと思って。だから、檻を開けて欲しいんだ」
走りながら、ベックは話します。
「出来るかな、鍵を開けるなんて」
さらちゃんが言うと、
「南京錠ならヘアピンでなんとかなるかも。前に誰かがやって成功したのを見たことあるよ」
となあちゃんが言い、
「なんとかならなかったら、うちに任せて」
とふうちゃんが続けました。
そのうち、オンボロ橋のそばに来た時、リマの姿が見えました。ベックの上で飛び回り、何度も何度もさえずります。
「はやく、こっちよ!」
「分かってるよお!」
ベックはオンボロ橋の歩いても大丈夫な所を、タン、トン、サッ! と走り抜けます。いつ崩れるか分からない橋とはいえ、もう渡り慣れた橋です。オンボロ橋を渡ることは、女の子たち3人はもちろん、ベックにとってさえも怖いことではありません。オンボロ橋の歩いても大丈夫な所は限られていて、歩いても大丈夫な所を知っているのは森の動物たちと3人の女の子たちだけだったので、もし誰かが追って来ていてもオンボロ橋の向こうまでは追ってこれないでしょう。
オンボロ橋を渡りきり、さらに走ると、ようやく小さな檻が見えました。中には元気をなくしてぐったりとした、キッコが。
「キッコ!」
3人は立ち止まったベックの背中から飛び降り、慌ててキッコの元へ駆け寄ります。そして、鍵を確認しました。南京錠です。でも、なあちゃんがヘアピンで開けようとしても、うまく開けられませんでした。
「……ふうちゃん、お願い!」
「うん!」
ふうちゃんはなあちゃんからヘアピンを借りて、鍵穴の中に躊躇なく差し込みました。するとあら不思議。ヘアピンは鍵に変わって、カチリと回すと簡単に南京錠は開きました。やはりふうちゃんは噂どおり、魔法使いなのでしょうか。
「ヘアピン、ありがと」
ふうちゃんがそう言って鍵を抜いてなあちゃんに渡した時には、鍵はヘアピンに戻っていました。さらちゃんが檻の中からキッコを出してあげました。キッコはブルブルと震えています。
「もう、大丈夫だよ」
そのさらちゃんの声を聞いた途端、キッコは大声で泣き出しました。
「怖かった……怖かったよう……!」
「キッコ! 大丈夫だった?」
そこに、ポメラにネイス、スカラーがやってきました。
「もう、あいつらは逃げたよ」
「そっか……ぐすん。悪い人間がいるなんて、知らなかったよう……怖かったよう……」
キッコは泣き止みそうにもありませんでしたが、ゆっくりと、何があったのかを教えてくれました。
あのね、あのね。
広場で3人を待ってたの。うちが一番乗りだったから、うちしかいなかった。
そしたらね、おっきい男の人が来てね、ニコニコしながら言うの。
ふさふさの毛だねえ。すこし触らせておくれって。なにも怖いことはしないからって。
自慢のふさふさの毛を褒められたのが嬉しくってね、歩いていったの。
後ろから「キッコ、逃げて!」って言うポメラの声が聞こえた時には、捕まってたの。檻に入れられたの。カチッて音がして、鍵が閉められて。出してよって言っても、ダメだった。ニヤニヤって男の人は笑ってたの。笑ってるのに、怖かった。
ポメラがね、檻を持ってた男の人の手を引っ掻いたの。思わず男の人がうちの入ってた檻を落とした時、ネイスが来てね、檻をくわえて、うちをここに連れてきてくれたの。
鍵を開けられなくてごめんね、3人が来たらきっと開けられるから、すぐ呼んでくるから待ってて、って言われたの。そのあと、リマが来てね。みんなが来るまであたしがいるから大丈夫、寂しくないわって言ってくれたの。
そのあと、不意にリマがいなくなったと思ったら、ベックとさらちゃんとなあちゃんとふうちゃんが来て、鍵を開けてくれたの……。
「全く! キッコはお人好しすぎなんだよ!」
ポメラがぷんぷん怒りながらキッコに叫びます。
「うん……キッコの気持ちはわかるけど、もう少し、疑う心を持ってもいいかもね」
さらにベックも、そっと言いました。
「……まあ、お人好しなところがキッコのいいところでもあるんだけど」
しかし、リマが綺麗な声でそうさえずると、
「確かになー。その性格のおかげで、キッコなら信じて大丈夫だって思えるしなー」
ネイスもリマに同意します。
「ま、次からは気をつけろよっ」
軽い調子でスカラーが締めくくってくれたおかげか、重かった空気が軽くなりました。
そして、6匹と3人は、その日も楽しく遊びました。
しかし、その日の帰り道。
「……このまんまだとさあ、またキッコが騙されて連れてかれちゃうかもよ」
さらちゃんがポツリと呟きました。
「そうだよね……。それに、他のみんなも、悪い人に捕まっちゃうかもしれないよね。どうしよう……」
ふうちゃんも呟き、考え込みました。
すると、なあちゃんがハッとしたような顔をして、言いました。
「……ドングリ池にお願いしに行こうよ。『動物のみんなを守ってください』って」
「……いいね、それ!」
「ドングリ池に行こう!」
3人はドングリ池まで引き返しました。
そして、3人はそれぞれ、ドングリ池にドングリを投げ込んで、お願いしました。
「——お願いします。仲良しの動物のみんなのことを、守ってください」
その時。
森の入り口の広場に、変化が起こりました。
広場を囲んでいた木々の根が、次々と飛び出してきたのです。
そして、広場が一回り小さくなったのでした。
ちょうどその時、クマの毛皮を狙う人たちが、森に現れました。
「ここに、ふさふさの毛のクマがいるらしいぜ」
「おお! 何としても捕まえたいなあ」
2人の人はグフフと笑い、猫なで声で話し出しました。
「クマちゃーん、この森に住むクマちゃーん」
「ふさふさの毛を見せておくれー」
「何にも怖いことはしないから、大丈夫だよーう」
と、その時。
ミシミシ、ギシギシ、スルスルスル……という音がしたかと思うと、足になにかが絡みつくのを男の人は感じました。
そしてそれは、たちまち腰へ、腕へ、そして顔へと上がってきました。
「これは……木の根っこ⁉︎」
「ど、どうして……」
木の根っこに捕まっている理由は『怖いことはしない』と言ってベックを騙そうとしたから、つまりは嘘をついたからなのですが、男たちにはそんなことはわかりません。
「離してくれ! 分かった、もうクマは捕まえないから!」
男の人たちが本心でそう叫んだ時、木の根はスルスルと外れました。そして、男の人たちは一目散に逃げて行きました。
その頃、森の動物たちは不思議なものを見ていました。
それに最初に気付いたのは、リマでした。
「あれ……虹よね?」
その次にポメラがそれに気付きます。
「虹だけど……逆さまだ!」
——そう。逆さ虹です。
「虹が出るとさあ、いいことがありそうだよねえ」
のんびりとした口調で言ったキッコに、
「でもー、逆さまだよー」
ネイスが不思議そうに言いました。ベックがブルブルと震え始めます。
「さ、逆さまってことはさあ……わ、悪いことがあるんじゃ……ないかなあ……? こ、怖いよお」
ベックが震える声で言った言葉に、みんながうなづきます。
「とりあえず……家に帰ろうぜっ! 家ほど安心安全な場所はないよなっ!」
スカラーの言葉に、
「うん!」
と、不安に駆られた動物たちはうなづき、すぐに自分の家にこもりました。そのおかげで、男たちに捕まることもありませんでした。
それ以来、たくさんの木の根っこが飛び出した広場は「根っこ広場」と呼ばれるようになり、ここで嘘をつくと根っこに捕まると言う話が広まりました。なので、森を訪れる人は減りました。もともとこの森に現れる人間は多くなかったのでしたが……。
また、森で何かが起こった時には必ず逆さ虹が現れるようになりました。
なにも知らない人間は、立派な虹だね、不思議な虹だね、逆さまな虹って初めて見た、雨も降ってないのに虹がかかるなんて、と言いましたが、動物たちはその虹に様々なことを教えてもらいました。
ある時は、仲間が川で溺れかけていることを。
ある時は、仲間が病気で死にかけていることを。
ある時は、森に侵入者が現れたことを。
その度に動物たちや3人の女の子はそれを解決していきました。
動物たちは、女の子たちの願いの通り、守られたのです。
そして、何故70年前のことなのに、大昔から逆さ虹がかかっていたと思われているかというと、女の子たちが、後々それを望んで、ドングリ池にお願いしたからでした。
「そういえばさ……突然根っこ広場ができたり、逆さ虹が出るようになったら……なんかおかしいってみんな思うよね?」
「うん、たしかに」
「なら、ドングリ池にお願いしよう!」
「みんなが、昔からここに根っこ広場があって、逆さ虹が出てたって思い込みますようにって?」
「そう!」
「いいね! そうしよう!」
女の子たちはそう話し合って決めて、ドングリ池に願ったのです。
「みんなが、ここに昔から根っこ広場があって、逆さ虹が出てたって思い込みますように」
なので、この真相を知っているのは、その3人だけです。
他の人は、みんな昔から根っこ広場があって、逆さ虹が出てたんだと思い込まされていますからね。
どうして逆さ虹の森ができたのか。
いかがでしたか?
もし逆さ虹の森を見つけたら、是非逆さ虹を探してみてください。
もし逆さ虹が出ていたら……森の動物たちに危機が迫っている時ですから、助けてあげてください。
何故か、ですって?
確かに、もうすでにリマ、ネイス、ポメラにキッコ、スカラーやベックは寿命を迎えて、もういません。しかし、その子供たちが、まだまだ森には住んでいます。
それに、あの女の子3人はもう、80代になっています。森を訪れなくなったのは、もう遠い昔のことです。動物たちを助けてくれる、仲良しの人間はいないのです。
さらに、人間でないと動物たちを助けることのできないことも、時々ありますからね。
今回のお話は、これでおしまい。
またお会いしましょうね。