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第1話 女神の祈り

「リア様!」

小さな女の子に呼び止められた女神は、くるりと振り返りました。

「……なあに?」

「あのね、お母さんとお父さんが、リア様にありがとうって言ってきなさいって。お礼を言う前にいなくなったから」

「ああ……そういえば、そうだったわね」

その女神の名は、リア。

リアはたった今、突然高熱を出してしまった女の人と、咳が止まらなくなった男の人を助けたところでした。きっとその女の子は、その二人の子供でしょう。

女の子は、ニコニコと笑って言いました。

「リア様、ありがとう! 私、何にも出来なかったから……本当に、嬉しかった」

「いいえ、お役に立てて、よかったわ」

リアはそう言って女の子に微笑んでみせました。

しかし……。

「……リア様、何か、悲しいの?」

「? どうして?」

「だってリア様、泣いてる」

女の子に言われて、ようやくリアは自分が泣いていることに気付きました。

「どうして、リア様は泣いているの?」

リアは少し俯いていましたが、やがて何かを決心したように顔を上げ、女の子を見ました。


「私の話を、聞いてくれる?」


***


「神様、どうか私たちをお助けください」


何千年も昔、人々は神様を信じていました。

神様が人間を作り、空と地面を作ったのだと信じていました。そして今でも、自分たち人間のことを見守っていると信じていました。なので、人々は祈りました。巫女や呪術師だっていましたし、良い精霊も、悪霊もいると思われていました。


そんな、ある冬の日のこと。

ある村の、ある女の人は、涙を流していました。

「神様は……もう、人間に失望したのかしら」

美しい黒髪に、澄んだ目。程よく白い肌に、真っ赤な唇。

そう言って涙する女の人の名前は、りりあ。

この村の、呪術師でした。


りりあが家で一人泣いていると、その家の戸を叩く者がありました。

りりあは慌てて涙を拭い、戸を開けました。

「どなたでしょう?」

「初めまして。私は旅人でございます。どうか、一晩の宿を恵んでくださいませんか……」

「まあ! 中に入ってくださいな。外は寒かったでしょうに」

りりあは旅人を家の中に入れました。

「私の名はりりあと言います。あなたは?」

「さあ……長く旅をし続けたものですから、忘れてしまいました」

「まあ」

2人はくすりと笑いました。

焚き火にあたりながら、

「旅人さんは、きっとたくさんのことをご存知なのでしょう? もしよければ、教えてくださりませんか?」

りりあがお願いすると、旅人はうなづき、嬉しそうに話しました。りりあは、知らない話に遠い国の話、不思議な話を目を輝かせながら聞きました。


「ところでりりあさんは、呪術師なのですか?」

「どうして、それを?」

「呪術師の方が使う道具がありますので」

そう言われてみると、呪術の道具が出しっぱなしでした。

「ああ、先程まで祈りを捧げていたのですよ。干ばつがひどいので、雨が降りますようにと。でも、最近……何を祈っても、届かないのです。何も、叶わないのです」

「そういえば、あちこちで雨が降らないと声が上がっていましたね」

りりあが俯くと、旅人も考え込むような姿勢をとりました。

「私は……もう、神様は人間に絶望したのかと思ってしまいました」

「……何故?」

「もう、何を願っても届かなくて……でもそれは、私達が富を蓄え、他の村と争うようになってからです。前代の呪術師の方は、祈れば必ず願いは叶ったと言いますし、私も、昔はもう少し願いが叶っていたように思います。私達が欲というものを覚えれば覚えるほど、神様は絶望しているのではないか、だから、願いを叶えてくださらないのではないか、と……」

「なるほど……」

旅人は何か考えていましたが、「いいものがありますよ」と言って、持ち物の入った鞄を漁りました。そして取り出したのは……美しい白い翼でした。

「……これは」

「数ヶ月前、神の祝福を受けた白鳥に出会いました。神の祝福を受けておりますから、呪術のようなものを用いることができ、人語を操ることもできました。また、永遠の命を保証されていたのです。しかし、白鳥は永遠の命はもういらないから、この翼を貰って欲しい、翼に全ての祝福が詰まっているから、と言いました。そして、もしこの翼が欲しいものがいれば、そのものに渡して欲しい、と。なので、この翼を貰い受けました。

この翼を使えば、神様の元に会いに行けるかもしれません。神様に会って、一度尋ねてみるのは如何でしょうか」

旅人の言葉に納得したりりあは、「翼を下さい」と言いました。

「一度、神様に会いに行きます」


りりあは翼を背に当てました。

するとどうでしょう。背中にその翼が付き、同化したのです。

「私、いってきます」

「気をつけて下さいね」

翼を羽ばたかせ、りりあは初めて空を飛びました。どこまでも上を目指し、神様の元を目指します。

風が冷たく、凍えそうでした。全ての感覚がなくなりそうでした。それでも、飛びました。

そして、気が遠くなりかけたその時、りりあは雲の上に降り立ちました。

「——人間が、何の用でここに来た?」

声の元をたどると、そこには、神様がいました。

ようやく、目的地に着いたのです。


「神様。単刀直入にお聞きします」

「何だ?」

「神様は……人間に絶望したのでしょうか」

りりあの言葉に、神様はパチクリと不思議そうに瞬きをし、そして次の瞬間。

「わーっはっは!」

思い切り、笑いだしたのでした。思わずりりあがポカンとしてしまいます。

「何を言い出すのかと思ったぞ。そんなこと、あるわけがなかろう。そうか、お前が最近雨乞いをした呪術師だな? ちゃんと願いは聞いていたぞ。ただ、最近、ずっと力を使い過ぎたものだから力が使えなくなり、休んでいただけだ。人間に絶望などしておらん。だからそこは安心して良い」

その言葉を聞き、りりあはホッとしました。神様は休憩中だったのです。

「ただ……」

しかし、神様が言葉を続けます。

「いつ力が戻るか、わたしにもわからぬ」

「そんな……」

りりあは一気に絶望しました。もしかしたら、このままでは日照りが続いて、村人が全滅するかもしれません。でも神様が雨を降らせることが出来ないなら……。

そんなりりあの気持ちに気付いたのか、神様は、

「一つ、いいことを教えてやろう」

と言いました。

「わたしの祝福を受けた池が地上にある。そこに行くと良い。その池の名は、ドングリ池。どんぐりを投げ入れ願いを唱えれば、叶うだろう。その翼はわたしの祝福を受けた翼。それに込められた力を使えば、きっと池は見つけられる」

「ありがとうございます」

りりあは神様に礼を言い、一度自分の家に戻りました。


家に帰った時には、夜は明けかけていました。

「……というわけで、旅人さん。私はドングリ池を探しに行きます」

「……そうですか。でもその願い事が叶ったら……」

「分かっています。ですから、旅人さん。お願いです。私が旅に出て、鶏が鳴いたら、この家を燃やしてください」

「……分かりました。お元気で、りりあさん」


りりあはすぐにドングリ池を見つけました。

りりあは池にどんぐりを投げ入れて、そして。

「——私を、女神にしてください。神様の力が戻るまで、その代わりを務めさせてください」

そう、願いました。


その願いは、叶いました。

小さかった白鳥の翼は大きく、美しい輝きを放つ女神の翼になり、美しかった黒髪はさらに艶やかに長く伸び、頰や唇には赤みがさし、目には星の輝きが宿りました。服装も呪術師のそれではなく、人離れした美しいものになりました。そして何より、自分の中に何か力が宿るのをりりあは感じました。

りりあは、鶏が鳴くのを聞きました。

りりあは、自分の暮らしていた村に、戻ります。

きっとこれが、自分の村で過ごす最後の時になるでしょう。


村では、りりあの家が燃えていました。村人はすでに家を去り、でも何かあったらいけないからと、近くの木々の陰から見守っていました。

「りりあーっ!」

「りりあ、どこだ⁉︎ 家なら早く逃げろっ!」

「りりあ、無事でいてくれ……」

家が全焼に近づいた時、突如、そこだけに雨が降り出しました。

「⁉︎」

もちろん村人は何事かと騒めきます。

火は、だんだんと落ち着き……そして、消えました。しかし、りりあはいません。

「りりあっ!」

村人が叫んだその時。


「……すみません。その人を助けることは、出来ませんでした」

現れたのは、一人の女神——りりあでした。


「もしかしたら……あの、女神様でしょうか?」

村人たちは、女神がりりあであることに、気づきませんでした。彼女の姿は、りりあに似て非なるものになっていたのです。

村長の問いに、彼女はうなづきました。

「はい。私はこの家が燃えているのに気付いた時、すぐに雨を降らせました。しかし、手遅れでした……この家に住んでいた方は、亡くなりました」

りりあは、自分の存在を消すために家を燃やしました。そして、自分は火事で死んでしまったことにしてしまいました。

「そんな……りりあが、死んだ……」

村人たちは、涙にくれました。

「これは私の力不足です。それに、死者を蘇らせることはできません……それだけは、神にも出来ないのです。申し訳、ありませんでした」

「女神様は悪くないのですから、力を尽くしてくださったのですから、どうか、頭を下げないでください……」

村人たちは、頭を下げたりりあにそう言いました。

「お詫びと言ってはなんですが……」

りりあはそう言って、サッと手を振り、さあさあと雨を降らせました。そして、静かに去ろうとしました。

「あの、女神様。お名前は……」

村長に問われ、りりあは答えました。


「私の名は、リアと言います」


りりあは、女神のリア様になりました。

神様が力を取り戻すまで、神様の代わりを務めるために。

しかし、その願いを叶えた力は祝福であり、呪いでした。

まず、リアは死ぬことが許されない身となりました。

永遠の命と聞けば聞こえはいいですが、リアは次第に、それに苦痛を感じるようになりました。死にたいと思う場面にも何度も出会い、自分は力不足だと感じることも増えました。生きたくないと思っても、生きる意味が分からなくなっても、彼女は死ぬことができないのです。

そして、リアは欲にまみれた人間に何度も出会うようになりました。

時にはリアの翼を奪おうとする者にも会いましたし、時にはリアを思いのままに操ろうとする者もいました。その度にリアは逃げ、その者に罰を与えました。

罰を与えるために女神になったわけではないのに。

さらに、リアの力は、かなりゆっくりとですが、衰えていきました。

神様の祝福を受けた、願いの叶う池に叶えてもらった夢とは言えども、リアは、元は人間のりりあ。神となることは、本当は許されないことだったのです。なのでこれは、人間が神となった、その罰なのかもしれません。それに、時が経つにつれ、人々は神様を信じなくなりました。それも、もしかしたら力が衰える原因だったのかもしれません。

しかし、どんなに人間に戻りたくても、神様の祝福を受けた池が叶えた願いなので、自分の力で女神から普通の人間に戻ることは出来ませんでした。たとえ、どんなに苦しくても。

それに、ドングリ池を再び訪れ、人間に戻るためにそこに再びどんぐりを投げ入れようとしても、その手が止まるのです。

自分はなんのために女神になったのか。

その理由は消えることはありません。その願いも、その想いも、決して、リアの中で揺るがないものだったのです。ある意味それは、自分が自分にかけた呪いのようなものでした。


人々の願いを叶えるため。

神様の代わりを務めるため。

私は、だから女神になった。

今更、投げ出したくない。

投げ出さない。


だから、どんなに苦しくても、リアは女神として振る舞い続けました。

しかしもう、限界が近づいていました。


***


「……というわけなのよ」

「そうなんだ……」

女の子は、リアの言葉にうなづきました。

「リア様……ううん、りりあさん。これ、あげる!」

女の子は、そばにあったどんぐりを拾い、それを一度ぎゅっと握ってから、リアに渡しました。

「神様の力じゃないけど、きっと役に立つから!」

リアはどんぐりを受け取りました。

するとどうでしょう。今まで使っていた力とはまた違う力が染み渡っていくのが分かりました。

「……これは」

「魔法使いの力だよ!」

女の子のその無垢な表情を見たリアは、思わず微笑みました。

そう。こんな笑顔が、人々の喜ぶ姿が、自分の力になっていたのです。それは、自分が呪術師であった頃から、変わっていませんでした。

そのことを、リアは忘れかけていたのです。

あまりにも、傷つくことが多すぎたから。

でも、リアは感じていました。

傷ついた心が、目の前の女の子の笑顔ひとつで、それだけで、どんどん癒されていったのが。


(やはり、初心を忘れてはいけないのだわ)

リアは女の子を抱きしめ、これから彼女にいいことがあるように、と祈りました。

「ありがとう、小さな魔法使いさん」

そう言って、少しだけ涙を流しながら。

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