6 - 食い違った情報
思わぬところに、シーカたちはボルスを見つけた。
「まさか、こんな子供とは……」
シーカたち三人の姿を改めて見直して、ボルスは零した。
「大人がいきなり刺してくるとも思わなかったけど」
不機嫌そうにクーカスが口を尖らせると、「これは失礼」とボルスが申し訳なさそうに苦笑いする。
「今回はルバルトさんとオートさんの依頼で、ボルスさんを救出しに来ました。--私はルリアと言います」
三人とも改めて自己紹介して、ルリアがこれからどうしようと切り出した。
「ボルスさんを見つけたから、まずは一旦アジトへ帰りましょう。--ボルスさん、この辺の地形に詳しいですか?」
「それはもちろん……たとえこんな姿になっても、俺にとってここはずっと俺の故郷だ」
寂しそうにボルスが言った。
「では、脱出のルートを教えてくださいーーできれば戦闘は避けたいところですが、いざと言う時は私たちに任せて、ボルスさんは先に逃げてください」
「頼もしい嬢ちゃんだ……でも」
ボルスが顔を顰めた。
「ここにはまだ人がいる。彼らも一緒に連れて帰らなければ」
「子供たちは無事です」
「子供たちは無事か、それはよかった……でも俺が言っているのは他の人だ」
湿った通路の奥へ、ボルスが目を向いた。
「その先にアニモがいる。それと二人の人間が捕らわれているんだ。できれば彼らも一緒に連れて帰ってほしい」
「オートさんからその話は聞きませんでした」
ルリアがそう答えると、ボルスがもう一度お願いをした。
「頼む。その二人をここに残して行くと何をされるか……」
少し迷ったかのようにルリアが顔を下へ向いた。そしてシーカへ目を向くと、シーカは「7」と答えた。
「ということは、アニモが5体……行ける?」
今度ルリアはクーカスへ訊いた。
「ネズミならいけると思う。だけど……」
あっちこっちに破られた自分の戦闘服を見て、クーカスの顔に難色が窺われた。
視力が悪く、寒い場所を好まない。肉質も柔らかく、攻撃が通りやすい。ーーネズミ型アニモはデータ通りだけど、さっきのゴリラ型のあの硬い体毛を思い出すと、三人は一斉に眉間にしわを寄せた。
一撃一撃のパワーが大きい彼は、体力の消耗が激しい。今のクーカスの息から判断するとさっきの戦いからまだ完全に回復していないようだ。
「ここでは私も飛べないし、シーカのほうはどう?」
「……刃の補充があれば」
「ダメってことね……もう」
ルリアが愚痴をこぼすと、シーカがもう一度口を開けた。
「……まずは近づいてみよう。ネズミなら何とかなる」
5体のアニモの気配を感じたが、何のタイプかは把握できない。まずはそれを確認してから作戦を考えようとシーカが提案した。
「わかった。それで行きましょう」とルリアが「ボックス」を背負って、「ボルスさん、案内をお願いします」と言った。
息を整えるクーカスと剣に手を添えるシーカ。
「ボルスさん?」
「あ、はい。--では行こう。ここから真っ直ぐ行けば」
三人の様子に見惚れたボルスが我に返った後、すぐに三人に方向を示した。
音を出さないように、シーカは腰に掛けている鞘と刃の収納筒を腰から外して手に持った。ルリアもしっかりとボックスを背負い直した。クーカスはその大きい身体がうっかり壁にぶつからないように気を付けながら足を踏む。
狭い一本道、四人はシーカを最前に、そしてクーカスを一番後ろに、ルリアとボルスを挟むように暗い通路を進んだ。
「本当に大丈夫か……やっぱり一旦帰ったほうが」
突如、ボルスがそう言いだした。
「大丈夫です、さっきの戦いで少し消耗されたとは言え、ネズミ型5体くらいなら行けます」
「いや、その……」
その言葉に戸惑うルリアが振り向くと、ボルスが眉間にしわを寄せたまま口を噤んでいるのが見えた。
「こんなガキどもに任せて本当に大丈夫かって言いたいだろ?」
すると、クーカスがそう言い捨てた。
「クーカス、失礼ですよ」
ルリアが小声でクーカスを叱って、クーカスはふん! とそっぽを向いた。
「俺にもわかるぜ。さっきからそういう顔をしていたからな」
「そんなこと……別に今になって始まったものでもないでしょう?」
一番前に立っているシーカはその会話に参加しないまま、彼らに背を向いて耳を傾けた。
ーー確かに、地球に来てから最初会った人たちは誰もそんな顔をしていた。
--そして「方舟」にいた頃も、よく「子供のくせに」と言われた。
でもシーカ、そしてルリアとクーカスも同じ。そんなことを言う人たちには全部、「力の差」を見せつけて、黙らせた。
彼らは全員、そうして最年少でありながら、「人類最強」として、【パイオニア】の一員として選ばれた。
「でもさ、ここに来てからずっと思っていたけど。どうして俺たちより弱いくせに、あんなデカい面ーー」
とその時、シーカの前方に声が聞こえた。
言い争いを一旦中止させ、シーカはルリアとボルスも後ろへ下がらせた。クーカスのほうが前に出た。
その声を拾おうと、息を殺した。
「……おかしいな連中がいるだと? ……」
微かに聞こえる、誰かが話している声。
シーカたちは更に進み、今度はその声をもっとはっきりと聞こえた。
「……私たちは話し合いをしに来たんだ……」
男の声と、
「……帰りたい……」
女の声と、
「……大丈夫、協力してくれたらオマエらには何もしないさ……」
男か女か判断し辛い、尖った声。
自力で逃げ出してきたのか? と訊いているような顔で、クーカスが振り向いてきた。
わからないと、シーカが頭を横に振る。
「待って、クーカス」
ルリアが小声で言う。
「ボルスさん。さっき確か二人、と言いましたよね?」
「ああ、二人だ」
「……でも、声は三つ」
シーカがそう口を開くと、ルリアが親指の爪を噛んだまま黙った。
「ボルスのおっさんが間違ったじゃないの?」
クーカスがそう言って、また前へ足を踏み出した。
シーカも足音に気を付けながら彼について行く。
「ちょっと待ってください」
すぐにボルスが後ろから二人を止めた。
「シーカ、行くぞ」
ボルスの言葉を無視し、クーカスが壁から身を乗り出した。
「待って!」
クーカスが壁から身を露わにして瞬間、すぐに足を止めて佇んだ。
彼の後ろを追って飛び出したシーカも同じく、一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに我に返ってクーカスの口を手で塞いで、再び壁へ引きずり込み、身を隠した。
「二人ども、どうした?」
ルリアが近づいて、目を大きくを見開いたシーカとクーカスに訊いた。
「う、嘘だろ……」
クーカスがそれだけ言って、ゴクリと唾を飲み込んだ後、黙った。
そして、次にシーカが口にした言葉で、ルリアも思わず手で自分の口を覆った。
「……アニモが、喋った」