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第10話 吸血鬼の探し物

黄昏時の、立ち入り禁止のはずの、高校の屋上。

そこに、1組の男女がいた。

「準備はいいかい、福山?」

「うん。柳井(やない)は?」

「ああ、大丈夫」

女子の名前が福山、男子の名前が柳井らしい。

柳井は何故か沢山のノートを持ち、制服の胸ポケットには、ボールペンと修正テープが。

「行くぞ」

「うん」


「……ま、待って」


突然聞こえた声に、福山と柳井はフリーズする。

誰かに見られたのか?

声のした方を、恐る恐る振り返ると……。

「……あなたが、時の旅人ですか?」

そこにいたのは、黒いローブのフードを目深に被った、黒いワンピースに黒い靴の、黒ずくめの女の子。ちらりと見える髪の毛だけは、茶色だった。

「……君、誰? それに……時の旅人が何なのかを、知ってるのかい?」

柳井の声に、少女はうなづく。

「私は、リリー・ブラック・ホワイト。時の旅人は、命を削り時を遡り、見た出来事を記す者」

その答えに、柳井はぽかんとして、

「……その通りだよ。で、リリー・ブラック・ホワイトさん……だよね?」

「あっ、私のことはリリーと呼んでください」

「……ならリリー。どうして僕を捜していたんだい?」

柳井の問いに、リリーは俯く。

「……私、記憶がなくて。忘れちゃったんです。お母さんだって人も、お父さんだって人も、お兄ちゃんだって人も、お友達だって言う人も、みんな、大丈夫だよ、すぐに戻るよって言ってくれてるけど、きっと悲しんでると思って……。だから、記憶を取り戻したいんです。お兄ちゃんだって人が、時の旅人の話をしてて、それを聞いて、ずっと捜してました。お願い、手伝ってください」

リリーの必死のお願いに、2人は根負けした。

「……分かったよ、リリー」

柳井が、代表して答えた。

「リリーの記憶探しを、手伝おう」


柳井はふっと目を閉じ、そして何事かを考え、そしてゆっくりと目を開ける。

「そう言えば一度だけ、リリーに似た声の子の過去を見たことがある気がするなぁ。いや、もしかしたらリリーかもしれない。確かその子はリリー・ブラックと呼ばれていて、茶髪の女の子で……」

そこで、ふっと柳井はリリーを見た。

どこまでも黒ずくめの格好。深く被ったフード。そして一度だけ見た、とても似ている声の子の過去。

そこから導き出された答えは、1つ。

「……リリー・ブラック・ホワイト。君は、吸血鬼かい?」

「……そうです。ああ、でも安心してください。お2人の血は吸いません。ちゃんと血を吸っていい時間が決まっています。それは夜中なので、まだだいぶ時間があります。それに、血を吸うのは月に一度。今日はその日ではありません。……いえ、それ以前に、お2人は恩人ですから」

表情はフードのせいで見えないが、リリーは笑っているようだった。

「……そうとなれば、やっぱりあの時の子は君か。ちょっと待ってね」

柳井は持っていたノートをめくる。

「……もう、じれったい」

それを見ていた福山が、ぴしっとノートを指差した。すると、誰も触れていなかったノートのページが突然勢いよくめくられていき、あるところでピタリと止まる。

「ありがと、福山。えーっと……。

——『2018年5月7日。リリー・ブラックと呼ばれている吸血鬼がいた。……』って書いてある。これだ。まずはここを起点にして過去に戻ろう」

柳井が言い、ノートをその場に置き、福山とリリーの手を取った。福山は慣れた様子だが、リリーは驚いて一歩引いた。

「⁉︎」

「ああ、驚かせてごめん、リリー。言い忘れていたけれど、手を繋がないと一緒に過去には戻れない。だから僕がいいよって言うまでは、手を離さないで」

「……は、はい」

不安げなリリーの雰囲気を感じ取ったのか、

「大丈夫だよ。今までもこうやって、うちはこの人と一緒に過去に行ってきているの。この人の言う通りにすればいつもちゃんと無事に帰ってこれたから、その通りにすればいいの」

福山がリリーに優しく語りかける。

リリーはコクリとうなづいて、ぎゅ、と柳井の手を握りしめた。

柳井はすっと息を吸い、そして。


「我が名は柳井。柳井和彦。

我は旅人。時の旅人。

その名において命令す。

太陽よ、月よ、我に力を。

時を超え旅する力を分けよ。

そして必ずここへ帰せ。

黄昏時の魔の力よ。

異界への扉を開くのだ。

そして我を連れて行け。

我の求めるあの時へ」


歌うように唱えたその瞬間。

周りの風景が、一瞬にして変わり出した。

そして変わり切った時、屋上はとあるお屋敷の一室と化していた。

「……ここは」

「——2018年5月7日。リリーの過去だよ。ほら、あそこにリリーがいる」


薄暗いお屋敷の一室の棺の上。過去のリリーは棺に腰掛けていた。

『……どうして思い出せないのかしら』


「ここは……私の部屋です。あれは私の眠る棺。いつもこうやって、腰掛けて考えていたんです。どうやったら記憶を思い出せるかなって……」


『リリー! リリー・ブラック! 外に出る時間よ! 1ヶ月ぶりの食事を楽しんでらっしゃい!」

部屋の外から響く、女の声。

『……分かったわ、お母さん』

リリーは遮光カーテンを開け、窓を開け、そして真夜中の街へ飛び去っていった……。


「……これが、この間僕が見た記憶だよ。ここを起点にすれば、リリーの過去を遡れる。記憶を失ったのがいつ頃か、覚えている?」

「いいえ。でも……お母さんは、雪の降る日だったと……。何故かみんな、記憶を失った日のことを教えてくれないんです」

「なら、一番近い冬の日まで遡ろう」

柳井の言葉と同時に、風景が上へ上へと流れ始める。過去へと遡っているのだ。

そして緩やかにそれが止まった時、柳井は呟いた。

「——2018年3月2日。直近の冬の日だね」


過去のリリーは、やはり棺の上に乗って座っている。

『あのお母さんは、本当のお母さんかしら?』

過去のリリーは呟く。

『いや、でも私の記憶がないと知った時、お母さんは泣いていた……きっと、本当のお母さんよ。それとも、嘘泣きをしていたとでも?』

その両目から、涙がこぼれ落ちる。

『きっとそんなことはないわ……そうだと信じるわ』


「最初は疑っていたの?」

福山の問いに、リリーは首をひねる。

「いや、本当の最初は疑っていませんでした。でも、そのあと疑いだして、また疑うのをやめました。皆が演技をしてるとは思いたくなくて」

しばらくの間。

「……そっか。

よし、じゃあ次の雪の日に行こう」

柳井が言い、再び景色は流れ出す。

景色が止まった時、柳井は告げた。

「——2018年2月24日」


場所は変わって、これまた薄暗い大広間。

『私は早く思い出したいの!』

『落ち着いて、リリー。思い出すのには時間がかかるかもしれないわ、だから気長に——』

『嫌よ! みんながこんなに心配してるのに!』


「……この日は初めてお母さんと喧嘩をした日」

悲しそうに、リリーは言った。

「このあと、私は近くにあった花瓶を投げつけたんです。そうしたら花瓶は割れ、挿さっていた白いバラは、なぜか黒くなったんです。その日から、私はリリー・ブラックと呼ばれるようになりました。その前は、リリー・ホワイトだったのに。お母さんが、貴方の本名は今日からリリー・ブラック・ホワイトだって言ったんです」


花瓶の割れる音。女性の叫び声。パニックになったリリー。そして、黒く染まりゆく白いバラ(ローズ)


「……次の雪の日に行きましょう。もう、この日は見たくない」

「……そうだね」

柳井のその言葉は、再び時を巻き戻す。

景色が止まった時、場所がさらに変わっていた。

「ここは……どこ?」

「どこかの路地みたい」

「——2018年2月13日。ここは、隣の市のどこかの路地だ。しかも、特に人通りのないところ」


過去のリリーが路地を歩いている。

しかし、今までと明らかに違うところがある。

——ひとつ目に、その時間。

過去のリリーは腕に腕時計をつけていた。

その時計が差していた時刻は、6時。

この外の暗さ的には、午後の6時だ。


6時を差していると気付いたのは、福山だった。

リリーは首をかしげる。

「そんなわけない……私たちが血を吸っていい時間は、夜の12時より後のはずです」

「でも、間違いなく6時を差してたよ?」


——ふたつ目に、その格好。

着ているのは白いもこもこの上着に、可愛いワッペンのあるジーパン。手に持ったカバンは小学校に持っていく手提げカバンのよう。ピンク色の可愛らしいものだった。


「こんな格好……したことがないはず」

リリーは、呟く。

「でもしてるよ?」

「どうして……? おかしい……」


——みっつ目に、リリーの名前。

手提げカバンやその中にある塾の教材らしきものには、こう書いてあった。

『城田 百合子』


それを読み取ったのも、福山だった。

リリーがありえない、と呟いた。

「嘘だ……私は、リリーのはず……」


次の瞬間、空から何かが舞い降りてきた。

それは過去のリリーをじっと見つめている。

過去のリリーは恐ろしさのあまり、何も言えず、全く動けずにいる。

『可愛いねえ……散歩のつもりで外に出たのに、こんなに可愛い子を見つけるなんて。

……ねえ、貴方。私の娘になりなさい』


「こ、この声……」


そしてそれは、ゆっくりと、動けずにいる過去のリリーへと歩み寄り、過去のリリーが逃げられないように抱きしめて。

かぷり、と。

その首に噛み付いた。


「……あ、ああ……」


あたりにこだまするのは、吸血鬼が血を吸う、嫌な音。

そして。

その影——リリーの母親を名乗る吸血鬼は、リリーの血を吸い終わると、顔を上げた。

過去のリリーは、もう死んでいた。


「——思い出した」

リリーは力が抜けて、座り込んでしまっていた。


『ふふ……特別に教えてあげるわ。私たちが血を吸う時間は決まっている。その時間に血を吸われた人は死ぬのだけれど……その時間でないときに血を吸われた人は、吸血鬼になるの。人間だった頃の記憶を、全て忘れてね』

リリーの母親を(かた)る吸血鬼は、饒舌に語りながら、過去のリリーをお姫様抱っこをして抱いた。

『死を通り越した貴方が次に目覚める時には、人間の時の記憶はない。貴方はもう、人間ではなく吸血鬼なのだから。そして貴方は私の娘になるの』

ふと、地面に落ちた手提げカバンを、彼女は見た。

しろた(城田)ゆりこ(百合子)……ね。城……しろ……白。白はホワイト。まあ、なんて素敵な偶然なのかしら。

そして、百合(ゆり)は、リリー。

貴方の名は、リリー・ホワイト(白百合)。ねえ、素敵な名だと思わない?

ちなみに、私の名はローズ・ホワイト(白バラ)なのよ』


「私は……城田百合子。ただの人間だった。小学校の6年生で、この日は塾に行く日だった」

ゆっくりとリリー——城田百合子は語りだす。

「だけどその途中、暗い路地で、吸血鬼が現れた。怖くて、声すら出なかったの。それで『娘になりなさい』って。それで私……血を吸われて」

ポロポロと、涙がこぼれ落ちる。

「死ぬんだって思って、気が遠くなって……気付いたら、私は吸血鬼としての生を受けていた。人間だった頃のことを、忘れ去って」

それを聞いた柳井は、無言で時を動かした。


薄暗い、吸血鬼リリーの部屋。

満月の夜、リリーは棺の蓋を開き、吸血鬼としての生を受ける。

そして。

『……ここ、どこなの?』

呟いた。

部屋の扉が開く。

『あらリリー、目が覚めた?』

『……リリー?』

吸血鬼リリーは首をかしげる。

『リリー、どうしたの? 何かあったの?』

『……リリーって、誰ですか?』

その瞬間、リリーの母親を騙るローズは、泣き崩れたフリをした。


「……ありがとう、時の旅人さん。もう、戻りましょう」

「……そうだね」

柳井は、再び無言で時を動かす。

今度は最初の時のように、じわりじわりと、風景が変わっていく——。


気付いた時には、そこは高校の屋上だった。

「もういいよ、手を離しても」

2人が手を離した瞬間、柳井はどさりと地面に倒れこみそうになり、手をついた。

「はい、これ」

福山が何かを柳井に差し出し、柳井は受け取るなりそれを飲み込む。

「命の薬……!」

リリーはすぐにその正体に気付いた。

「そう。うちが木に手伝ってもらって作った、生命力を取り戻すための薬」

「この仕事は命を削るからね。たまにもらうんだ」

福山と柳井が笑って答える。柳井はもう何事もなかったかのように立ち上がっていた。

「……本当にありがとうございました。お2人は本当に恩人です。だから、これ」

リリーは目を閉じて、十字を2回切った。するとどういうことか、銀のロザリオが2人の手の中に現れたのだ!

「身につけておいてください。これは私以外の吸血鬼を退けるロザリオです。これでお2人は吸血鬼に襲われることはありません。

……もう夜です。魔物が街中を闊歩する時間です。ですから、2人とも、お気をつけて」

それでは、と言って、リリーは空へと飛び立った。それをただ、2人は何も言わずに見送った。


その後、福山から聞いた話だが、リリーは本当の家に帰り、両親が早く寝てしまうことをいいことに、夜の11時には寝付いてしまったという両親の血を吸い、吸血鬼にしたのだという。

そして、リリーが吸血鬼になった後住んでいた館から、自分の棺と空いていた棺を2つ、つまり計3つの棺を家に運び込み、代わりに家のベッドを館の自室に運んだという。そのことにより棺を置くスペースができたから、そこに棺をおき、両親をその中に入れたらしいと聞いた。

そして家中のカーテンを全て遮光カーテンに変え、家を吸血鬼の館に変えてしまったのだという。

そして両親が目覚めた時には自分が2人の子供だと説明し、家中にあった3人の家族写真を見せて2人の記憶を戻し、家族3人で幸せに暮らしているという。今はリリー・ブラック・ホワイトではなく、城田百合子として。


「よくこんなことができたね」と私が言うと、

「山間にポツンと一軒だけ立っている家だったんだって。だから人も来ない。ご近所づきあいもない。もともと近所に家がないんだから。だからできたことみたいだよ」と、福山は言っていた。

これで「語り継ぐ物語」は完結となります!

いかがでしたでしょうか?

少しでも気に入っていただけたなら、応援ボタンを押していただけると嬉しいです。


予定では、第10話は現代に生きる一寸法師の子孫の話を書くつもりでしたが、途中で設定に無理が出てきてしまい、断念しました……。タイトルだけなら活動報告に載せているので、気になった方はタイトルを見て、どんな物語なのか想像してみても楽しいかもしれません。


これは10話全てに共通していますが、童話というよりかは児童書を書いている気分でした。

そして童話を書くときはいつも児童書ぽくなっている気がするのは気のせいでしょうか……?


他にも今年は「四季の歌」「願い事はドングリと共に」「逆さ虹の森 —七つの想い寄り集まる森—」という童話を書いています。そちらもぜひ読んでみてください。


最後に、この物語を読んでくださり、本当にありがとうございました!

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