7 - 鼠王
「シーカ、ちゃんと説明して」
アニモが喋ったと、それだけでわかるはずのルリアがもう一度シーカに説明を求めた。
「……さっきの声は人間のものじゃない、アニモだ」
「だから、どうしてアニモがーー」
思わず上がった声に気づいたルリアが慌てて口を手で覆った。
「……場所を換えよう」
気づかれたらまずいと、シーカがそう提案した。
ここまでの道を辿って、シーカたちがさっきの場所に戻った。
「ねえ、どういうこと?」
椅子代わりの石塊に腰をかける前に、ルリアがもう一度訊いてきた。
「だから、アニモが喋ったんだよ」
ようやく落ち着いたクーカスがルリアに答えた。しかし、ルリアが聞きたいのはそれではなさそうに、眉をひそめた。
ーーアニモが喋った。それはすでに理解した。
けれど、ルリアおよびシーカとクーカスが今一番知りたいのは、なぜ、アニモが喋れることだ。
そんな三人が一斉にボルスに目を向くと、ボルスのほうが他のことで驚いているように見えた。
「あなたたちは知らないのか……」
「何をですか?」
「いや、知らないならいい……」
そう言っているボルスにシーカがじっと見つめると、彼はなぜか一瞬目をそらした。
「だからさっきボルスさんは私たちの声が聞こえたはずなのに、いきなり刺してきたのですか……」
「ええ、声が聞こえたけど、それが人間の声とは限らないから。--とにかく、アニモは喋れるんだ。気をづけたほうがいい」
「……わかった。ーーさっきは2匹のアニモと二人の人間の姿も見えた」とシーカがさっき見た現場の状況を皆に話した。
「どうする? 今助けに行くか?」
クーカスが手を頭の後ろへ回して掻きながら皆に意見を聞いた。
「……気配は七つ。二人の人間と、さっき話をしていたアニモが2匹」
「あと3匹の居場所はわからないってことか。--どうする?」
クーカスがそう聞いて、誰も返事しなかった。
「ルリア?」
「あ、え、ええ。そうね、まずはその二人を助けよう」
さっきからずっと黙っていたルリアがやっと会話に参加した。
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。ただちょっと、資料とは大分食い違ったから、作戦を考え直しているだけで……」
パッと両手で軽く自分の頬を叩いて、ルリアが自分の表情を整えてからボルスに目を向いた。
「聞きたいことはたくさんありますが、話はまた後で聞きます。今はその二人の救出を優先していいですか?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
次はシーカとクーカスに話を振る。
「さっきの状況をもう一度説明してくれる?」
シーカが隣の地面から尖った石を拾った。シーカがこれからやりたいことを理解したように、四人は机を囲むような位置で座った。
「……ここは俺たちの位置。アニモは、こういう部屋のような空間にいる」
シーカはさっき見たことを、その尖った石で地面に刻み始めた。
「一番奥に2匹。その左に、檻に閉じ込められた人間が二人」
「檻……」
ルリアがその言葉を聞いて、習慣のように自分の親指の爪を噛んだ。
「見えたのは何型?」
「ネズミ」とシーカが答えると、「そうだ」とクーカスが何か思いついたように声を上げる。
「こいつ」と、クーカスが部屋の一番奥にいるアニモの印を指しながら「今朝俺たちが見たネズミ型とはちょっと違う」と。
「どこか?」
今度はボルスがそれ反応した。
「ちょっと、小さいというか何というか……」
クーカスが立ち上がった。180センチもある彼は自分の肩のところに手を置いて「これくらいと思う」と皆に見せた。
「……もう1匹のほうが今朝見たのと同じくらい大きいから、その個体が小さく見えたのかもしれない」
シーカがそういうと、クーカスが反論した。
「いや、あれはちょっと小さいなんてレベルじゃないんだ。ーーしかも色も違う。灰色じゃなくて、白だ」
「おそらく、あれが【鼠王】だ」
ボルスが懐から一冊のノートを取り出した。
「アニモの中には、特別な個体が存在する。あの白いネズミはここら辺のネズミたちの指揮を執っているらしい」
「それはなんですか?」
ルリアの目がボルスのノートに行った。
「これか? これは俺がまとめたこの辺りにいるアニモたちの生態ノートだ」
「それ!」
やっといつものルリアに戻ったと、シーカとクーカスが目線を交わした。
「それを私にも見せてもらえますか!」
「ええ」
ボルスからノートを受け取り、ルリアがキラキラと目を輝かせながらノートを読んだ。
「ここに来てから、アークが送ってきたデータが全然通用しないのでちょっと困ったけど……これならいけるかもしれない!」
「早く出してくれればいいのに。--まだ何か隠しているじゃないか?」
クーカスがボルスを睨んでそう言って、ボルスが「いいえ」と答えた。
「フンっ! まあ、どうせこっちはこっちで何とかするけど」
またもすねたようにクーカス言う。
作戦を思いついたよにルリアがシーカに目線を投げた。シーカがすぐに手元にある尖った石を彼女に渡した。
「シーカの刃はあと何本残っているの?」
「……1」
空っぽになった刃の収納筒を見せて、ルリアが「わかった」と頷いた。
「クーカスはどう?」
「おお、もう回復したから大丈夫だ!」
自慢な筋肉を見せつけて、クーカスが白い歯を覗かせた。
でも、破れかけた戦闘服を見て、ルリアが申し訳なさそうな顔でクーカスに言う。
「クーカス。シーカの刃は一本しか残っていないので、もしもの時があれば……その時はごめんね」
「今更何を。--その時はルリアの指示に従うよ。これまでそうやって負けたことはなかったから」
三人は互いに笑みを交わして、ルリアが作戦の説明を始めた。
「じゃあ、作戦はこうです」
シーカからもらった石を地面に刻みながら、ルリアがそれぞれの任務を言い渡す。
「私たちが一気にここから突入します。シーカがまず檻を斬ってください、また視認できなかったアニモを備えてそれからシーカは刃を温存してください。ーーアニモはできるだけクーカスに任せますわ」
了解と、シーカとクーカスが頷いた。
「二人を救出したら、すぐにそこから脱出します」
「でも追ってきたらどうする?」
「追ってこないよ。--シーカ。5秒くらい剣を加熱して、宇宙砂を取り外して」
言う通りにシーカがバベル式神鋼剣を鞘の加熱した。
ブーンと音が鳴って、次にシーカが鞘にある蓋を開けて中に入っている宇宙砂を取り出してルリアに渡した。
「ちょうどいいほど残っているね」
わずか少し燃えきれなかった宇宙が瓶の中に残っているのを見て、ルリアが口の端を吊り上げた。
「二人を救出してからすぐにその部屋から脱出して。--あとはこれでドカーンとやれば、追ってこない!」
つまり、「人を助けてからすぐに逃げる」。
ーー実に分かりやすい、簡単な電撃作戦だ。
「どうしました? ボルスさん」
ボルスの顔を伺って、ルリアが聞いた。
また自分たちの実力を疑っているのではないかと、三人は一斉にボルスを見た。
「いいえ、信じるよ。--こんな大胆な作戦を思い付くということは、それを実行できる実力が備え付けているということだ。--アニモを真正面から仕掛けるなんて俺にはできない発想だよ」
ボルスも含めて、四人の顔に僅かな笑みが浮かべた。
「で、二人に気をづけたいことがある」
ノートを見ながら、ルリアがシーカとクーカスに指示を出した。
「ボルスさんのノートによると、ネズミ型のアニモは多様な変異が存在する。巨体が主な特徴、鋭い牙と爪以外にも色々なパターンがあるかもしれないから、そこは注意して」
「おお」
クーカスが了解したのを確認してから、ルリアが続く。
「じゃあ行きましょう。--ネズミ型の視力は悪いので、逃げ切れると思います」
支度して、四人は立ち上がって再び例の部屋に向かおうとした。
「視力は悪いが、聴力は人間の四倍もあるからそこも気を付けたほうがいいじゃないか?」
「そうね。だから足元をーーっ!」
ぞっとした寒さが背中から這い上がる。
「ギシギシと石を擦る音は、オマエらからしては小さな音かもしれないけど、こっちにしては結構うるさいんだね」
振り向くと、いつの間にかルリアたちの後ろに、例の白いネズミ型が佇んでいた。
「【鼠王】……」
ボルスが【鼠王】を見つめてそうこぼした。
「前にもいるぜ」
クーカスの声を聞いてルリアが前に向き直した。そこに2匹のネズミ型アニモが牙を動かしながらこちらを睨んでいる。
一本道の通路。前も後ろも塞がれた。
「われわれのことにずいぶんと興味深々のようだね。……まったく、人間というのはいつまでも変わらないね」
耳を痛ませる声。【鼠王】はその真っ黒な眼球をぎょろとルリアたちに向けた。
「まあ、こっちもオマエら人間に興味があるんだから、われわれの棲み処でゆっくり話し合いましょう」
ギギギィと、【鼠王】の後ろから2匹の巨体ネズミが現れた。その中の1匹が、さっきの二人を閉じめている檻を咥えている。
「ちょうどこのようにね。--なぁに、この程度で人間は死なないさ。もう実験済みだからね」
シーカは目を細めた。
檻に閉じ込まれている二人はどれも、両足が不自然な方向に曲げている。
「ルリア! どうする!」
すでに戦闘体勢に入ったクーカスがルリアに指示を訊いた。
シーカのほうも、いつでも剣を斬り出せるように手を柄に添えている。
「仕方がない! 突破しよう!」
「やはり人間は面白いね。--脳が発達していながら、最も愚かな選択をしたがる」
クーカスが動き出すのと同時に、【鼠王】が他のネズミ型アニモに指示を出した。
「いつも通りに足を折って生け捕りしろ! 大人しくしない奴は……殺せ!」