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3-4-1

本日一話目です。


   4


「あ、いつの間にか帰ってきてる……」


 マミがまた風呂に入っている間にトールは帰って来ていた。今日は珍しく少女漫画を読んでいなく、その代わりにクレセント・ムーン著者の研究書を読んでいた。

 ちなみにクレアが帰ってきて話を聞いてみたが、要領を得なかった。

 本人もよくわからないことを聞かれたと繰り返すだけだった。ちゃっかりPPCのアドレスを交換していて、ファンでもないヒュイカが発狂していた。

 マミでも交換していなかった有名人のアドレスを手に入れるだなんて、クレアは意外と大物かもしれないと思った。


「そういえばトールってグレイムさんのアドレス知ってるんだよね?」


「まあな。向こうから教えてきたぞ?」


「じゃあわたしも知っているようなものだよね……」


「グレイムに連絡でも取りたいのか?」


「そういうわけじゃないけど、やっぱり有名人のアドレス知ってるって一つの特権(ステータス)だなって思っただけ」


 コルニキア全体ではどうかわからないが、メッサ地方で知らない人はいない。それほど著名な人なのだ。ファンの人だったらお金を払ってでも欲しい物であるのだ。


「俺以外に知っている人間が身近にいるような口振りだな?」


「あ、うん。この前話したクレアって子。どういうことかよくわからないけど、グレイムさんが気になるって言ってた」


「……マミ、その話にこれ以上首を突っ込むな。クレアとはそのまま友達でいてやれ」


「え?」


 変な返し方をされた。クレアのことを話したのはこの前の好きな人の話題の時だけだ。それ以外で話したことはないのにまるでトールは知っているような口振りなのだ。


「どういうこと?」


「グレイムは特殊だ。俺が召喚された存在、軍ではグラディスと呼んでいるらしいが、そうであると察知するような男だ。そのクレアという少女も何か特殊な事情があるということだろう」


「トールはその特殊な事情っていうものを知ってるの?」


「いや。マミはそんな事情を気にせずにこれまで通り友達でいるべきだ。彼女が教えてくれたら聞けばいい」


 トールは本から目を離さずに答えた。まるで教科書に書かれていることをそのまま口に出したような印象をマミは受けた。


「そうするけど……トール、何か隠してない?」


「俺は隠し事だらけさ。教える必要性が出たら教えるが全てを教えることはない。マミはその人の全てを知らないと信用できないか?」


「そんなことはないよ。それにトールはわたしが危険な時は守ってくれるでしょ?」


「それはそうだ。心から誓おう。契約のままに」


 その言葉の時には絵本などで騎士が姫や王に対して忠誠を誓うような、仰々しい演技をしながら胸に手を当て、首を垂れて言ってきた。


「クレアのことは気になるけど、気にするなって言うんでしょ?」


「ああ。マミが知るままの彼女に偽りはないからな」


 そこまで言ってトールは本に目線を戻した。

 クレセント・ムーン初期の著書だ。召喚の際にどうして少量の契約物で聖晶世界の物を大量に召喚できるのかについて書かれている。今まではできてしまうのだからしょうがない、という見解しかなかった。

 そこに一石を投じたのが、この論文。


「ねぇ、トール。聞いても良い?」


「なんだ?」


「その本に書いてあることって正しいの?コルニキアと聖晶世界を構成している粒子があって、それが同等になるようにお互いの世界を行き来して現れるのが召喚だって」


「正しいぞ。理科とかで原子を習うだろう?それのさらに大元となっているのがここで書かれている粒子だ。あと十年もすれば名前がついて授業で習うようになると思うぞ?」


 聖晶世界の存在から確証が取れた。

 クレセント・ムーンの著書の中でもこの本は出版こそされているが召喚省のトップである元老院から正しくない内容であると発表された。それから出版が取りやめられ、初期生産版しか流通していない所謂お宝本になっている。

 マミがこれを持っているのはクレセント・ムーンの著書が出る度に発売日に新刊を買っているからだった。子どもの頃から親に頼んでクレセント・ムーンの本だけはお金を貰って買っていた。

 それほど最初に読んだ時から衝撃的だったのだ。


「その内容、召喚省の元老院に間違ってるって言われちゃったから名前がついて教科書に載ることはないと思うよ」


「それは勿体ない。正しいことが嘘だと言われるのは悲しいな」


「そうだよね……。あ、トール。この後って時間ある?眠くはない?」


「大丈夫だが、何かするのか?」


「ちょっと召喚の練習をしたくて。屋上行ってるから、見てくれないかな?召喚された存在として」


 そう言ってマミは契約物を用意して部屋から出ていこうとした。するとトールに肩をつかまれてしまった。


「待て。上着を着ろ。湯冷めして風邪を引くぞ?」


「あ、うん。ありがとう」


「それと、明日も筆記試験じゃなかったのか?召喚なんてしていていいのか?」


「実技試験の補講をしなくちゃいけなくなったから、それの練習しないと。試験は今日も大丈夫だったからたぶん大丈夫」


「そうか。なら付き合う」


 マミは上着を着て、今度こそ屋上へと向かった。まだ時間的に生徒が廊下で話したりしていたが、話しかけられることはなかった。

 屋上に着くと、上着を着ていてちょうどいい暖かさだった。そしてこの前と同じくトールはすでに屋上に来ていた。


「本当にどうやって来てるの?」


「こういう力としか言えないな。説明できない」


「それじゃあしょうがないか。早速やるね」


 二つほど召喚してみて、失敗することはなかった。

 最近調子が良い。それは事実だ。補講の課題が無機物でも生き物でも、下級程度ならきちんと召喚できて失敗することはないという自信があった。


「どう、かな?」


「……駄目だな」


「え?駄目?失敗してないよ?」


「そうだな。召喚としては成功だ。だが、君の成長を考えたら失敗になる。そのままじゃ成長しない。俺がこの前言ったことを覚えているか?」


 マミは下級以下の召喚しかしていない。その上でトールに言われたことは一つだ。ただ慰めているとしか思わなかった言葉。


「もっと位の高い召喚をするべき、だっけ?」


「そうだ。……そうだな。これ位の召喚をするべきだ」


 そう言ってトールは手から光を出し、それを広げていった。トールが隠れるぐらいに光が大きくなると、炎で体を纏った半人型の存在が出てきた。

 コロシアムで一度見たが、こんなに間近で見るのは初めてだった。


「イフリート?」


「―どうしてオレを呼ぶ?他の奴でもいいだろう?」


「一番分かりやすい例だと思ってな。お前たちの誰かを呼ぼうと思ったから、マミが見たことある存在が良いと思っただけだ」


 イフリートは不満を言いつつ、トールには逆らわないようだった。それだけの関係性が二つの存在の間にはあるようだった。


「これ位って、上級精霊?それを、わたしに召喚しろっていうの?」


「ああ。君ならできる」


「無理!無理だって!下級どころか、最下級すら失敗するようなわたしが召喚できるわけがないよ!」


「俺を召喚したこの世に一人しかいない召喚士がそれを言うのか?」


 そう呟いたトールの、綺麗で鋭いセピア色の宝石のような視線を受けて、マミは反論ができなかった。

 セピア色の瞳なんて見飽きている。そのはずなのに、マミは今まで見たことのないような輝きを見た気がした。


「俺はこうやって上級精霊のイフリートを呼び出し、その上グレイムにも勝つような力を持った存在だぞ?そんな存在を呼び出した君が、上級精霊を呼び出すことができないとは思えない。それが俺の結論だ」


「グレイムさんと戦ったなんて初めて聞いたよ……。でも、トールを呼び出せたのはたまたまなの。もう一回はできないし、同じようなことも……」


「まだ才能がないと言うつもりか?断言しよう。マミはコルニキアの中でも飛び抜けた才能を持っている。自分の才能を理解して制御できれば、コロシアムで優勝することも簡単なくらいにはな」


 突拍子もないことだ。マミは今のコロシアム覇者に勝てるわけがない。二重召喚もできない、召喚で失敗続き。そんなただの学生がコロシアムに出たとしたら怪我をするだけだ。


「そんな才能、あるわけないよ……。だってわたし、ただの学生だよ?研究者になりたいだけの……」


「―トール、お前のマスターは随分根暗だな。よくこのマスターに就いて平気でいられる。お前の一番嫌いなタイプだろ?」


「……今のところは、な」


 その言葉に思わずハッとする。

 トールの好きなタイプは一生懸命な子。

 努力している姿は美しいって思う、自分の才能を笠に着ている子は好きじゃない。人間は努力を遠ざける。諦める。

 これはトールの論だ。それに今まさにマミは引っかかっている。

 そんな、嫌な人物が目の前にいて、しかも自分のマスターともなれば不快極まりないだろう。


「だって上級精霊を召喚するってことは、トールが勝った召喚士と同じことをするってことでしょ?プロの中でもできる人が少ないのに、どうやって……」


「―トール、言ってやれ。この少女はあいつ等よりも才能があると」


「そう言っても聞かない、困ったマスターでね。根暗というよりは弱気なだけさ。その力を知ってもらおうと思っても、逃げてしまう」


 君は人間だけど飛ぶことができるよ、と言われて信じられる人間がいるだろうか。それと同じようなことを言われているようなものだ。


「そこまで言うなら、やるよ……。でも、お願い。もし失敗しちゃったら、その時はお願いね……。それだけは嫌だから」


「任せろ。暴走したら俺とイフリートでどうにかする」


 マミは持ってきた袋から契約物を出した。トールが買ってきてくれた物。

 蓄光石。光を溜めることができる石で、コルニキアでは有名な石だ。鉱山に行けば必ず採れると言ってもいいほど量がある。一般的な契約物だ。


「―それで召喚するとなると、光の上級精霊だな」


「光の上級精霊ってなると、ホルンだっけ?」


「―ああ、ホルンも可能だな。まぁ、試してみろ」


「うん……」


 上級精霊を召喚する際、多くの召喚士は宝石のような高価な物を使う。どういった物が召喚に適しているのか、召喚省が調べてこれもリスト化している。

 コロシアム覇者のように酸素から召喚で炎を産み出し、そこから二重召喚でイフリートを呼ぶなんてことができるのは世界でも指で数えることができるほどの人数しかいない。鳥の羽根でワイバーンを呼ぶのも同様だ。

 マミが持っているのは下級や最下級の召喚に向いている物だ。これでは本当にまともな召喚なんてできるわけがない。


「……いくよ」


 マミは蓄光石を置いた右手から光を出した。自分のイメージを聖晶世界へ飛ばして、光の上級精霊を必死になって探した。

 色々な生き物を見ることができても、目的の存在が見当たらなかった。

 マミ自身は気付いていなかったが、発した光はどんどん大きくなっていき、マミの体を隠すほどには大きくなっていた。

 それを見てトールとイフリートは口角が上がっていた。ここまで大きな光を出せる人間などそうはいない。これを見ただけで教師は腰を抜かすレベルだ。

 その大きさは、すでにトールが倒したウンディーネを召喚した際のコロシアムの召喚士よりも大きかったのだ。平均的な大きさも掌サイズだ。


(そう、君はやればできる。それを自覚することが大事だ)


 マミは探して、それでも見付からなくて、必死に探した。光の上級精霊はおろか、中級クラスのホーリーフェアリーすら見付からなかった。辺りは靄に包まれていてよく見えない。

 そこで光がある場所を見付けた。聖晶世界にも明かりはある。その明かりは人間が創ったような人工的な電気による明かりではない。

 それでも暗く見えないということは空に必ず明かりがある。

 視点を地上から空へ向けると、そこにはきちんと光があった。月と数多くの点となっている星々。太陽は出ていなく、聖晶世界もコルニキアと同じく夜のようだった。

 月と星々の光が強くて日中と区別が付かなかったほどだ。

 そんな明るい月目掛けてマミは手を伸ばす。見付からないのはマミの力不足。または契約物が召喚しようとした存在にとって気に入らなかったか。

 とにかく今はこれを使うしかなかった。


この後十八時にもう一話投稿します。

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