第2話 きつねっ子 魔女っ子
ある日の朝、女の子が道を歩いていると、小さなきつねを見つけました。
「きつねさん、かわいい!」
女の子はそういうと、「一緒に遊ぼうよ!」ときつねにむかって手を広げました。
しかし、きつねは逃げようとしました。
人間の子は危ないから、近づいてはいけません、とお母さんぎつねに教わっていたのです。
でも、思うように逃げられません。足をけがしていたのです。
「あれ、けが? いたそう……」
女の子はそういうと、そっときつねの足にさわって、「いたいのいたいの、とんでいけー!」と言いました。
するとどうでしょう。きつねの足のけががなくなってしまったのです。
きつねはびっくり!
(みんなはいつも、変身する術や姿を消す術を使ってるけど、けがを治す術なんて、聞いたことない!)
きつねの子は、覚えたての、人間に変身する術を使って、男の子になりました。でもうまく使えないのか、尻尾が見えています。
「……助けてくれて、ありがとう」
「いいえ! けが、治ってよかった!」
女の子の笑顔を見て、きつねの子は(この子は悪い子じゃない)と思いました。
なので、いいました。
「ねえ、お礼がしたいんだ。ぼくたちの村にこない?」
きつねの子はもとの姿にもどって、走りだしました。それを見た女の子は、自分もきつねになって走りだします。
「わあ! きみ、きつねだったの?」
「違うわ! わたしは魔法使いよ!」
最初は、コンクリートの道を走っていましたが、途中からは草の道になりました。
「魔法使い? なにそれ?」
「あとでおしえてあげる!」
だんだん道がきえていきます。細い、細い、きつねだけの道をきつねの子は走っていきます。きつねの子は息をきらすことなく走りますが、女の子はだんだん息がきれてきました。それでもがんばって、きつねの子のうしろを走ります。
きつねの子はふいに走るスピードをゆるめて、そしてあるところで止まりました。
「ここがぼくらの村だよ!」
「うわあっ、すごい!」
いつのまにか、森に入っていたようです。
その森の中にぽつりとあるひろばに来ていました。
ぽかぽか、あったかいお日さまの光が差していて、草が緑色のじゅうたんになっています。ねっころがったら気持ちがよさそうです。
「くん、くんくん」
突然、大きなきつねがやってきました。
小さなきつねは大きなきつねにかけよります。
「大ぎつねさま、ただいまっ!」
「おかえり、かんた」
小さなきつねは、女の子をふりかえります。
「あ、ぼく、なまえをいってなかったね。ぼくは、かんた。こっちが、大ぎつねさま。この村で一番長生きで、一番ものしりなんだ!」
「わたしのことは、あーやって呼んで。みんなにそうよばれてるんだ」
あーやはきつねの姿のまま、そういいました。
「……あーや、といったかの。おまえさんは、なにものかね? きつねではないな。しかも、かいだことのない、へんな匂いがするぞ」
大ぎつねさまは、鼻をくんくんさせながら、ききました。
「……うん。わたし、人間なの」
あーやは、人間にもどりました。
「むむ? またあの変な匂いだ。これはなんの匂いだ? それに、おまえさんは、きつねでもたぬきでもなく、人間なのに、どうして変身できるのだ?」
「わたし、魔法使いなの!」
「なんと! 魔法、とな」
大ぎつねさまは、目をまるくします。
「けがを治したり、変身できたり、いろんなことができるよ!」
「ぼくも、けがをしていたけど、あーやが治してくれたんだ。おれいをしたくて、つれてきたんだ」
かんたの言葉を聞いて、くんくん、と大ぎつねさまは、かんたの足下を嗅ぎました。
「おや、本当だ。あの子と同じ匂いがする。そうか。これが噂に聞く魔法の匂いなのか」
大ぎつねさまは、嬉しそうにいいました。
「きつねさんって、魔法の匂いが分かるんだね! わたしには分かんないや」
あーやは大ぎつねさまのまねをして、くんくん、としましたが、全く魔法の匂いが分かりませんでした。
「大ぎつねさま、魔法って、なんですか?」
かんたは大ぎつねさまにききました。
「魔法、というのは、ここよりももっと、西のほうから伝わったとされる、不思議な力のことじゃよ」
「西のほう?」
かんたは首をかしげます。大ぎつねさまはうなづきます。
「そう。海を越えて、ずっと西のほうにあるまちから、伝わった力じゃ。わしらも、姿を変えたり、消したりする力をもつが、それとにたような力じゃ。できることは、魔法のほうが多いようじゃがな」
「海を越えて! すごいや」
大ぎつねさまのことばに、かんたは今度は目をまるくします。
大ぎつねさまはにっこりと笑って、
「あーや。お前さんは悪い人間ではなさそうだな。それに、礼を言わねばの。かんたのことを助けてくれて、ありがとう」
「ううん、全然大丈夫!」
あーやは元気よく答えます。
「しかしの、あーや。お前さんは魔法を抑える練習をした方がよさそうじゃな。わしが匂いで勘付くほどだ、沢山の魔法の力が常に溢れておる」
今度は真剣な表情で、大ぎつねさまは言いました。
「……? えっと、どういうこと?」
あーやにとって、大ぎつねさまの言葉は難しすぎました。あーやはこてりと首を傾げます。
「えっとね、あーや」
説明してくれたのは、かんたでした。
「きつねが術を使うには自分の中にある力を使うんだって。だけどね、あまりにも力が沢山あると、何もしていない時でも勝手に術を使ってしまったりするみたいなんだ。魔法使いもきっと、そうなんじゃないかな。自分の中にある、魔法の力を使って魔法をかけるけど、魔法の力がありすぎると、他の人や自分に、勝手に魔法をかけちゃうことがあるかもしれない。だから、魔法の力をしまう練習が必要じゃないかなって、大ぎつねさまは言ってるんだと思う」
「……今のままだと、他の人や自分に、勝手に魔法をかけちゃうの? だめだよ、そんなの!」
ようやく理解が追いついたあーやは大きく首を振り、そして。
「……大ぎつねさま、私にその方法を教えて!」
大声で叫び、お願いしました。
「あーや、また失敗しちゃったよお」
「大丈夫! 一緒に練習、頑張ろ!」
あーやとかんたが、広場でそれぞれ練習をしていました。あーやは魔法の力を抑える練習を。かんたは術をうまく操る練習を。
実は、かんたは術を操るのが他のきつねよりも下手でした。なので、大ぎつねさまがあーやにお願いしたのです。
『かんたに術を操る方法を教えてやってくれ。魔法はここから遠い西の力とはいえ、共通するものがあるように思える。東の力であるわしらの術にも、何か役に立つことがあるかも知れん』
「僕はきつねじゃないぞ、人間だぞ、って考えるの。それで、人間の自分を思い浮かべてみて。思い浮かんだら、術を使うの」
「うん、やってみるよ」
かんたは目をつぶって、変身した後の姿を想像しようとします。でも、いまいちうまく想像出来ません。なので、何度繰り返しても、中途半端な変身姿でした。
「ねえ、どんな人間になりたい? 私の前で変身したみたいな人?」
突然、あーやは尋ねました。
「え、う、うん。そうだね」
かんたがうなづくと、あーやは魔法でかんたに幻を見せました。あーやの前でかんたが変身したときの、男の子の姿です。でも、一つだけ違うのは、かんたが変身した時には残ってしまっていた尻尾が消えていることです。
「これを、じーっと見て。これが、かんたくんが変身したい人間だよ」
かんたはその幻にびっくりしながらも、それをじっと見つめます。
不意に、幻が消えました。
「今の男の子に変身してみて!」
あーやの声につられて、かんたはポンっと変身します。するとどうでしょう。あーやが見せた幻そっくりの男の子がそこに現れたではありませんか! しかも、ちゃんと尻尾も消えています。
「わあっ、僕、初めて術に成功したよ!」
「私がいつでもお手本を見せられるわけじゃないからね。自分の中で今みたいに思い浮かべられるようにしなきゃ」
「うん、頑張るよ!」
かんたは成功したのが練習するやる気に繋がったのか、再び変身の練習を始めます。
その横では、あーやが魔法を抑える練習を再開していました。
『自分の周りに、魔法の力が漂っているのと、自分の中に箱があるのを想像するんじゃ。その魔法の力を自分の中にある箱に入れていく感じかの』
大ぎつねさまに言われた通りに、魔法の力を自分の中にしまい込んでいきます。不思議なことに、そうしているといつもは感じない魔法の力の動きが、わかる気がするのです。なんとなく温かい魔法の力が、自分の周りから自分の中に入っていくのを感じる気がします。
なので、分かってしまうのです。自分の中にある箱の中に全部魔法の力をしまいこんで、ホッとすると、せっかくしまったその力が逃げ出してしまうことに。
あーやは困ってしまったので、かんたに事情を説明して相談してみました。
「……どうしたらいいかなあ?」
「うーん、箱に鍵をかけてみたらどうかなぁ。ほら、人間ってお家に鍵を使うでしょ? あれって、同じ家に住む他の人がお家から出ないようにするために、外からしめるものでしょ? あれなら、箱も閉められると思うよ」
鍵ってそういう使い方じゃない気がする、とあーやは思いつつも、でも、その通りだな、とも思いました。
あーやは魔法の力をしまいこみ始めました。魔法の力がどんどん自分の中に戻ってきます。全部戻ってきたら、箱に鍵をかけます。お母さんが家に鍵をかけるみたいに、魔法のお家に鍵をかけました。するとどうでしょう。魔法の力は逃げなかったのです!
その後は、魔法を使いたいときに使いたい分だけの魔法の力を取り出す練習をしました。こちらも大変でしたが、なんとかあーやは身につけて見せました。
その間に、かんたは自分の力だけでいろんな人間や動物に変身できるようになっていました。それだけではなく、姿を消す術も身につけました。
そのうち、夕方になりました。
「あーや、ちゃんと魔法の力を抑えられるようになったようじゃな。かんたも、こんなに術を操れるようになったじゃないか。二人とも、すごい成長じゃ」
大ぎつねさまは二人を見て、ホッホッホ、と笑いました。
「あーや、とても惜しいが、別れの時間じゃ。今日は本当にありがとう。これからも、今日のことを忘れずに、頑張るのじゃよ」
そう言って、大ぎつねさまはあーやに首飾りをあげました。細くてしっかりした蔓に、どんぐりが一つ飾られています。
「頑張って作ってみたんじゃ。お前さんが、このきつねの村の一員である印じゃよ。これをつけていれば、ここにはいつでも来ることができる。追い返すものも邪魔するものもいないだろう。きっと皆、歓迎してくれる。だからまた、遊びに来ておくれ」
「うん! また来るね!」
あーやは大ぎつねさまと約束しました。
そして、あーやはかんたに道案内されながら村を出て、人間の世界へ、そして自分の家へと帰っていったのでした。