2 - 反攻の開始
空から一つの黒影が降ってきた。すると重物が大地を叩く轟音が響き、砂煙が舞い上がる。
『まずは一匹!』
陽気な少年の声。
『クーカス! もうちょっと静かに!』
今度は少女の声だった。
救援はもしかして子供か? とルバルトが眉をひそめると、ちょうど砂煙が落ち着き、目の前には一人の少年が、ゴリラ型アニモの拳を正面から受け止めている。
「あれを素手で!? まさか……」
まさに目の前に起きている現象。それを直に目にしている今でも、ルバルトは思わず己の目を疑った。
--岩石の柱のような重拳を、15歳にしか見えない少年が片手で受け止めた。
そして少年の足の下に、さっきルバルトを殺そうとしたもう一匹のゴリラ型がすでに動かなくなっている。
「オレと腕相撲する気か? 上等だァ!」
自分より何倍も大きい相手を、少年はそのまま押し倒した。
「ふぅ……」
深呼吸して、少年は少し腰を下ろす。
「オラァー!」
腰を捻り、少年はその小さな拳を突き出す。
すると、「ゴォ?」とゴリラ型は突き飛ばされ、瓦礫の山とぶつかった。
瓦礫が崩れ落ち、そのゴリラ型が何かを叫びながら石塊に埋もれる。
「よっしゃ!」
『クーカス! だから静かに!』
クーカスと呼ばれたその少年は、ちっとも反省の色を窺わせない様子で「わかったわかった……」と少女に返事しながら、ルバルトに近づいてきた。
「大丈夫か? --まあ、オレが来たからもう大丈夫だろうけど」
ルバルトが差し伸べてきた手を握ると、これが案外大きいと見直した。少年の手というか、大人の手よりに一回り大きいような気がする。
短く切った黒髪が棘のように彼の頭に生えている。胸元に「アーク」のマークがついているのでおそらくこれが新式の戦闘服。
「ああ、大丈夫……君たちは?」
「オレはクーカスだ。アークからお前らを助けに来た--わけじゃないけど、まあ、任務のついてにお前たちも助けてやる、みたいな?」
白い歯を覗かせ、クーカスは右肩を回しながら言った。
『ちょっとクーカス! サボらない!』
またもあの少女の声。しかし今回はもっと近くにいた気がして、ルバルトが周囲を見回ると、ふと頭上に気配を感じた。
「何だそれは……」
顔を上げると、銀髪の少女が空に飛んでいるのが見えた。
『チッ……2時方向にネズミ型数体』
少女はさっきクーカスに殴り飛ばされたゴリラ型の方向を眺めて、舌打ちを漏らした。
ルバルトもその方へ目線を向け、瓦礫の山がさっきの衝撃で崩れ、止められたはずだったネズミ型たちが瓦礫を乗り越えてきた。
「そっちは!」
しかし、アニモたちが走っている方向に、怪我を負って早く走れない隊員たちの姿がいた。
すぐにそっちへ向かうおうとしてルバルトは足を踏み出した。
--が、さっきの怪我が思ったより酷かったようで、ルバルトがまた倒れた。
「頼む……隊員たちを助けて……」
「心配するな。オレたちにはもう一人の仲間がいるからよ。きっと」
クーカスがルバルトをもう一度支えて、
『クーカス! そっちを始末して』
「なんでオレ?」
『あれはそもそもあなたのせいでしょ! あのね……』
「はいはいはい……わかったわかった。全部やる! 全部オレがやればいいだろ? ったく……」
ルバルトを安全そうな場所に座らせてから、クーカスがアニモの群れに面を向かった。
二回、三回、四回……さすがにこの数のアニモを目の前にしたら少しは緊張でもしたのか、クーカスは何回も深呼吸して緊張を解かすように見えた。
そして落ち着いたのか、クーカスは最後に一回、大きく息を吸って、
「こらぁああああああああああああああああああああああああああああああああ! オレはこっちだああああああああああああああああああああああああああああああ!」
と叫んだ。
鼓膜が破られそうになった。思わず苦痛を顔に表し、目を閉じた。そして苦痛のが少し和らげた後ルバルトは再び目を開くと、隊員たちを追っていたアニモの群れが目標を変え、こっちに向かってきた。
ーーやり方はアレだけど、これはこれでいいか。とルバルトが思ったその瞬間に、
「それをやる前にまずはマイクを切れって言ったでしょ! --覚えてなさいねこの……」
またも叫び声が聞こえた。だが、今回は受信機からではなかった。
空に飛んでいた銀髪の少女がさっきのこと声で体勢を崩れたらしく墜ちてきた。
「痛ったたた……」
お尻を揉みながら立ち上がり、銀髪の少女は彼女が背負っていた黒い箱を下ろした。どこか壊れてないかと確認しているかのようにあちこちを触って、問題ないと彼女はまたその箱を背負った。
「じゃあ、ルバルトさんはここにいてください。すぐに終わらせますから」
そう言って彼女は箱についているボタンを押した。
「……すごい」
その後起きたことを見たルバルトは思わず驚嘆を漏らした。
エンジンの回転と思わせる音がして、その黒い箱が変形した。両側から飛行機の翼のようなものが展開され、彼女はそのまま、また空へた飛び上がった。
--かつて、人類は陸上ところか、海も空も制覇していた。やがて宇宙への進出も夢ではないという自信を得た。
--しかし、あの大戦の後、人類はすべての科学技術を失った。
「ここまで取り戻したのか……勝てる……これなら、勝てるぞ!」
高ぶる鼓動。こんなに血が沸騰するほど熱くなれたのはいつぶりだったのか。ルバルトは空に飛んでいる少女へ、まるで希望の星を見るような眼差しを投げた。
『11時方向からもアニモ数体視認しました。ーーシーカ。そっちを任せてもいい?』
『……了解』
またも一人の声が聞こえた。この声がさっきクーカスが言った「もう一人の仲間」だろう。
「隊長……」
「大丈夫か、皆」
ルバルトのところに、隊員たちがやってきた。
「オレたちは大丈夫だけど……あの少年が」
隊員たちが逃げてきた方向へ目を投げ、数体のアニモが倒れている中、クーカスはまだ十数体のアニモに囲まれている。
『シーカ! そっちが終わったらすぐにクーカスのところへーー』
『こっちは終わった』
電が走ったかのように、クーカスのところに一筋の光が向かっていく。
『相変わらず仕事が速いね。誰かに見習ってもらいものです』
まさに電光石火。クーカスを囲むアニモたちの体に光が走り、次々と倒れていく。だけど、ルバルトは未だにその光の正体を見極めていない。
--本当に、そこにもう一人の誰かがいるのか?
数分も掛からないうちに、この場に立っているアニモはもう1体もない。
『ふぅ……任務完了』
これで終わった、と気を緩めた少女のため息が耳元の受信機から伝わってくる。
『後はーー』
『……あと1体』
シーカと呼ばれた少年の冷たい声が響き、ルバルトは警戒心を高めて周りへ目を配った。
--ない。
次に、ルバルトは空にいる少女を見た。彼女の位置からならもっと広い視野を持っているはずなのに、彼女も左を見てから右へ顔を向く、そしてまた左へと、どこに敵がいるかがわからないようだった。
空にいる彼女でさえ見ない敵。と言うことは、
「ギギギギィ!」
ルバルトが勘づいた時にもはもう遅かった。ルバルトたちの背後から、ネズミ型アニモが1体、地面を掘り通して、上がってきた。
『シーカ!』
光が動き出す。一瞬でルバルトのところに近づいて、通り過ぎる。すぐにネズミ型の身体に巻き付き、瞬く間を過ぎてからそのネズミ型が何かに斬られたように、体がバラバラに、肉の塊と化した。
そして今度こそ、ルバルトはしっかりとその光の正体を目で捉えた。
バラバラになったネズミ型の隣に、黒髪の少年が立っていた。
クーカスと同様な戦闘服。しかしクーカスと違い、黒髪の彼の腰に二つ、筒のような何かがぶら下げている。
左のほうは小さくて細い、まるで剣の鞘だ。そして右のほうは何かのケースに見える。蓋はないので、ルバルトが目を細めてその中を覗いてみると、数本の鉄片のようなものが入っているらしい。
『シーカ。もういい?』
そう訊かれて、黒髪の少年、ーーシーカが目を閉じてしばらくすると、『……大丈夫』と答えた。
「はぁ、やっと終わった……大丈夫ですかルバルトさん」
銀髪の少女とクーカスも戻ってきた。
「紹介を遅れましてすみません。私はルリア。--そこの筋肉バカはクーカスと言います。そしてーールバルトさん?」
銀髪の少女はルリアと名乗った。しかし、彼女の話を全然耳に入ってなかったルバルトはずっと、シーカの手に持っている武器にじーと見つめていた。
外見からすれば、子供の時にテレビで見た「日本刀」と同じ。だけどシーカが柄に何かのボタンを押してから、ボロボロになったその刃が柄から抜け落ちた。
次にシーカは柄を右腰に掛けているケースの中へ嵌めて、抜き出す。するとケースの中にある黒い鉄片が柄とくっついて1本の剣となった。--その鉄片は剣の刃だと今になってわかった。
最後に、剣を左の鞘へ納めて、シーカがルバルトの視線を気づいたらしく、剣を庇うように一歩引いた。
「ああ、すみません……この子はその、誰かに剣を触らせるのが嫌いでして……ちょっとシーカ。ルバルトさんはかぐや姉さんの知り合いですよ、見せてあげてもいいじゃない」
すると、シーカが剣のほうげ手を伸ばした。ーーが、直接剣を抜くのではなく、彼は鞘のほうへ先に手を付けた。
またも何かのエンジン音がした。3秒経ち、シーカが剣を抜き出すと、その刃--さっき確か黒かった鉄片が今では透明に近い白色になった。
「これは……」
「……バベル式真鋼剣」
シーカがそれだけ言って、すぐにまた剣を納めた。
『こちら方舟。--状況の報告をお願いします』
カグヤの声が聞こえた。
「こちらルリア。周囲のアニモは全部退治しました」
『ルバルトは? ルバルトは無事なの?』
「ええ、ルバルトさんは大丈夫そうーー」
けほけほと、ルバルトは突然血を一口吐き出した。
ルリアがルバルトの様子を見つめ直し、眉をひそめる。
「すみません。--ルバルトさんは怪我を負っています……」
『そう……じゃあすぐにルバルトの治療を行ってください。--近くに病院などの建物はありますか』
「びょういん?」
ルリアが小首をかしげた。
『ああ、あなたたちは病院を知らないよね……』
すると、ルバルトが声を上げた。
「おれは大丈夫だ! ーーそんなことより! こっ、グあああっ!」
話の途中でルバルトがまだ血を吐き出す。
「隊長! もう帰りましょう! まずはその怪我を治さないと……」
「バカなことを! --いいか、君たち」
弱弱しい声を、ルバルトがルリアたちに言う。
「この近くに、アニモたちの巣が、ある……そ、そこに、人間がいるんだ……助けに行かなきゃ……君たちなら、きっとできる。だから、だからぁ……」
ルバルトの声が次第に拾えなくなる。
『ねえ、ルバルトの隊員? さんたち』
「は、はい!」
かぐやの声に、隊員の一人が応答した。
『さっき帰るって……あなたたちは今住んでいる場所があるの?』
「ええ、我々レジスタンスは普段アジトに潜んでいます……」
『アジトにルバルトの治療はできるかしら?』
「ええ。ーーでも以前のような医療設備は、もうないけど……緊急処置だけならできると思います!」
そして間もなく、かぐやの指示が通達された。
『じゃあ……方舟より【パイオニア】へ--直ちにルバルトおよびその隊員たちをアジトまで護衛せよ』
--「了解!」
と三人は返答した。
「じゃあ、道案内お願いします。途中のアニモは私たちが対応しますから」
ルリアが隊員たちにそう言って、空へ飛んだ。
「いい、おれはまだ大丈夫だ! ……せっかくのチャンス、人類がやっと地球を取り戻せたというのに……おれを構うな! ーーおい! 下ろせ! 聞こえないのか!」
「隊長!」
ルバルトを抱えて、隊員たちが言う。
「もういいです」
隊員たちの目の先に、3人の少年少女がいた。
ーー空を飛ぶルリア。
--力でアニモに勝るクーカス。
--目も追いつけない速さでアニモを切り刻むシーカ。
「もう、焦らなくていいですよ! 隊長」
その三人の後ろ姿を見て、ルバルトも力を抜き、身体を隊員たちに委ねた。
--そうさ、もう焦らなくていい。
ここからだ。ここからが、人類の反撃だ。
「見てろよ、化け物ども……」
意識がぼやけていく。
すでに意識を失っているにしか見えないルバルトは、この言葉だけを、帰る途中で何回も繰り返していた。
--「今度こそ、地球を返してもらうぞ!」