五声 5-1-1
本日一話目です。
五声
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もう夏休み期間ということで、追試は午後からだった。
朝はゆっくり起きてトールに朝ご飯を作ってもらい、時間になるまでマミは論文をまとめていた。学生向けの論文発表会があり、そこに出場するための原案作りだった。
研究者になるための登竜門であり、大学生が基本的に参加する。上級学生になれば参加できるのだが、そんなに簡単なことではない。毎年大学生が入賞する。それでも参加したいから今こうして作っているのだ。
元々作っていたので、それにトールやクレアから得た疑問点を加えている状態だ。
早目のお昼ご飯もトールが作ってくれた。寮の食堂で食べても良かったのだが、トールが作る物は美味しい。
本当に悔しいが、美味しい。作ってくれるというのなら食べたくなる味なのだ。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」
「ああ。練習通りでいいからな。あと、力を入れすぎて暴走させないようにな」
「わかってるよ。先生を驚かせてくるから」
「ふむ。その意気で頑張れ」
「うん」
マミはそう言って部屋から出ていった。部屋の鍵をするのを忘れない。こうしていて、窓の鍵も閉めているのにどうしてトールは部屋から出ることができるのかわからない。実体はあるのに、意図的に粒子になったりすることができるのだろうか。
そんなことを考えているとは思わないトールは読書をやめて窓の外の風景を見ていた。夏らしい快晴の空。雲一つなく、天気が荒れそうもない空色。返って快晴すぎるからこそ、嵐が来そうな雰囲気があった。
部屋にある時計とカレンダーを見て、トールは立ち上がった。
「無事に終わると良いが……」
集合場所は校庭。さすがに講堂では召喚することを含めて考えると四学年全部の追試者は収容できなかったらしい。
夏の日差しが降り注ぐ中、さっさと追試を終わらせたい気持ちが徐々に増していく。風が吹く度に生暖かく感じ、気持ち悪くなった。汗が流れる度にハンカチで拭ったり、袖で拭っている。
それは教師も同じであり、どちらかというと教師の方が生徒に付き合わされているのだ。
おそらく人数は百人程度。それに対して教師は六名。その程度で足りるのか、というのが本音である。毎年こうして行われてきたのだろうから、大丈夫だとは思うが。
教師の一人がマイクを使って生徒たちに追試の説明を始めた。全学年共通の課題であり、できた者から帰っていいという方式らしい。
「召喚してもらうものは下級以上の鳥系統のものだ。最下級は合格としない。一人の召喚は五回までとする。五回までに成功しなかった場合同様に不合格だ。ただし、時間は不問とする。今から契約物を配る。始めというまで召喚は行わないように」
クラスごとに並んでいて、そのクラスの出席番号が若い生徒から前に並んでいる。
マミのクラスはマミとジェイミーだけであり、二人というのは少ない部類だった。大体五・六人はいるので、マミのクラスは優秀だということだろう。
鳥の羽根をジェイミーが教師から受け取り、マミに渡す時に明らかに彼女に嫌な顔をされた。逆恨みのような気もするのだが、とりあえず気にしないことにした。
「……ふん。落ちこぼれのクセに……」
これだって気にしない。気にしたら負けだ。
(っていうか、この場は追試の場なんだから、下手したら周りの人全員を敵に回す発言だったんじゃ……?)
マミは気になって周りを見てみると、青筋を額に浮かべている男子や、舌打ちをしている女子までいた。それを一切気にしていないジェイミーもすごい。
追試と一般試験の違いとして、一般試験の方では最下級でも時間によれば合格を与えていたことから、追試の方が厳しい試験内容であることがわかる。
いくら時間を不問とするからといっても、これなら一般試験の時に合格しておいた方がいいと思えた。召喚する存在の指定もないのだからずいぶん楽に思える。
マミのように無機物の召喚試験が駄目だった人間ですら生き物の召喚が課されるのだから、エリート校の風習が色濃く出ているのだろう。
「全員渡ったな?召喚できた者から近くの教師を呼ぶように。それでは始め!」
その号令と共に召喚を始める生徒もいれば、何を召喚するか考えている生徒もいた。マミは後者で、下級の鳥系統について考えていた。
(やっぱり戦闘能力のないハーピーかな?案外鳥系統の下級って少ないんじゃないかな?鷹や鷲は一応下級だけど、聖晶世界にしかいない鳥って属性持ちが多いからなぁ……)
そう考えている内にもう光を作り上げている生徒がいた。マミもこんな炎天下の中ずっといるのは嫌だったので、召喚をさっさとしてしまおうと思った。
その、考えから行動に移ろうとした刹那だった。
「その契約物で召喚するなー‼」
「え?」
その声でマミは召喚をしなかった。その声は校舎のそばに見学に来ていたクレアの声であり、隣にいたヒュイカも驚いていた。
その声で召喚を途中でやめる生徒もいれば、その声が届いていないのか召喚を続ける生徒もいた。
早い生徒はもう召喚が終わっていたが、そこから出てきたのは鳥とは形容できなかった。
たしかに羽はあるのだが、目が赤く、全身は陽炎のように揺らいでいて形を保っておらず、その大きさは下級とは思えない程大きかった。校舎の一階部分に相当するのだ。
「暴走させたな!」
教師が同じく鳥の羽根を用いて召喚を行って何かを召喚した。それも似たり寄ったりで、やはり暴走しているようにしか見えなかった。
「先生まで失敗するなんて……?」
この学校はまかりなりにもコルニキアで三番目の実力に位置する上級学校なのだ。配属される教師も全員がそうではないが、優秀な人が多い。
そこからは芋づる式に暴走した生き物が増えていった。
生徒が召喚して、それを防ぐために教師も召喚する。勇猛な生徒も召喚するが、誰一人として成功しない。
すでに四十体にもなる暴走したグラディスの群れができていた。こんな数に一般人たちが対抗できるわけがない。
いくら召喚を習っているとはいえ、教えているとはいえ、生徒も教師も召喚のスペシャリストというわけではないのだ。本当のスペシャリストとはコロシアム本戦に行くような人や、国防軍に所属しているような人なのだ。
マミはクレアの言葉を信じて、配られた鳥の羽根を捨てた。そしてカバンから昨日トールに貰ったポーチを取り出して腰につけてその中から蓄光石を出した。
カバンは邪魔だったのでそこら辺に放り投げておいた。すぐに右手に蓄光石を乗せてあとは召喚するだけだった。
だが、暴走したグラディスがいつ自分に向かってくるかわからない。実際今襲われている生徒もいる。
マミはひとまず距離を取ることにした。そうして走りながら状況確認をしたが、ひどい有り様だ。ここがいつも勉学を学んでいる学舎だとは信じられない。
まるで地獄絵図だ。
自分たちの防衛手段であるはずの召喚が使えず、かえって障害を増やすような行為になってしまう。それに対抗する手段はなく、ただ逃げ回ることしかできない。
いつ国防軍の反喚部隊が来るか。それまで、心身ともにこの場にいる人間は皆疲労していった。
「やるしか、ない!」
襲われている人間を助ける手段はマミたちには召喚しかない。武器が扱えるわけでもないただの人間には召喚しか手段がないのだ。
マミが蓄光石を乗せた右手から光を出すと、一斉に暴走したグラディスに注目された。
それはマミが放つ光の大きさが原因だった。マミの姿は見えなく、召喚に必要な光だけが神々しく光っていればグラディスでなくても注目する。
暴走したグラディスはそんな光が怖かった。大きさからしてよっぽど位の高い召喚をされると思ったのだろう。
マミは暴走したグラディスが自分に近付いていることに気付いていなかった。聖晶世界に意識を飛ばしているせいで自分の周りのことに注意が向かないのだ。
マミが今回も召喚するのは光の塊。今は聖晶世界も昼だったので空には一等輝くものがあった。
「一、瞬間的でいい。
二、少しだけでいい。
三、纏まって現れて。
以上とします!現れて!」
マミが契約を終わらせたのと同時に光の塊が放たれていた。
もうマミの目の前には暴走したグラディスが三体は近付いていたが、光の塊が吹っ飛ばしていた。そのダメージによって三体は聖晶世界へと帰っていた。
この後十八時にもう一話投稿します。




